Lメモリーズ魔王大戦IF「人と共にある魂」 投稿者:隼 魔樹


 
「……これが封印具なのでしょう? 私のスカーフの場合は瘴気を。貴方の場合は溢れ
出る神聖を……といったところですか?」
「……いいのだな?」
 我は目の前の不遜な……あるいは勇敢な妖術師に問い掛ける。
 我を解放すると言う事は、『世界』に干渉すると言う事。
 そしてそれは力を持たぬ人にとって善い事にはならない。
「いいのだな?」
 再び、問う。
「我が身を以って願う」
 短い、遼刃の答え。
「契約は為された。我は今よりこの地、彼の者、そして汝らを浄化する。神の幕屋にて
傷ついた心を癒すがいい」
「感謝します。……ここに居たのが貴方でよかった」
 その言葉に、我はわずかに眉を顰めた


「いったい……どうなっているんだ?」
 宗一は呼吸が安定してきた事を自覚しながら、眼前での会話を理解できないままに聞い
ていた。
「わからん。しかしこのプレッシャーは……」
 傍らの幻八も完調とはいかないまでも、七割がた回復している。その彼も困惑を隠し切
れない。
『東西にはふたつの顔があります。ひとつは精霊使いとしての、人としての顔。もうひ
とつは精霊を支配する絶対者としての顔。72の名と様々な尊称を持つ者の力を受け継い
だ……いえ、その身に宿した者の顔です』
「あの翼からするとAngelのようだが……」
『"不世出の偉大なる者"、"天の書記"、"契約の天使"、"人類の扶養者"、"天国の宰相"、
"神の顔"、"炎の柱"、"闇の支配者"、"小YHWH"……』
 命の並べる異名のひとつに、幻八が聞き覚えのあるものがあった。
「まさかそれはっ!」
「知っているのか?」
「とんでもない大物だ……。玉座に侍る者。王国の支配者……」
 それは一説には四大天使――ミカエル、ウリエル、ガブリエル、ラファエル――をも凌
ぐ、天使達を統べる者。
「天使の王……メタトロンか」




 そして……三十六枚の翼が解き放たれた。



 Lメモリーズ魔王大戦IF「人と共にある魂」


 
 我は生まれた時から自分の『意思』と言う物を持っていた。
 赤子として、人として大地に生まれ落ちた時から、自分は『メタトロン』である記憶と
人格、力を持っていた。
 が、それは我が完全解放されるまで、決して表に出ないものであった。
 人の身に我の力は強すぎる。
 いかに我の素体として選ばれた体とは言え、このままでは我の力を振るうことはできぬ
のだ。
 計画により、この体が我の力に耐えるよう強化されるまで待つ必要があった。
 同時に、この体はも一人の魂の器でもあった。
 我が解放の時を迎えるまでの間、この体を操り、何も知らぬまま人間として生きる魂。
 それは『東西』と名付けられた。
 そして我は『東西』の中で眠りについた。
 来るべき覚醒の時まで。



 我がうっすらと目覚めた時、『東西』の魂は泣いていた。
「泣いてるよ!何にもしてないのに、邪魔にもなってないのになんで蹴られるの、って、
泣いてるもん!」
 『東西』が泣きながら友人に訴える。
 『東西』は生まれた時より、精霊など『目には見えぬモノ』と見、会話する能力があっ
た。
 エーテルと呼ばれる力の源を見る力。
 それは我が宿る事の副産物でもあった。
 同時にその能力は『計画』を遂行する上でどうしても欠かせぬ物。
「うそつきー!」
「そんなモノいるわけないだろう!」
 人とは弱い物だ。
 自分と少しでも違う所があれば容赦なくその人間を排斥する。
 そうして自分達の小さな世界を守っているのだ。
 それがどんなに脆い物かも知らず。
 『東西』は泣く。
 自分は嘘をついていないのに、自分の小さな友達を守りたいだけなのに。
 何故信じてもらいなのか、その事に『東西』の魂は深い悲しみを覚える。
 少しだけ我は東西に対して罪悪感を持った。
 何故ならこれは我等天界の計画の一つであったから。



『東西、東西!どうしてきたのです!?』
 傷つき倒れた『東西』の前で一体の命の精霊が涙を流している。
『命』と名付けられた『東西』の友人だ。
 その名は精霊王との契約の時に聞いた覚えがある。
 我の……『東西』の体を真に我の素対として相応しくするための実行者の名だ。
 もっともその時はまだ『命』は名も無き精霊の一体であったが。
『若き「生命の精霊」よ……』
『助けたいか?その人を……』
 精霊王が『命』に問い掛ける。
『はい!』
 力強く答える『命』
 知らぬのだ。
 この後『東西』がどうなるかを。
 知っていれば『東西』を助けようとはしないだろう。
 全ては計画通りに動いている。
 『命』と『東西』が何も知らぬまま心を通わせ、そして『命』は禁断の契約を実行する。
 精霊王よ、上手く言った様だが、いささか残酷ではないのか?
 我の問いかけに精霊王は答える。
『天の御使いよ、全ては汝等の決めた契約による事なのだ。命を司る精霊の全てが人と  
 契約できるわけではない。一度別の人間と契約した事のある精霊は別の人間とは契約でき
 ぬ、そして今それができるのは『命』だけなのだ』
 成る程、了解した。
 そして契約は実行される。
『ならば……その人と、契約を交わすがいい……その人の一生涯を一つとなり過ごすと
 言う契約を……』
『はい……
 東西……ごめんね……私、貴方とまだいたいの……ごめん』
 泣きながら『命』が力を振るう。
 『東西』の運命を知っていなくとも、不死者となった人間を受け入れる人は少ない。
 それを理解しているからこそ『命』は泣くのだ。
 過酷な運命を予感して。
『我、汝と契約を結ばん
 これより先、我は、汝ともっとも近き他人
 これより先、我は、汝ともっとも遠き双子
 これより先
 汝が精神を我に
 我が力を汝のモノとせん』
 契約は為された。
 契約の天使メタトロンの名の元に、この契約は未来永劫破られる事は無い。




 我は少し怒っていた。
 人間達の矮小さにである。
 『東西』への虐めは契約後もやむことはなく。時を追う事にエスカレートしていった。
 生来気の優しい東西は、彼等の格好の目標になっていたのだ。
 攻撃されても反撃しない『東西』に歯がゆさを覚える。
 我は争いを好むわけではない。 
 だが時には物を教えるため厳しい鞭も必要なのだ。
 しかし、我の力は今だ封印されている。何もする事はできない。 
 その、筈だった。
「いい加減にしてよ……止めてよっ!!」
 『東西』が感情を爆発させる。だが殴りかかりはしない。
「へっ!! お前みたいな気持ち悪い奴は何をされても文句言えねえんだよ! オラ!!」
 人間の拳が『東西』の顔にめり込む、その衝撃で『東西』の眼鏡が外れた。
 これくらいの事は今まで何度もあった。
 だが、今回は違った。
 眼鏡が音を立てて地面に接触した瞬間にそれは起こった。
 我を襲う素晴らしい解放感。
 天界では一瞬に過ぎぬ時の流れも、人間として生きていると長いと感じる事がある。
 その感覚は本当に久しぶりだった。
 手が、足が我の思う通りに動くのだ。この感覚は天界を出て以来久しく味わっていない。
 ……我の力が解放されている!?
 馬鹿な、早過ぎる。
 『ロウ』により滅びをもたらそうとする者、魔王の覚醒はまだ先の筈だ!!
 それとも……目覚めたと言うのか、魔王が!?
 呆然とする我の前に人間か嘲りを含んだ声をかける。
「何を呆けてるんだ、ああ? 今日は俺達に逆らいやがったからな。この程度で終わると
思うなよ」
 我に無礼な言葉をかけた人間の目を見据える。
 多少の事は大目に見よう。だが今の言葉は許せぬな。
 相手が手を出さないと理解して、その上に胡座を掻いて好き放題する人間の屑め。
 何故予定外の解放が起こったかは解らぬが、この配剤を我は天におわす父に深く感謝した。
 原因の究明は後でもできる。
「喋るな、下郎」
「貴様達の行動は目に余るものがある。少し灸をすえてやらねばな」
 我はほんの少しだけ力を解放した。



『それでは、あなたが東西の本当の姿だと言うのですか?』
 そうだ、東西は我の器としてこの世に生を受けた。
『そんな……では東西は、今までの東西は偽りだったと言うのですか!?』
 それは違う、あれは『東西』の本来持つべき魂だ。今は我と分かちがたい程に融合してし
まっているが、元々は別の魂だ。
『何故貴方が地上に降り立ったのですか?』
 魔王に対抗するためだ。世界に滅びをもたらすモノへの対向者として我が降り立った。世
界を護るモノ、破滅へ防波堤ととして。
 もっとも、予定外の目覚めをしてしまったがな。
『……東西は消えてしまうのですか?』
 いや、この目覚めは計画外なのだ。魔王は不完全な形で目覚めた様だ。それに引き摺られ
て対向者たる我も目覚めた。
『なら、どうするのです?』 
 命を司る精霊よ、我に封印を施すのだ。来るべき目覚めの時まで我の力はみだりに振るわ
れてはならぬ。
『……解りました、私の全力を持って貴方を封印します』
感謝する……『命』




 そして数年の時が流れた。



「ここかい、命(みのり)?」
『ええ、試立リーフ学園と言うそうです』
「ここでいいんだね」
 運命に導かれて『東西』はここに来た。
 目覚めの時は近い。
 魔王を宿す者が近くにいる事を感じる。
 ここは決戦の舞台になるだろう。
 世界に滅びを与えるモノ、魔王日陰と、世界を護る者、大天使メタトロンとの運命をかけ
た戦い。
 世界が滅びを選ぶのか存続を選ぶのかがここで決まる。
 だが……天の父よ、願わくば『東西』の魂に一時の休息の時を与えたまえ。