「第1Lメモ 編入一週間編」  投稿者:神海
 ほとんどの皆様、はじめまして。新参者の神海です。
 唐突ですが、今回は『彼』がL学園に編入して五日ほど経った時点から話が始まってし
まい、新顔のくせに初回からいきなり学園に馴染んでしまっています。
 本来なら「編入編」を始めにご紹介すべきなのですが、【塔】関係の話の上、長すぎる
ので先送りにしました。格闘部でちょっとした騒動があったりしたのですけど。

 それでは、後書きでお会いできれば幸いです。

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 Leaf学園の中庭は、晴れた日の昼休みや放課後など、生徒達ののんびりとした憩い
の場になる。集まって雑談したり、恋人たちが語らう、最もポピュラーなスポットだった。
 そんな中庭のベンチの一つに座り、目の前に怪しげな商品を広げている生徒がいた。L
学園には珍しく、ブレザーとワイシャツをちきんと着たうえ、名札まで付けている。プレ
ートには『神海』という二文字だけがあった。
 彼の前に広げられているのは、羊皮紙に書かれた呪符のようなもの、小瓶に入った粉末、
何かの紋章のような装飾具、そのようなものだ。
 一人、お客らしい生徒が、一組のアクセサリーを手に持って、しつこく効果を問い質し
ている。少し痩せている、あまり気の強そうではない生徒だった。
「ホントに? ホントのホントのホントのホント〜に、効き目があるんですか?」
「もちろんですよ」
 売っている方の生徒は、大人びた、愛想のいい笑いと伴に、そう返して、幾つかの説明
を加えた。
 男子生徒は、覚悟を決めた様子で、ごくりと唾を飲み込んだ。
「いくらですか?」

 幾度かのやり取りの末、商品は無事売れた。
「ああ。アイテムよりも、直接の呪術の方が本業ですので、今後ともよろしくお願いしま
す」
 神海は、最後に名刺を渡して言った。


           1. 何でも屋の売り上げ日記(1)

 お客が去ったのを確認してから、ふと、神海は笑顔を消した。
(やっと、一人……か)
 夏の土曜日の太陽も、既に傾きはじめていた。
 格闘部での、放課後三時間の強制労働も、明日の日曜を挟んで明後日で終わる予定だ。
来週からはやっと仕事に本腰を入れることができる。
 だが、それにも関わらず、神海の心は晴れなかった。
 この学園では別段珍しくもなかったが、神海には現在、保護者はいない。
 授業料などの経費を、かなり格安で編入できたとはいえ、金はもちろん掛かる。生活費
も自分で稼がなければならない。あと二ヶ月持つ程度の蓄えはあったが、それ以後は何の
展望も、あてもないのだった。
 幸いにして、神海には一応、手軽に金になる技術があった。『儀式魔術』と呼ばれる、
西洋魔術全般の知識である。熟練しているとは言い難いが、簡単な呪術や、護符造りなら
できる。それを売る商売だった。
 しかし、今週一週間の客足の悪さは、神海の脳裏に「絶望」の二文字を点灯させるに十
分だった。特殊な技能を持つSS使いならまだしも、普通の一般生徒まで、神海の説明を
聞くと「へっ、珍しくもねえ」という表情で立ち去ってしまうのだ。
 理由は、分かっている。痛すぎるほど、理解っている。
 この学園は、「並」ではないのだ。
 最大の難敵は、beaker氏の第二購買部だった。「金さえ払えばホワイトハウスでも持っ
てくる」との言葉通り、兵器から魔道の類いまで、その品揃えは半端ではない。
 儀式魔術にしても、学園最高の魔術師、来栖川芹香女史がいる。他にも、錬金術の神凪
遼刃氏、神無月りーず氏などがいる(なんだか、「神」の字が付く人が固まってますな(汗))。
 はっきりいって、彼らは常識外れの実力者であり、その業界では名の通った者もいた。
神海が敵う相手ではない。
 よって、彼らとは違う、別のやり方でアピールし、目立たなければいけないのだった。
 このアイディアの良し悪しが、死活を分けると言っても過言ではない。
 コマーシャリングに、マーケティング……。SS使いにとって――、もとい、商売人に
とって、役柄がかぶって食われてしまうこと――、じゃない、同業者に揉まれて潰れてし
まう事は、最も回避せねばならない失敗である。
 とりあえず、皆さんのSSを読んで――ではなく、校内をあちこち偵察して、自分に有
利なポイントを探しているのだが……。
 彼らに比べて、神海が有利な点、その1。
『暇人』である。
 自嘲まじりの評価であった。
 他の人々は、それなりに仕事なり、目的なりを持っていて、忙しい身である。……とい
っても、知り合いの注文に応じる程度のことはするらしいが。
 いやいや、正確には、神海はこの商売で生計を立てなければ行けないのだから、暇人で
はいられない。
 暇な時は飢える時だ。
(ふっ……。いっそのこと『客の来ない三流魔術士』なんてキャッチフレーズで、Run
eさんと一緒にタカリの旅にでる方が目立つんじゃないか……?)
 前途の見えない状況に、思考が自棄気味である。
 そうと気付いた神海はぶんぶんと頭を振って、
「ええいっ! 駄目だ! 始める前から飢えた後のことを考えてどうする!?」
「きゃっ?」
 可愛らしい悲鳴が聞こえた。
「あ、川越さん……」
 横にいたのは、『第二茶道部』での知り合いの、一年生川越たけるだった。

「お仕事、大変なんですか?」
 たけると電芹のいつものコンビに、商品を見てもらいながら、なんとなく事情を説明す
ると、たけるがそう言った。
「ええ……。噂では、悠さんという方まで『便利屋』を始めようかと画策なされているよ
うで……」
 これまた強力な商売敵だった。何しろ悠 朔という男子生徒は、学園でも相当な有名人
なのだ。しかも、遥は、報酬を現金ではなく、現物取引で行うという。高校生にとっては、
そちらの方が何かと都合が良いかもしれない。
 困った。
「まあ取りあえず、アイディア募集中なんです。よろしくお願いします」
 と、気を取り直して、新しく刷った名刺をそれぞれに渡す。それには、「お望みの用件
がありましたら何でもご相談に乗ります」と新たな文面が加わっていた。
 電芹はそれをじっと見た後、真摯な眼で神海を直視して、言った。 
「神海さん。こういう曖昧で消極的な主張では、わざわざ注文してくださる方は少ないの
では?」
「うっ……」
 意外に厳しい突っ込みである。
 しかも正しい。
 苦肉の策であることは神海自身承知していたが、こうして可愛らしい少女に直接突っ込
まれると、ダメージは大きかった。
 一方のたけるは、並べられている物品をしげしげと見て、何か呟いていたかと思うと、
残念そうに首を傾げた。
「あんまり、珍しいものでは……」
「…………………」
 ダメージ二乗。
 背中に群青色やら灰赤紫やらのトーンを背負って落ち込む神海に、電芹が慌ててフォロ
ーする。
「で、でもほら、これなんか、珍しくて面白そうですよ、たけるさん」
「えっと、これは〜〜」
「それはですね、グレースさん……」
 電芹に対して言ったその呼び掛けに、たけるが微妙な表情をした。
 彼女が何かを言い掛けた時。
 電芹が、ぴくり、と動きを止める。
 ほとんど同時、神海も「それ」を察して動く。刹那、電芹と視線が合い――。
 頭上に、巨大な影が舞った。

「……はらぁ〜?」
 突然の動きに、たけるは目を回している。彼女を抱えて数メートル飛び退いた電芹は、
たけるを挟んで反対側に神海の姿があることに、内心感心していた。あの奇襲に対して電
芹のセンサーに遜色ない反応をみせたし、ちゃんとたけるをかばってもいる。それなりの
心得があるというのは本当らしい。
 その奇襲の主は、三人が先刻まで座っていたベンチを真っ二つに切断していた。背広姿
の男。細面の眼鏡の奥には、金色の輝きが灯っていた。
「柳川先生……?」
 たけるの声は、多分、柳川に届かなかったのだろう。
「お前が神海だな……」
 金色に燃える眼で神海を睨む。
「何のご用ですか?」
 神海の声も、明らかに油断のないものに変わっていた。
「ゆき君に、怪しげなものを売ったのは君だな? あらゆる痛みを、他人に肩代わりして
貰うという、呪符……。なかなか効いたよ」
「……また、ゆきさんを実験体にしたんですね?」
 電芹の突込みは、二人の男に聞き流された。
「ええ……。痛みを感じないといっても、別に怪我をしないで済むわけではないし、効果
は三十分だけの上、きつめのリバウンドがありますけどね」
 しれっと無責任なことを言う神海。
「その通り……。ゆき君は科学部室で悶絶している。だが、それで私の気が収まるわけで
もないのでね。今後の教訓も含めて――」
 柳川は、言った。
「狩らせてもらおう」
「売った呪術の用途にまで、責任は持てないのですけど……」
 そう言いつつも、神海は二人と離れ、数歩柳川へ歩む。
「ああどうしよう先生本気だよ先輩やられちゃうよ止めたいけど聞いてくれないし神海
先輩もなんだかやる気だしでもやっぱり喧嘩はいけな(後略)」
 一触即発の雰囲気に、いつもの如くたけるがパニックに陥る。
「神海さん……!」
 電芹も緊張した。まさか神海が、学園でも有数の強さを持つ柳川に勝てるとは思えない。
というより、彼女の知識では、この状況での神海の戦闘能力は、全SS使い(戦闘能力を
持たない者も含めて)の中でも下から数えた方が早いはずである。
 だが、神海は平然と、エルクゥの力を解き放っている柳川に正対する。まともな構えも
取らない。
 そんな神海の姿に訝しんだか、柳川も動かなかった。
 しばしの、対峙。
 風が……吹く。
 どこから来たのだろう。芝生が手入れされている中庭に、薄い砂塵が巻き起こる。柳川
を中心に円を描くような、つむじ風。
 はっ、と何かに気付いて、柳川は足元を見た。
 風に吹かれた砂がわだかまり、幾重もの円を描いている。その中に書かれた見慣れない
文字や図形――。
「魔法陣!?」
 叫んだのは電芹。
「そう……」
 神海は、さほども口調も変えずに肯いた。
「貴方の深層心理に侵入し、最大の弱点を見せる幻術……。そういうものです。これが専
門でしてね」
 神海は答え、――いつのまに握られていたのだろう――左手の鈍い宝石のような石を掲
げて見せる。それは魔力を使い果たし、ぼろぼろと崩れていった。
 儀式魔術を行使するには、取り決めに従った準備と、長い時間を必要とする。『儀式』
魔術と呼ばれる所以だ。それを無視すれば、莫大な魔力と体力を消耗することになる。戦
闘で使い物になる種類の能力ではない。
 ならば。
 あらかじめ、魔術の術式と伴に相当の魔力を封じた結晶石を用意しておけばよい。
 我流ならではの、強引な結論だった。
 ぼう、と魔法陣に淡い光が灯る。砂塵が、巻き付く蛇のように柳川の脚を取り囲む。
 完全に不意を衝かれた柳川は、その術の支配下に落ちていた。
「ぐぐぅっ……!」
 両肩を抱え、地に付きそうになる膝を懸命に支え、がくがくと震える。
 表情を奇怪に歪ませながら、油汗を流し、喘ぎ声をあげる。
「ぐっ………。ぐ、ふふ、可愛い奴め……。くくくッ、ジンよ……、おまえも早くこっち
に来い……。」
「………………」
「……なにか、違う方向にかかってませんか?」
 電芹が非難の目で神海を見る。
「………。研究中の魔術なもので」
 神海も怯んだか、こめかみに汗をたらしている。
 言う間にも、柳川の痙攣は増し、そして頂点に達した。
「ルゥォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」
 鬼の解放……!
 空気と、それ以外の何かが、びりびりと肌に響く。
 遠巻きのギャラリーが圧倒され、中には倒れる者も出る。
 神海が立ったまま、微動だにしないのはさすがだったが……。
「だけど……」
 電芹は呟いた。
「この学園の皆さんに対しては……」
「あれ?」
 神海の、声。
 咆哮する柳川の身体に異変が起きていた。「異変」、だ。エルクゥの姿に身体が変化して
いくわけではなく――。
 光。
 眩いほどの、「桃色の」光がほとばしり、神海の魔法陣を消し飛ばす!
「…………っ!?」
 そして、光が消えた後には。
「エルクゥゥゥゥゥゥゥ・ユウヤァ☆」
 桃色(ピンクとは言わない)の着物(裾丈膝上20センチ)に身を包む、謎の物体があっ
た。
 袖を翻してポーズを決めたりなんかして、
「鬼姫バージョンで登場でぇす♪」
 二本の角が可愛らしく(多分)生え、口からは八重歯のよう(おそらく)な牙が覗いてい
る。腰帯が背中でリボン結びな辺りも、しっかりと基本を抑えていた。
 鬼の爪だけが、何故か凶悪な男の状態のものだということが、何ともエグい。
「火に油、ですよねえ」
 電芹が、彼女には珍しいため息を吐き、真っ白になっているたけるを引っ張って避難を開
始した。
 その直後。
 ずざんっ!!
 エルクゥユウヤ☆は、神海の避けようもない速度で鬼の爪を一閃したのち、マジカル・テ
ィーナに撃退させるまでの間、学園を恐怖のどん底に落としいたれたのだった。


 その後。まあなんとか、神海は傷を魔術で癒したが、エルクゥユウヤ☆を呼び出した上に
新たな変身バージョンを作り出した咎により、SS使い達に袋叩きにされた。
 挙げ句に、後に残ったのは、道具一式の全損により、家計が本格的にのっぴきならなくな
った、という現実だけだった。


  おまけの後日談。

たける「あの、『神海』先輩って名字ですよね」
神海 「はい、そうですよ」
たける「お名前はなんというんですか?」
神海 「………………………………………………………………………………………………
   …………………………………………………………………………………………………
   ………………………………………………………………………(深刻な表情で沈黙)」
たける「あのあのっ(汗々)」
神海 「忘れましたよ……、そんなもの(遠い目)」
たける「ごめんなさいわたしったらまたよけいなことを名札に書いていないんだから気付
   かなくちゃいけないのに(後略)」
神海 「すみません、少し、一人にして頂けますか……?」
たける「…………!(ショックを受けた様子で無言で立ち去る)」
神海 「………」

 去っていくたけるの後ろ姿に罪悪感を刺激されながら、神海は空を見上げた。
(言える訳がない……)
 そう。言える訳がない。
 自分の名が、L学園のとある超有名人様と同じであるなどと。しかも漢字まで同じであ
るなどと。
 こんな名前を公表などしようものなら――。
「またかぶっちまうじゃないかよ、ちくしょー!」
 ノイローゼ気味の神海だった。


              (この物語は、現実に存在するネット事情、SS作家など
               とは、一切関係はありません。……多分(汗))


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担当「あー。困った困った」
神海「駄文書き(ぼそ)」
担当「……」
神海「………」
担当「…………」
二人「………………………」
神海「というわけで、本職の『何でも屋』の設定、及び、オカルト研究会との繋がりなど、
  まったくなってない神海です(ぺこり)。人間関係が出来てないからキワモノとアク
  ションに頼らざるをえない初回Lメモ、いかがだったでしょうか」
担当「…………………………………」
神海「もう一本、オカ妍編を入れるつもりだったようですが、全然お話になりませんでし
   た。延期です。申し訳有りません。あ、格闘部との繋がりは深くはならない予定で
   す。ほんとに、何考えてるんでしょうね。無駄な設定多いし」
担当「…………………………………………。だって、そういうキャラにしたかったんだよ
  ぅ」
神海「我が侭、ですか。自分が書きたいものと、読者が読みたいもの。二つの間にあるズ
  レを、どれほどの高みで整合させられるか。それが物書きの技術というものですよ」
担当「くっ……そんなに簡単にいったら苦労せんわい(ぼそ)」
神海「だ・か・ら。駄文書き(ぼそ)」
担当「く、く、く……くそぅっ! 今に見てろぉぉぉぉぉぉ!(泣きながら逃げ出す)」

   (神海、黙って見送る)

神海「……ま、これくらいハッパかけないとね。ただでさえ口だけ男なのに。
   お見苦しいところをお見せしました。ご容赦ください。
   では皆様。次にお会いできる時までご機嫌よろしければ幸いです(礼)
   でも、もうちょっと続きを(笑)」

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  −プロローグ−

 美術室。
 絵の具の匂いが染み付いている部屋は、なぜか、他の特別教室と違い暖かみがあるような
気がする。彼女はそこで、二年生の提出した絵の課題を整理していた。
 と、ノックの音がした。返事をすると、扉が開く。
 入ったのは、男子生徒だった。背の割には痩せている。それ以外には、どこといって特徴
のない生徒。
「ああ、貴方は……」
 彼女はその顔を知っていた。直接面識を得るのは初めてだが、その顔は写真で見ていたの
だ。
 三年生の生徒は、落ち着いた、愛想の良い微笑を称えて、
「はじめまして。『導師』に、お話は聞いています」
「神海さん、ね」
「はい。『新入り』です。足手纏いになるかもしれませんが、よろしくお願いします……」
 少し言葉を区切り、
「【飯塚】弥生さん」
「……………………………………………」
 沈黙。
 彼女は、表情こそ変えなかった。
 ただ、二人の他に同席する者がいたならば、形容しがたい冷気が、床下から這い上がっ
てくるような恐怖を禁じ得なかっただろう。それに圧されるように、照明が明度を減じた
ようにすら思ったかも知れない。
 神海は、それに気付かない様子で、平常の表情を保ったままである。
 そこはかとなく何かを押し殺したような声で、彼女は言った。
「……篠塚です……よ?」
 神海は驚いた風だった。
「あれ……? 導師に直接聞いたんですけど……。おかしいですね……いえ、とにかく済
みません。篠塚弥生さん。これから、よろしくお願いします」
「…………」
 恐縮げに差し出された手を、彼女は黙って握りかえしたが、すでにその目は、神海を見
てはいなかった。


      2.初回特典(←こら)「使徒達の日々(#0)」
                           (ちょっと「塔」設定有り)


 晴れた、午後だった。
 図書館カフェテリア。10人弱がいて、雑談したり、軽食をとったりしている。中には、
割といい雰囲気のカップルもいた。もう下校時刻が近いせいだろうか、従業員の電芹や川
越たける達の姿がなく、レミィ一人が忙しく立ち働いている。
 ありふれた、どこにでもある、光景。
 神海は、ここが気に入っていた。
「平和、だな……」
 誰にも聞えないように、神海は呟く。
 これこそ、彼が求め、そしてついに手に入れることの叶わなかった光景だった。
 遠雷のような響き――爆発音が、低く、断続的に木魂している。だが、それも遠い。
 それに、この学園では、そんな音こそが平和の証だった。
 平凡こそが至福。
 今、ここにそれがある。
 であるのに、何故、人は、より高みを目指そうとするのだろう? 高く、高く――「完
璧」など求めて何になる? 所詮人の身には届かぬ高み。全き光にしろ、永劫の闇にしろ、
人がそれに到達することなど、見果てぬ夢――。
「だからこそ、興味が湧く、か」
 人の身でありながら、完璧を求めて足掻く男に。「完全なる」世界を望む男に。欲する
もの全てを手に入れようとする男に。手に入らぬもの全てを否定しようとする男に。
 そして、その望みを、実現する可能性を持つ男に。
 自分は。
 自分は、彼に、どこまで付いていけるのか。『世界』の行く末をどこまで見定めること
が出来るのか。人の身に過ぎない自分が。
(だが、今はいい……)
 今は、ひとときの安らぎに安住しよう。彼にとって無縁なもの、絵に描いた中にある平
穏であろうとも。
 絵を楽しむことは、出来る。
 彼がここに在る、それが、もう一つの理由なのだから。
 いや、それとも。
 この光景を、この平穏を、自分は手に入れることができるのだろうか。ここに居さえす
れば……。
「……ああ、宮内さん。カフェオレをもう一つ……」
 そう注文し、再び視線を空へ上げ……。
 その時。
「ガディムの叫びよォォォォォォオオッ!!!!!」

 攻城戦級攻撃魔術(全力)が、神海を中心に半径五十メートルを爆砕した。

 ………………………
 ………………………
 ………………………
「げほっ、げほ……」
 満身創痍で瓦礫の下から這い出した時、神海の視界には空があった。
 そこで力尽き、ぱったりと、仰向けに倒れ込む。
 晴れた、午後だった。
(変わらない――)
 変わらない、青空。人のちっぽけさを、心に染み入るほど鮮烈に教えてくれる、空。広
大な蒼穹。人がどう足掻こうとも、この空は変わらない。一時侵され、変質することがあ
ろうとも、悠久の時を経たいつの日か、それは元に戻るのだろうから……。
 涙が出そうになった。
 それは、人を超えた存在に対する、畏敬。
 ―――と―――。
 あることに気付き、深く――地の底にまで届きそうなほどに深く、神海はため息を吐い
た。
 力を奮って上半身を起こし、遠くを見る視線をする。
「……どうして……人は狂気に身をゆだねるのでしょう。滅び……死……虚無……。人の
身がそんなものを望んで、何を得るというのです? 所詮、届かないものなのに!」
 悲痛な叫び。
 虚空へ訴えるように。
 いや。違う。
 人は、いる。瓦礫の山の上。
 黒づくめの男が、無言の存在感を示して佇立していた。まるで、陽光のもとの明るさを
すら排するかのよう。
「ハイドラントさん……。貴方なら確かに、それに手が届くのかもしれない。ですがまだ
早い。早すぎます。まだ時機ではない……今はまだ不完全なんです。貴方の目的は、達せ
られはしない……!」
 瞳に冷たい光を湛えたまま、静かに、ハイドラントは口を開いた。
「神海よ……。貴様には失望した」
 圧迫感。並の人間なら立ちすくむ、重い苦々しさ。裏切りという名の屈辱を与えた存在
を、彼は、決して赦すことはないだろう。
 そして。ハイドラントは吼えた。
 彼が敵とする世界、それそのものに聞かせるように。
「『課題が提出されてません』とか言われて明らかに名前消された絵を眼前にちらつかせ
られながら罰掃除の床磨きをボロ雑巾でやらされて腰痛くなった人間に対して言うことは
それだけか!? 掃除用の灯油頭からぶっ掛けられて燃やされそうになったぞ、おい!?」
 神海は、ふっ、と唇を歪めた。それは笑み。寂しげな笑み。
「篠塚さんの愛を独占する……。それが――貴方の罪、なのです」
「あれのどこが愛だぁぁぁあ!?」
 血を吐くような叫びを呪文にして、ハイドラントが苛烈なまでの衝撃波を放つ。
「不服があるなら、篠塚さんの交友関係をもっと広げてあげて下さい!」
 空圧の壁が衝撃波を受け止め、四散させる。
「貴様……!」
 渾身の魔術を阻まれて、ハイドラントは歯軋りした。
 びっ! と指を突きつけ。
「『魔術のパワーは最弱』とか設定に明記しておる癖に、それはちょっと嘘じゃねーか!?」
「想いの力です!」
 恥かしげもなく神海は断言し、
「弥生さんの出番を増やそう委員会会長、この神海がいる限り、彼女を貴方に独占させは
しませんよ!」
「『何も信じない』とかスカしてる奴が語ることかっ!」
「彼女は人の愛などを越えた忠誠の対象です!」
「私に忠誠を誓ったはずだろうが貴様ぁ!」
「任務とプライベートは別でしょう!」
「とにかく死ねえ!!」
「一日一悪!!」
 叫びごとに強大な魔術が炸裂する。両者防御をかなぐり捨てたどつき合いだった。瓦礫
に埋もれた不幸な生徒達を二度三度と吹き飛ばしつつ、二人は瓦礫を更に破砕し、粉々に
していった。
 まさしく永劫に続くかとすら思える、男たちの魂の削り合いだった。


 ……まあ、結局。
 底力の差は如何ともしがたく、1分後、神海は、校舎の重心に致命的な損傷を与えたハ
イドラントの光熱波によってノックアウトされた。
 ――だが瓦礫に横たわるその顔には、不思議と穏やかで満ち足りた微笑が浮かんでいた
そうである。
 とか、そうでもなかったとか。

                                  おしまい


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 ハイドラント様――。ごめんなさい(平伏)。
 掲示板で間違えたのは、99.9%まで私の愚かさです。弁明できません。
 ……でも、ハイド様だって「私的用語辞典」に堂々と載せてるじゃないですかぁ(言い訳)。
 …………………。
 …………ともかく(汗)。
 神海はおそらくまた一週間ほど、カフェテリア付近の修復にこき使われるでしょう。誠
治様などにも睨まれたり……。
 図書館だけは、「何故か傷一つなかった」とかありそうですが。

 最後になりましたが。
 たける様、すみません(汗)。罪滅ぼしではないですが、柳川先生のシリアスも考えて
います(柏木(耕一)先生との因縁の話とか)。私もシリアスな柳川先生が好きです。で
すから、お気を悪くしないでくださいね。
 そして、ゆき様。申し訳ございません。こういうネタがあまり良くないのは承知してい
るつもりなのですが……。いや、やっぱり駄目ですね。イロモノキワモノのパターンに頼
るというのは、自分では何も考えてないのと同じようなものでしょう……。
 申し訳ありません。

 十日以内には第二Lメモをアップしたいと思っています。次回までには何とか問題点を
改善できるように努力します。次回はバトルも書きません(多分(汗))。そのためにメ
ール攻勢の準備を整えております(笑)。
 ご意見ご感想、苦情、批判、等ありましたら、是非お言葉をお寄せください。それでは、
最後までお付き合い頂きましてありがとうございました(深々)。
                             990711 神海