Lメモリーズ学園寮編「魔樹のお仕事」 投稿者:隼 魔樹


 それはある春の日だった。
 ちょっと風が強いが寒さは遠くに去り、程よい暖かさがぽかぽかと降り注ぐ、
過ごしやすい一日。
 今日は土曜日なので半日で学校が終わり、次の日は待ちに待った日曜日。
 こう言う日は誰であっても楽しいものだ。
 そのせいか今日のリーフ学園学園寮もいつも以上に活気づいている。
 そんな日の夕刻にその事件は起こった。




 Lメモリーズ学園寮編「魔樹のお仕事」



 「ん、おい魔樹どこ行くんだ?」
 「あ、YOSSY先輩ですか。ちょっと外へ行って来ます」
 喉が乾いたので水を飲みに降りてきたYOSSYは、玄関で靴をはこうとし
ている魔樹をを見つけた。
 時間は午後六時。
 そろそろ日も落ち、暗くなり始める時刻である。
 「外って……こんな時間にか? もうすぐ門限だぞ、許可とってあるのか?」
 寮則では門限は午後7時まで。それ以上になる場合は寮管理人の江藤結花に
許可をもらわなければならない事になっている……表向きは。
 実際にはYOSSYらを筆頭とする不真面目SS使いのせいで、律儀に守る
人間はほとんどいない。
 有名無実化している寮則の一つである。
 「取ってませんよ、けど問題はないでしょう? YOSSY先輩だって守っ
てませんし」
 平然と答える。本当に風紀委員会の人間なのかと思いたくなるような言動だ。
 直属の上司であるディルクセンが聞けば、頭から煙を噴出して怒るだろう。
いや、それとも胃痛で倒れる方が先か。
 風紀の守り手として日常生活でもきちんとした生活をするように、ディルク
センは言っているのだが、魔樹は『勤務時間外ですから』と言ってその命令を
ほぼ無視しているのだ。
 「ま、確かにな。けどどこへ行く気だ?」
 「ん〜、ちょっとお金を稼ぎに」
 単に遊びに行くのかと思ったが、返ってきたのは意外な答えだった。
 「金を稼ぐ?」
 「今ちょっとピンチなんですよ。この間新しい衣装を3着も作っちゃいまし
たから」
 靴をはき終え、つま先で地面をとんとんと叩きながら答える。傍らにおいて
あったちょっと大きめのバッグを肩にかける。
 ちなみに今日の衣装はオーソドックスに「カードマスターピーチ」の「モモ」
のコスプレである。それが理由なのか使い魔のくらげ、じぇりーずも「ヘモヘ
モ」の着ぐるみをつけていた。
 少女趣味の極めつけのようなモモの衣装と、その傍に控える13体のヘモヘ
モ。
 実に異様な光景だった。
 ……これで行き先がこみパ会場ではないのだからある意味大した物である。
 「じゃ、私は行きますから」
 「あ、ああ。心配ないだろうけど一応気をつけてな」
 「はい、では〜」
 十三体のヘモヘモが作る絨毯の上に乗ると、魔樹は鼻歌を歌いながら玄関を
出ていった。




 「……と、いう事があったんだが」
 「金を稼ぎに、ねぇ」
 それから少し後、リビングでYOSSYは自分の見た事を話していた。
 「あいつも金とかに困ってたんだな、そんなそぶりは全然見えなかったが」
 答えたのは寮でも一、二を争う貧乏者の山浦だった。
 実際、この寮に住む生徒の大半はお世辞にも裕福とは言えない。山浦などは
極端な例だが、中には仕送りに頼らず、自分で金を稼いで生活している者もい
る。
 悠朔のような極一部の“ぶるじょわじー”を除けば、皆何らかの形でお金に
は苦労させられている。
 さっきまでは魔樹もその“ぶるじょわじー”に属すると思われていたのだが。
 「しかし、何をやってお金を稼ぐ気でしょうね?」
 「そりゃあ定番のバイトだろ?」
 「こんな時間から、しかも不定期にですか?」
 魔樹と同じ風紀委員会のたくたくが疑問に思った事に、即座に山浦が答える。
が、それでもたくたくの疑問は晴れなかった。
 風紀委員会において、魔樹は遊撃隊のような形で扱われている。決まった担
当地域・時間がないかわりに、いざ事が起こればどのような場合でも、問題解
決に協力しなければならないのだ。
 はっきり言ってバイトしている暇などないのである。
 「いや、短期で割のいいバイトって結構あるぞ、体で稼げばかなり貯まる」
 「体で稼ぐ……」
 「体で、ですか……」
 おそらく山浦は、工事現場などで働く事を指して『体で稼ぐ』と言ったのだ
ろう。
 だが、YOSSYとたくたくはそう取らなかった。
 体で稼ぐ。
 魔樹の外見は贔屓目に見てもかなりの美少女である。膝裏まで届く長い髪に、
服の上からでも解る豊かな胸、くびれた腰とあまりを大きくはないヒップ。高
い身長と入院していたせいかそれに反比例して華奢な体。
 極めつけは形の整った顔に浮かぶ悪戯っぽい笑み。あれで半分男でさえなか
ったらすぐ手を出すのに、とYOSSYは思う。
 そんな魔樹がこの時間からやるバイトと言うと。
 (……援交だと思うか?)
 (いや、むしろズバリ風俗店では?)
 大繁盛間違いなし、どうしてもこう言う方に頭が働いてしまう。小声で話あ
う二人。
 「そうじゃなけりゃ何か売るとかな」
 山浦の言葉にまたも反応する二人。山浦自身は古本処分のつもりなのだが。
 (○ルセラショップですか?)
 (もしかして自分出演の裏ビデオや写真とか)
 顔を見合わせて考えこむ。
 これが他の女の子なら言下に否定するどころか、下手をすればこれが原因で
喧嘩になりそう想像なのだが。
 二人の認識は一致していた。
 『魔樹ならやりかねない』
 そう思わせる雰囲気が魔樹にはあった。
 日頃の行いがあれでは無理もないが。
 その時いきなりリビングの扉が開き、一人の人間が入ってきた。
 「由々しき問題ね!!」
 部屋の外で聞いていたらしい江藤結花、開口一番厳しい口調で言う。
 「寮生が夜にお金を稼ぎに出て行って、しかもそれがよりにもよって風俗関
係!? こんなのばれたらあたしのお給料はどーなるのよ!」
 どうやら彼女も二人と同じような事を想像したらしい。しかし少し顔が赤ら
んで見えるのは気のせいだろうか?
 「いや、まだ決まったわけじゃないが」
 「八割方決まったようなものじゃない」
 「確かにそうですが、でも証拠はありませんよ」
 「ならあたし達でその証拠を掴んで止めさせればいいじゃない」
 「「どうやって?」」  
 二人の声が唱和する。
 「簡単よ。尾行すればいいじゃない」
 「「おお!」」
 二人同時にぽんと手を打つ。ここであーだこーだと言い合っているよりは、
自分の目で謎を突き止めた方が余程良い。
 「と、言う訳で行くわよYOSSY君、たくたく君、山浦君!!」
 「「了解!」」
 「あの〜、なんで隼をつけるんすか?」
 一人解っていない山浦だった。




 「見つけました、魔樹さんです。十メートルほど先の角を右に曲がった所に
います」
 一度尾けると決まれば行動は早い。
 本職スパイのたくたくが魔樹の行きつけの繁華街を特定し、気配を殺して対
象を確認する。
 他のメンバーはたくたくが安全を確認してからこっそり物陰から覗くという
やり方だ。
 衣装が衣装なので見つけるのには苦労しない。
 「あの格好ですからね、異様に目立ってますよ。こちらがヘマをしなければ
まず見失う事はないでしょう」
 「今どんな状況だ?」
 「あっちこっちのウィンドウを覗いてますよ、どうも時間を潰していると言
う感じです」
 「時間を潰すって事は、夜がふけるまで待つつもりかしら」
 「その可能性は高いですね」
 「……お、そうでもないな。動くみたいだぞ」
 山浦の言葉で皆が魔樹に注目する。どうやらどこかへ移動するようだ。それ
までは大通りのメインストリートだったのだが、ビルとビルの間の裏通りに入
っていく。
 「あっちの方って、確か飲み屋とか風俗店が大量に集まってる所だな」
 「詳しいですねYOSSYさん、まさか……」
 明確な疑念を持ったたくたくの視線を慌ててYOSSYは否定する。
 「ない、ない。飲み屋で飲む金も、風俗行くような金もねーって」
 「まぁ、確かにそうですが」
 「それより後を尾けるぞ」
 ごまかすようなYOSSYを不審そうに見ながら皆で尾行を開始する。
 今までは大通りだったので、固まって行動しても大丈夫だったが、これから
は裏通りだ。人がいないわけではないが、妙齢の女性と高校生ぐらいの少年が
連れだって歩いていれば、いやでも目立つ。
 「二手に別れましょう」
 こう言う事になれているたくたくが素早く指示を出す。
 「隠密行動になれてる私が山浦さんをサポートします。YOSSYさんは江
藤さんについて下さい。荒事に巻き込まれた時を考えるとそのほうがいいでし
ょう。……くれぐれも妙な事をしないようにお願いします、YOSSYさん」
 「解ってるって」
 「大丈夫よ、いざとなったらあたしの蹴りが飛ぶから」
 「おし、任せろ。柔道が最強の護身術なのを見せてやる」



 〜たくたく・山浦組の場合〜
 


 「……外見女の子が夜にくる所じゃありませんね」
 考えても見て欲しい、今日は土曜日、基本的に明日は休みである。加えて今
日は多くの会社で給料が支払われた日だった。自然と彼女のいない哀しい男達
はこう言う所に集まってくる。
 すでに路上には大量のポン引きっぽいおっちゃんや兄ちゃんが、我先にと絶
好のカモを探している。
 辺りにはどぎついネオンがこれでもかと言うほど存在を主張し、多くの飲み
屋は大量の客にてんてこ舞いのようだ。
 その中を魔樹は平然と歩いている。流石に人が多いのでじぇりーずは出して
いないが、少女趣味な衣装とその中身はいやでも目立つ。
 二人で確認しただけでも既に十人近い人間に魔樹は声をかけられていた。
 明らかにイメクラ嬢か何かと思われている。
 一応断ってはいるようなのだが、いつ決定的な事になるかとたくたくは気が
気ではなかった。
 「山浦さん、山浦さん……?」
 傍らの山浦に呼びかけるが、反応がない。不審に思ってそちらを見ると、自
分のとなりで待機している筈の柔道家の姿がない。
 慌ててあたりを見まわす。山浦の姿はすぐに見つかった、もっとも、あまり
良い状態ではなかったが。
 セクハラ柔道家といわれる山浦が、実際にそのテの経験をしているかどうか
たくたくは知らないし、知ろうとも思わない。
 だが、思い出して欲しい。
 山浦はガチガチの体育会系である。女性と過ごすよりも、男との付き合いが
長かったろうというの想像に難くない。
 そして、今目の前に広がるのは、雑誌などの情報ではなく自分の前に広がる
魅惑のワンダーランド。
 そこに多感な経験の浅い高校生が迷いこめばどうなるか。
 結果は火を見るよりも明らかである。
 山浦はパピヨンに誘惑されたようにふらふらとそのテの店へと近付いていっ
た。
 「山浦さん駄目です、問題になりますよ!!」
 「離せ、離せたくたく! こんな貴重な機会をみすみす潰せるかぁ!!」
 しがみついて止めようとするたくたく。しかしパワーの根本から違うので、
ずりずりと引き摺られて行く。
 「私達が騒ぎを起こしてどうしますか!! こんな事してると魔樹さんに気
づかれますよ!」
 「この際隼なんてどどうでもいいわあっ! 据え膳食わずは男の恥! たく
たく、お前も溜まってるんだろうが! 一緒に来い!」
 「う、確かに……(吉井さんとはそんな関係じゃないし)……はっ!? 駄
目ですってば山浦さん! 第一お金あるんですか!?」
 「……金?」
 その一言がきっかけで山浦の目に正気が戻る。立ち止まり、懐から薄っぺら
い財布を取り出す。
 その中には……。
 紙幣……無し。あるのは定食屋の割引券と、期限の切れたポイントカードが
数枚のみ。
 硬貨……五百円玉が一枚と、十円玉と五円玉が一枚ずつ。
 「………………」
 「………………」
 思わず沈黙する二人。
 そんな二人の間を冷たい風がぴゅーと音を立てて吹いて行く。
 暖かった春の夜のはずなのに、二人には今が真冬の北極にいるように感じら
れた。
 この額では誰も相手にしてくれない、罵声と共に叩き出されるのオチだろう。
 山浦は失意に頭までどっぷり嵌りこんだ。
 そんな山浦の肩を叩く物がいた。のろのろとふりむくとそこには、『解ってる
何も言うな、俺も同じだ』という表情をしたたくたくの姿があった。左手に自分
の財布を握り締めて。
 たくたくが広げたその中身は。
 紙幣……無し。
 硬貨……百円玉が3枚と、五十円玉が二つ、一円玉多数。
 見詰め合う二人。
 何故か目は潤んでいる。
 この時二人は言いようの無い喜びを感じていたのだ。自分は決して一人ではな
い。自分と同じ境遇の存在がいるのだ。
 自分の境遇を嘲笑するのではなく、同情の目で見るのでもなく、同じ境遇にあ
る同類(とも)が。
 二人は固い握手を交わし、互いを確認しあった。
 しかしそれだけでは足りなかったのか、次は腕を組み合い、熱い抱擁を交わし
あう。
 二人の体温が融けあうように一つになる。
 この存在を、この友を離すものか、とがっちりと抱き合う。
 道ゆく人が奇異の視線を……あるいは哀れみの視線を投げかけてくるが、気に
ならない。ここに自分と同じ存在がいるのだから。
 二人は気づいていなかった。
 ここが裏通りとはいえ、公の道であることを。
 こういった歓楽街にはある特定の職種の人が良く来る事を。
 そして……自分達の年齢を。
 「あー、君達、そこで何をやっている? ここは君達みたいなのが来る所じゃ
ないぞ、未成年だろう?」
 二人に話しかけてきたのは、30代半ばと思われる中年の男だった。
 その人物の服装は明らかに周囲から浮いていた、そのせいなのかこの人物の周
りには誰も近付こうとしない。皆目をあわせないようにしてそそくさと去ってい
く。
 その理由は二人にもすぐわかった。
 青を基調とした制服、胸ポケットの無線機、腰にさした警棒と……黒光りする
拳銃。
 彼等はL学の外の治安を守る者達。
 人は彼らをある名前で呼ぶ。
 『警察官』と。
 それを認識した二人の額に大粒の汗が浮かぶ。
 「未青年がこんなところにこんな時間うろついてちゃイカンよ。とりあえず、
交番まで来てもらって、そこでじっくり話しをさせてもらうよ」
 顔を見合わせると無言で頷きあうたくたくと山浦。
 「……まずいです!! 逃げますよ!」
 「おうっ!! しかし誰のせいでこんな事になったんだ!?」
 「誰のせいだと思ってるんですか!!?」
 「おい、人のせいにする気か!?」
 「君達待ちなさい!!」
 脱兎の如く逃げ出す二人、既に先程までの連帯感はどこにも無い。互いに原因
を押し付け合いながら必死に逃げる。それを追う警官。
 当初の目的であった魔樹の尾行を思い出したのは、30分ほど走って、どうに
か警官を振りきった後だった。
 


 〜YOSSY、結花組の場合〜



 こちらは比較的順調に進んでいた。
 トラブルが無かったわけではないが、どれも些細な物だった。
 結花に絡んでくるよっぱらい親父共はYOSSYの鋭い視線の前にすごすごと
引き返していったし、それにも動じない剛の者には結花の蹴りがとぶ。
 艶やかな姿をした女性達に目を奪われるかと思ったYOSSYは、意外にも冷
静で特に何も問題を起こさなかった。
 綺麗な薔薇にはとげがある。それを彼は身をもって知っているのだ。
 ……彼の過去に何があったのかは定かではないが。
 そんな具合に尾行は順調に続いていた。魔樹も二人に気づいた様子は無く、ど
こかの店にも入る事も無かった。
 途中、知り合いなのだろうか、何人かの人間と談笑している。どうも魔樹はこ
のあたりの人間とかなり親しいらしい。しかも、話す相手は決まって若い男だけ
だ。
 「YOSSY君、どう思う?」
 「かなり怪しいな、想像が当たったかも」
 こうなれば最後までつけて、真相を確かめるしかない。二人の気合が高まる。
 しかし、順調なのもここまでだった。
 (……げ、あいつらは!)
 YOSSYの目にある一団の姿が映った。その瞬間YOSSYの顔色が変わる。
 その一団は二十代前後の青年・少年が入り混じった集団だった。一番上ので二
十六一番下は十五くらいだろうか。彼らに共通するのは身にまとった粗暴な雰囲
気。
 俗に言うチームという奴だった。
 何故彼らを見てYOSSYが顔色を変えるのだろうか?
 その理由は一週間ほど前にさかのぼる。 
 YOSSYはいつも通り寮を抜けだして歓楽街をぶらぶらしていたら、近くで
騒いでる彼らがいたのだ。酒が入っていたらしく、彼らが発する騒音は非常にう
るさかった。だが、人数が多かったので、道ゆく人も誰も手出しが出来ないよう
だった。
 そこでYOSSYはボランティア精神を発揮し、この騒音の源を掃除したので
ある。
 早い話がうるさかったと言う理由で、全員殴り倒して気絶させたのだ。
 『外道狩り』するほどでもなかったので、その時はそのまま立ち去ったのだが、
何人かには顔を見られたかもしれない。
 もし、因縁つけられてもYOSSY一人なら対処する自信はある。
 しかし、今は結花が一緒だ。彼女の蹴りは鋭いとはいえ、本格的に武術をやっ
てるわけではない。集団でこられたら守りきれるかどうかかなり怪しい。
 ましてや、ここで『外道狩り』モード全開にして彼らを切り倒すわけにも行か
ない。
 素早くそれらの事を計算すると、YOSSYは素早く行動に出た。
 「ちょ、ちょ、YOSSY君……」
 「すいませんけど、ちょいっと失礼しますよ―」
 結花を抱えあげると、持ち前の俊足を最大限に生かして逃げに移る。ここは入
り組んでいるから、一度逃げてしまえばそう見つかることはない。
 これだと魔樹を見張る事はできないが、あの格好だ、少し探せばすぐに見つけ
ることが出来るだろう。
 そう当初は考えていたのだが。
 (……お−、結花さん貧乳、貧乳って言われてるけど、意外とあるんじゃない
か。程よく柔らかいし)
 肩の所に胸が当たる形となったため、気持ちのいい感触が充分に堪能できるの
だ。
 その誘惑に負けたYOSSYは調子に乗って不必要に走りまわった。
 走るたびに胸の感触が肩に伝わって非常に気持ちがいい。
 だが、説明もされずに抱えあげられた結花が大人しくしているはずが無い。
 「この……いい加減にしなさいっ!!」
 抱えあげられた状態にもかかわらず、必殺の蹴りを放つ。
 YOSSYは正面から結花を抱えていたので、当然その蹴りも正面から受ける
事になる。
 結花の蹴りはYOSSYの下腹部……更に言うなら股間にめり込んだ。
 めきゃと言う鈍い音が響く。
 「がっ!?……はっ……」
 脳を直撃する痛みに苦悶するYOSSY。痛みというのは、体が発する危険信
号だというが、それならこの痛みはかなりの危険事態なのだろう。それほどまで
に、痛い。
 ……だが、結花は気にした風も無くYOSSYから離れる。その目には『自業
自得よ』と言っているようだ。
 女性にはこの痛みはわからない、かといってこれはあんまりなのではないだろ
うか。声も出せない激痛の中でYOSSYは考える。
 YOSSYが回復し、魔樹の尾行に復帰するのは、それから数十分の時が経過
してからの事だった。




 「……あ、あそこに入りましたね」
 「おう……しかし過酷な尾行だったなぁ、なんで相手が気づいてないのに、こ
こまで苦労するんだ?」 
 「そりゃ、あんた達が無駄に騒ぎ起こすからでしょ」
 「俺は一応騒ぎから離れようとしてたんだけどなぁ」
 再び四人は合流し、魔樹をつけていた。うち三人ほどは何か精神的・肉体的に
ダメージを受けているようだが、尾行を続けるだけの活力は残っているらしい。
 そんな四人の前で魔樹は一つの雑居ビルに入って行った。
 「……ここが目的地みたいですね」
 「よし、踏みこむわよ」
 「結花さん、それって思いっきり大騒ぎになりそうなんですけど」
 「こっちには寮生の生活態度を改めるっていう大義名分があるからいいのよ」
 「騒ぎになったら?」
 「その時はYOSSY君と山浦君に頼むわ」
 「……結局荒事になるんだろうな」
 「ああ、覚悟しておいた方がいいな」
 四人は気を引き締めると慎重にビルの中に入って行った。そして魔樹の声が
聞こえる部屋を探す。壁の薄いビルだ、結構簡単にその部屋は見つかった。
 「……この部屋みたいね」
 聞こえてくるのは魔樹ともう一人男性の声。どうも他には人はいないらしい。
 「……? なぁこの声どっかで聞いたこと無いか?」
 「YOSSYさんもそう思いましたか? 私も聞き覚えが歩きがするんです
が……」
 「なんか、学園で聞いたような気がするんだが……」
 ボソボソと小声で話し合う三人。確かにどこかで聞いた覚えがあるのだ。こ
の若い男性の声を。そしてその特徴的な喋り方を。
 そんな三人を尻目に、結花は思い切って扉を開ける。寮生の生活のために、
自分の給料のために、自分はこの先で起きている事を確認しなければならない。
 扉がぎぃと音をたてて開く。次の瞬間、結花は自分の目を疑った。
 そこにあったのは本の山。それも整然と並べられている。まるでどこかの本
屋のようだ。そして目に映ったのは……。
 「いらっしゃいませー、K・ネットワークにようこそ!」
 メイド服のような衣装に着替えて、カウンターの前でポーズを取る隼魔樹の
姿だった。
 「……はやぶさ……くん? 一体……何してるの?」
 「あ、結花さんですか、結花さんも同人誌買いに来たんですか?」
 「……どう………人誌?」
 「ええ、ここは24時間同人誌販売店K・ネットワークですから」
 あたりを見回す、確かにそこには普通の本とは違うのもがおかれていた、自主
製作による個人発行の本。
 「あ、じゃぁお前が言ってた『金を稼ぐ』ってここのバイトのことか?」
 「YOSSY先輩も来てたんですか。そうですよ、何だと思いました?」
 「いや、私達はてっきり……」
 「お前が夜のお仕事でもしたとのかと思って……」
 いつのまにか入ってきた三人も魔樹に声をかける。
 「………………あ、そう言う手もありましたね、今度やろ」
 「「「「止めろ(なさい)!!!」」」
 四人の声が見事に唱和する。
 「おぅ、騒がしいではないかMy同士魔樹。今晩は盛況のようだな」
 騒がしくなった店内を見に来たのか、カウンターの奥の小部屋から、一人の男
性が現れる。
 中肉中背の、特徴的なフレームの眼鏡をかけた二十代前半の男性。
 「「「あー!!」」」 
それを見て寮生三人が何かに気づいたのか驚きの声を上げる。結花もその男性
を見たが、彼女のほうは特に心当たりは無いらしい。
 「あ、紹介しますね。この店のオーナー、九品仏大志さんです」
 「おう、君達もこのすばららしき漫画の世界に入りに来たのだな」
 「「「「違います!!!!」」」」



 結局、魔樹の夜のお仕事は単に大志経営の同人誌店の売り子だと言う事が判明
した。意外な結末に脱力し、重い足取りで帰路につく四人。
 「なぁ、今回はもしかして魔樹に遊ばれたんじゃないか?」
 「……かもしれませんね」 


 その頃、K・ネットワーク店内では。
 「ふっふっふ、My同士魔樹、今回の悪戯も上手く行ったようだな」
 「そーですね、ご協力ありがとう御座います九品仏先生」 
 「しかし、彼らの言う事も面白いな、夜の店……やってみる気は無いかね?」
 「……それもいいですねぇ」
 このような会話が交わされていた。
 数日後、魔樹の懐は何故か大いに潤うようになっていたらしい。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――
作者「取り敢えず、完成〜」
魔樹「相変わらず危ない作品だな、おい」
作者「……ま、大丈夫でしょそれ程酷い事はしてないと思うし。復讐ならLで来
るだろうし」
魔樹「開き直ったか」
作者「そうとも言う(笑)」
魔樹「……ま、とりあえずあがったからいいだろ」
作者「そうだな、取り敢えず初の寮Lだし、魔樹の生活が少しでもわかれば」
魔樹「アレが普通の日常か?」
作者「うん(笑)」
魔樹「俺はあんな日常を送ってるのか……まぁ、いいけどな(笑)」
魔樹「じゃぁ、今回はこれぐらいで終わりにするか」
作者「そうだな、ではー」