意外な人の意外な行動 投稿者:隼 魔樹


 試立リーフ学園教職員棟リズエルでは、時ならぬ嵐が発生していた。発生源は
職員室の一角、国語教師達の集まる所である。嵐の勢力は凄まじく、周囲の教師
達はいち早く逃亡し、人格者として知られる足立教頭も、余りの強さにその場に
近づけないでいた。
 この嵐は発生源は人間。エネルギー源は純粋な怒りであった。それだけに周囲
の教師達も迂闊には近づけないのだろう。
 「な・ん・で!! 八塚君はピンポイントで私の授業ばかり休むのよ〜!!!」
 嵐の発生源――小出由美子は机の上に無造作につまれた、二年生の古典のプリ
ントを撒き散らしながら絶叫した。空中をひらひらと舞うプリントには藤田浩之、
保科智子などの名前が書かれているが、その中に件の生徒、八塚崇乃の名前は無
い。
 「今月に入ってもう3回目・・・・・・、何度も何度も何度も注意しても止め
ないんだから!!」
 崇乃は特に不良と言うわけではない。成績も授業態度もトータルで見ればごく
普通の生徒である。しかし、彼は何故か由美子の古典の授業だけはたびたび休ん
だ。何度もその事に対して注意したのだが、崇乃には全然効果は無いらしい。
 「由美子さん・・・・・・」
 「何!? 柏木君!!」
 恐る恐る声をかけた同僚の柏木耕一をキッとなら見ながら声をかける。その声
に含まれた怒りの粒子は、普段千鶴のプレッシャーになれている耕一ですら、一
歩引くほどのものだった。
 「い、いや・・・・・、怒ってるのは解るけど、もう少し声を落とした方が・
・・」
 「あのね柏木君!!」
 顔だけでなく全身を耕一に向けてにじり寄る。また一歩引く耕一に構わず、由
美子は耕一とキスでもするのかというぐらいにまで、顔を近づけながら言い放つ。
 「柏木君は! 自分の授業だけ! 何度も何度も休まれたことある!? しか
もそれでいて、成績が落ちないのよ!! 注意しても全然改めようとしないし、
こんな生徒がいたら怒りたくならない!!?」
 温厚そうな顔は憤怒の表情で覆われている。その迫力は『激怒』とでも名をつ
けて絵として美術館に飾っておきたいほどの迫力があった。眼鏡の奥の目では赤
黒い焔が燃えている。それはまるで溶鉱炉の炎の様に暗く、鈍い赤色をしていた。
 (って、この熱病にかかったような目は・・・?)
 耕一が思い出すよりも早く、由美子の言葉は続いていた。
 「今度と言う今度は許さないわ!! 次にサボったら絶対にキツイお仕置きし
てあげるんだから! 柏木君も協力してね!!」
 思わずコクコクと反射的に頷く耕一。その耳に微かにチリチリチリ・・・と言
う音が聞こえてきたような気がしたが、結局耕一がそれに気づくことは無かった。



 Lメモリーズ「意外な人の意外な行動」



 「で、我々はそれに協力すればいいんですか?」
 「そうよ、学内の風紀に関係するんだから、当然協力してくれるわよね」
 リーフ学園地下反省房。生徒指導部の牙城で由美子は、ディルクセンと差し向
かいで交渉中だった。
 「とりあえず、次に休むことがあったら、風紀委員を動員して、八塚くんを捕ま
えるから、・・・・・・もちろん拒否はしないわよね」
 体中から発生するオーラに威圧されたかのようにディルクセンは頷く。まぁそん
な事をしなくても、教師の言う事には絶対服従の彼なら二つ返事で了承していただ
ろうが。
 「了解しました、こう言う事に適任なのは・・・・・・隼!!」
 部屋で他の指導部員と待機していた魔樹を呼びつける。それに答えて外見少女、
実は両性具有体と言う数奇な体を待つ一年は振り向く。
 「何ですかディルクセン先輩?」
 「聞いてのとおりだ、小出先生に協力して授業をサボるなどと言う不埒な輩を
捕縛しろ」
 「・・・・・・それが起きるのは授業中でしょう? 授業中は私の勤務時間外な
んですけど」
 女性のコスプレの時は女性の口調で答えるのが、魔樹の癖らしい。あまり気乗り
しない表情で答えた。その瞬間に魔樹の体が強張った。強烈過ぎるプレッシャーに
指一本動かせなくなる。息をするのにすら苦労するほどのプレッシャーが辺りに渦
巻いている。
 「隼君」
 表情はにこやかに、由美子は魔樹に呼びかける。あくまでにこやかに、プレッシ
ャーを放ちながら、由美子は言葉を紡ぐ。
 周囲で何かがスパークした音が聞こえたような気がした。この部屋は暖房がある
とは言え、暑すぎるほどではない。しかしどうも先程から周囲の気温が上昇してい
る気がする。それもこの周囲だけに。魔樹はまだ経験が無かったが、ディルクセン
はこの感触に覚えがあった。
 怒れる千鶴の前に出た時に感じた感触に非常に酷似している。
 「協力、してくれるわよね?」
 底冷えのする笑顔とは、この様な表情をするのだろうか、と頭の隅で思う。そん
な事を考えている間にも、周囲の気温は上がっていく。お気に入りの対戦剣術格闘
ゲームのアイヌ娘のコスプレを、全身から吹き出る冷や汗――暑さではなく恐怖が
原因で出る汗で濡らしながら、震える声で魔樹は答えた。
 「・・・・・・YES」



 そして数日後、Xデーは訪れた。



 『隼君、八塚君がサボったわ!! 準備はいい?」
 「それが・・・・・・」
 『何!?』
 「今の私の授業、柳川先生の授業なんですけど」
 携帯電話で由美子の連絡を受けながら、ちらりと柳川の方を見る。きつい視線が
容赦無く魔樹に突き刺さる。教師の目の前で授業中に電話をしているのだから当然
だろう。まして相手はあの柳川である。
 「隼君・・・・・・私の授業で電話を受けるとはいい度胸だ。私を舐めてるのか
?」
 既に周囲の生徒は避難している。比較的親しい東西らも既に教室の対角へ逃げて
いた。目だけで『頑張れ』とエールを送ってくるが、そんなものは全然嬉しくない
魔樹だった。
 「いえそんなことはありませんよ。風紀関係の仕事が入ったんですが。授業を抜
け出しても構いませんか?」
 一応聞くだけ聞いて見る。
 「そんな物は後にしろ」
 返ってきた答えはにべも無いものだった。
 どうしようかと迷っている内に、教室のドアが開かれた。クラスの視線がそちらへ
集まる。現れたのはまだ通話中の携帯電話を耳に当てた小出由美子だった。クラス中
の視線を受けながらツカツカと軽快な足音を立てて、柳川に近づく。
 「柳川先生、サボリの生徒を捕まえるために隼君を借りて行きます。よろしいです
ね?」
 言葉の内容は相手に提案をするものだが、口調は殆ど断言だった。その言葉に柳川
の形のいい眉が吊り上る。その表情に生徒の一人がヒッと息を呑む。流血の予感が教
室を覆い尽くした。
 (ひなたさん、小出先生の様子がおかしくありません?)
 (明らかにおかしいですね、少なくとも柳川先生とまともにやりあえる人じゃあり
ませんでした)
 由美子の様子を不審に思った風見ひなたと美加香が、後ろでひそひそと声を交わし
ている。
 「今は授業中だ。そう言うことは後にしろ」
 「現行犯で捕まえたいんです。委員会活動での授業の公決は学則で認められていま
す」
 一歩も引かない由美子。柳川の眉がピクリと釣りあがる。
 「俺を相手にいい度胸だ・・・・・・狩られたいか?」
 「陳腐な脅しですね、いつもいつもそんな台詞で。語彙が少ないんですか?」
 柳川の目がふっと細まる。メキメキと言う音と共に、身体組織が強化される。半ば
鬼の力を開放した柳川の金色の目を冷静に見据えながら、由美子は教室外に向って呼
びかける。
 「柏木君、お願い」
 その言葉に答えて、耕一が教室に入って来る。流血の予感が一機に現実味を増した。
某漫画の言葉を借りて言えば、『闘争の空気』と言ったところだろうか。
 「ふん、相変わらず女には弱いか、柏木耕一」
 「そういう訳じゃないが、友人が脅されてるの黙って見ていられるか」
 睨み合う二人。その間にそろりそろりと二人を刺激しないようにしながら、魔樹は
何とか抜け出す。  
 (うーん、耕一先生×柳川先生・・・・・・、結構使い古されたシチュエーション
だけど、改めてネタにすると面白いかも。今度の春コミネタにどうかな? 玲子に相
談してみよっと)
 この雰囲気でこんな思考が浮かぶ辺り、中々大物と言えるかもしれない。もっとも、
どんな時でもネタに結び付けるぐらいのしたたかさが無ければ、コミぱ作家では無い
と大志あたりなら言いそうだが。
 そんな魔樹を尻目に、二人の対立はますます深くなっていく。耕一は由美子に巻き
込まれたようなものだが、そんな事は忘れたかのように、柳川と睨み合っている。
 生徒の一部は教室の隅から廊下への脱出を開始した。この様な場所に居ては命が幾
つあっても足りはしない。
 (ひなたさん、二人を止めなくていいんですか!?)
 (無茶言わないで下さい! 僕一人であの二人を止められますか!)
 (ほらゆき、お前の出番やで)
 (え〜!!? ぼ、僕? 夢幻君が止めてよ)
 (お前エルクゥ同盟の若手ホープやろが!! あれくらい止めれんでどうすんや!)
 (夢幻君こそ神威のSSの次期後継者でしょ!)
 (東西さん・・・・・・、止めなくていいんですか?)
 (神凪さん、そう言うならまず自分が動いてください)
 (今お金が無くてコーパル少ないんですよ。これは琴音さんを守るために残しておく
必要がありますし、天気が言い日は質の良い瘴気もありませんから、妖術は使いにくい
んですよ)
 (あああああバトルだよデュエルだよやっぱり血の雨が降るのかな血で一杯になると
お掃除大変だよ血が流れると人死んじゃうよ霊柩車とお葬式の準備しなくちゃやっぱり
第2購買部に頼むのがいいのかなおろおろおろ)
 (たけるさん落ち着いて下さい(ギリギリギリギリ))
 (あうあうあうあうあうあう電芹体締まってるよSTFだよあっきーに教えてもらっ
たの)
 二人を止めろと言う一般生徒の無言の威圧がSS使いに向くが、SS使いとはいえこ
んな事に関りたくは無い。互いにお前が行けと擦り付け合っている内に、事態は最悪の
方向へ進んでいた。
 「面白い、今度こそ決着をつけるか!?」
 「そちらがその気なら、こちらも容赦はしない!!」
 「「「「「「「先生、授業中にバトルモードに入らないで下さい!!!」」」」」」」
 クラス中の生徒が絶叫するも、それを止める事は出来なかった 空気が弾け、二人
の鬼はその熱き拳を交える。二人とも既に鬼の力を完全解放していた。こうならばも
う止められない。
 午前10時54分、L学最強鬼決定タイトルマッチ勃発。リネットの半ばを半壊さ
せる熱闘になるも、千鶴、梓、ジン、セリスなどの乱入により、結局勝負はつかず。
 
 


 「何かリネットの方が騒がしいな、また何かあったのかな?」
 「あの辺りは美加香さんやJJ君の教室だから、風見君か姫川さんがらみでの暴走
かな?」
 「崇乃しゃん、晶しゃん、お茶が入ったでし」
 「ありがとう鈴花」
 リネットで起こった騒ぎなど露知らず、中庭の一角ではのぼのとした雰囲気が漂っ
ていた。普段は屋上でサボるのだが、今回は晶が一緒なので、最近晶達が作った中庭
の花壇近くでのお茶会となったらしい。エスプィアの出した水で入れられた紅茶が芳
醇な香りを辺りに振りまいている。
 「でも八塚、今日結構寒いのによく外出る気になったね」
 八塚崇乃は氷と水の術を使うのにも関らず、寒さに非常に弱い。そのため冬はまる
で雪だるまのように着膨れするまで、服を重ね着する癖がある。今もTシャツ、トレ
ーナー、セーター、制服の学ラン、どてら、ダウンジャケット、厚手のコートを纏っ
ており、臨月の妊婦の様に動くのが億劫そうだ。
 「まぁ今日は寒いけど、天気が良いから。こう言う日は日向ぼっこするのが気持ち
いいと思わないか?」
 「否定はしないけどね、でも震えながら日向ぼっこってどんな感じ?」
 「そうだな・・・・・・、氷室の中で囲炉裏にあたりながら、ほのぼのするって感
じか」
 「それって我慢大会って言わない?」
 苦笑しながら晶が答える。多分今日由美子の授業が無ければ、この友人はサボる気
にはならなかっただろう。かと言って由美子を嫌っていると言うわけでもないらしい。
何でこの授業ばかりサボるのかな、疑問に思った晶はそれを直接ぶつけてみる。
 「八塚」
 「何」
 「何で小出先生の授業ばかりサボるの? もしかして子供は好きになった人を虐め
たくなるってアレ?」
 「げふっ!!? ごふげふっがふっ!」
 大リーグ投手並の直球ストレ−トな質問に思わずむせ返る。崇乃も相当マイペース
な人間だが、この友人はそれ以上だといつも思う。気管に入った紅茶を吐き出しなが
ら、崇乃は半分涙目で晶を見る。
 からかっている様子は無い。完全に本気の顔だ。やはりこの男は天然ボケの素質が
あるのかと思ってしまう。
 「晶、俺が由美子さんの授業休む理由、『怒ったり困ったりと色々な表情が楽しめ
るから、ついからかいたくなる』っていつも言ってないか?」
 「聞いてるけど、ここまでするのかなって思って。今だって体震えてるし」
 「だからってそう言うことを聞くか普通?」
 ある意味非常に健康的な思春期の高校生の会話だった。互いに微妙な距離を保って
いる異性がいるだけに(晶の場合は同性だが;笑)、この様な話題には興味があるの
だろう。
 だがそれに気を取られすぎたのが不味かった。
 「「「「風紀委員会生徒指導部だ!! 八塚崇乃、昴河晶、授業エスケープの現行
犯で捕縛する!!!」」」
 わらわらわらと辺りから一年生であろう指導部員がわいてくる。その姿を見て崇乃
と晶は『やばい』という表情になった。二人とも指導部にはそれなりの因縁がある。
 「なんでここまで気付かなかったんだ? ・・・・・・って、浄眼から出た泪がさ
っきの泪と混ざって気付かなかった!?」
 「どこか間抜けだね、それ」
 「晶・・・・・・お前が原因だって解ってるか?」
 「そうだっけ?」
 「・・・・・・へぇ、結構変わりましたね崇乃さん」
 指導部員の輪の中から出てきたのは、闘技場と化した教室から逃げ出した魔樹だっ
た。崇乃に親しげに笑いかけている。この二人、どうやら面識があるらしい。
 「お前、もしかして隼家の魔樹か!? 何でリーフ学園に来てるんだ? 生徒指導
部の腕章をつけて」
 指導部の腕章を付けたアイヌ娘のコスプレと言うのは、なかなかに奇妙なものがあ
った。驚く崇乃に朗らかに笑いながら魔樹は話しかける。
 「崇乃さん、私は崇乃さんより前にこの学園に来てますよ。最近まで入院してただ
けです。それにどうせ取り締まられるなら、取り締まる方に周った方が面白いって言
う私の性格忘れました?」
 「・・・・・・そういえば、お前ってそう言う天邪鬼だっけか。変わってないな」
 「三つ子の魂百まで、そう簡単に私は変わりませんよ」
 その表情に人の良い笑みを――見る人が見れば『偽善者スマイル』と言われそうな
笑みを浮かべながら、魔樹は言葉を続ける。
 「と言うわけで、大人しく捕まって学則に則った裁きを受けてくださいね☆」
 「魔樹・・・・・、俺とお前の付き合いじゃないか。そんな無常な事言うなよ」
 「どういう関係だったの?」
 「家同士の付き合いでそこそこ面識があるだけ」
 「私としても、勤務時間外以外の活動はしたくなかったんですけどね。今ここで引
けば私自身の命が危ういので」
 その言葉が終わると、魔樹は体を横へずらす。今まで魔樹の長身に隠れて少ししか
見えなかった体が、崇乃と晶の視界に入る。
 その人物は恐ろしい笑みを浮かべていた。例えて言うなら獲物を見つけたエルクゥ
ユウヤや、ちゅるぺた娘を見つけた平坂番長のごとき笑みと言うべきだろうか?。崇
乃の浄眼から怒涛の勢いで泪がこぼれる。かつてジン・ジャザムに挑戦した時並の勢
いだ。
 「うふふふふふ〜、み・つ・け・た・わ・よ八塚君、昴河君。今日は特別にお仕置
きしてあげるからね」
 その表情に晶の頭の上に乗っていた鈴花の表情に怯えが走る。直接向けられている
二人は戦慄に近い感情を憶えていた。
 「ゆ、由美子しゃん怖いでし〜」
 「由美子さんが暴走してる、魔樹!! お前何かしたのか!?」
 「何でそこで私に振りますか。私は精神攻撃なんて器用な真似はできませんよ」
 「いや!! お前ならやりかねない!」
 「崇乃さん・・・この状況でも私に喧嘩売ってます?」 
 漫才が始まりそうなのを察したのか、それとももはやターゲット以外目に入らない
のか、由美子が一歩前にでる。それに合わせて指導部員達が包囲の輪を狭めた。指導
部員達も普段温厚な由美子の変貌に恐怖しているのか、目がいつも以上に真剣である。
 晶と崇乃は逃げる道を探す、が。
 「八塚・・・・・・、その格好でまともに動けるの?」
 「ぐあ!!? しまった! こんな事ならもう少し軽い服装でサボるんだった!!」
 「それだと崇乃しゃんは寒さで動けないから、結局捕まるでし」
 「鈴花、人を蛇みたいな変温動物にするなよ」
 「だって事実でしょ」
 「晶・・・、お前までそう言うことを言うのか」
 自分の服装を認識し、愕然とする崇乃。それと同時に由美子が指導部員達に命令する。
 「今よ!! 絶対に捕まえてね!!」
 「「「「「了解しました!!!」」」」」
 答える声が唱和し、一斉に崇乃達に襲いかかる。四方八方から襲いかかる指導部員達
に晶は身構える。その傍らで崇乃は思う様に動かない体を叱咤しながら、焦った声で魔
術を発動させた。
 「わ、我降らす呂き雲海!!」
 その言葉と共に構成が展開される。攻撃魔術かと身構えた指導部員達は、白い霧に包
まれて、身動きが取れなくなった。辺りを包む白い霧は視線を封じこめ、逃走者のため
の絶好の煙幕と化す。
 「畜生!! 全然周りが見えやしない!」
 「この隙にあいつらが逃げるぞ!!」
 「うわ、危ねえ!! 俺は指導部だ間違えるな!」
 指導部が誇る「鉢がね」システムでも、全員の視界が塞がれてしまえばどうにもなら
ない。あちこちで同士討ちの声が上がる。こう言う状況では小人数の方が圧倒的に有利
だ。
 「落ち着いて!! 指導部員はその場で全員待機! 同士討ちは避けて!!」
 魔樹が指示を飛ばす。辺りを見まわしても全然視界が利かない。まずはこの霧をどう
にかしなくては。
 「魔術で出た霧・・・、なら何とかなる。瞬流風(アルウィン)」
 先程の崇乃と同じ様に魔樹も構成を展開させる。どうやらこの二人は同じ様なタイプ
の魔術を使うらしい。魔樹を台風の目とした強風が巻き起こり、辺りの霧を吹き飛ばす。
 「うあわっ! 砂が入った!」
 「コンタクトが、ど、どこに落ちた!?」
 些細な被害が指導部員に出たものの、周囲の霧は吹き飛ばされた。被害の無かった指
導部員が辺りを見渡すも、辺りに崇乃や晶の姿は無かった。あの姿の崇乃が素早く動け
るはずは無いのに。
 「ああ!!!」
 「八塚君・・・・・・、見つけたわよ!!」
 由美子の顔が獲物を再び見つけた喜びに沸く。その視線の先をなぞると、確かに崇乃
達はいた。
 空を飛んでいた。
 正確には抱えられていたと言うべきか。
 空中を音も無く舞う水の精霊エスプィアに。
 「見つかったか。けどここまではそうそう来れない筈だ」
 「・・・・・・そうでもなさそうだけどね」
 「何!?」
 抱えられた状態で後ろを振り向くと、確かにあちらもここまで来れそうだった。指導
部員達はご苦労にも、全員が走りながらこちらを追ってきている。その中で一組だけ空
を飛びながらこちらに近づいてくる影があった。
 「隼君、ほらもっとスピード出して!!」
 「あの〜、スピード上げるとコントロールしにくくなるんですけど」
 「いいから!! 最悪、ぶつけてでも八塚君たちを捕まえなさい!」
 魔樹と由美子が、空を飛んで追いかけてきていた。その下にあるのは、相変わらずの
労働基準法違反の労働を強要される、魔樹の使い魔じぇりーずが必死にその体を支えて
いた。
 その姿を見て崇乃はぎぎぎっと音を立てそうなくらいぎこちなく首を前に向ける。そ
の顔は完全に青ざめている。
 「エ、エスプィア、全開フルパワー!! とっとと逃げろおおおおおおっ!!!」
 「kwyyyyyyr!」
 その声にエスプィアが人外の声で答え、スピードを上げる。目の前に中庭に植えられ
ている樹があったが、お構いなしにに突っ切った。エスプィアに被害は無かったが、当
然崇乃達はそうはいかない。
 「痛て、いてててって!!」
 「うわっ、枝で顔切った!」
 エスプィアは命令にあくまで忠実に、全開フルパワーで進んでいく。ここの樹は等間
隔に整然で植えられているため、次々に樹に突っ込むことになる。数本の樹を突破した
時には、二人とも切り傷に顔中を覆われて、体中に枯れ木を張りつけていた。
 「ここまで来れば・・・・・・」
 ちらりとと後ろを振り向く。
 「逃がさないわよおおおおおおおおっ!!」
 「うわああああああっ!! まだ付いて来てるっ!!」
 「八塚、相当小出先生を怒らせたんだね」
 「日頃の行いが悪いからでし」
 「冷静に言ってる場合かぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 こうなればどこまでも逃げるしかない。普段温厚な由美子がここまでするのだから、
捕まったらどう言う事をされるか、リアルに想像してしまい、恐怖に崇乃の血が凍る。
 「kwyyyyyyr!」
 エスプィアの声にはっと我に帰る。そろそろエスプィアの時間リミットが近づいて
きたのを思い出す。このままでは二人と一体は空中に放り出されてしまう。
 「どこか着陸できるところ・・・、あった!!」
 転がり落ちるようにある建物の屋上に着陸する。崇乃達を下ろして数秒後にエスプ
ィアは掻き消える様に消滅する。ここから先は自分の足で逃げるしかない。遮蔽物の
多い校内なら何とか逃げ切れるかもしれない。その希望に一縷の望みをかけて崇乃達
は逃げる。着膨れしているはとても思えないスピードだ。普段のスピードよりよほど
早いのではないだろうか。肥大化する生存本能は肉体のリミッターを解除し、普段発
揮できないような力を崇乃に与えている。
 しかし、そこまで努力しても。
 「待ちなさいっ!! 今捕まるならお仕置きの量を一等減じてあげるわよ!」
 「絶対嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 追跡者はどこまでも付いて来ていた。崇乃達の努力をあざ笑うかのように。
 恐怖に突き動かされて逃げる。だから崇乃達は気付かなかった。
 この校舎の床が妙にぐらついている事に。
 校舎の壁を小さなひび割れが走っていることに。
 下の階から人のものとは思えぬ叫び声が漏れ聞こえてくる事に。
 そう、ここは。
 一年生校舎リネット。
 「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」
 「ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
 美しき命の炎を刈り取る鬼達の叫びが辺りに木霊し。4人が走っている床を突き破
り現れる。その衝撃で吹き飛ばされ、再び空中を舞う4人と一体。だが今回は自分達
の意思ではない。
 「うあわあぁぁぁぁぁ!!」
 「あああぁぁぁぁぁぁ!!」
 「危ないでしぃぃぃぃ!!」
 「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 「わぁぁぁぁぁっぁぁ!!」
 五者五様の悲鳴が辺りに響き渡り、そこで4人と一体の意識は途切れていった。



 「結局、今回の小出先生の暴走って何が原因だったんでしょうね」
 鬼達の暴走が鎮圧され、ようやく静けさをとりもどした校内で、美加香がひなたに
質問する。
 「さあ・・・・? でもあの切れ方はどこかで見覚えがあるような気がするんです
が」
 首を捻りがら、記憶を探るひなた。どこかで見たような気がするのが、それが中々
思い出せない。
 「ま、いいでしょう。今回もおさまったことだし」
 「そうですね〜」
 同時刻、屋上。
 「由美子ちゃん。電波、届いた?」
 どうやらこう言うことらしい。


 ちなみに由美子は暴走中のことを覚えておらず、次の日はやけに晴れやかな表情で
出勤したらしい。ストレスの抜け落ちたさわやかな表情だったそうだ。



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 魔樹「3作目だが・・・、今回はえらく弾けたな。正式にするかどうか迷ってた
魔術師に結局してるし」
 作者「決心がついたから。僕魔術師って好きだから、こうしたかったんだ。完全
にわがままだけど」
 魔樹「解ってるなら後でちゃんと作品でフォローしろよ。しかし、何で今回はこ
んな話になったんだ?」
 作者「半年以上前に昴河さんとチャットでお会いしたときに、「由美子さん暴走
話を書いてみようかな」って話が出たから。昴河さんが憶えてるかどうか解らない
けど(笑)」
 魔樹「それでか・・・・・、しかし指導部Lまだ書いてないのに、指導部として
書いていいのか?」
 作者「指導部入部Lもちゃんと書くよ、いつになるか解らないけど(笑)」
 魔樹「まったく・・・じゃぁ今回はこれぐらいにしておくか」
 作者「そーしよ。今回出ていただいた皆様方、ありがとうございました。
それでは皆様失礼します、ではー」

文責;隼 魔樹