Lメモ私録R 『なんでもない日3』 教室群像偏 投稿者:神海

喜劇全五幕

時
緑葉帝73年7月 昼休み

所
試立Leaf学園三年生校舎の一教室

人
伏見ゆかり 驚異のぽっちゃり食欲魔人。料理人の敵。
柏木梓   第一校庭の朱の女王。女子陸上部部長。
湯浅皐月  シンプルネス・ナチュラル・直情少女。得意技は斜め下目線。

常盤ノブコ 仲良し三人組1 長身、短髪のノリボケ娘。人の顔は覚えない。
寺田イズミ 仲良し三人組2 中背、眼鏡の二人のツッコミ・注釈役。
                      シブい小父様が好み。
観月マナ  仲良し三人組3 ××、花柄バレッタ、当たりの強い脛蹴り娘。
来栖川芹香 沈黙のマイペース魔女。オカルト研究会副部長。
長谷部彩  寡黙な絵描き。摩訶不思議な噂多々あり。美術部。漫画が趣味。

伊藤    学園屈指の購買部戦争戦歴所持者。いとっぷ。DYD。
橋本    元・人気の優男、現・薔薇部員。特技はギター。はしもっち。
霜月祐依  破廉恥転入生。
ジン・ジャザム 学園のサイボーグ番長・兼・厄介ごと処理マシーン。
神海    流離いの呪い屋。オカルト研部員。比類なき善人。
他、教室の生徒達。

                  以上、学園第三年生

亡霊    教室に召喚される。

那須宗一  物語の記録者(声のみ)。世界昼寝選手権大会入賞者。なすびん。



       第一幕


      (明るい教室の映像。あちこちに屯する生徒達。
               見えない位置から声がする)

 鬱陶しい梅雨の合間にも、青空が覗く午後がある。試立Leaf学園の皆さん、い
かがお過ごしだろうか。
 私の名は那須宗一。毎日が波瀾に満ちるこの試立Leaf学園に籍を置く、善良で
平凡な一生徒である。今日はこれから、テレビの前の皆さんに、穏やかだが意義
に満ちた俺の学園生活の一部をご覧になっていただきたい。
「なぁにデジカメ構えて一人物語ってんだ、なすびん?」
 唐突に画面に現れた、短髪にデコ出してるこの男、姓を伊藤をいう。名前はま
だない。
「やかましい」
 一応のところ、この那須宗一のダチである。仲間内では『いとっぷ』で通って
いる。
「だから、そのハンディカムはなんだってのよ?」
 緒方先生の授業で募集してただろ? 今日の六時限めの「我が青春と学園生活」
とかいう特別課程の参考資料に、30分ビデオ撮って発表しろって奴。今朝応募し
たらまだ空いてた。……どうした、そんな呆れた顔して。
「んな物好きな真似するほど、単位に困窮してる奴が他にいないからだろ……」
 うん、ものスッゲェ割がよかった。これでなんとか乗り切れる。
「期末も終わったこの時期に。サボってばっかだから、んな羽目になるんだ」
 ……改めて自己紹介しよう。ワタシの名は那須宗一。愛と平和のために日々地
球をまたに掛ける正義のエージェントである。携帯一つで緊急ミッション、夜討
ち朝駆けなんじゃらほい。よって、慢性単位窮乏の日々。
「世界を平和にしたいなら政治家にでもなれ」
 ごもっとも。
「すごいよ、宗一くんっ」
 どうしました、唐突に湧いて出て君的に精一杯驚いた表情で叫んでいる、もう
ちょっとでボブになりそうなショートヘアのぷっくり娘こと伏見ゆかりさん。
「ぶー。私は太ってませんー」
 ナレーションにつっこまなくていいから、続き続き。
「あっ、邪魔してごめんね、宗一君」
 ……いい娘だねー。
「コホン。
 だって、自分の学園生活なんて、なかなか他の人には見せられないものだよっ。
充実した毎日に自信がある証拠だねっ」
 うむ。
 栄養のバランスの取れた美味い昼飯と、食後の優雅なひととき。俺の最も誇る
学園生活の一ページ。
「タダ飯と昼寝と言え」
 撮影が楽でいいだろ? おっと、ここんとこカットカット。
「編集してる余裕があるといいな」
 もち、五時限めにやるよ。デジタル時代万歳。さて、お待ちかねの昼飯はまだ
かな〜。皐月は?
「あれ? さっきまで席にいたんだけど……」
 いないぞ。
「さっき出て行ったぞ」
 なんだって!? 俺の昼飯はどうしてくれる!
「いきり立つなよ」
 馬鹿野郎。あの弁当こそは地獄の購買戦争や高くてイマイチなコンビニ弁当か
ら俺を守る安らぎの証! ていうか奴と付き合う無数のデメリットを帳消しにし
てくれるあの弁当がなかったら、あとは災厄しか残らんと思わないかそうか思う
かDYD!
「なあ、刺すぞ?」
「え、DYDって伊藤くんのこと? なぁに?」
「いや、あの、その」
 男の秘め事さ、聞くのは野暮だぜ。そんなことより問題は、俺達の大事な大事
な生きる糧が消息不明だということだ、が──しかし。
「ふふ。しかし、ですね、宗一さん」
 さすがよのう、伏見屋。貴公も気づきおったか。
「いえいえ、お代官様には敵いません」
「なんだよ、一体?」
 くくっ。伊藤、おまえのような小物には感じられまい。だが、那須宗一と伏見
ゆかり、この試立Leaf学園が誇る──わけじゃないが弁当ゲッターズの嗅覚には
しかと捉えられている! たとえ冷めても色褪せぬ、この甘く香ばしい唐揚の香
りがッ!
「ふふ、姿はなくとも匂いはありき。夏の昼下がりに蜃気楼のようにゆらめくミ
ステリー。うふふ、なんだか胸が踊ってきましたよ」
 くんかくんか。こっちか?
「……おまえら、必死だねー」
 何か拙いことでも?
「いや、ない。頑張れ」
 言われんでもさ。……近い。この近辺だ……。──気配!
 そこだぁっ!! ハんグっ。
「違ぁう!」
 がはぁッ!?
「きゃん!?」
 うおっと、すまん、ゆかり。って。誰だ!? 俺様のビューティなご尊顔に鉄
板のごとき突っ張りを叩きつけた不届き者は!
「人の弁当箱にかぶりついといて、言う言葉が……それ?」
 グッ……!? デ……デカイ! 奴の姿がでかく見える! これが第一校庭の
朱の女王のプレッシャーなのか……! 
「口が減らないね?」
 うおお、踏まれる、踏み潰される! 柏木明王様、お助けをーっ!?
「あんたが転がってるからだよ! 踏まれたくなかったら──」
「踏み」
 ぶぎゅ。
「あ」
「うげ……」
「さ、皐月ちゃん……」
「おやあ? なにやら貧相でペラくて足触りの良さそうな踏み台があると思った
ら。これは異なこと、今をときめく那須宗一さんのご尊顔ではありませんか」
 が!? さつき、ちょっ、まっ、うわ、うらっ、顔面? 顔面!
「なすびん、カメラで顔拭いてる、カメラで」
「ふふん。千飯の大恩あるこのあたしのお弁当を間違えるなんて落ちたもんね、
那須宗一。世が世ならハラキリよ、ハラキリ」
 待てやコラ。顔面ですか? 上履きの裏で人の顔面踏みますか? おまえ様は
女ですか? この人でなしのろくでなし! 故郷のお母さんは泣いてるぞ!
「そんなところで這いつくばってるのが悪いんじゃん。土下座したって誰も見せ
ないわよ」
 何をだ、何を。
「何って──。何想像してんのよ! このスケベ! ヘンタイ!」
 うお、今度はトゥキック!? 先に言ったのおまえだろ!
「男と女じゃ言葉の重みが違うのよ!」
「はあ、やれやれだね」
 ……そのわざとらしさも極まったため息はなんですか、柏木さん。
「画面外だから見えないと思ってね」
 ……そこまで協力してくれなくていい。
「うふふふ……宗一くん、とりあえず、顔拭こうよ。皐月ちゃんも、そんなひど
いことしちゃ……ふふふ……」
 ゆかり、仲裁はありがたいが、それはこの野人が暴走する前か、笑い終わって
からにしてくれ。このゲラさんめ。
「野人って誰よ!」
 ウ、ホ。
「両手で指差すなーっ!」
 ……アホやってる場合じゃない。とりあえず顔洗ってくる、気持ちワリい。
「うん、皐月ちゃんは私がこってり絞っておくから」
「ぶー」
 お頼み申す、伏見姫。じゃいってくる。
「あ、宗一くん、ハンカチ持ってるー?」
 持ってるー。


          第二幕


          (カメラ、再び録画開始)

「おかえりなさい」
 ただいまー。では撮影再開、と。
 さて皐月。反省したか? したならば『わたくしの偉大なあるじ様那須様宗一
様、数々のご無礼、この身に代えて償い致しますのでどうか平に、平に、お許し
くださいませぇ〜』
 と、言ってみい。
「お弁当いらないの?」
 おまえその切り返しすごい反則。
「いらないの?」
 わたくしの偉大なるあるじ様、日々の糧に苦しむ下々になにとぞひとときの安
らぎをお与えくださいませぇ。
「うむ、許してつかわすゾ。さ、食べよー」
 いただきます。……なんでこうなる? なんで?
「いただきま〜す。大丈夫、皐月ちゃんもちゃんと反省したよ。ちゃんと表に出
せないだけだよ、恥ずかしがり屋だから」
 ゆかり、やっぱ皐月に甘いよ……。
「そーそーあたしシャイだから。素直になれないのはどうにもならないあたしの
欠点。カンベンねー、もぐもぐ」
 ……。
 ……紹介が遅れた。あの、そこのけここのけ傍若無人のチャパツ具象化災害は、
名を湯浅皐月という。顔面にまで滲み出る理不尽と凶悪さが画面を通してでもお
わかりいただけると思う。
「なにぶつぶつ言ってんの?」
 なんでもありません大明神。
「あたしのこれ、地毛。茶髪なんて言わないで」
 ……。
「それから、食べる時くらいカメラ置いてよ」
 じゃ、固定モードってことで。
 ……そして私こと善良にして清く正しい道を歩む宗一くんは、圧政者に屈従の
日々に生きるのでありました。神は天にいまさず、地はなべて事ばかり。はぐは
ぐ。お、この出汁巻き、なんか違うな。
「あ、わかった? 隠し味当てたら、明日はリクエストに応えたげる」
 むー……。カツオと昆布の抜群のハーモニーに隠されたこのまろやかな通奏低
音は……つーか自家製出汁ですか。毎日お疲れさまです。
「苦しゅうないぞよ」
「けぇっ!」
 ん、雉か?
「けー! けー! けー!」
 おや、伊藤くんは学園購買のダブルテリヤキサンドですか。豪勢ですなあ。
「……那須、弾は前からばかり飛んでくるとは思うなよ……」
「うふふ、第一購買部サンドイッチの最高峰ダブルテリヤキとイチゴミルクとプ
チサラダ、500円玉握り締めておつり1円。伊藤くん、剛毅な使い方だね」
 さては愛用してますね、ゆかりさん。
「ゆかり、さっき2時間めのあとにそれ食べてたじゃん」
 ……L学の伏見はバケモノか。
「えへ」
「どれ、今日はあたしも相席させてもらおうかね。いただきます」
「わお、柏木さんの唐揚美味しそ。ね、交換しない?」
「勉強熱心、恐れ入るよ。じゃ、そのフライちょうだい」
「はい、どーぞ」
「ふんふん……カジキだね」
「当たり。さっすがー」
「しかし、あんた達、ほんとに飽きないねえ」
「なにが?」
「ドツキ漫才」
 だから、そんな和やかなもんじゃないっての。
「じゃあなにさ」
 これは男の誇りと生存を賭けた闘争であり……。
「はい、はい」
 ……しくしく。
「んー。あたしも、少なくとも宗一とは漫才してるつもりないよ?」
「へぇ。湯浅さんのご見解は?」
「餌付け」
 待てや。
「こうやって餌やっておけば、イザって時に身を挺してご主人様を守ってくれる
かもしんないじゃん。当てが外れ気味だけど」
「ふぅ〜ん……だってさ、那須?」
 その嫌な流し目はなんだ柏木。
「別にぃ。大変だと思ってね、これからも」
 どうせあと一年足らずの付き合いだよ。なあ柏木、弁当係交換しないか? 少
なくとも気は休まると思うんだ……うおっ! 殴った!? いとっぷマジ禁止!
洒落! 冗談! ヒューモア!
「黙れ。殺す」
「こらあ! 人の御飯くらい静かに食え!」
「あははは……。そういえば柏木さん、さっきのお重は何? お弁当はそれでし
ょ?」
「あ、しまった。肝心なの忘れてたよ。
 これはその──あれよ。大したもんじゃないんだけど……おーい、ジーン。
 生きてるかい? ほら、起きなさいってば」
「あ、ジンくん?」
 そういや、今日は朝からスクラップのように動かなかったな。
「負けたな、なすびん」
 ちっ。明日は吸血鬼のように寝まくってやる!
「競うな!」
 あてっ。おまえはいちいちはたくな!
「あっちもはたかれとる」
「おーい。起きろー。昼だぞー。次はグーだぞー」
「……お、うう……おお? 昼か?」
「寝てるっていうか、すっかりグロッキーだね、ジンくん」
「まーね。まず胃腸の調子を整えるためにミックスジュース、と」
「おお、さんきゅー……」
 ハイパーゴリックのミックスジュース?
「四酸化ニトロゲンと非対称ジメチルヒドラジンの混合比0.8……違う。ていう
か爆発しとるわ……」
 お疲れのとこ知的なノリボケありがとう。
「で、はい、約束のお弁当だよ」
「痛て。頭の上に置くな……」
「……」
 ……。
「でええええええええええええええええええええええええええええええ!!?」
 ……皐月、米飛んでる米。
「な、何よ、そのものすごいリアクションは!?」
「だって、柏木さんがジンくんにお弁当なんてっ。これは大事件ですよ〜〜!?」
「ねえ何があったのよ! 乗り換え? 鞍替え? スワッピング!?」
「最後のは特に違う!!」
 顔真っ赤なのに色気ないですよ、柏木さん。
 まあ、特に両腕が鋼の男・学園バトルマシーンのジン・ジャザムさんが校長先
生の千鶴さんにごにょにょなのは学園周知の事実なわけで。というか知らぬは本
人ばかりなりという地味にお約束な状況設定。
「解説すんな……」
 ほらテレビの前の良い子達にもよくわかるようにだな。
「ああ、もうっ。そんなんじゃないってば。
 昨日、暑かったから、うちで素麺したんだよ。流してみたりなんかして。ジン
とか、ちょっと人呼んでさ。で……ま、あとは聞かないで」
 ……おーけい。つまりいつも通りな。
「そんなわけで、今日はお詫びみたいなもんで、あとは西山に風見にゆきに、そ
れからおまけの分、さっき配ってきたところ」
「こまいねー。うんうん」
 まったくだ。男なら一発でころっと落ちるよな。感じない男がいたら不能だ。
「く、口だけ言っても嬉しくないよ……」
 照れるところがまた可愛い。
「こら、撮るなっ!」
 おっと、壊すなよ。なあおい、皐月?
「なに?」
 キミもいわゆる手作り弁当系女子として、ちょっとは柏木の気配りってもんを
見習ったらどうだ?
「なんで? ほーらゆかり、今日は甘さ控えめフルーツポンチ〜」
「皐月ちゃんの意地悪……これ味しないよ……」
 ……。ま、小狐に期待するに酷な問題は世に多いしな。……おいこら、ポンチ
に蜂蜜はいらんと何度言ったらわかる。
「例えば?」
 ごめんなさいそのモップはおしまいください湯浅大明神。
「わかればよろしい」
 ……今、どっからそれ出した?
「まあまあ。なんだかんだ言って、毎日愛妻弁当なんだから隅に置けないじゃな
いの、あんた達も」
 冗談。俺はこいつの新メニューの毒見役だ。ほれ、おまえもなんか言ってやれ。
俺達は謂れ無き侮辱を受けとるぞ。
「愛妻弁当。うん、間違ってないかも」
 へ?
「……な」
「コッホン。
 ガチャッ。ただいま、ゆかり、今帰ったぞ。食事と風呂、どっちを先にする?」
「え? うーん、お夕飯かな?」
「オーケイ。では出来るまでお土産だ、チョコマーブルアイス1リットル。でん」
「わーい、皐月ちゃん愛してる!」
「はは、知ってるよ、ゆかり。今日の夕飯は特製ソースの照焼きチキンステーキ
だ。楽しみに待っててくれ」
「はーいっ」
 ……ゆかりの身体がドアから出入りできんようになるぞ、その生活。
「窓壊してソファに座ったまま男五人掛りで運び出すわけな」
「ぶー。ダイエットもちゃんとしますよー」
 食うのは食うのね。
「ふふ。ボクはキミの愛さえあれば何もいらないさ。たとえどんな姿に変わろう
とも。愛してる、ゆかり。ひしっ」
「幸せ……」
「──と、かように愛妻弁当。食卓に愛に溢れる幸福な一家」
 ……さいですか。なんつーか、聞いただけで満腹です。
「で、そのシナリオで、那須は? あんた達の子供?」
「犬」
 ……。
「あははは……宗一くんみたいな仔なら、か、飼ってもいい、か、も……」
 ……。とりあえず、ゆかり、君的に呼吸困難になるほどの全力は笑いすぎ。
「ぎゃははっはは! 無様よぅ、なすびん?」
 うるへー、DYDなんかに言われたくねー。
「そ、それは言わない約束だろ!?」
 してねーよ。
「DYD? 何ソレ?」
 なんでもないよ皐月さん。
 他人のことはいいんだ。じゃ、柏木、おまえにゃ好きな男の一人や二人もいな
いと言うのか?
「な、なんで急にあたしに……別にいないよ、そんなの」
 おお。意外に反応あり。彼女が見せたその隙にレポーター那須は突撃を敢行す
るのでありました。
「説明しないでよっ」
 思っただけじゃマイクは拾ってくれないからな〜。
「それでは柏木さん、好きな人が出来たらやっぱり積極的に迫る方ですか?」
「伏見まで……。あー……」
「その鼻の頭掻くのが可愛いよね、柏木さん」
「こらっ。
 ……ま、でも、あたしは駄目かも。自分からは言えないタイプだ、きっと」
 ほうほう。
「意外に待つタイプ、と……」
「誠実な態度で押していくのが効果ありそうだよな」
 向こうの器量に見合った甲斐性が要るだろけどな。
「フムフム……では柏木さん、思い掛けない男から突然付き合ってくれと言わ
れた場合、なんと答えますか?」
「な、なんでそんなこと……って! 何会話に入り込んでメモ取ってるのよ!」
「あ、バレた」
 うおっ、なんか二人増えてる!?
「新しい学校だけに、色々と勉強しとかならんことがね。あ、どもども。俺、今
週転校してきた霜月祐依。よろしくー。はい、よろしく、よろしく」
 いちいち握手すんのか。
「女子限定」
「また変なのが増えた……」
「ふっ。お困りですか柏木さん。わたくし、お馴染み女性の味方、橋本です。お
困りごとがありましたら橋本、この橋本をどうぞお忘れなく。女子限定」
 サラッと髪掻き上げながら卑屈な演説するな。
「そういえば橋本くん、そこで薔薇部が集会してた。行かなくちゃ」
「湯浅ぁ。発作が起きてないときくらい慰めてくれよぉ。あれ起きると、俺、俺
っ……! いっそ記憶も何もかも全部吹っ飛んじまってくれた方が遥かにましだ
よぉ」
 ……ま、同情には値する。
「同情以上のことはしたくねーけど」
 いとっぷ、正直が美徳なのは時によりけり。
「てへ」
 気色悪いぞ。
「橋本くんのあれ、発作だったんだ……病気なの? 大丈夫?」
「おお、伏見! 君こそ俺の女神様だ! 放課後、ヒマ?」
 コラ。
「言うな、那須! 今のこの学園で俺に優しい言葉をかけてくれる女なんて、女
なんて……。ウウウ……ッ!」
 ……なんか、こう……おまえって、ちょっと前まではもっとスカした奴だった
んだがなぁ。武士はくわねど高楊枝。
「ふっ……実際に食えなくなると、んな寝言言ってられんのだよ」
 ものすごく食い意地が悪いだけだったか。
「薔薇部に入ったのが運の尽きよ」
「好きで入ったわけじゃねえ!」
 さて、ここらで紹介と行こう。長めの前髪ひらひらさせた軽薄そうな優男が橋
本。奴もまた名前はまだない。
「黙れ」
 所属薔薇部。人呼んで『マッシヴ右の人・橋本』。
「……頼むから黙ってくれよぅ……」
 それから、短髪を後ろに固めてるふーらいぼー風味な方が新規変な人S。
「霜月祐依。特技は──無しでいいや。彼女振るってぼしゅーちゅー。好みは、
こう、たおやかでしっとりした感じの……」
 ブー。タイムアップ。
「もちょっとボーナスタイム。物静かで振るまいしとやかな人、待ってるぜ!
あ、別にそういうの専門ってわけでもなくてたとえば」
 カメラ掴むな! これは宣伝ビデオじゃない!
「ちっ。よし、これもなんかの縁だ。合コンしよう。転入生歓迎の。4対3か、
女子あと一人誰かいないか〜」
「霜月、それグッドアイディア!」
 いきなり仕切りだしやがった。
「しかも自分で言うな。男の歓迎などただでも断る」
「ンン〜。いとっぷ、おまえも意外に知恵が回らんな?」
「なにがだ、はしもっち」
「これがそれでああなって、どれがなにしてほにゃられば。な? わ・か・る・
な・DYD?」
「天衣無縫の名案だ。大確定」
 抱き込まれた!?
「だからDYDってなんなの!」
 そろそろ黙ってるのも癪になってきたな……。
「というわけでいかがですか、淑女方。さっそく今日ガッコはけてからでも」
「パス。あたしは部活。大会近いからね」
「今日は買い物してソースの仕込みしたいからダメ」
 はい、即却下二連来ましたー。
「おいおい、君達はそれでも今をときめく女子高生か!? なあ、豊かで輝かし
い青春を送ろうぜ!」
「あー……伏見さん、だっけ。君は来る? 来て欲しいな〜。駅前にアイスクリ
ーム屋あるじゃん。あそこよく行く?」
「あ、よく行きます」
「じゃ、今日も行こうよ〜。で、美味しいの教えてくんない?」
「えと、えと、確かに今日はなんにも予定がなくて、もし放課後小腹が空いたら
どこか寄ったりしようかな、なんて思ったりなんかしたりもしていましたですけ
どもっ」
「小腹空くのか……」
「あ、もしですよもし。伊藤くん、誤解しちゃ駄目。万が一です」
「伊藤くん、ゆかりの胃袋を三次元で測っちゃダメ。図解にもちゃんと『ゆかり
いぶくろ:ブラックホールでなんでもすいこむんだ!』って書いてあるんだから」
「怪獣ユカゴン?」
「う〜っ」
「はは。よし、じゃ万が一小腹が空いたらつれてってよ。六時限目終わったらま
た来るからさ、ね?」
「あ、あの、その、じゃ、もし、万が一、ということで」
 こら、ゆかり、解釈の余地を与えるな。迷惑勧誘ははっきりきっぱり、『いり
ません』。この手合いは引いたら引いた分だけ付け込んでくるぞ。
「ものすげえ人聞きが悪いなあ」
 橋本とつるんでる時点でな。
「そうか。付き合いを考え直そう」
「待てい!」
「やっぱ、男の友達の良し悪しって、かなり好感度に影響すると思うのよ。思わ
ん?」
「……思う」
「お互い立ち振る舞いは慎重にしたいもんだなあ」
 男の友情もドライだねえ。
「でもはしもっちは手遅れだ」
「泣くぞ!?」
 んで、恵まれないおふたりさんは今までどこに?
「なんでんなこと聞くのよ」
 ビデオのテーマは「我が友人と学生生活」だからして。
「だっけか?」
 忘れた。
「ま、新入り君に学園の洗礼をな」
 だからいちいちポーズ取るなよ。
「すごいな、ここの購買。ちょっと油断したら危うくボロ雑巾になるとこだった」
「腰が浮いたらおしまいだぜ。まずどっしりと構える。だが前から来る揺り返し
を受け止めるのは実は上策じゃない。人と人の間にいつでも半身をねじ込むつも
りで膝に余裕を持たせとけ。だが真に恐いのは後ろからの衝撃だ。前のめりに倒
れたらおしまいだ、無数の足の下に這いつくばるはめになる。
 そうならないためにはだな……」
 さすがいとっぷ。この道二年と三ヶ月の雄。
「ふ、兵役拒否のどこぞの軟弱者とは訳が違うんでね」
「銃殺ものだよな」
 飛びすぎ。
 ま、素晴らしい特権であることは否定しない。
「甲斐がないったらありゃしない。鶏だって二年も飼えば進んでオーブンに飛び
込んでくれそうものなのにさ。この番犬ときたらぶくぶく肥え太るばっかり」
 てめぇ……。
「餌付けでいいから、弁当! 恵まれないこの橋本に愛の篭った弁当!」
「大飯食らい二人で精一杯だから、ごめんね♪」
「ぐあっ、痛い! その満面の笑顔は心に痛い!」
 ……スマイルにも使いどきってもんがあるよな……。
「おい、そういや例のポイント教えるって話」
「ああ、わかったよ……」
「じゃ、ゆかりちゃん、また放課後な〜」
「え。あ。はは……」
 意外にウマがあってるのな、あの二人。
「同族嫌悪でもしそうなもんなのになー」


          第三幕


 ごちそうさまでした。
「はい、おそまつ。そんな丁寧に、珍しいじゃん」
 持てる者の幸福についてちょっと考えてな。
「しゅしょー。じゃ、今日の放課後は慰労会ね。カラオケ奢り」
「ソースの仕込みはどうした」
「メニュー変えるー」
 ……。
 いや、言うまい。言える立場じゃないよな……ん? 
 ……近く、我々の学力が世に問われかねない重大なイベントが何か迫ってたっ
け?
「なによ、藪から捧に」
 いや、あれ。
「ム?」
「あ、観月さん」
 奴が休み時間に机に座ってる。入道雲からぼた雪が降るぞ。
「そのくせ成績は矢鱈滅法にいいんだよなー」
 僻むな、いとっぷ。
「ん〜。ふっふっふっ。その疑問、お答えしましょう?」
 む? 突如湧き起こるこの悪の笑い声は?
「実体を見せずに忍び寄る白い影……。ほら、カメラマン、あたし達も取って紹
介しなさいって」
 ……いい根性してるなー。
「ハリー・アップ!」
 はいはい。今催促があった、背が高めのショートカット、何かにつけアグレッ
シブな。
「せめてアクティブって言ってよぉ」
 方が、常盤ノブコさん。
 その背後に控えし中背で、臙脂色っぽいフレームの眼鏡、二本束ねたお下げが
寺田イズミさん。
「あ……よろしくです」
 そして向こうの、おチビ──うおっ! シャーペン!? せめて消しゴムにし
といて!
「うるさーい!」
 えーと、あちらの花柄バレッタに長い尻尾二本の机に向かってる可憐な淑女が
観月マナさんで、つまるとこ、仲良し三人グループ?
「ま、ね」
 して、観月さんが蛍雪に励むその理由とは。
「五時間め、シンディ先生の小テストじゃない」
 ああ……。期末終わったってのに、なんでそんなことせにゃならんのだか……。
だいたい、観月って、そんなガリじゃないだろ。
「ン、天邪鬼なのよ、みんな勉強してるとサボりたくなる。逆もまた真なり」
「こらぁ〜。聞こえてるわよーっ!」
「聞こえるように話してるからぁー」
 結構な仲で。
「そちらには敵いません」
 ふふ。くそ、ちょっと虚しい。
「そういう問題じゃないでしょ!?」
 うわっ!? 君達いちいちカメラアピールはいいから、いきなりどアップで登
場するな。
「なんで私が補習10時間と追試2科目も受けなきゃなんないのよ!?」
 ああ、夏季補習か。騒ぎまくったツケが来たなー。俺、30時間と追試5科目。
「あーっ! 宗一、あんたいっつも寝てるくせに、なんで!」
 ふっ、どうやら勝ったらしいな。授業ばかりが単位の道と思ったうぬの不覚よ。
「またイカガわしい仕事で稼いだんだ……」
 なんとでも言え。ゆかりは?
「うふふ、夏季補習ですか。そんなお話もありましたね」
 うおっ、優越感に満ち満ちている!?
「あ。いえいえ、滅相もありません、お代官様。ふふ。追試は受けないといけな
いしね。でも、普通に授業に出ていればそんなに大変なことにはならないのです
よ、ね、観月さん」
「ぐっ……。お祭り騒ぎに騙されたわ……」
「マナちゃん、週に一度はふらっとサボるからね」
「向こうが勝手に大騒ぎしてんだから、あたしもたまに息抜きしたっていいじゃ
ない!」
 無茶苦茶言っとる。
「ほんとに。授業潰れるだけでカンシャしなくちゃ」
 お、珍しく皐月がいいことを言った。
「考え方が似てきただけだと思いま〜す。普通は授業が潰れたら困るものです」
 素で正論言われると一言もないな……。だが似てるとは失敬な。親しき仲にも
礼儀ありというぞ、そのような暴言は厳に慎み給えゆかりくングッ!? 今のは
舌噛んだぞこら……。
「ふん。
 あ、柏木さんはどんなかんじ?」
「残念でした、あたしも那須と同じくらいだよ。並ってとこかな」
「ぐぅ……」
 それが並ってのが恐ろしい。七月は全部潰れるぞ。
「補習率、99%を超えるんだって」
 ハメ外したもんだなあ。
「騒いだのは一部だけのような気もするけどね」
 いいじゃん、楽しませてもらったよ、色々と。
「色々どころか、あんた、トトカルチョ常連客じゃん」
 戦士達の生死を賭けた鍔迫り合いに晩飯を託し、共に雄叫び、歓び、消沈する。
あの一体感。燃えるね。
「理解出来なーい」
 皐月はガチンコ肉体派だからな。賭けられる側にされたの二回あったの気付い
てるか? いとっぷのローカルな奴じゃなく。
「うそっ!? あたしマージン貰ってないよ!」
 ……おまえ。
 ま、世間並ってのはこんなもんだ。観月も甘んじて受け入れろ。
「だから、そういう問題じゃないでしょ!? 異常よ、あの馬鹿騒ぎは! 去年
まではここまでじゃなかったでしょ、なんで平然としてるのよ、あんた達は!?」
 なんでって言われてもなー。
「マナちゃんだってそんな友達いるじゃない……。仕方ないよ。元々、いろいろ
『特殊』な人も迎え入れるって教育方針なんだから。入学したときからそうだっ
たでしょ? 一学期はちょっと、それが爆発しちゃった感じだけど」
「ま、いいんじゃないの? 結構楽しかったし」
「……ノブもイズミまで……。絶対毒されてる。変よ。異常よ。クスリでも盛ら
れたんじゃないの?」
 そうかなー。柏木さんはどう思われます?
「ん〜。あたしには論評する資格はないと思うけど」
 そっか。と頷きつつその微苦笑を激写っ。
「するなっ」
「ま、特留生だの一芸編入だの、噂あるけど」
「面白い芸見せたら試験パスだって話……」
 ではここで、教室の変な奴該当者、挙手ー。
「はーい」
「ほい」
「おうー」
「すみません……」
 ひいふうみいよういつ……また豪快に増えたもんだ。
「宗一くんは?」
 俺は正当に入学した善良な一生徒だと主張している。
「面白いのに、皐月ちゃんとのコンビ。野に埋もれてるなんて学園の損失だよ、
もっと広い世界に出ないといけないよっ」
 この学園の変な奴の基準はそういうもんじゃない。もっと、致死的に変な奴ら
のことだ。
「そんなに変わらないよー。みんな楽しいよー」
 ……この娘さんにはみんな同じに見えるのか?
「とにかく! あんた達に付き合っちゃいられないの! 私たちには高校生とし
ての生活と将来があるんだからね」
 あんた達って……俺らは無実だ。
「ノブ、イズミ、単語帳付き合って。少しでも補習減らさなきゃ」
「今からキバったって変わんないわよ〜?」
「ノブコちゃんはのん気過ぎだよ。あ、お邪魔しました〜」
 はい、こちらこそー。
 ところで、沈黙を保ち続けた伊藤くんの補習時間は?
「俺は明日を〜見ない男さ〜♪」
 踊るな。
「……あの……」
 む?
 おや、来栖川と長谷部とは珍しい。おい、皐月、後ろ後ろ。
「あ、袖引っ張られるからなんだと思った。お昼終わった?」
「なんだ、ますます珍しいな」
「さっきちょっと話し込んじゃってさ。誘われたの」
 何に?
「こっくりさん」
 そりゃまた懐かしいものを……おっと、ここで恒例になった紹介と行こう。
 黒い髪のストレート。垂れっと眠そうな目のこの人は来栖川芹香さん。
「オカルト研の部長だっけか」
「……」
「いとーくん、来栖川さんは、副部長」
 そうだっけ? ……でもオカ研って四月まで、来栖川一人だったような……っ
と。
 そしてこちら、同じく黒髪に、前髪揃えて後ろはまとめた、長谷部彩さん。確
か──漫研? へ、美術部だけ? だっけか。お二人さんは友達だったよね。
「……」
「魂の大親友だって」
 ですか……。
 って副部長さん、そのマガマガしい羊皮紙はなんですか?
「おや、現代魔女魔術の花形ですねえ」
 湧いて出て来てわかりにくいことを言うなよ、神海。いや、まあ、そうなんだ
が……。ウィジャボードって奴か。香まで用意して。
「あ、そーそー、ヨーロッパのこっくりさんなんだよね。で、誰を召ぶんだっけ」
 いきなり召喚ですかい。
「グロウリーさんを呼んでみます……だって。誰?」
 ……『黄金の星』教団のグロウリーか? やばいんでないの?
「宗一くん、どちらさま?」
 20世紀最大の魔術師だよ。悪魔を召喚使役し、真理に到達したという『知恵
の書』を記した。新興宗教の教祖みたいなもんだな。50年以上経ってもまだ信者
がいたはずだ。
「いつもながら、無駄に雑学を溜めてる男ねぇ」
 雑学は来栖川にひどいぞ。魔術学ってのは科学と別系統の知恵の集体だと近年
再評価されつつあって、オカルト研もちゃんと系統立てて研究してるんだろ。
「でも、あんたのは雑学でしょ?」
 ……うん。
「ふふん」
 くそ、座ったままで斜め上目遣いとは高等テクを。
 で、召還してどうするんだ?
「……」
「……ふんふん。この学園に外の人を呼んだときの影響を検証するんだって。仮
説通りかどうか」
「どんな仮説だよ……」
 そんなことをこっくりさんで検証していいのか? って言うかなんかものすご
い意味深だぞそれは。
「細かいこといいから始めよー。この矢印に三人で指合わせて?」
「でっけー矢印。10円玉じゃないのか」
 香の香りがなんとも……アロマセラピーとは一線を画すな。
「……」
「ふむ。呼び出しの呪文を唱えるからお静かにだって」
 オッケ。
「……………………………………」
 さすがに本格的だ……。
「……………………………………」
「あ」
 む。
「おーっ! 動いた、動いた! 宗一、動いてるよ、勝手に! ほらほら! あ
たし何もしてないのに!」
 ……緊張感、ドコ?
 そういえば、霊感ってものは知ってるか、神社の娘?
「それっておいしい?」
 予想通りだなあ。
「小学生の頃、うちのお社でコックリさんやったんだけどさ。
 少ししたらみんな気持ち悪いとか言いだすし 二人倒れるし、お父さんはただ
ならぬ気配がしたぞ! って飛んで来て。次の日正装でお払いしてた。もー大袈
裟なんだからー。あはは」
 いろんな所にツッコミたいぞ、それは……。


          第四幕


 ……結構時間かかるぁ。
「……」
「え、交渉難航中だって」
「どんなだ……」
「えーと。ええ、えぬ、びい……ダメ、ついていけない……」
 情けないなー。ゆかりさんの爪の垢でも煎じて飲め。
「……」
 あれ、ゆかりはこういうの、だめか? 黙っちゃって。
「え? うん、普通かな……」
「いつも、キャーキャー言いながらかぶりついてるじゃん」
「それはホラー映画だよ……。
 ね、宗一くん……」
 ん?
「なんだか、その羊皮紙、怖くない?」
 ん……?
 ……神海、専門家の意見は?
「……h、a、n、k……」
 おーい?

「『交渉成立だ。汝の犠牲に感謝する』」

 いきなり真顔で呟くなよ! う……っ!?
「宗一くん?」
 やべ。こりゃだめだ。……俺も、ここにいたくない。
「ちょっと拙いかもしれませんね」
「こ、怖いこと言わないでよぅ……」
 巻き込まれたくない映画ジャンルの筆頭だな。ジェイソンの方がまだしもだ。
来栖川、穏当にお帰り願えないか?
「うん、さんせい」
 なんだ、皐月、突然真面目くさって。
「ゆびがはなれないの」
 ……。
「わあ……ホラーだね……」
「ほらぁ、ぜんぜんうごかない」
 寒ッ!? こんな時に体感温度下げるな! 泣くぞ!?
「せめてきぶんをもりあげようとおもって」
 ……来栖川さん……あのぅ、そのこめかみから流れるやばげな汗はなんであり
ましょうか。
「そーいち、そーいち、おしりもいすからはなれないよ」
 冗談は顔だけにしとけよ、まじで……。よっ! 重い!? 皐月、これが片付
いたらダイエットしろよ!

「コロス」

 気を紛らわせるジョークだろ!? 怪奇現象の前で滅多なこと言うな!
 ……仕方ない。ちょっと痛いかもしれんがいい子なら我慢しろ。椅子ごと蹴倒
せばどうにかなるだろ。
「ちきんたつた」
「あ?」
「ちきんたつたばーがー。がまんして、せっとじゃなくてたんぴんで」
 俺がおまえにか!? アホも大概にしろよ!?
「いたいけなおんなのこをけとばすなんて、うちどころがわるくておよめにいけ
なくなったらどうすんだ」
 雨月山の狐にでも嫁げ! 腰が抜けてるのか? ま、ひっくりかえる前に捕ま
えてやる──あれ、腕──ひょ──
 ぉっ? のわぁあー!
 ずべ。
「そ、宗一くん!?」
 何、今、何? 俺、飛んだ? 俺、今、飛んだ!?
「すすすすごいよ宗一くん! 今宗一君の腕がひょいっと曲がったと思ったらさ
っと浮かんでぶぁっと回ってでんぐりがえしのでこでこでこりん!」
 ……俺が意に添わぬバク宙したらしいことはわかった。わかったから俺より慌
てんでいい。
「このむのうものー。それでもせかいいちいかー。ばいしょうははちきんたつた
せっとにくりあげだー。はやくしないとしぇいくがつくぞー」
 ……。
 ゆかり。俺は湯浅皐月という奴を、実はとんでもない大物なんじゃないかと疑
うことが時々あった。
「うん」
 そして、今確信した。
 奴は正真正銘、図抜けたアホだ。
「きーこーえーてーるーわーよー」
 やかましい! こんなときくらい十人並の反応してみせろ! しまいにゃキレ
るぞ、俺がおまえにッ! っ……ぶあっ、ノート!?
「えと、グロウリーさんは無視されるのがお嫌いみたい〜」
 君は霊の言葉もわかるのか?
「風が語り掛けます」
 十万石さいた──うぉ、椅子かよッ!? なんで俺ばっかり!
「きっと気に入られるタイプなんですよ」
 ええい、くそっ、真ッ昼間から怪奇現象とはいい度胸じゃねえか。だが我らが
試立Leaf学園を舐めるなよ! 神海! なんとかし──あれ?
「災害救助は、二次災害を回避することから、始めないと、いけませーん」
 ……教室最後尾まで逃げてやがる。邪神崇拝組織なんぞを当てにしたのが間違
いだった。誰かおらんのか、我こそはと名乗りを挙げる真の勇者は!
「あ〜そ〜こ〜っ」
 なんだゆかり、その君的目一杯驚愕のジェスチャーは──うわっ!? 人体が
天井近くにぷかぷかとっ!? まるで瀕死の金魚のように!
「霜月くん、真っ先に助けに行って、やられちゃったみたい〜」
「なんてこった! 転入生は義気溢れる志士だった! 彼の勇気ある行動に全員
敬礼! かつ黙祷!」
「う〜ん……なんだか全然違うことを叫びながら走っていったような……」
 死者を鞭打つもんじゃない。士気が下がる。
 しかし、いかんともし難い。こんなときはとりあえずあの合言葉だ──ジャッ
ジを呼べ!
「その大役俺に任せろ! ピンチな時にこそこの橋本を忘れるなァッ!」
 ってあんたそんな物凄いダッシュしなくとも!?
「よっ、……ハッ! ……。ドリァア!」
 どうしたぁ?
「……ドア、あかねえんだけど……」
 ……。
「おい、後ろのドアも開かないぞ!」
「なら窓から──くそ、駄目だ。どうするよ、なすびん!」
 ……なあ、おい、伊藤。
「なんだよ、那須」
 この蒸し暑い昼休みにさ。……誰が、いつのまに、窓を全部閉めた?
「う」
 閉じ込められた、か……。
「宗一くん……なんだか気持ち悪い」
 俺もだ。油断したら吐きそう。俺らがこれじゃ、真ん中の三人は……長期戦は
無理か。
「宗一くんも結構霊感強い方?」
 んにゃ、今まで気にしたこともなかった。でも案外強いのかもな。
「あ、でも、長谷部さんは……。
 そ、宗一くん、あれ! お香の煙!」
 な……顔、か……?
「ヒィイ!」
「冗談じゃねえぞ……」
「いやだぁ! 助けてくれえ!」
「ちょっとぉ! よくわかんないけど、誰かなんとかしなさいよ!」
「おまえが行ってどうにかしろ!」
「なぜだか知らないけど見るのも恐いのよっ!」
「ふみゅーん!」
 やべ。パニック気味だ。収拾がつかなくなるぞ。
「ふっ、落ち着きたまえ、皆の衆! 案ずることは何もない!」
 なんだいとっぷ、唐突に。
「こんな時のために、うちにはいるだろ、頼りになる大将が!」
 おお、そうか! 大将がいた!
「そうだ、出番だぜ大将!」
 大将!
「大将!」
「大将!」
「大将!」
「って……なんで全員あたしの方を見るんだぁああ!?」
 あんたが大将だろ、第一校庭の朱の女王・柏木梓!
「その呼び名はやめてぇえ!」
「新入生にあれは衝撃だったよなあ……」
「俺、あれでここの免疫ついたもん」
「黙れえ!」
 その怒りを拳に込めて敵を撃て! おまえならどうにかするような気がするな
んとなく!
「できるかぁ!
 ええい、ジン! 起きなさいよ! 敵よ、強そうよ! 奮い立って戦え!」
「……俺は厄介ごと撃退マシーンか……?」
「違うとでも言い張るつもり!?」
「つもりはねぇが……。んー……?
 あー。
 あ……。
 ア〜……ダメ。
 殴れねえ相手は守備範囲外。終わったら起こしてくれ。グゥ」
「寝るなぁー!」
「……食って寝ねえと回復しねえんだよ、こればっかりは……」
 経験の含蓄深いなー。
「のん気なこと言ってるんじゃないよ。愛しいお姫さまが危機でしょうが」
 おう。愛しい昼食製造器が悪の魔法使いに囚われた。勇者としては知恵と勇気
と沈着な組織力でもって奪回作戦を遂行し、無事に脱出して自らの腹をも救わね
ばなるまい。冒険は家に帰るまで。みんな満腹ハッピーエンド。
「素直じゃないね」
 あのな。あいつと俺は別にそんな関係じゃないんだぞ。いやこれホント。
「毎日即興夫婦漫才であたしらの目を楽しませといて、いまさらそんなこと言っ
ても信じゃしないよ」
 違うわっ。
「は〜や〜く〜、た〜す〜け〜ろ〜」
 おっと。──漫才はここまでだ。志願者を募るか。
「おう」
 おお、いとっぷ。さすがDYD。
「だから、何よそれ?」
「ふっ。聞かんでくれよ」
 意味ありげに威張るな。他には?
「あたしも。友達だからね」
 よしきた大将。
「大将はやめて」
「はい、立候補です。我が家の大事なコックさんを助けないとね」
 おう、じゃ、ゆかりは後方で全体を観察。状況が変化したらすぐに報告するこ
と。
「ふふ、宗一くんのナビですね」
 ま、そういうことになるか。それから……。
「お……おーい……俺もー……」
 おおっ!? 生きてたか破廉恥転校生霜月祐依! ピンチレスキューでハート
もレスキュー! とかいう恥ずかしい叫びはばっちりカメラに収まってるから案
ずるな!
「死者に鞭打つなって話は……?」
 生き返ったからチャラ。
「くそ、この学園には男の仁義もないのか?」
 あっても希少。高くつくので触れるべからず。……おい、おまえもすごい汗だ
ぞ。
「……プレッシャーキツイんだよ。一歩近付くだけでビリビリきやがる。小なり
とはいえ、『クラシック』だからな……」
 ……詳しい人?
「訓練はしてる。これでも、専門家。……そうだな。
 最終的にはあのウィージャボードの封印。本格的にやるには準備がいるし、あ
の魔女魔術の人が適任だ。まずあの魔女の人をボードから引き離す。道くらいは
切り開く」
 おお、上等。
 さて他には。
「はい」
 あ、橋本! おまえも手伝ってくれるよな?
「ヒヘ? あ、その、俺、腹痛が……」
「……役に立たねえ」
「あのー」
 しゃあないか。少数精鋭短期決戦。
「はーいはーい」
 では行くか。ゆかり、バックアップ頼まあ。
「イエスですよ、宗一くん」
「はーい! 立候補ーっ」
 うわっ!? カメラに頭突きするな!
「さっきから手を上げてますのに。この神海、オカルト研の神海をお忘れなく」
 却下。事態のさらなる悪化が懸念される。
「差別だー」
 差別ってのは、特に現代においては、正当な理由なしにあるものを他よりも低
く扱うことを言うんだ。だからこれは差別じゃない。
「では何と?」
 予備拘禁。大将!
「大将呼ぶなっ!」
「げぶ。……ばったり」
 ロッカーにでも捨てといてー。
「オッケー」
 正義の拳が振るわれて、大事の前の小事が片付いた。我々突撃班は世紀の悪魔
導師に敢然と戦いを挑むのであった。
「あんた、いい加減カメラ放しなさいよ」
 ほっといてくれ。俺の夏がだいぶ掛かってるんだ。
 ゆかり、状況の報告を。
「グロウリーさんのお怒りゲージは順調に上昇中です」
 ……なんでわかるんだ?
「んじゃ、そろそろ行くぜ……!
『主は彼を叱り曰く、「黙れ、この人から出で去れ」! 即ち……』ッ!?」
 どうした!?
「か……な縛りっ……」
 おいおい!
「ヘヘ……っ。だけど、思ったほどじゃない……な。
 俺が……引きつけとく。横から三人を掻っ攫え……!」
 ……いけるのか?
「楽になってる……だろ?」
 お。
「うっし。そんじゃ行きますか」
「キリキリいくぞコラァ!」
 いとっぷ燃えすぎ。クッ!?
「ぶわッ!」
「竜巻ィ!?」
 気をつけろ、どこから何が飛んでくるかわからないぞ……のわ!? ──とと
ッ。
「わ! 宗一くん凄い。今のコンパスだったよ〜」
 ふふ。秘技、30センチ定規剣。コンパス苦無でも定規手裏剣でも持ってこんか
い。
「宗一くん、うしろ〜っ」
 ばっちこーい!
「けいじばん〜!」
 ぬわにぃ!?


          第五幕


「宗一くん、大丈夫?」
 つつ……。つ、机の角に頭ぶつけたぁ……。
「どうおりゃあああッ!」
 ……伊藤?
「今、四回めの突進中です」
 あいつ、ボロボロで……根性みせてくれるじゃないか。
「あああゃりおうどッ!?」
 押し返された。
 柏木、調子はどうだ!
「良くないよ……! こんなに物が飛んでちゃ近付けない。いよいよとなったら
……!」
 最後の手段って奴か……考えないとな。
「ねえ、起きられるんなら、どいてくれる?」
 ごめん、あ、これ、観月の机だったか? 倒しちまったな。って、おい、そん
な真正面向いて座ってると見えるぞ。ていうか撮るぞ……って。
「……うるさい」
 こんな時に何平然と勉強してんだおまえは!? もっと後ろに下がってろ!
「……私はこんな馬鹿に付き合うために学校来てるんじゃないの」
 はぁ!?
「迷惑だって言ってるのよ霊だか魔術師なんだかしらないけどだいたい日頃から
でっかい顔しすぎなのよいきなり校舎爆発して授業半分吹っ飛ぶのは日常茶飯事
だわヘンなイベントがぽこぽこ湧いて来るわ夜な夜な怪物が出歩くわ変態が白昼
を闊歩するわとばっちりで夏休み潰れるわ、挙句に人の昼休みを邪魔する権利な
んてあんたたちにあるわけないでしょ! このォ!」
 待て待て! その椅子をどうする気だ!?
「放してよ! あんなのぶっとばしちゃえばいいんでしょ!」
 おい、いたいけな女子が二人もいるんだぞっ!? 皐月だけ狙うのはそいつじ
ゃ無理だ!
「あーんーたーねー」
 お、まだ余裕あるな。その調子で脱出できんかー?
「でーきーるーかーあー」
「おまえら、ちょっとは伊藤を見習えぇ! も、う、限界……だっ」
「あ……の……」
 お?
「なんだ、えっと、長谷川だっけか!?」
「……谷部……です」
「ああ、長谷部、いいから無理して声だすな! 動くなよ!」
「この……紙を……なんとか……でしょうか」
「そうなんだけど! ちょっと待ってろよ! 今──」
「……それじゃ」
「行くから──」
「ビリっとな……」
「え」
 あ──


       (爆発的な高音とともに視界が吹き飛ぶ。
        激しく回転し、天井を向いて停止。
                約1分20秒後、復旧)


 ……テレビの前の皆さん、ご覧になれますでしょうか……。
 咆哮とも断末魔ともつかない叫びのようなものにより、教室の窓という窓が全
て割られてしまいました……。教室は我ら精鋭達の累々とした屍の山であり……。
「……あんたも大概タフだねぇ……」
 いや、口しか動かん……。柏木、三人は無事か?
「……ごめん。ここからじゃ見えない」
「グッ……これしきのこと、で……っ」
 お?
「俺の道を阻めると思ったかあああああッッ!!」
 おお!? DYDが立った! 愛か、これが愛の力なのか!?
「だから、DYDってなんなのよ……」
 男同士の機密事項だ。
「あっそ、まあいいよ……」
「ふっ。一人の男が困難に立つならば、それに惹かれ道を共にする男もまた現れ
るもの……」
 おっ、転入生・霜月も立った! 男の獣欲は限りなしッ!
「女子は三人、空席はあと二つ! ってやかまし〜」
「ま……他人の振りってわけにも……いかないから、ね……」
 うお、鉄のファイター・柏木梓も立ちあがったァ! なんてタフネス! 驚天
動地! あの女は人間か!
「黙れ!」
 グゲボァッ!?
「ふんっ。って……芹香、彩、無事ぃ?」
 ……み、みぞ……お……ち……。だれか、たす、け……。て。


              ◇


 このあと、宗一くんは実況不可能の状態になってしまいました。
 健気にも一番に駆けつけた伊藤くんが、皐月ちゃんを介抱しようとしましたが、
「湯浅、無事か!」
「こ……」
「お?」
「恐かったよーっ!」
「うごぶッ!?」
「ゆかりー! もうダメかと思ったぁー!」
「さ、さっ、つきちゃ……きゅう。くたっ」
 諸手突きと鯖折りで保健委員さんの仕事を増やしてくれました。
 それから霜月くんと柏木さんが二人に駆けつけて、
「無事か、長谷部!?」
「あ、の……」
「あー、駄目。芹香はすっかり目を回してる」
「そうか、霊感強けりゃな……。何つっ立ってんだ、あんたも横になれ!」
「……小さな……ころから……」
「ん?」
「霊感、とか……全然、ないので……」
「……へ?」
「皆さん、何をしてた……んでしょうか……?」
「……。
 ふっ」
「あ、崩壊した」
 霜月さんが最後の保健室利用者になったとき、お昼休みの終わりを告げるチャ
イムがなったのでした。


          終幕


「『これが、私こと那須宗一の穏やかで喜びに満ちた学園生活である。
 この学園で青春を謳歌し、勉学に集中して励むことができる環境を誇りに思う。
 そして暖かい友人達に囲まれたことに感謝し、より一層の精進を誓い、今日の
レポートを終わりにしたい』。
 代読は伏見ゆかり、映像は緒方先生のご厚意により、編集無しでお送りしまし
た。
 ありがとうございました」
 ぺこりとお辞儀。
 パラパラと拍手。教室の二割ほどは突っ伏している。今回の当事者達だ。慣習
上、被害者という呼称はなされない。
 ちょうどチャイムの音が生徒を一日から解放した。
「ね、知ってる? 学校は宗一くんの精神安定剤なんだって」
 午後の日の光の下、吸血鬼のようにぴくりとも動かない宗一の上で、少女が二
人微笑んでいる。
「ふうん。ま、あれだけ食って寝て騒げば、気分もすっきりするってもんよね」
「ふふ、私もその一助になっていると思うと、ちょっと嬉しいです」
「そんな上等な心遣いが必要な奴かなー?
 ま、世界平和はセイギブラックに一任して、あたしらは充実の放課後ライフに
繰り出しますか」
「あ、そうだ。霜月くんと約束……」
「ブブー。ふっかつのじゅもんがちがいます。無理だってば。あれもしばらく起
きないよ」
「そか、そだね。じゃ行こっか。お腹空いちゃった。今日はなんだかストロベリ
ーな気分です」
「はいはい、トリプルでもバケツでも好きにしなさい」
「うう……。お、放課後か?」
「あ、ジンくん、お目覚め?」
「ああ、やっとマシになったぜ……どうした、こいつら?」
「色々あってね〜。ま、下校時間にはみんな復活するでしょう。じゃ、明日ねー」
「おう、またな」
 女子二人は賑やかに、数名が依然突っ伏す教室をあとにした。

 のちほど、芹香はちょっとしょんぼりしながら破れたウィージャボードに適切
な事後処理を施した。ぽそぽそと謝った彩と一緒に話を聞いた梓に話したところ
では、実験には一定の成果ありだったそうである。


                              (幕降りる)
────────────────────────────────────


 実験作なるものを始めて書いた気がします。
 変則一人称──のつもりでいて、実質地の文が無いのに人称もへちまもないこ
とに途中で気づいたりもしたり。
 変則型だからだらだら書いちゃいけないだろうと思いつつ、やはり予定オーバ
ーのるーつ・学生編でお送りしました。キャラ把握には使えそうもありません。
 この面子で本来登場して然るべきなのに出番のなかった数名のキャラには……
お許しを。理由があるのです。多分。きっと。
 次こそは……数年ぶりのシリアスを! 一心不乱のシリアスを!


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          BGM:ひたすら「スクランブル!」 050403 神海