Lメモ私録 第二「初顔合わせ」 投稿者:神海


 暑い日曜日。
 路地の奥に見つけたその古書店で、彼は覚えのある横顔を見た。
 古い板張りの床に音をたてさせずに歩く。周囲の書棚には薄っすらと埃が被ってすらい
る。このように古い店が残っているのは、この街が古い歴史を保っているからこそなのだ
ろう。……それにしても、商売に対する意気込みというものが感じられない店だが。
 ともかくも、彼が偶然見つけたその少女は、高い本棚の最上段に積み上げられている分
厚い百科事典のような書物を見上げていた。
 踏台の上に乗ると、黒い、長いスカートとブラウスに包まれた身体を、遠慮がちに伸ば
す。
 閲覧のし易さなどというものは配慮されていないらしく、その最上段には、踏台を利用
しても彼女の身長では届くかどうか微妙なところだ。かと言って、二冊、三冊をまとめて
取るのも難しい。
 こういう時でも、飛び跳ねたりしない人なんだな、とふと思う。
 声を掛けようとして――
 ぐらり、と、書物の山が揺れた。崩れる。
 反射的に足を速め、同時に三種類の対応を思いつく。
 用意したのは二つ。
 実行したのは一つ。
 ……と言っても、何のことはない。単に、慌てて支えようとする少女を手伝って書物が
崩れるのを防いだだけだ。
 一番上の本が滑るように落下するのを何とか受け止めて、なんとか被害を抑える事がで
きた。
 本から巻き起こる埃を払いながら、彼は少し高い位置にある少女の顔を見上げた。
「大丈夫ですか? 来栖川さん」
「………」
 こくん、と肯き。それから、感謝の言葉。
「それは良かった」
 肯いて分厚い洋書を脇に抱える。不思議そうな表情をした芹香に、小さく笑う。
「重いですから」
「………………」
「いえ、礼を言われることではありませんよ」
 そう言って、彼は改めて彼女の顔を見やった。
 長い艶やかな黒髪に白い肌。眠そうなたれ目で一見無表情のようだが、間違いなく美人
である。
 来栖川芹香。
 来栖川グループの第一令嬢にして、オカルト界では知らぬ者のない若き魔術師。
 ……否、『魔女』と言うべきだろうか。彼女の知識と実力は、ブラック・マジック、リ
チュアル・ソーサリーと呼ばれる分野でこそ発揮される。
 物問いたげな顔で自分を見る視線に、彼は笑いかけた。
「申し遅れました。先週、三年に編入した神海です。オカルト研究会に入部させていただ
く予定ですので、よろしくお願いします」
「…………」
 会釈した神海に応じて、芹香は丁寧に頭を下げる。
 それから、
「……………」
「ああ、構成に気付かれましたか。はい、音声魔術士でもあります」
「…………………」
「学外ですしね。それに、それほど使い勝手の良い魔術でもないんですよ。今のように咄
嗟の場合には、特に」
「………」
 こく、と首肯。
「……………………」
「そうですか、研究会にもお一人、音声魔術士が。あまり顔を見せられないのは、仕方な
いことなんでしょうね」
「………」
 すると、彼女は心なしか寂しそうな表情をした。
 神海は、それに気付かなかったように、笑う。
「それでは、明日からよろしくお願いします、来栖川さん」
「…………」
 彼の挨拶に応じて顔を上げると、彼女は深くお辞儀をした。


・
・
・
・


 前振りには特に意味無いです(笑)。ということで――


    Lメモ私録 第二「初顔合わせ」


 月曜日、放課後。
 副部長、来栖川芹香は自分の机に座り、昨日購入したという分厚い洋書を紐解いている。
 その傍らでエーデルハイドが幸せそうなまどろみの中にあった。
 神無月りーずは黙々と薬品を調合し、変化する色の具合を逐一レポートに書き留めてい
る。
 神凪遼刃は、彼にしてみれば小さめの魔法陣に向き合い、長いこと集中を続けていた。
やっと聞こえる程度の呪文が、絶え間なく流れ続け、それが部室でほぼ唯一の音となって
いる。パートナーの妖精、知音は、退屈そうにその辺を飛び回っている。ガールハントに
出ていないのは少々珍しかった。
 東西は静かに瞑想している。精神鍛練の一環だという。彼に憑いている生命の精霊、命
が、彼の正面の空中に静止してじっとその顔を見つめていた。
 沙耶香、トリプルG、皇日輪の姿はここからは見えないが、林立する本棚の奥でそれぞ
れ興味を持つ蔵書にのめり込んでいるのだろう。
 T−star−reverseも、亜空間に造った部屋で宝貝の製作に取り掛かっているはずだ。
 静かに、平穏に、放課後の一時が過ぎていく。
 芹香が魔術を失敗したり、神凪が実験台を部室に連れ込んだりしない限り、オカルト研
究会の日常とはこのようなものだった。
 各人各様、自分の世界に浸りきっている、まことに文系クラブらしい光景である。
「文系クラブ」という言葉に違和感を覚える人もいるかもしれないが、ここは本来そうな
のである。いかに、ときおり悲鳴や爆発が聞こえてこようとも。


 そんな平穏を、押し除けたのは、部室のドアを三度ノックする音だった。
「は〜〜〜〜〜いっ☆」
 真っ先に反応して飛んでいったのは智音だった。陰になって見えないドアが開く音がし
て、彼女とやり取りが漏れ聞こえて来る。
 神凪や東西は集中を跡切れさせるわけにもいかず、芹香とりーずは、初めから耳に入っ
ていないのかもしれない。
 だが、次の知音の声が、空気を動かした。
「芹香ちゃ〜〜〜ん、男の子のお客さんだよっ☆」
 続けて「失礼します」と言って入ってきた男子生徒が、芹香の側まで歩いてきて、こう、
言った。
「昨日はお世話になりました。来栖川さん」
 りーずの手がぴくり、と止まった。
 エーデルハイドが、無言で首をもたげた。
 ガタンッ、と奥の方で椅子を倒したような音がした。
「おや、神海さんじゃありませんか」
 ちょうど魔術が一段落した、神凪が彼の名を呼んでいた。


『東西、これでは精神鍛練になりませんよ』
「新入部員の方が来た時くらい、いいじゃありませんか」
『"〜の時くらい"なんていいわけ、何度使うつもりです?』
「マースタ☆ 知り合いなの?」
「ええ。ちょっとした、知り合いですよ」
 そんなやり取りの横を、トリプルGが何気ない足取りで通り過ぎ、芹香の横まで歩いて
いる。日輪と沙耶香も本棚の陰から顔を出していた。
 エーデルハイドも、神海と呼ばれた生徒をじっと見つめている。
 口下手な芹香に代わって、りーずが部員の面々を紹介していく。彼がこのようにまとめ
役をするのが、最近のオカ研の慣習になっていた。
「芹香君と神凪さんとは、もうお知り合いのようですね。ではこちらから、古代魔術を研
究しているトリプルG君、妖精の智音さん、魔道器製作者の沙耶香さん、法術師の皇日輪
君、そして、精霊術師の東西君と生命の精霊『命』さんです。それと、道士のT-star-
reverseさんが……あ、ティーさん。ちょうど良かった」
 奥の扉から現われた帽子をかぶった生徒に、りーずは声を掛けた。
「道士のT-star-reverseさんです」
 紹介された生徒は、眼鏡の下の糸のような目で笑った。
「あ、神海さん。格闘部の方はご苦労様でした。やっと入部できますか」
「ええ。その節はご迷惑を」
 二人のやり取りを見て、東西が口を開いた。
「格闘部もやっているんですか?」
「仮入部ですけれど」
「ええと、あとは……ああ、ティーさんと沙耶香さんが二年生で、あとは僕を含めて皆一
年生ですねぇ。あ、僕は神無月りーず。専門は錬金術と召喚魔術です。よろしくお願いし
ます。……ところで、神海さんはどんな分野が専門ですか?」
「専門分野……ですか」
 神海は少し困ったように繰り返した。
「儀式魔術で護符や薬品は作りますが、趣味程度のものです。ただ、幻術の類を少しかじ
っていますか」
「幻術、ですか。どちらの意味の?」
「幻覚、精神操作、そう言った方面ですね」
 そこで、神凪が苦笑気味に口を挟んだ。
「音声黒魔術士でしょう、神海さんは」
「ああ、そうでもありますね。でも、こちらの部とはあまり関係ないものですから」
 いささか意味ありげなやり取りが気になったとしても、問い質す者はとりあえずいなか
った。
「普段は主に、それぞれ自分自身の課題を研究しています。まぁ、気楽にやってください。
では……」
 りーずは窓際の引き出しから一枚の用紙を取り出してきて、神海に差し出した。
「こちらにサインをお願いします」
「入会届けですね」
 神海も何気なく、それにサインしていく。
 それを見て、他のメンバーが何故ともなく、お互いに顔を見合わせる。
 手続が終わると、りーずは小柄ながらもやけに力の篭った握手を交わした。
「これで、神海さんもオカルト研究会の一員になったわけです。よろしくお願いします」
「……はぁ」
 神海が戸惑い、何か言い掛けたとき。
 不意に扉が開いて、どこか舌足らずな声が聞こえた。
「大変ですぅ〜。西…じゃなくて、<ブラッツ−K>さんが暴走しましたぁ〜」
 その口調と簡単な言葉と裏腹に、ざっ、と室内の気配が変わる。……その意味を知らな
い神海以外の、だが。
「何だか、ひどく懐かしい呼称ですね……」
 呟いたティーにかまわず、マルチは報告を続ける。手に握っていたメモを開きながら。
「全学内に第二級警戒態勢が敷かれます〜。ジャッジはオカルト研究会の皆さんに協力を
要請しますので、準備をお願いしますぅ」
 りーずが、小首を傾げて報告者――ジャッジメンバーの一人としての――マルチを見つ
める。
「先日、<ブラッツ−K>さんに対してはまず風紀委員会が即応する、と通達がありまし
たが、そちらはどうなっています?」
「ええと……<K>さんの暴走開始と同時に、XY-MENさんが、第一被害者となって戦闘不
能。その二分後に風紀委員会本部が直撃、指揮系統が壊滅している…だそうですぅ〜」
「おやおや。不幸なこともあるものですね」
「あの……」
 状況が読めない神海が控え目に問い質すが、答える者はいない。それぞれ、肩をほぐす、
錫杖の感触を確かめる、ビームライフルを点検するなど、早速準備に入っていた。
「…………」
「え? 今度はミョルニルの召喚に挑戦してみたい、ですか? まあ、それはご自由に」
 りーずが答えると、芹香は少しだけ嬉しそうに肯いて、準備のために奥の部屋へ歩き出
す。
「いったい……」
「ま、最近は皆さん手馴れてきて、芹香君に頼る事は滅多になくなっているんですが……
それでも一応、ね」
「何が……」
「さて」
 がっし、と、神海の右腕をティー、左腕をトリプルGが抱え、後ろ向きに引きずってい
く。
「行きましょうか、我が同胞」
「音声魔術士で格闘部員ですか。即戦力ですねぇ」
「ちょっと……」
 その神海の声を遮るように、至近からの轟音が轟き――オカ研の校内活動が始まりを告
げた。
「大丈夫、すぐに馴れますよ……」
「何がどうなっているんですかあ!?」


 その日めでたく、神海はオカ研部員の洗礼の一つをくぐったのである。
 ちなみに、新入部員に対して期待過剰だったことを、事後にりーずは認めたりもした。



                                      了

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(さんざ悩んで、このオチです(笑)>りーずさん(笑))

 えらく意味の無いLですが、ご勘弁を(汗)
 オカ研振興計画を前にしてるんで、入部Lを出さなくちゃならない、でもここでネタを
使いたくない、という低次元の葛藤の結果です(苦笑)

 一応、これは神海がL学にやってきた直後、まだダーク十三使徒の一人とはほとんど知
られていなかった頃と設定しています。いや、それが表れているのはティーさんや神凪さ
んとのやり取りだけですが(笑)。
 せめて、自分のL内だけでも時間の経過を整えようと思い、こちらを「第二L」とさせ
ていただきました。

 では。

        【シリーズ・ごめんなさい】(意図意味不明:笑)


>XY-MEN様
 ……すみません(汗笑)。出番外で酷い目に合わせてしまうのは、良くはないのでしょ
うけど……。暖かいお言葉を頂けて幸いです(笑)。





 感想です。オカルト研究会関連のみです。

 ……って
 一作もないですね(笑)。
 えーと……。
 振興企画頑張りましょうっ!(爆)


 それから、出演させて頂いた作品に。

 beaker様
>「ハンター×ハンターL」
 掲示板で勝手な事を言ったきりだったにも関わらず、エントリーさせて頂きありがとう
ございます。その上、弥生さんと一緒に書いてもらえて感激です(笑)
 学園の荒波に揉まれているとはいえ、地下の闇ではやはり大半が素人同然(神海は『夜』
を舞台に活動する型ですし)。それぞれのチームの行動を、beakerさんや沙留斗さんが是
とするか否とするか、楽しみです。
 これでまだプレ編というのですから、本編が楽しみですね。
 それにしても……。やっぱり、JJさんもドキドキするんでしょうか?(笑)
 ……神海の技能については、近いうちに必ず……(汗)


 悠 朔様
>格闘部合宿編第一日目『祭りの始まり』
 会話のテンポがとても楽しいですね〜。ティーさんとディアルトさんの漫才と、そーし
ゅさんのセコンドが特に(笑)。
 来夢さんと一緒に頑張ってください。楽しみにしています。
 それから。
 こちらも、ほとんど設定だけの仮部員にも関わらず、出して頂けてありがとうございま
す。格闘部Lも必ず書きますので……(汗)。
 合宿では、神海はベロボロになるまでしごいて下さい(笑)。日頃の活動が不真面目な
もので、活を入れてやった方がよろしいかと(笑)。……到着が日程に間に合えば、です
が。間に合わない予感?(笑)
 弥生さんと一緒に出して頂いて、ありがとうございました〜(笑)。


                              991018 神海