テニス応援Lメモ「ていうかむしろ幕間群像Lメモ」(後編) 投稿者:神海

 フォームのチェック、状況に応じたコンビプレイの確認。とーるらしい、技術
的なトレーニング。
 どんなスポーツでもそうだが、結局のところ、競技の要点とは、己の限界点の
限りなく近くで どれほど正確に自分を制御できるかにある。フィジカル、テク
ニック、メンタル。
 一回戦第三試合は堅実でバランスの良いテニス技術を下地にする二組の対戦。
ここで潰しあってしまうのは少し残念だと、彼女は思った。
「ね、そろそろ1セット混ぜてもらえる?」
 呼びかけると、とーるが眉をひそめた。
「いいのですか、委員長? 一昨日あんなことになったばかりなんですから……」
 レミィも心配そうに彼女を見る。
「ユカリ、無理は身体に良くないワ。気持ちだけで十分ヨ」
「昨日はちゃんと休んだわよ」
「ですが……」
 今回、ゆかりの我慢が限界に達するのは早かった。とーるの言葉を遮る。
「無理するとああなるだけで、体力は人並み以上にあるんだって皆知ってるでし
ょ!? なんで何回も何回も何回も──ああっ!」
 二人はびっくりして彼女を見つめたが、ゆかりは構わなかった。
「おとといからみんな壊れ物扱いしてくれちゃって。気持ち悪いったらないわ。
XY-MEN君が通りかかって、書類の束運んでやるって言い出した時には耳を疑った
わよ!?」
「あはは、なるほど」
「朗らかに笑わない! もう……その意味でも、あれは失敗だったわよね……」
「マ、そんなチャームポイントもあった方が、風紀委員長として人気が取れるか
もネ」
「嫌なチャームポイントもあったものね」
「………」
 大きくため息をついてから、ゆかりは気付いた。四人の中で一人、親友が先刻
から会話に乗らずに黙りこんでいる。
「何不貞腐れてるのよ、夏樹?」
「なんでもないわ、ゆかり」
「ヤキモチネ」
「ふん、だ」
「誰が誰に!?」
 ゆかりが絶叫した時、

「よーう、レミィ、とーる、おまえらもがんばれよー」

 コートの外から声が掛かった。
 ディアルトと佐藤昌斗とYOSSYFLAMEの格闘部二年生三人組。
「Thank you!」
 レミィがラケットを振り返す。三人組はそのまま歩いていった。葵とティーの
ペアの見物に行くのだろう。
 後姿を見送ると、とーるとレミィは視線を合わせてわざとらしく肩を竦めた。
「行ってしまいましたね」
「意外にツレナイ男だワ」
「ふん、だ」
「釣った魚には餌をやらないタイプ、という比喩があるそうで」
「ン〜。トール、また守備範囲を広げたネ」
「ふん、だ」
「黙って聞いていれば……なんの話よ……」
「委員長とYOSSYさんの話です」
「ユカリとヨッシーの話ヨ」
「ふん、だ」
「成り行きで組んだだけでしょ!? なんでそうなるのよ!
 って忘れてた! なんのつもりで大会に出たのか説明もしてないじゃないのあ
の男!」
「と、声を掛けてくれないヨッシーに一抹の寂しさを感じるユカリでありましタ」
「素直になってもいいと思いますけどもね」
「ふん、だ」
「あなたたちね!」
 ふと見やると、YOSSYは両脇から肘で小突かれて何か言われている。速やかな
三倍返し。脇腹を抑えてよろめく昌斗とディアルトを置き去りに、どことなく足
取りに凄みを加えてゆく男。
「………」
「わかりやすい会話してますね」
「ヨッシーはあれでわかりやすいオトコノコだからネ」
「ふん、だ」
「練習ゥッ!」
 ゆかりのラケットが二人の鼻先を切り裂いた。
「無駄口利く暇があるのなら、さぞや自信があるんでしょうね! 風紀委の名に
かけて、暗躍に負けたら承知しないわよ!」
『……イエッサー』

・
・

「真面目な話、見込みはどうなんでしょうね?」
「ゆかりってば結構、想うと一途なタイプの気がするからね。男がフラフラして
るうちは、ゆかりの方から折れたりするのは考え辛いけど」
「あのYOSSYさんに求めるのは酷な条件ですねえ」
「イヤハヤ、前途多難ネ」
 風紀委員総出の密かな賭けの対象になっていたりした。
「あ、チップは購買部の食券までですからね」
 風紀委の "監査官" の公認で。


                 ◇



「ふむ……」
 ばりぼりと音をたてて貪られる煎餅。
 右に左に飛び交うボール。
「ふぅん……」
 横から袋に伸びる手。
 上がるロブ。二人の首が同時に放物線を描く。
 再び横から袋に伸びる手。
「坂下」
「なに?」
「勝手に食うな」
「ケチ」
 跳びついた小柄な体が、ぎりぎりでボールを返す。イン。
「ほう。なかなか」
 感嘆。
「ねえ、山浦」
 学ランに黒縁眼鏡、小山のような身体で偉そうに腕組している男を横目で見上
げる。
「なんだ?」
「あなた、テニスわかるの」
「まさか」
「でしょうね」
 といっても、何をしているのかはわかる。ゲームが止まると、ルミラとメイフ
ィア、それからテニス部員が集まってレクチャー。確認と実践の反復、ちょうど、
対戦相手のレディ・XY-MEN組と似たような訓練だ。
「おーい、ティー!」
 不意に、外からの声がコートの中の一人を呼んだ。
「葵ちゃんのスコートは何色だーっ!?」
「つっ……!?」
 見事な空振り一回転。T-star-reverseはどてっとコートにひっくり返る。
 かしゃん、とフェンスが揺れる音が一つ。二人の首の動きが止まった。
「ふっ。精神修養がまだまだ──グェッ!?」
 現れたYOSSYFLAMEは、左右から一撃を食らってその場に蹲った。
「ていうか、拳と踵はねえだろ……?」
「デリカシーというものを弁えましょう」
 ディアルトが動じず答えた。
 よろめきながら入ってきたYOSSYFLAMEに、好恵は首だけを向けた。
「ねえ、YOSSY?」
「なんだ、坂下?」
「応援する陣営が違うわ」
「おまえまでかよ!?」
「今や全学園的な噂みたいよ」
「くっ……」
 なんだか複雑そうな理由で震えるYOSSYだった。


「セイッ!」
 一際鋭い掛け声と共に、ボールがライン際に突き刺さった。サービスエース。
ルミラが思わず肩を竦めている。
 YOSSY達も声を静めてベンチに座った。
「葵ちゃん、気合入ってるな……なんだ、これ?」
 昌斗が素っ頓狂な声を上げた。ベンチの上に、文庫本からハードカバーの大判
まで、20冊ほどの本が山積になっている。
「あの子のよ。ほんとに凝り性だからね」
 ディアルトが一冊を取り上げた。
「『 "スポーツ" の発祥 〜 十九世紀英国の貴婦人事情 〜 』……これも?」
「……凝り性だからね……」
 好恵は韜晦するようにコートに視線を戻した。ルミラ・メイフィア組のサービ
スゲームを粘り強く堪えている二人。
「初めは『やるからには』って程度だったみたいだけど、予選で完全にスイッチ
入っちゃったわね。しばらく戻ってこないわよ、あれは。それに、ま、準決勝は
綾香だからね」
「勝ち残れば、だけどな」
 YOSSYが冷静に指摘した。
 来栖川綾香は右腕を故障している。本来なら出場も危ういほど、という噂だ。
柏木梓・菅生誠治ペアに対してどこまでやれるか、というのが下馬評だった。
「あの子の綾香信仰は筋金入りだからね……格闘じゃなくとも、綾香が負けると
ころなんて想像もしないんでしょうね」
「ふん……」
 男達はそれぞれの視線で葵を見る。ティーが拾い抜いたボールを葵がスマッシ
ュ。ぎりぎりで返すメイフィア。続くラリー。
 山浦が大仰に嘆息した。
「結局、最後の砦は来栖川というわけか」
「まぁだ諦めてないんかい……」
「そういうことね」
 何に対してか。好恵は頷き、赤いスカートの裾を払いながら立ち上がる。
「お帰りか?」
「自主練。今のうちに差を付けとかないとね」
 初夏の風にスカーフが靡いた。


               ◇


「どっせえいッ!」
 渾身のスマッシュがはるかと瑞希の間を貫いた。
「しゃァッ!」
 菅生誠治の珍しいガッツポーズ。
「なんだか、突然気合入ったわねぇ……」
「感心感心」
 戸惑い気味の瑞希と、ポーカーフェイスを少しだけ嬉しそうに弛めるはるか。
「次お願いします、先輩方!」
 梓は苦笑しながら、それに合わせてペースを上げた。

「あらら……何があったの? 随分気合入ってるじゃない」
 歩いてきてそう言ったのは、一回戦でその梓・誠治と当たる一人、来栖川綾香
だった。右腕にギブスを付け、肩から吊っている。
「ま、色々あってな……。よう、出歩いていいのか?」
「リハビリですよ、リハビリ」
 ジンに軽く答える。半歩送れて付いてきた芹香がかすかに眉を八の字に曲げた
ところを見ると、あまり大丈夫ではないらしい。
 そんな様子を少しも見せず、綾香は危なげなくシートに座った。
「で、うちの大事なパートナー、ゆーさくはどうしてるの? 見えませんけど」
「ひのふのみの……。確かに足りませんね」
 神海が数える。四面のテニスコートとその周囲で練習しているチームは六組。
二組足りない。
「ああ……七組目はあそこに」
 神凪が指した。コート場の一番端、コンクリートの壁際。

 ひたすら延々黙々と、壁テニスに励む悠朔がいた。

 綾香が呆れかえって息を吐く。
「何やってるんだか……」
「友達、いないんでしょうかねー」
「いないみたいですね……」
 しばらく見ていると、カゴが空になって、散らかしたボールを一人黙々と拾い
始めた時点で、とうとうYOSSYが出ていった。なにやら悪態をつきながら一緒に
拾ってやる。
「意外に人生損するタイプですねー」
「いやはやまったく……」
「ほんと、何やってんだか……」
 綾香が額を抑えた。
「行ってやらんでいいのかー?」
「んー……」
 YOSSYが付き合ってダブルスの壁打ちを始めたのを考えるように見つめてから、
彼女は猫のように唇を歪ませた。
「やっぱり、もうちょっと見物してるわ。あ、川越さん、ドリア一つー」
 男三人は、同情の視線をコートの向こうに送った。


 間もなく運ばれてきたドリアは、綾香が受け取る直前、のんびりと差し出され
た芹香の手に阻止された。
「……姉さん?」
 綾香が怪訝そうに尋ねる。何事かと周囲の視線が集まる。
「………」
「うっ……本気?」
 綾香がひるんだ。芹香はぽそぽそと何か言ったが、話している相手以外には簡
単には聞き取れない。
 ただし、今回はすぐに誰の目にも明らかになった。
 芹香はドリアを一匙掬うと、ふー、ふー、とゆっくり息を吹きかける。
 そして、右手を吊る綾香の前に差し出されるスプーン。
 静まり返る周囲。
「………」
「あ、あーんと言いなさいって? それは姉さんが言う方なんじゃない?」
「………」
 あくまで揺れない眼差し。数秒見詰め合って、綾香は根負けした。
「あ、あーん……」
 ゆっくりと綾香の口の中に消えてゆくスプーンとドリア。閉じる。抜き出され
るスプーン。咀嚼。嚥下。
「………」
 それをじっと見つめる芹香。
「お、美味しいわよ、姉さん」
 綾香の頬が仄かに赤い。
「おお……」
 低いどよめきが芝生にたちこめた。
「何見てるのよ!?」
 周囲を十人以上の男子と一部女子が囲んでいる。
「いや、絵になるなぁ」
「眼福眼福」
「カメラ! ああ、カメラァア!」
「くああッ! もう一度再現ぷりぃぃいずッ!」
「悶えないでよ!」
 ぶんぶんと右手を振りまわす綾香を、芹香が止めようとおろおろする。
 そんな光景が、しばらく続いた。


「ふっ……ごちそうさまでした」
 地上の様子をはるか下に見て、夜間用のライトの隙間からシャッターを押した
その影は、満足げに頷くと、次のポイントに移動した。


                 ◇


「味噌が辛い。結びは具の味を生かせるようでなければ半人前にもならんと何度
言ったらわかる」
「あ、この沢庵は美味しいね、ハイド君」
「はっ。それは紀州産の大根をおたけさんが精魂込めて漬けた逸品でして、そこ
な不肖の使徒の残飯紛いなどとは月と掃き溜めでございます、師匠」
「はは、ハイドラントさんもお手厳しい」
 唐突に現れてどっかり座り込み、無料サービスと第二茶道部弁当に手を付けて
いる二人。決勝トーナメント最後の一組、ハイドラントとEDGEだった。
「……あなたたち、練習はいいんですかい……」
「黒破雷神サーブを放ったら一発であのとーりだ。まったく軟弱なコートでいか
ん」
「あの大穴はあなたですかい……」
「ハイドラントさん、それ、反則だって解ってます?」
「なにぃ? 柳川教師とやった時はなんも言われなかったぞ?」
「効果が無いからスルーされてたんですよー」
「ガッデェェムッ! 柏木耕一、許さん!」
 いきり立つハイドラント。たけると遼刃がこそこそと囁き合った。
(……ほんとに知らなかったのかな、ハイドさん)
(さあ……あの人も時々しれっとすっ呆けることがありますからね……)
「コートなら、うちの分が余ってるわよ?」
 あっさりと綾香が解決策を指摘する。ハイドラントがこれまたあっさり返答し
た。
「対人地雷が仕込んであった」
「……ほんとに何やってるんだか……」
「…導師…それならば…」
 小柄な影がすたっと真上から降りてきて畏まる。
 ハイドラント以外の全員は揃って真上を見上げた。
 初夏の晴天がひたすら青く広がっていた。
「おお、葛田君。テニスコートの当てがあるのか?」
 現れたのは、ハイドラントの腹心、葛田玖逗夜だった。
「…御意…。
 …先ほど、そこのクラブハウスで、ある男子生徒が風紀委員に捕縛されており
まして…」
「ほうほう」
「その身は多勢によって取り押さえられても、その決して折れぬ見事な精神力、
見惚れるものがありました…揉み合いの中、彼は、手に持つものだけは、決して
離そうとしなかったのです…。
 それを見て、僕は確信したのです…彼こそ、今日、導師にその血肉を奉げる者
であると!…」
「ほう! それは!」

「…手にスコート…」

 雲もないのに日が翳った。

「さあ練習よハイド君!」
「ぶぎょっ」
「あん♪」
 突然時間が動き出す。EDGEがハイドラントを踏ん付けつつ立ちあがり、瞳に炎
を燃やす。さらにその下敷きになった玖逗夜が頬を染めた。
「コートなんかなくともテニスの練習はできるわ。私達は既にテニスの御神に全
てを伝授された身。さすれば、いかなる境地においてもテニスの真理を見出すこ
とができるはず!」
「承知しました師匠! 究極に到達しつつもその壁を破らんと欲する我らの貪欲
さ、天も恥じらいその姿を隠すほどでありますな!
 ってええい離さんか葛田君!」
「…うふ…導師が僕の上にのしかかって…げふっ!?…」
 容赦ない踵が鳩尾に落ちた。
「さあ師匠、今日はコリオリの力とでも対決致しましょうか!」
「北半球で右回転台風でも作るわけ?」
 漫画のような土煙を挙げて駆け去る二人を見送って、神凪と神海は顔を見合わ
せた。
「あの二人って、結局、テニス強いんですかね……?」
「なんかテニスの神にあらゆる技を伝授されたとか言ってましたけどねー」
 なにしろ、二度ともテニスの技術で勝ったのではない。というか橋本・芹香組
より普通に下手だった。
「かくして、二人の真の実力は未だ明かされていないのでありました!」
「ものは言い様ですね……」


              ◇


 初夏の太陽も傾こうとしている。
 さすがに疲れを感じて、彼女はベンチに腰を下ろした。気管の奥が切れるよう
に痛い。
 背後から、声。
「だーれ──」
 弥生は両手を持ち上げた。
 両頬に触ろうとした何かを、腕を交差させて受け止める。冷たい感触。
「だ……」
 声は力なく途切れる。弥生の手に残ったのは、青い缶のスポーツドリンクだっ
た。
 ベンチの裏に視線を向けると、神海がしゃがみこんで地面にのの字を書いてい
た。
「つれない……」
「なにやってんだよ、あんたは……」
 XY-MENが呆れた顔で突っ立っている。
「差し入れです。どうぞ」
 XY-MENは疑惑に満ちた視線で缶を見つめた。
「飲み口嘗め回してたりしねーだろうな──グゥオッ!?」
 ノールック・ノーモーションの竹槍がきしめんの脇を抉った。寸での所で躱し
たが。
「今のは危ねぇだろっ!?」
「あなたをここで亡き者にして、俺がリザーブ出場してもいいんですヨ?」
「……あんた、目がマヂだな」
 竹のペーパーナイフでXY-MENの頬をぺちぺちと叩く。
 そんなやり取りを聞き流しながら、彼女は目を細めて飲み口を見下ろした。じ
とっと見てみる。
「疑われているゥッ!?」
 神海が悲鳴らしきものを上げたが気にしない。缶を置いて立ちあがる。
「XY-MEN君、クールダウンを。
 ストレッチは入念に。何より怪我の予防が大切です」
「……ここで?」
「何か問題が?」
「……いや」
「ではうつ伏せになってください」
 なぜか少々顔が赤いXY-MEN。
 その両足が鷲掴みにされた。
「んお?」
 そのままずるずると引き摺っていく。
「んおおおおおっ!? レ、レディ!?」
 なにやら勘違いして困惑の悲鳴をあげるXY-MEN。その足を持って軽やかに
駆け足体勢の男は、弥生の背後に手を振った。
「それでは先輩方、あとはよろしくお願いしますー」
 気付いて振り向くと、同じ缶を持ったはるかと瑞希が、肩を竦めていた。


                 ◇


「意外に、マッサージっ、んおっ、上手いじゃねぇか、先輩」
「これでも元スポーツマンなんですよ」
 背骨がポキポキと鳴る。
「今はスポーツマンじゃないのか、格闘部員」
「おっと、手が滑ったぁ」
「あだだだだッ! キャメルクラッチはヤバイヤバイッ!」
 そんなアクシデントがあったりもしたが、おおむね順調だった。
「ま、試合で彼女が困った事になった場合は、よろしくお願いしますね」
「逆ならともかく、俺があの人をフォローする事なんてあるのかね」
「そこが、多分あなたがたの最大の弱点でしょうね」
「………?」
「XY-MENさんは失礼ながらテニスの素人。対して彼女はあの通りの腕前。彼女が
あなたの隙をカバーすることはあっても、その逆は有り得ない。
 多くの観客も、ほとんどの対戦相手も、そう考えます。そして、あなたも、彼
女自身も、ね」
「はい、おしまい」
 神海は背中から降りる。
「つってもなー。俺がか?」
 誰もが知っているとおり、XY-MENはテニスは素人だ。この数日で、ルールと、
目の前の状況に応じて思いきり叩き返す、そのパターンを覚えただけ。
「ですから、心構えだけお願いします。あなたがゲームを引っ張る展開が訪れる
かもしれない、という心構えをね」
「……そういうこと、レディに忠告した方が早いんじゃねえのか。つーか、あの
人が思いつかないもんかな、こんなこと」
「気付かないことはないでしょうが──」
 頬をぽりぽりと掻く。
「彼女って、自分自身が他人に助けられる、という状況をイメージしないと思う
んですよね」
「……なんだそりゃ」
「どうぞ」
 先刻のと同じスポーツドリンクをどこからか取り出して差し出した。いくつ持
っているのか。
「……毒?」
「入ってませんよ。あなたが出られなくなったら、彼女は棄権しますから」
 さらっと深刻な事を言われたような気がしたが、神海はそのまま続けた。
「なんとなく、ですがね。ま、らしくなさのついでです。口出し」
 神海は足首の少し高い使い古しのウォーキングシューズに履き替える。
「忘れてました。
 決勝トーナメント出場、おめでとうございます。それから」
 言いかけて、口を閉じる。
 XY-MENが首を傾げてみせると、神海は少し苦笑した。
「いや、俺が言う台詞じゃないなぁ、と思って。ま──」
 いっそ見事なほどにこやかな笑みに変えて。

「せいぜい彼女に恥を掻かせないよう、頑張ってくださいね」
「……そいつはちっとばかしキツイ条件じゃねぇか……?」





                      決勝トーナメント本戦へ──

――――――――――――――――――――――――――――――――――――




          ♪う・ん・ち・く☆

神海 「HMX-12「マルチ」以降に開発された来栖川製メイドロボが、その電源に
   リチウムイオンまたはリチウムポリマーバッテリーと水素燃料電池の併用
   型を採用しているのは周知の通りです。
    来栖川マテリアルが実用化に成功したカーボンナノチューブを利用した
   驚異的な水素吸着技術によって、30年掛かると言われた直接水素方式が実
   現されたため、その排出はH2O、水のみという非常に環境負荷の低い運
   用が可能になっています。
    これにより、最新のHMには、外部電源を利用して口腔から取り入れた
   水を電気分解し、失われた水素を容易に生成、補充する機能が内蔵されて
   いるのであります。HMは人間と同様、体温調節のための発汗などで水分
   を消費するので、運動後には定量の水分補給が推奨されています。
    ちなみに」
セリオ「──捏造です」
神海 「ごめんなさい(土下座)」



          ♪あ・と・が・き☆


 えー……お待たせしてしまいました。テニス応援Lです。
 ま、表題通りですが。
 唐突にシリアスに振る悪い癖とか、共同企画なのに他人様の話を作ってしまう
悪い癖とか、俺設定混ぜる悪い癖とか、いろいろやっておりますが……
 いつも通りですねー……(駄目っぽい)
 ま、それはそれ。


 それでは、8組16名の決勝出場者様と執筆者、YOSSYFLAMEさんの健闘を願っ
て。


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                          031104 神海