蒼い瞳のコスプレイヤー  投稿者:隼 魔樹


 
 試立Leaf学園一年生校舎りネットでは、何時もの様に新年の馬鹿騒ぎが
行われ、ある意味平常通りの日常が綴られていた。
 昨年のクリスマスに衝撃的(文字通り)な復帰を果たした隼 魔樹について
も周囲は平然と受け入れている。日常的に非日常的な事が起きるこの学園では、
あの程度の出来事は取るに足りない事なのだろう。実際に被害を受けた人間は
ともかく。
 だが、魔樹が早々にクラスに溶け込んだ事に不満を漏らす人間もいた。
 件の復学生――両性具有コスプレマニア高校生、隼 魔樹本人である。



Lメモリーズ「蒼い瞳のコスプレイヤー」



 「・・・・・・しくじったか?」
 「何の話?」
 寒い空気の中に暖かな陽射しが降り注ぐ教室の窓際で、噂にすらならなかっ
た魔樹はボソリと呟いた。その言葉に耳ざとく反応したのは同じ一年生の東西
である。 
 「いや、登場方法を間違えたかな、と思っただけ。本当ならもっとインパク
トのある方法で帰ってくる筈だったんだけどな」
 「ある意味非常にインパクト強かったんだけど、僕にとっては」
 クリスマスパーティの最中に窓を突き破って落ちてきた魔樹の被害者なのだ
から当然である。余談だがあの後他の被害者と一緒に魔樹へ強烈な『お仕置き』
を下した事は言うまでもない。
 「本当ならあそこで一旦消えて、後日『謎の転校生』として戻ってくるか、
姫川にプレゼント渡せてホッとしてる神凪の前に、『昔の彼女です』って顔を
して出てくるとかして、クラスに俺を印象付ける予定だったんだけどなぁ」
 その物騒な台詞を聞いて思わず魔樹の目をまじまじと見る東西。日本人とは
思えないような深い蒼色の瞳は、好奇心と悪戯心で爛々と輝いている。その目
は一点の曇りもない完全な正気の瞳で、なおかつ今言っている事を本気でやり
かねないと思わせる輝きを帯びていた。
 (・・・・・・確信犯な分、他の人より厄介かも・・・・・・)
 得体の知れない悪寒を感じて思わず東西は一歩引く。それを知ってかしらず
か、先ほどと変わらない調子で魔樹は続ける。
 「何処かにいないかな? 有名で、堅物で、女性関係に疎くて、私用で女の
子連れてたら、それだけで校内新聞の記事になるような人」
 「・・・参考までに、そんな人がいたらどうするか聞かせてくれる?」
 「もちろん、逆ナンパして徹底的にからかう。それでもって状況次第だけど
俺の性別明かしてさらに倍ダメージ食らわせる。最終的には校内新聞辺りにそ
の話を載せてもらって、一気に俺の知名度を高める。」
 完全に本気の口調だ。
 「・・・何でそこまで?」
 「半分は面白いから。後半分は自分を印象付けるため。『コスプレイヤーは
いかにして相手に自分を強く印象付けるかが勝負』と俺の心の師匠であり、尊
敬すべきコスプレの先輩であり、想い人の君がアドバイスしてくれたから。そ
れを実行しているだけ」
 このままここにいる事は、危険であると本能が東西に告げる。このままでは
自分も魔樹の悪戯の片棒を担がされかねない。そう感じた東西はこういう場合
に古くから伝わる古典的方法で逃亡を試みた。
 「あ、僕ちょっと用事があって職員室に呼ばれてたんだ。そろそろ行かない
と」
 「そうか。何しでかしたのかは知らないが、大事にならないように、幸運を
祈っとく」 
 その言葉に苦笑いを浮かべながら、東西は席を立つ。当然の話だが本当は呼
び出しなどない。単に『嘘も方便』と言う格言に従っただけのことだ。
 (意外とあっさりっ引いてくれた、根はいい人かな? 単純なだけかもしな
いけど)
 そんな事を漠然と思考の隅に昇らせ始めた時。
 「あ、後ろ」
 「え? 何?」
 ごく普通の口調でそんな事を言う魔樹の言葉に、反射的に後ろを振り向く東
西。結論から言えば、彼は振り向くべきではなかった。そのまま生返事でもし
てさっさと退散していればよかったのだ。だが、彼を責める事はできないだろ
う。数多くの危険と冒険を詰め合わせたようなこの学園で、それはあまりに普
通の声だったから。
 東西が最後に知覚したのは、自分の眼鏡をあっさりと取り外した、空中に浮
かぶ半透明の触手を持つくらげだった。
 「・・・・・・・眼鏡外したら、暴走モードに入るって聞いたけど本当か?
東西」




 「このクラスか?」
 「ああ、ここが彼女のクラスだから、ここにいなければ、部室の方に居るんだ
と思う」
 あれから数分後、暴走モード東西と意気投合した魔樹は2年生校舎エディフェ
ルの某教室へと訪れていた。これから自分がやる悪戯に協力して欲しいと伝える
と、東西は実に楽しそうに了解したのた。慌てて止めようとした命は東西の手に
よって動きを封じられ、阻む者がいなくなった彼らは、目的のためにエディフェ
ルを目指したのである。
 教室に入る一般生徒達の視線が、見なれない闖入者に訝しげな視線を投げかけ
るが、それも一瞬で興味を失い、自分達の事に戻る。下級生がここを訪ねて来る
のはそれほど珍しいことではないのだろう。
 キョロキョロと辺りを見まわすと、目的の人物を見つけた東西は笑顔を浮かべ
てそちらに近づいていく。ちなみに暴走モードであることがばれないように、魔
樹のコスプレ用伊達眼鏡をつけている。
 「こんにちは、藤田先輩」
 「お、東西か。珍しいな、何かあったのか?」
 話かかけられた生徒、藤田浩之は珍しいものを見たという顔で答える。東西と
は知りあいではあるが、それほど深い付き合いでもないので、珍しさが先に立っ
たようだ。
 「ええ・・・こっちの子が少し保科先輩に少し用事があるから、藤田先輩から
紹介して欲しくて」 
 「初めまして、隼魔樹と言います。よろしくお願いします」
 口調を丁寧後に変えて挨拶する。先ほどの素の状態に比べて、格段に親しみや
すさが増していた。長いコスプレの研鑚の中で磨いた、他人を演じる技術はこう
言うところで以外と役に立つ。
 「おう、よろしくな魔樹。しかし、いいんちょに用って何だ?」
 「えっと、少し相談したいことがありまして」
 今のコスチュームは魔樹のお気に入りの北国の某高校の制服(女子用)だ。そ
のため口調も自然と女性のものになる。わざわざ女子の服できたのは、その方が
男子に受けがよいためである。
 「ふーん、ま、いいけどな。いいんちょなら少し前に出ていったから、もう少
ししたら戻るんじゃないか?」
 「もう帰ってきとるよ、藤田君」
 魔樹達が挨拶を交わしている間に智子は戻ってきていたようだ。浩之を挟んで
魔樹と向かい合う形になる。
 簡単な挨拶を東西と魔樹が終えると、早速智子は本題に入る。
 「で、相談て何? うちで出来る事やったら、相談に乗るよ」
 「ありがとう御座います、相談したいのはディルクセン先輩のことなんですけど」
 「ディルクセン先輩の?」
 「ええ、ここではちょっと言いにくいので、廊下に来ていただけますか?」 




 「おし、ディルクセン先輩を発見したぜ魔樹。もうすぐこの廊下を通るはずだ、
準備はいいか?」
 「近くには人はいない、ファーストコンタクトにはちょうどいいシチュエーシ
ョンだ」
 浩之と東西はそれぞれ逆方向の偵察を終えて、階段の裏の死角となるスペース
で準備中の魔樹の所へ戻って、周囲の様子を伝えた。それによるとターゲットで
あるディルクセンは部下も連れず、一人で巡回中であるらしい。周囲に人がいな
い今が、接触するにはちょうどいいタイミングだ。
 「了解です、ご協力感謝します。藤田先輩、東西。あとは上手く出来るかどう
かを見つからないように見守っていてください」
 全ての準備を終えた魔樹が光の元へ出てきた。緑色だった髪は、スプレーで入
念に黒に染められた上に、三つ編みにして下へたらしている。蒼い瞳はカラーコ
ンタクトで黒くカバーされ、さっきまでの某高校の制服はそのままだが、これは
ターゲットに近づくための策略の一つだろう。身長差だけはどうにもならないが、
出来るだけ保科に似せようとしたらしい。東西に貸したのと同じ伊達眼鏡をかけ
て、戦闘準備は完了だ。
 「いや、あのディルクセン先輩をからかおうって話だろ。こっちから乗せて欲
しいくらいだ。上手く行くことを祈ってるぜ」
 「後は君の技量次第、存分に見学させてもらう」
 東西と浩之がそれぞれに声をかける。それに頷くと魔樹は彼にとっての戦場へ
足を踏み出していった。




 ―数時間前―
 「なあ東西、あの子一体何の用でいいんちょに用事があったんだ?」
 普段はいちいちそんな事を聞かない浩之だが、魔樹の質問がディルクセン関係
だっただけに、少々気になるのだろう。この間雅史や志保がゴタゴタに巻き込ま
れたばかりだし、智子は監査部とかのリーダーでディルクセンと対立を続けてい
るところだ。もし新しいゴタゴタ関係に智子が巻き込まれるようなら、黙って見
ては置けない。
 「先輩の考えてるようなことにはなりませんよ。ディルクセン先輩についての
情報――極めて個人的な事を聞きに行ってるだけですから」
 「個人的な情報?」
 訝しげな表情で聞く浩之に東西は人の悪い笑顔を浮かべながら答える。
 「先輩の性格、行動指針、嗜好――特に恋愛関係のね。標的に近づくには、詳
細な情報が不可欠だそうです。現在ディルクセン先輩に一番近いのは保科先輩ら
しいですからね」
 その言葉にぽかんとした表情になる浩之。頭の中で上手く情報がまとまらない。
その人物は学園で日夜行われている恋愛沙汰のような事とは無縁だと思っていた
からだ。東西の言っていることは解る、理解できるが――。
 「それはまるで・・・・・・、あの子がディルクセン先輩にアタックするみた
いに聞こえるが・・・?」
 「ええ、そうですよ」
 十数秒のなんとも言えない沈黙の後、恐ろしく真剣な表情の浩之は口を開いた。
 「それは・・・・・・、あの子は恐ろしく趣味が悪いのか? 結構可愛い子だ
と思ったんだが」
 結構酷いことをさらっと言う。まぁ今までのディルクセンの行動を見ていれば
当然かもしれない。浩之の感覚にしてみれば、第2次世界大戦時代のヒトラーに
ユダヤ人がラブレターを送るのとさして変わりの内容に思えたのだろう。
 「趣味が悪いのは事実ですけど、彼・・・・じゃない、彼女の場合は少し動機
が特殊でして」
 「特殊?」
 暴走東西は面白くてたまらないという表情を浮かべて、浩之にある事を告げる。
 「藤田先輩、ディルクセン先輩を誘惑してからかう作戦、一口乗りません?」





 「今日は学則に違反する不心得者共は少ないようだな、これも我が生徒指導部が
日夜体を張って活動をしているためだな」
 いつものように放課後の巡回をしながら、ディルクセンは満足げな表情を浮かべ
る。やはり俺のやり方は正しかったのだ。ジャッジや巡回班、風紀本流のような弱
腰路線では到底この学園で秩序を維持することなどできぬ。結局は力による統制こ
そが安定した学び舎を作り出すのだ・・・・・・。
 そんな事を考えながら歩いていたせいか、正面から歩いてくる少女に気がつく
のが遅れてしまった。相手もキョロキョロと周りを落ち着かなく見ていたせいか、
こっちに気づいていないようだ。ディルクセンが気づいた時には、既に両者の距離
は回避不能なまでに近づいてしまっていた。
 「危な・・・!」
 「え?」
 衝突。
 ディルクセンと少女は折り重なるようにして倒れてしまった。相手はディルクセン
よりもやや長身だったが、ディルクセンの体を支えきれず、仰向けに倒れてしまった。
自然、ディルクセンは少女の上に折り重なるような形で倒れてしまい、豊満な胸に顔
を埋めるような形になってしまった。
 ふやっ。
 柔らかい感触と共に、視界が覆われる。少女がクッションになったため、ディルク
センに被害は無い。むしろ、この上なく美味しい状態になったと言えるだろう。
 (この感触・・・・、気持ちええなぁ。保科のもこんな感じやろか?)
 男の本能とも言うべき大脳皮質が活発に活動してしまっているためか、普段なら慌
てて飛び起きるところを、思わず堪能してしまうディルクセン。
 「痛っ・・・・」
 少女の発した声にはっと我に返る。そこでようやく自分がどんな事をしているかに
気づいた。飛び上がるように起きあがって、少女に声をかける。
 「す、すまん、大丈夫か? こちらの不注意だ。怪我は無いか?」
 手を貸して起きあがらせつつ、ディルクセンは尋ねる。
 「えっと、少し痛いですけど、大丈夫です。こちらこそすみません。・・・あ」
 「ど、どうした?」
 「あのっ、眼鏡が何処かに落ちてませんか?」
 キョロキョロと辺りを見渡す。だが殆ど見えていないのか、酷く危なっかしい。
ディルクセンも辺りを見まわして探す。眼鏡は数メートル先に落ちていたが、片方の
レンズが割れてしまっていた。
 「すまん、レンズを割ったようだ」
 割れたガラスに気を付けながら、眼鏡を彼女に渡す。
 「いえ、こちらも不注意でしたし・・・・・・」
 そう言いながら、左のレンズが割れた眼鏡をかけてみる少女。かなり度が強いのか、
正常な方とのギャップが激しいようだ。数秒かけただけで諦めたように、眼鏡をポケ
ットにしまう。
 その様子を心配そうな表情で見ていたディルクセンだが、眼鏡をかけたときにある事
に気づいた。
 (背丈を除けば、どこか保科に似てるな・・・)
 そうこうしている内に、少女はディルクセンに話し掛けてきた。
 「ここの学園の人ですよね?」 
 「ああ、そうだ。君は、転校生か?」
 この少女とは初対面のはずだ。生徒の顔を全員覚えているわけではないが、風紀活動
のために一通り全学年の生徒をチェックした時に、この顔は入っていなかった。
 「まだ転校はしてません。親の都合でここに転校するかもしれないので、下見に来た
んですけど、迷ってしまって」
 無理も無い、とディルクセンは思う。この学園はとにかく大きい。初心者が迷うのも無
理は無かった。
 「ぶしつけで申し訳無いんですけど・・・・・・、よろしければ、この学園を案内して
頂けませんか?」
 暫し迷った後でディルクセンは頷いた。今回のことは自分も責任があるし、このまま
放っておくのも後味が悪い。今なら生徒の殆どは下校してしまっているから、そんなに目
立たないだろう。それらの考えが頭をよぎった上で、ディルクセンは少女の頼みを受け入れ
た。
 (まぁ、もし何かあれば、もみ消してしまえば問題にはならんだろう)
 「どうもありがとう御座います!」
 「何、別に大したことではない」
 頭を下げる少女に気分よく答えて、ディルクセンは少女と共に歩き出した。



 「・・・・・・なんと言うか、見事な手並みだな、あの魔樹って子は」 
 「相当に慣れてますね」
 「何者だ? あの子」
 「本人曰く、熱血最強コスプレイヤー見習いと言ってました」
 「コスプレイヤーって、あんな事までするのか?」
 「さあ? でもディルクセン先輩とぶつかったり、眼鏡を割ったりしたのは意図的にやっ
てますね、先輩が断れないように布石をうったんでしょう」
 「そうなのか?」
 「最近の眼鏡はあれくらいじゃ割れませんよ」
 「しかし、惜しいな。こんな事になるなら第2購買部辺りでカメラでも買ってくれば
よかった。こんなチャンス滅多に無いぞ」
 「大丈夫です、ほらここに最新鋭のデジカメが」
 「なんでそんな物を都合よく持ってる?」
 「魔樹に『ちゃんと証拠写真を撮って』と頼まれました」
 「・・・・・・そこまでして悪戯に執念を燃やすか」
 「ある意味悪戯に命をかけてるんじゃないですか?」
 



 ―約三十分後―
 「今のが図書館カフェテリアだ、これで学園の位置関係は解ったか?」
 「はい、ぼーっとしか見えませんけど、大体解りました」
 下校時間が近いので、人通りもまばらな校内を魔樹とディルクセンは歩いていた。眼
鏡がないため、足元が危なっかしい(それは魔樹の演技なのだが)魔樹に手を貸す形で、
二人は行動している。ディルクセンにそんな気持ちは全く無いが、傍目から見れば「い
い関係」に見えるだろう。志保でなくとも、特ダネとして認識するような情景だった。
 「あ、もう下校時間ですね。最後に行って見たい所があるんですけど良いですか?」
 「別に構わんぞ、どこだ?」
 余裕綽々の表情で答えるディルクセン。今までトラブルが起きていないので安心して
いるのだろう。だが、その余裕は次の魔樹の言葉で脆くも吹き飛び、細かく砕けた挙句
細かい砂になるまで分解して、どこか遠くに飛んでいってしまった。
 「じゃぁ、工作部って言う所の部室に案内してもらえますか? 従兄弟がその部員ら
しいんですけど」
 「な、何っ!?」
 (・・・・・・そんな事をしたら、保科にこの事がばれてしまうでないか!!)
 指導部と監査部との確執云々以前に、ディルクセンは智子に片思いしている。そんな
所にこんな状態の女の子を連れていったらどんな誤解をされるか解ったものではない。
直接智子に会わなくても、このことが噂になって広がりでもしたら、さらに厄介なこと
になる。
 なんとしてでも阻止しなければならなかったが、一度OKしてしまったので、断る理
由が見つからない。
 「どうかしたんですか?」
 「い、いやなんでも無い、何でもないぞ。」
 (お、落ち着け、幸い眼鏡が無くて殆ど見えていない。遠回りして行けば、すぐに下
校時間になる、そうすれば穏便に事が終わる)
 何とか心の中で結論づけると、先程までより意図的にゆっくりと歩き出す。工作部ま
での一番遠いルートをピックアップして、周りに神経を使いながら、案内する。今の気
分はジャングルで猛獣を警戒しているのとそう変わらない。指導部の活動でも、ここま
で緊張すること早々ない。
 「あ、菅生先輩、まだ残っておられたんですか?」
 (!!!!!!)
 目の前の曲がり角から、誰かの声が聞こえてくる。それが誰かまでは思い出せなかっ
たが、今は内容のほうが重要だった。慌てて回れ右をして、逆方向に歩き出す。
 (危なかった・・・・・・、もう少しで厄介なことになる所だった)
 ホッと一息をついたのも束の間、暫く行くとまた誰かの声が聞こえる。
 「美加香、まだ部活残ってるのか? 大変だな」
 (こ、こっちもか!?)
 再び方向転換、だがしかし。
 「お、いいんちょか、ちょっと工作部で見てもらいたい物があるんだけど良いか?」
 (保科がまだ残ってたのか!?)
 三度方向転換しようとして、いつのまにか道が全部塞がれていた事に気づく。このま
までは確実に誰かに接触してしまう。
 「あの、さっきから同じ所をぐるぐる回っているようですけど、どうしたんですか?」
 (気づかれた!!?)
 「い、いや、普段あまり行かないから、少し場所を度忘れしただけだ」
 苦しい言い訳をしている間に、周りから足音が近づいてくる。ここは廊下のど真ん中、
角を曲がられれば自分達は丸見えだ。
 (ど、どこかに教室に隠れ・・・・、だめだ! そんな事をしたらこの子が幾らなん
でも不信がる!!)
 今のディルクセンにとって、近づいてくる足音は破滅の序曲に聞こえた。それが徐々
に大きくなり・・・・。
 (見られる!!)
 観念した瞬間。
 キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン。
 「は−い、下校時間ですよー。残ってる人は速やかに帰らないと、転送装置が閉じ
ちゃいますよ―。用事が残ってる人は、また明日頑張りましょうねー。以上、校長の
千鶴ちゃんからでした☆」
 千鶴校長の声での下校のアナウンスとチャイムが鳴り響き、近づいていた足音は遠
ざかって行った。緊張の糸が切れて、思わずへたり込むディルクセン。
 「あ・・・、時間切れですか。残念です」 
 「ま、まぁ、また機会もあるだろう。今回は運がなかったな」



 「上手く行ったみたいだな東西」
 「ええ、僕達が工作部の人と話している真似をして、ディルクセン先輩を追い詰め
る・・・・・・、ここまで上手くいくとは思いませんでしたね」
 「ま、それもこいつが上手く魔樹の位置を知らせてくれたお陰だな」
 浩之の視線の先には、つぶらな瞳をした体長50センチくらいのくらげが、メッセ
ージボードを持ってふよふよと浮いていた。



 「やれやれ、今日は思わぬところで疲れたな」
 転送装置を出たところでディルクセンは呟く。あれから礼を言う魔樹と別れ、一人
家路についていたのだ。肉体的な疲れはないが、精神的にかなり疲れた。大きく体を
伸ばして、夜気を存分に吸い込む。
 「ディルクセン先輩、まだ残ってったんか?」
 聞きなれた神戸弁に振り向くと、そこには予想通り、智子が立っていた。
 「保科か、お前こそこんな時間まで何をしていた?」
 「どこかの誰かさんが、いらん事してくれるせいで、こっちも忙しいんや。後輩の
事思うんやったら、もう少しまともな活動したらどうや」
 ストレートな皮肉に苦笑するディルクセン。自分に向かって打算なしにこんな事を
言うのは彼女だけだ。自分はそんな所に惹かれているのだろうか、と思う。権謀術数
は嫌いではないが、大きく疲れるのも事実だ。
 「なんや、気色悪い。人の顔見て笑うのは止めてんか」
 「いや、すまんな。単なる思い出し笑いだ。気にするな」
 弁解した後にふと気づく、こんな風に笑ったのは久しぶりでなかっただろうか。最
近は仕事が忙しく、気の休まる暇がなかったような気がする。
 「おい保科、今から帰るなら一緒に帰るか。この時間の女子の一人歩きは流石に危
ないぞ」
 「・・・・・・誰のせいでこんな遅くに帰ってると思ってるんや。責任とって送っ
てもらうわ」
 そう言って智子は歩き出す。その隣に並ぶディルクセン。あまり言葉は交わさない
が、穏やかな雰囲気が二人を包んでいる。暫く歩くくうちに、ふと智子が足を止めて、
ディルクセンの顔を見ながらる呟く。
 「そういえば、あんたのそんな晴れ晴れとした表情見たん、久しぶりやわ」



 この後、魔樹とディルクセンのツーショット写真が『報道審判 judgment
days』に掲載され、新たなドタバタを起こしたとか、起こさなかったとか。


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 作者「L2作目何とか完成〜、今回は早いぞ、頑張ったな僕(笑)」
 魔樹「まぁご苦労様と言っておこう、玲子さんに絡んでないとか、神戸弁これで良
いのかとか、将来の上司にこんな事していいのか等、突っ込みたいところは幾つもあ
るが」
 作者「結構きついな、お前。昔出した設定とかなり変わってないか?」
 魔樹「あれはβバージョンだろう、半神牙時代の俺がかなり残ってるし」
 作者「まぁ、色々変わったしな。特に交友関係とかを中心にかなり関係持ちたい人
が増えたし」
 魔樹「風紀関係者(ディルクセンさん、kosekiさん、たくたくさん、真藤さ
ん)玲子さん周り(雅ノボルさん)寮関係(平坂さん、軍畑さん、沙瑠斗さん)コミ
ケ関係者・・・・、ざっと並べてみただけでも多いな」
 作者「どこまで書けるか解らないし、まだ許可貰ってない人もい多いから、設定更
新はだいぶ後になるな」
 魔樹「せいぜい頑張れ腐れSS使い。俺の出番を増やしたかったら、お前が書くの
が一番手っ取り早いんだからな(笑)」
 作者「痛い所を・・・まぁ事実だから何も言えんが。精一杯頑張らせていただきま
すよ」
 魔樹「さて、今回はこれぐらいで、では〜」
 作者「皆さん見捨てないで下さいね〜(笑)」

文責;隼 魔樹