Lメモリーズ風紀動乱編「裁きし者の陥穽・2」 投稿者:隼魔樹


(ここはどこでしょう?)
 SOSは自分のどこにいるのか解らなかった。
 辺りは乳白色の霧に覆われている。光が遮られているのか、自分の手足ぐら
いしか見ることができない。何とか遠くを見てみようと目をこらすが、やはり
何も見えてこない。
(何も見えませんか…………、となればここにいてもあまり意味がありません
ね。とりあえず歩いてみましょう)
 霧の中をあても無く歩き出す。どうやらこの辺りはかなり平坦な土地のよう
だ。時計が無いので正確ではないが、10分ほど歩いても、障害物に出会わな
かった。
 SOSは焦らずに歩き回ってみる事にした。霧の中、平坦な場所だと同じ所
を歩きつづける事になる危険があるが、どうやらそれは心配なさそうだった。
 少し歩いてみて解ったのだが、地面が多少ぬかるんでいるらしい。後ろを振
り返ってみると自分の足跡がくっきりついているのが解る。
(けどテレポートや、浮遊できないのは少し面倒くさいですね)
 心の中で苦笑する。
 しばらく時間がたち、日頃運動をしない体が疲れを感じ始めたところで、周
囲に変化があった。いつのまにか何かの建物の中に入り込んでしまったらしい。
ぬかるんでいた地面が今はコンクリートの床に変わっている。
(ここはリーフ学園の中ですか?)
 建物の中にまで霧が入っているらしく、はっきりとは見えないが、ここは慣
れ親しんでいる学園の廊下らしい。
 奇妙な事だと思ったが、それほどに気にはしなかった。逆に少し安心する。
ここが学園ならいつかは自分の知る場所に出るはずだ。
 いくつかのドアの前を通りすぎると、見覚えのあるドアがあった。学園のボ
ランティア警察“ジャッジ”のドア。
 SOSは何も考えずに、ドアを開けた。そして……見てしまった。
 部屋の中ではジャッジのリーダー岩下信と、その恋人の藍原瑞穂の姿だった。
 瑞穂は岩下の背中に、岩下は瑞穂の背中に、腕をまわして抱き合っている。
瑞穂はまるで子供のように安心した表情で、岩下の胸に身を預ている。岩下の
ほうは慈愛の笑みを浮かべて瑞穂を支えている。
 二人がどれだけ信頼しあっているか、一目で解ってしまう光景だった。
 SOSは反射的に非難の声を上げる。
「い、岩下さん。藍原さん、一体何をやっているんですか!! ここは学校で
すよ!」      
 ゆっくりと二人はSOSの方を向く、そこにはさっきまでの互いを慈しむ顔
はなく、この貴重な一時を邪魔する闖入者への冷たい避難のまなざしがあった。
「無粋だな……、君には雰囲気と言うものが解らないのかい?」
「SOSさん、やっと私たち二人っきりになれたんですよ。下らない事で邪魔
しないで下さい」
 そこにいるのはSOSの知っている岩下ではなかった。
 そこにいるのはSOSの知っている瑞穂ではなかった。
 ジャッジのリーダーとして尊敬した姿ではなく、淡い気持ちで恋焦がれた相
手でもなかった。
 そこにいたのは互いを求める男と女。
「君には失望したよ、もう少し出来る男かと思ったんだが。僕の買い被りだっ
た様だね」
「本当…………。今までずっと一緒になれなかったから、甘えてるだけなのに」
「瑞穂君、彼は放っておいて二人になれるところに行かないかい? ここに居
ても彼に邪魔されるだけだからね」
「そうですね。じゃあ早く行きましょう。私もっと信さんに甘えたいです」
 二人はどこへとも無く歩き出す。慌てて二人を追いかけるが、どんどん距離
が開いていく。
 小さくなる二人の姿を必死に追い、声をかける。
「待ってください、藍原さん、岩下さん!!」
 聞こえないのか、それとも無視しているのか、二人は気にした様子は無い。
 そして完全に消えてしまった。
 脱力し、その場にへたり込むSOS。
 そのSOSに後から声をかける者がいた。
「やっぱりな、俺の言うとおりになっただろう?」
 後ろを振り向く、そこにいたのは。
「魔樹さん!? 何でこんな所にいるんですか!!?」
 その質問には答えず、薄笑いを浮かべる魔樹。
「優等生ぶって友達同士でもいいなんて思うから、こんな事になるのさ。瑞穂
は完全に岩下先輩を選んだ。もうお前に入り込む隙はないな」
「魔樹さん!!」
 言い終わると魔樹は掻き消える様にして姿を消した。いつのまにか辺りは闇
だけが支配しており、自分意外に何も見えない。
 ここには自分だけしかいない。その事実がSOSを打ちのめし、孤独感をつ
のらせる。
「藍原さん、あなたは岩下さんを選んでしまったんですか!? それは私が何
もしなかったからなんですか!!? ……教えてください。私は、どうすれば
よかったんですか!!!?」
 自分自身の絶叫でSOSは目覚めた。慌てて辺りを見まわす。ここは寮の自
分の部屋らしい。窓にかかったカーテンの隙間から、光がさしこんでくる。そ
ろそろ夜が明けるのだろう。
 安堵のため息をつき、額の汗を拭う。その時なって体中が汗まみれでいる事
に気付いた。汗を吸ったパジャマが体に張りついて気持ち悪い。
「夢か…………、でもあんな夢を見るなんて」




Lメモリーズ風紀動乱編「裁きし者の陥穽・2」




 この1週間というもの、SOSの気分は最悪だった。天気はこの上ないほど
に晴れ渡っているのに、心の天気はどんより曇っていた。
 原因は解っている。この間の魔樹との会話、それに瑞穂の態度が気になって
いるのだ。そのためどうしても瑞穂や岩下によそよそしい態度になってしまう。
 心配した瑞穂と岩下がなにかと話しかけてくれたりもしたが、それも今は苦
痛だった。同時に自分を心配してくれている彼らに何をしているのか、と言う
気になり、ますます気が滅入る。
 悩みがあり、それを解決できな自分があり、その事で心配されている自分に
自己嫌悪するという最悪の精神状況に陥っているのだ。
 しかもその間も魔樹は積極的に瑞穂と会話している。しかもSOSの視線に
気づいているらしく、時々こちらに意味ありげな視線を送ってくるのだ。
(どうしたものですか、このままでは藍原さんに心配をかけてしまいます)
 そんな事を考えながら、珍しく廊下を歩いて移動していたその時。
「そこのあなた。一体何をしてるんですか?」
「え? あ、いや」
 声をかけてきたのはSOSと同じぐらいの背の、長い髪をした少年だった。
少しデザインが古めの眼鏡をかけている、人の良さを感じさせる穏やかな風貌。
 少年は困ったような表情で左腕の腕時計を見ると、SOSに告げる。
「あの、あまり言いたくないんですけど……今授業中ですよ?」
「はい!? も、もうそんな時間ですか?」
 腕時計を覗きこむ。アナログ式の古びた時計は2時20分を指している。
 どうやら考えながら歩くと言う慣れない事をしている間に、開始時間を過ぎ
てしまった様だ。
 思わず頭を抱えるSOS。幸い千鶴先生や柳川先生の授業ではなかったが、
根が真面目な彼はこう言った経験がほとんどない。どう言う顔をして戻ればい
いのか解らないのだ。
(テレポートで何事もなかったように自分の席につきますか? でもばれるで
しょうねぇ、正面から堂々というのも恥ずかしいですし、けど他に手段は……、
なんで私の能力は時を戻せないんでしょう)
「悩んでるみたいですねぇ」
 少年がのほほんとした声をかけてくる。その声を聞いたSOSにある疑問が
浮かび上がった。
(なんでこの人はここにいるんでしょう?)
「あの……」
「はい、なんですか?」
「今授業中ですよね」
「一般的にはそうでしょうねぇ」
「なんで貴方はこんな所にいるんですか」
 その言葉を聞くと、お下げの少年は笑いながら言った。
「簡単な事ですよ。私もサボリなんです」
 あっけらかんと答える。その態度にSOSはしばし絶句した。こんな風にサ
ボリのことを言う人間には今まで会ったことがない。思わず相手の顔を凝視し
てしまう。
 その表情は先ほどと変わらない、いやむしろ多少笑いが深くなったような
気がする。
 生真面目なSOSの苦悩が面白いのだろうか。
「今から授業に出るのも恥ずかしいですからね、どうせサボるなら屋上にでも
行きますか? お付き合いしますよ」
「そうですね、先生には悪いですがこの時間は休ませてもらいます」
 どうやら授業は諦めたらしい。まぁ今の状態で出てもあまり授業に身が入
らないだろう。それならサボるのとあまり変わらない。少し不謹慎だが、たま
には気分転換も必要だ。
 それに、目の前の少年にも興味が湧く。
「決まりですね、なら行きますか」
 少年は階段に向って歩き出す。数歩離れてSOSはその後を追った。大きい
学園ではあるが、数分もかからずに屋上に辿りついく。
「いい風ですねぇ」
 屋上には気持ちの良い風がふいていた。暦の上では秋だが、まだまだ夏を忘
れずにいる暑さも、その手を少し弱めている。
 少年はフェンスにもたれかかりながら、首だけを後ろに向けて景色を眺める。
その先には程よく開発された街――降山市の市街が広がっていた。
 SOSも少年に習い、降山の自然を見つめた。お互いに何も話さない。しば
らく景色を楽しんだ後、不意に少年が口を開く。
「何を悩んでるんですか?」
「……別に何も」
「そういう風には見えませんでしたよ。何かこう、世界の終わりみたいな顔を
してました」
 その言葉に思わずSOSは自分の顔をなでる。自分はそんな深刻な表情をし
ていたのだろうか。
「話してみませんか? 一応私はあなたより多少長く生きてますからね。少し
はアドバイスできるかもしれませんよ」
「そうでしょうか?」
「ま、悩みなんてのは聞いてもらうだけで晴れたりするものですよ。それに口
に出して言う事でもやもやしたものが整理できたりしますしね」
 少年はこちらを見ていない。言葉通り、ただの聞き手に徹するつもりのよう
だ。
「当然ながら私はあなたのことを知りませんし、あなたは私のことを知らない。
愚痴を言う相手には丁度いいかも知れませんよ。この学園は広いですからもう
一度会う機会があるとは限りませんし」
「…………」
 しばらく沈黙した後、ためらいがちにSOSは口を開く。
「ある、女性がいるんです」
「凄く優しい人なんですよ、周りに気を使って自分の事よりも他人の事を優先
して、しかもそれが押し付けじゃなく心からの善意でできる人なんです。気が
弱そうに見えるけど、芯は強くて、他人のために傷つく事を恐れない……そん
な人です」
「素敵な人ですね」
「ええ、とても」
 SOSの顔が少しだけほころぶ。
「そんな彼女の支えになりたいと思いました、守りたいとも思いました。でも
彼女には既に大切な人がいるんです。強くて、優しくて、誰よりも彼女を理解
して、一方的に頼り、頼られるのでは無く、本当の意味で互いに支えあってい
るパートナーが」
 少年は何も答えない、SOSも構わずに続ける。
「私は、彼に勝てないと思いました。だから近くではなく遠くから見守ろうと
決めたんです。……でも」
「それは間違いだったんでしょうか? 私はもっと積極的に行動すればよかっ
たんでしょうか? 彼女が悲しむのが解っていても、勝てないのが見えていて
も、彼と戦って彼女を奪い取るべきだったんでしょうか!?」
 押さえきれない思いが溢れ出す。自然に語気が荒くなる。
「最近私のクラスの一人が積極的に彼女に話しかけるようになりました。彼も
彼女に惹かれているのかもしれません。物怖じせずに自分の思って事をはっき
り言える人です。その人は彼女の側に居場所を作りかけています。それなのに
私は悩んでいるだけで何もできません」
「私は……どうすれば良いんでしょう」
 誰に言うでもない言葉。
「そうですね、方法はありますよ」
 少年は屋上に来て始めてSOSを見ながら言った。
「あなたの心のままに行動すれば良いんです。あなたは自分で自分を縛りすぎ
てるんですよ。もっと心を解放して、彼女に接して見ましょう。その彼とも対
決するぐらいの意気込みでね、そうすればいずれ彼女もあなたの方を向いてく
れますよ」
 「……何……を……言って……るんですか?」
 (…………これは? この奇妙な眠気は一体?)
 少年の言葉に驚いて反論しようとするSOS。だが上手く行かない。体がだ
るく、頭は霞がかかったようだ。加えて強烈な眠気がSOSを襲う。次第に視
界が暗くなり、意識が途切れ始める。
「大丈夫、彼女は――藍原瑞穂さんは必ずあなたの方へ振り向いてくれますよ。
藍原さんはあなたが自分をさらってくれるのを待っています。少しの勇気を出
して、岩下さんから藍原さんを奪いましょう……」
 (そう……なんです…………か? 瑞穂さんは……待ってくれているんです
か…………?)
 朦朧とした意識に少年の言葉が呪文の様に響く。子守唄のようにそれを聞き
ながら、SOSは完全に意識を失った。




「いつ逃げられるかと思いましたが、以外とあっさり引っかかってくれました
ね」
 SOSの体に手を当て、本当に眠っているのかを確認した後、少年は呟いた。
「もっとも、引っかかってくれないと困りますけどね。ここで暗示にかかる
かどうかがこの作戦の成否を決めるんですから」
『宿主、呟くのいはいいが早くここから離れてほしい。いくら私でもそう長く
は空気を濾過できない」
 奇妙に篭ったような声がどこからともなく響く。だが屋上には少年以外に人
影は無い。にも関わらずその声は確実に聞こえてくる。
 どうもその声は少年の近く、それも首の後ろ辺りから聞こえてくるようだ。
「やれやれ、解りましたよ。しかし……今回はお前の力を借りる事になるとは
ね。人生は何が役に立つかわかりませんねぇ。常識外の存在も少しはメリット
があると言う事ですか」
 少年は長い髪に手をかけると、一気に引き摺り下ろした。次に自らの顔を掴
むとべりっという音と共に皮を剥く。その下には切れ長の目が特長の、人は良
さそうだが、どこか計算高さを感じさせる風貌が露になる。かつらだった髪の
中からは一本のお下げ髪が出現した。
 現れた顔は生徒指導部所属のスパイ、たくたく。
『かつらを着けていると私には良くないのだがな、宿主』
「黙りなさい、異界生命体の分際で一言多いですよ」
 たくたくが話してる相手、それは自分の『お下げ』に対してだった。ただの
ファッションに見えるこれは、彼に寄生する一種の生命体なのである。
「しかし変装なんて久しぶりですよ。この学園でこれぐらいの技術が役に立つ
とは思いませんでした」
 この学園では世間一般の常識というものはほとんど通用しない。変装一つに
しても、体内のナノマシンで骨格から変えられる者もいるし、魔術を使えば簡
単に変身できる。姿を変えるだけなら幻覚を見にまとうだけでも役に立つ。
 特殊メイクとかつらなどという古風な変装技術を使わずとも、充分な効果が
期待できるのだ。
 長いかつらと特殊ゴムで出来た偽りの顔を持ち、たくたくは屋上からの出口
へ向う。
 半開きになっていたドアをくぐる。すると、先ほどまでは誰もいなかったド
ア内側に一人の人影が見えた。
 目のさめるような綺麗な緑色の髪と、深い蒼色の瞳をした端整な顔立ちの長
身の少女――いや、厳密に言うと女性ではない。
 生徒指導部、隼魔樹。
「ご苦労様でした、たくたく先輩。上手くいったみたいですね」
「何とか成功しましたよ。もっとも、あなたの風の魔術で上手く薬をまいてく
れたのも大きな理由ですけどね。薬に感づかれたらテレポートで逃げられる可
能性もありましたし」
 魔樹の手には小さな布製の袋が握られている。この作戦のためにたくたくが
調達してきた薬がそこに入れられていたのだ。
「無味無臭、強烈な誘眠効果と暗示効果をあわせ持ち、人体への悪影響はほと
んど無い。便利な薬ですね。この作戦が終わったら、私にも分けてくれません
か?」
「何に使うつもりです?」
「もちろん――悪戯です」
 真面目な顔をして厳かに宣言する。
「却下です、結構高いんですよこれ」
「そうですか…………残念です」
 本当に残念そうな顔をすると、魔樹は階段を下りていった。
 その後姿を見ながらたくたくは思う。
(この配置は結構適材適所なのかもしれませんね。ディルクセン先輩の人事も
今回は当たったと言う事ですか)
 脳裏に指導部の幹部達の姿が浮かぶ。
 ディルクセン本人が担当するのは論外。
 罠師、真藤誠二は精神的に追いつめると言う事には向いていない。
 松原美也は冷静な判断ができるが、机上で物事を考えすぎる所がある。
 永井は感情的になりすぎる。微妙な配慮が必要な事はまかせられない。
 松原陽平では甘すぎる。
 結果、消去法でたくたくと魔樹が担当する事になる。
 ベテランスパイのたくたくと、普段の経験から人の心理を読む事にたけてい
る魔樹なら、この作戦をこなせるとディルクセンは判断したのだ。
(しかし、“あの”魔樹さんにターゲットにされるとは運がありませんね)
 ちらりと後ろを見る。まだ閉じられていないドアの向こうではSOSが床に
横たわっている。
「すみませんが、あなたには踊ってもらいますよ。結果がどうなるかは、私に
はわかりませんけどね」
 呟くとたくたくも階段を下りていった。




「瑞穂さんのガード、ですか?」
「ああ、君も忙しいかもしれないが、何とか頼めないだろうか?」
 登校してすぐに廊下で岩下に呼びとめられた風見は、意外な頼みを受けてい
た。
「僕の都合のほうはどうとでもなりますが、何故わざわざ護衛を?」
 風見にして見れば当然の疑問だ。瑞穂が岩下のパートナーであるのは広く校
内に知れ渡っている。岩下の実力を知っている者からすれば、手を出そうとな
どとは考えないはずだ。
「それがね、最近瑞穂君の周りにある人物が近づく様にになったんだ。それだ
けなら別に構わないんだが、問題はその人物の所属なんだ。彼……と言ってい
いのかな? 生徒指導部の人間なんだよ」
「指導部が瑞穂さんに危害を加えると?」
「今の所特に怪しい動きは無い、だから過剰反応かも知れないけどね。僕が動
けたら一番いいんだけど、今は理事会前の書類作成に忙しくて」
「お話は解りました。けど、僕に頼まなくてもSOS君に頼めばいいんじゃり
ませんか?」
 その名を聞いて少し岩下の顔が曇る。
「彼は今、何かで悩んでいるみたいなんだ。僕や瑞穂君が話を聞こうとしても
答えてくれない。なら今は一人にしておいた方がいいと思うんだ。本当はもう
少し僕達を頼って欲しいんだけどね」
「なるほど……そう言う理由ですか。解りました、お受けします」
「ありがとう、助かるよ」
 岩下の顔に安堵の表情が浮かぶ。その表情を見て風見は身が引き締まる思い
がした。岩下の一番大切な人を預かろうと言うのだ。この信頼を裏切るわけに
はいかない。
「で、瑞穂さんに近付いているのは誰なんです?」
「生徒指導部所属の一年、隼魔樹君。確か君と同じクラスのはずだ」




(確かに瑞穂さんに付きまとっていますね)
 岩下の頼みを受けてから風見はそれとなく魔樹を見張っていた。魔樹の様子
は普段と変わった所は無いが、確かに何かと機会を見つけては瑞穂の元を訪れ
ている。 
 岩下のいった通り、特に怪しい動きは無い。瑞穂に近付く理由も休学中の勉
強の遅れを取り戻すと言う、まっとうなもののようだ。
(ですが、不自然と言えば不自然ですね)
 魔樹に一年の友人がいないわけではない。席の近い東西や神凪遼刃、姫川琴
音らとは結構頻繁に話している。なのに、何故二年生である瑞穂に頼むのだろ
うか。
(理事会に議題が出された直後にこの行動ですか、確かに岩下先輩でなくても
疑いたくなるでしょうね)
 人の良い瑞穂は疑っていないようだが、性善説の支持者ではない風見には魔
樹の行動がこの上なく胡散臭く思える。
 それに、魔樹は芳賀玲子という女性に想いをよせているらしい。
 これらを総合すると、魔樹の行動の全てが何か下心あっての行動に見えてし
まう。
(これは…………、一つ問いただして見ますか)
「美加香」
「なんですか? ひなたさん」
 傍らのパートナーに声をかける。
「魔樹君が瑞穂さんから離れた段階で問いただします。お前もついてきなさい」
「いいんですか? 今騒ぎになると理事会に影響しますよ。それに藍原さんが
フリーになっちゃいますけど」
「大丈夫でしょう。瑞穂さんに手を出しているのは一人だけのようですし、ま
さか校内で大々的にしかける馬鹿もいないでしょう」
 この判断を後に風見は死ぬほど後悔する事になる。だが神ならぬ風見の身で
は、この段階で今後の事を予測できるはずも無かった。
「魔樹君が離れましたね、行きますよ」
「……はい」
 少し不安げな表情で美加香は頷いた。ジャッジの関係で瑞穂には何かと世話
になっている。彼女の事が心配なのだろう。
 席を立った魔樹に風見が近付く。
「魔樹君」
「ん、風見? 私に何か用?」
 今の魔樹は女性の服装をしている。この時の魔樹は女性面が強調されるのか、
言葉づかいが女性に近くなるらしい。
「少し話したい事があります、人のいないところまで行きませんか?」
「今すぐに?」 
「ええ。それともなにか用事でもありますか?」
「ん……、今は特に何も無いからいいよ」
「なら場所を、そうですね裏庭にでも変えませんか?」
「解った」
 頷く魔樹。
 三人は連れだって教室を出ると、裏庭へ向った。しばらく歩くと目的地につ
く。ここは元々あまり人気の無い場所だ。多少危険な話をするには丁度いい。
 3メートルほど距離を取ってから、魔樹に話しかける。
「さて、本題に移りましょうか。なんで瑞穂さんに近付くんです?」
「……もしかして、それが話したい事?」 
「ええ、そうですよ」
「何だそんな事……、一体何言われるのかって結構期待してたんだけどな」
「はぐらかさないで答えていただけませんか?」
 強い口調の風見の言葉に魔樹は肩をすくめながら答える。
「私が休学してたのは知ってるよね、その間の勉強を見てもらってただけ。あ
の人頭いいからこういう事を聞くには一番いいんだよ」 
「予想通りの答えですね、それで納得すると思いますか?」
「納得するも何も、これが本当なんだからこう言うしかないんだけど」
「なら何故同じ一年の人に聞かないんです? 姫川さんや東西君だって決して
頭が悪いわけじゃないでしょう。それにこの時期に急に瑞穂さんに近付き始め
たのも気になります。指導部がジャッジの解体案を出したの、知らないわけは
無いでしょう」
「結構勘ぐるんだね、風見は」
 一呼吸おいて続ける。
「私は指導部では新参者だから、それ程重要な位置にいるわけじゃない。だか
ら解体案については、そんな事があった事さえ知らなかったよ。まぁ仮に知っ
てたとして態度は変わらないけどね。私は任務の時間とプライベートは使い分
けるようにしてるから」
「なら何故姫川さん達でなく瑞穂さんなんです?」
「だって…………姫川と東西や神凪、OLH先輩だけの時間を邪魔したら悪い
しね。あの三人は姫川に惚れてるみたいだし。下手に介入するのは野暮っても
のだよ」 
 人を食ったような答えに、風見の額に青筋が走る。美加香は不安そうな顔
で風見と魔樹を交互に見る。
 風見の暴発が近い。長年の付き合いで美加香は風見の我慢が限界に近付い
ている事を悟っていた。
 魔樹が意識してやっているのかはわからないが、風見にとって先ほどから
の魔樹の言動は挑発に他ならなかった。
(ひなたさん、抑えてくださいね)
 美加香の心配をよそに、風見は剣呑な口調で話しかける。
「どうしても、そう答える気ですか?」
「これが本当の理由だからね」
 飄々と答える魔樹。その顔を厳しい視線で睨みつける風見。
 年若いとはいえ、風見は数々の実戦をくぐり抜けて来た猛者だ。当然、そ
の視線に加わる力も並ではない。
 心の奥底まで射抜かれるような有無を言わせぬ圧力が魔樹に襲いかかる。
 だがその視線を魔樹は平然と――少なくとも表向きは――受けとめていた。
 そして……うっすらと口元に笑みを浮かべながら言った。
「風見が何を想像しているのかは大体予想が付くけどね。けど私はなにも関
係していないよ」
「大体、藍原先輩に手を出すと思う? 幾ら私が復学して日が浅いと言って
も、炎を操るこわ〜いお兄さんがついてる事ぐらい知ってるよ」
「……そうですか」
 風見は視線の圧力をゆるめた。とりあえず、これ以上話しても意味がない
と判断したのだろう。
 だが、これで納得したわけではない。魔樹の態度がこの上なく怪しいこと
に変わりはないのだ。
「一つ忠告しておきましょう、もし瑞穂さんに何かしたら……。簡単に楽に
なれると思わないことです」
「怖いね〜、肝に命じておくよ」
 そう答えると魔樹は風見達に背を向けて去っていった。後者の角を曲がり、
魔樹の姿が完全に消えると、ほっとした表情の美加香が話しかける。
「ひなたさん……よく押さえていられましたね」
「罠が見え見えでしたからね」
「罠、ですか?」
 不思議そうな表情をする美加香。彼女の見る限り、魔樹が何かをしかけて
いた形跡はなかったのだが。
「どう言う理由かは知りませんが、明らかに僕を挑発していましたからね。
魔樹君が戦闘が得意だと言う話を聞いていますか?」
「いえ、そんな噂は聞いてません」
 魔樹についての噂は色々あるが、その中に戦闘が得意といった話は混じっ
ていなかった。実力を隠すにしても、魔術はともかく肉弾戦で風見に勝てる
とは思えない。
 美加香の目からみても先程の魔樹の動きは「少し訓練した素人」の域を出
てはいなかったのだから。
 「僕も聞いていません、だからおかしいと思ったんですよ。それに、あの
余裕も気になりましたしね」
 戦闘のプロである自分を前にしてのあの態度、その不自然さが風見に警告
を与えたのだ。
「そうですか……、ならこれからどうします?」
「瑞穂さんのガードに戻ります。魔樹君が何をしようと、瑞穂さんの近くに
いれば最悪の事態は防げますからね」 
 そう言うと風見は美加香を連れて、校舎の方へと向かった。 
 


 だが、全ては遅かった。
 これより数時間後、藍原瑞穂、SOS両名の失踪がジャッジ本部を震撼さ
せる事になる。 

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 ついにやってしまいました。ジャッジに戦線布告……死にそーです。
マジで(笑)
 断っておきますが、このLはL本編には全く影響しません。また、今回
題材にしたジャッジの方々を貶めようという気はありません。
 これで書きたかったのは、「ジャッジの結束」です。……もっとも、完結
の第三話まで行かないと、それが現れてこないのですけど(苦笑)
 何とかして近い内に第三話を上げたいと思います
 それでは、今回の題材になっていただいたジャッジの方々に深く感謝をし
ながら、失礼させていただきます

文責;隼 魔樹