Lメモリーズ風紀動乱編「裁きし者の陥穽・1」 投稿者:隼魔樹







「お前の担当の校内巡回班の様子はどうなっている?」
「今までと変わった事はありませんね。向こうはできるだけ風紀のごたごた
には関りたくないんでしょう、この間の一件以来目立った動きはありません」
 地下反省房で二人の人間が会話している。一人は眼鏡をかけた神経質そうな、
少年から青年へ変貌しようとしている年頃の少年。もう一人は男性とも女性と
もつかない、もしくは男女双方の雰囲気を備えた不思議な少女の姿をした人物。
 両性具有と言う特異な体の持ち主。 
 少年は真面目な表情で少女に話しかける。その表情には余裕と言うものが感
じられない。余程急いでいるのか、それとも焦っているのか。それともその双
方なのだろうか。
「そうか、……ならお前は一時その任務を離れろ。そして、新しい任務に着け」
「新しい任務?」
「そうだ、お前にはジャッジを我々の傘下に加える工作を担当してもらう」
 その言葉に今まで余り真剣に聞いていなかった少女の顔に、驚きの表情が浮
かぶ。純粋な驚きではなく、『正気ですか?』と訝るような驚きだった。実際
この時少女は、目の前の少年に疑念を抱いていた。休む間の無い激務の中で正
常な判断力を失ったのかと。
「これ以上表だって、敵を増やすつもりですか? 今だって複数の組織に宣戦
布告してます。その上に今まで支持基盤である一般生徒の指示も怪しくなって
います。締め付けてばかりですからね。ここで下手に事を起こすと……」
 この組織――風紀委員会・生徒指導部の存続すら危うくなる可能性がある。
その言葉を少女は飲み込んだ。敢えて言わなかったのかもしれない。このよう
な事は言わずとも既に承知しているだろう。
「そうだ、だからお前の担当だ。表立っての敵対ではなく、搦め手でジャッジ
を落とせ」
 その目が鋭い光を放った気がした。周りにどの様に思われているのかは知ら
ないが、自分の才覚で一つの組織を作り上げ、そのトップに就任した人間だ。
その視線に含まれる圧力も強い。
 少女は何故この組織が曲りなりにも、纏まっていられるかが解った様な気が
した。それは目の前にいるこの少年の手腕に他ならない。
 生徒指導部『最高指導者』ディルクセン。
 だが、今回の命令は余りにも。
(無茶だな)
 少女は心の中で思う。この学園に帰ってきてまだ日が浅いが、大体のことは
把握していた。そしてこの命令が無謀なのも。何せ相手は『正義の味方』であ
る。
「それは無謀ですね。裏で手を回すにしろ、表から堂々とやるにしろ。上手く
事を運ばなければ、指導部は支持を失うばかりか、監査部や情報特捜部に付け
入る隙を与えかねませんよ」
 自分のこう言う所が相手の不信感を煽っている事は解っていた。基本的に指
導部は体育会系の縦社会であり、上役の命令は絶対服従である。その中で平然
とこういう口を利くのだから、相手にとってもさぞ不快なことだろう。
「無論そのことは考慮してある。だが我々には時間が無い。手段を選んでいる
余裕は無いのだ」
 少女の反論にある程度の理解を示しながらも、ディルクセンは有無を言わせ
ぬ口調で続ける。
「サポートとしてたくたくをつける。これは決定事項だ。拒否は許さん」
 少女――隼魔樹は溜息をついた。どうやら自分に拒否権は無いらしい。どう
してもやりたくないのなら、指導部を辞めるしかないだろう。
 そして魔樹には今のところ指導部を辞めるつもりは無い。悪戯好きの性格を
知っているものからすれば以外だろうが、魔樹はこの組織に愛着を持っていた。
そうでなければ最初から入らない。
 だから、こう答える。
「まぁいいですけどね、できる範囲で頑張りますよ」




 Lメモリーズ風紀動乱編「裁きし者の陥穽・1」




「貧乏籤を引きましたね。よりによってあのジャッジが相手ですか」
「先輩がそれを言います? 戦争屋のいる部活を相手にするのと、危険度では
そう変わらない思いますけどね。たくたく先輩」
 昼休みの中庭で魔樹と指導部の同僚で、一年先輩であるたくたくは一緒に昼
食を食べていた。
 魔樹はいつも通りコンビニのおにぎり(昼の食料争奪戦に参加する気は無い
らしい)だが、たくたくの方は友達の吉井が作った手作り弁当である。
 最近この二人はちょっといい感じになっているのだ。
「何かちょっと羨ましいです」
「……あげませんよ、吉井さんが手作りしてくれたんですから」
「別によこせなんて言ってません」
 いかにも高校生の昼食と言った様子である。実のところこれは半分偽装、半
分本気だった。
 その気になれば地下反省房で文字通りの密談を行うことも出来るが、それで
はどこにあるか解らない、監視者の目に不審な行動として映ってしまう。
『密談は相手がもっとも油断する場所でするのがいいんですよ』
 これは本職スパイのたくたくの弁である。自分達が監視されているかどうか
は解らないが、内容が内容だけに用心するにこした事は無い。
 もっとも、純粋に昼飯を食べるというのも重要な目的である。二人とも育ち
盛りの高校生。昼時になればおなかが空く。
 「本題ですけど、どう言う風に攻めるつもりです? 正直言って厄介な組織
ですよ、あそこは」
 そう言われて魔樹はたくたくから伝えられた情報を思い出す。ちなみに情報
はデジタルデータでは無く、紙媒体で伝えられ、読後魔樹の手によって焼却処
分された。古い手段だが、PCセキュリティの専門家がいない指導部では、仕
方の無いことである。
 ジャッジ。
 学園の守護者で『正義を守る』ために作られた組織。
 その構成員たちも並では無い者達ばかりである。戦闘員だけに絞っても見て
も、学園でも名だたる猛者達が名を連ねている。
 火使いにして格闘家、生徒会副会長でもある岩下信。
 その岩下とツートップを組む、元SS不敗流剣士、セリス。
 園明流倭刀術、ディアルト。
 風使いにして戦艦『冬月』艦長冬月俊範。
 冬月の付き人綾波優喜。
 エルクゥ同盟員であり、鬼畜拳の使い手風見ひなた。
 風見のパートナーで、『草』武術を使う赤十字美加香。
 マスター・オブ・タイムSOS。
 幻力使い天神貴姫。
 また、情報収集に関しても、生徒会の藍原瑞穂、吉田由紀、桂木美和子など、
隙が無い。
 足手まといと思えるマルチも、セリスの精神安定剤兼マスコットとして皆に
親しまれている。 
 考えているだけで頭が痛くなって来る気がする。元々SS使いの問題等を解
決するために、有志によって作られた組織である。SS使いの力を借りず、一
般生徒の力で学園の治安を守る事を目的とした指導部とでは、組織の根本から
して違う。
 ジャッジの求めるものは『正義』
 指導部の求めるものは『秩序』
 些細な様に見えるが、この目的の違いによって、本来良きパートナー同士と
なるはずの両者は敵対する運命となった。
 最も、現状では一方敵にジャッジを敵視しているのディルクセンが、両者の
態度を硬化させているのが最大の理由だが。
 ディルクセンの求める物が『指導部による学内治安組織の一元化』である以
上、両組織が歩み寄る可能性は極小であろう。
「まぁ、まともに正面からぶつかるつもりはありませんけどね。戦力が違い過
ぎますし」
「それが賢明ですね」
 お互い荒事は余り得意では無い。それに正面から行ってそう簡単に揺らぐよ
うな組織では無い。
「でも、穴が無ければ作ればいいし、穴があるならそれを広げればいいんです
よね」  
「基本ですね、で、どちらの方向で行きます?」
「そうですね……」
 魔樹はぐるりと頭を巡らせて辺りを見渡す。その視線の先には一人の男がい
た。白いコートを着た少年。魔樹と同じ一年だが、余り交流は無い。だが、魔
樹はその少年がどう言う人物か知っていた。
 ジャッジ所属の一年、SOS。
「両方で行きましょうか」
 薄く笑いながら魔樹は答えた。




「どう言う事だよ信!!」
「それはこっちが聞きたいくらいだよ。まさか向こうがこんな手段を使ってく
るとは……正直思わなかった」
 ジャッジ本部では岩下の襟首を掴んで珍しく激昂するセリスと、それを宥め
る岩下という構図が展開されていた。この二人は普段から仲が良いだけに、こ
のような状況になることは珍しい。
「っつ……信!!」 
「とりあえず落ち着け、マルチが怖がっているじゃないか」
「あうう、セ、セリスさん落ち着いて下さい〜」
 怯えた表情でセリスを止めようとするマルチ。セリスの服の裾をを引いて止
めようとするその様子に、激昂するセリスもようやく落ち着いた様だ。岩下か
ら手を離してばつの悪そうな顔で謝罪する。
「ごめん、頭に血が上ってたみたいだ、マルチもごめんね」
「気にしなくてもいいさ、僕だって同じ気持ちだ」
「いえ、大丈夫です〜」
 とりあえず落ち着いた二人の様子に、ホッとした空気が広がる。遠巻きに見
ていたジャッジ構成員たちは一様に胸をなでおろしていた。この二人の友情の
深さを知っているだけに、最悪の事態になることを誰もが恐れていた。
 同時にそんな事にはならないと言う深い信頼があったからこそ、誰も手を出
そうとしなかったのだが。
「しかし、一体何があったんです? セリス兄と岩下さんが争うなんて」
 皆の疑問を代表する形で風見が口を開く。
「それは、説明するよりこれを見せたほうが早いかな」
 岩下は自分のデスクから数枚の書類を取りだし、机の上に広げる。興味深そ
うな目でそれを見た面々の表情が、次第に厳しくなっていく。既に中身を知っ
ている岩下とセリスはそれを無言で見守った。
「これは……!! ジャッジの解体案!?」
「そう言う事だ。この議題は次回の理事会で争われる。それに僕も出席してく
れとの事だ。ジャッジの代表としての意見を聞きたいらしい」
「理由は!? 今まで学園を守ってきた僕達に対してこんな事をする理由は何
です!?」
「この議題を審議する様に、理事会に働きかけたのは生徒指導部だよ。彼らは
治安組織は一元化されるべきだ、と言う意見を認めさせるつもりらしい。最近
の遅刻者・規則違反者の減少を実績に、理事会の手で僕達を潰させるか、傘下
に置くつもりだろう」
「こんな事聞く必要ありませんよ。指導部のやり方のせいで、不良達はより陰
湿な手段で、弱い者達を虐待しているんですから。それにこの間も巡回班を意
図的に挑発してましたからね」
 監査部にも籍を置いている冬月が岩下に進言する。その立場上、彼は指導部
の実態を良く知っていた。指導部のやり方で不良達は大人しくなった様に見え
るが、実際はより陰湿に弱者達を食い物にしているのだ。
 証拠が無く、表に出ないだけでその数はかなりの物に上ると冬月達監査部は
見ている。
 実際はその不良達を指導部が管理して虐待させているのだが、そこまではま
だ監査部でも掴めていないらしい。
「そうもいかないんだ。こっちが審議を拒否すれば、指導部はそれを理由に理
事会に僕達を追い落とす様に働きかけるだろう。それに……」
「それに?」
「指導部は僕達の資質も攻撃材料にしている。感情に流され、騒動を引き起こ
すような人間がメンバーで、本当に学園の治安を守れるのか、と」
 その言葉に幾人かのメンバーが顔を顰める。自分たちの行動に少し自信が無
いのだろう。治安を守る傍らで、自分達が騒ぎの元となることも多い。それを
指摘されれば流石に気まずい。
「指導部は………、本気で僕達に挑戦するつもりですか」
 風見が不敵な表情で口を開く。彼にして見ればこのような手段しか使えない
指導部など、取るに足らない敵なのだろう。向こうがやる気なら、こちらも容
赦しない、そんな物騒な気配を漂わせている。
「どうやらそうらしい、だから皆にはは当分軽率な行動は慎んで欲しい。多分
そんなに長い間じゃない、長くても次の理事会までだから」  
 その風見を見つつ、岩下が全員に釘をさす。この状況でまた騒ぎを起こせば
指導部側に有利な条件を与えるだけだ。岩下は生徒会副会長と言う立場上、法
と言う物をよく理解していた。どんな状況であれ、『法に則っている』形式を
整えた方を社会は支持するものなのだ。
(今度の理事会までに書類を整えておかないとな、また瑞穂君に負担をかける
ことになるな)
 岩下の心に苦々しさと同時に小さな不安感が広がっていく。
(ダーク十三使徒に気を取られすぎていたか……? もしかして僕はもっと指
導部に注意を払うべきじゃなかったのか?)




 ほぼ同時刻、図書室。
 SOSは借りていた本を返しに図書室を訪れていた。この図書館の蔵書は無
茶苦茶量があるため、暇つぶしのネタには事かかない。本が好きな人間ならこ
こで一日どころか、一週間ぐらい篭っていても飽きないくらいの量がある。
(さて、次は何を借りましょうか?)
 辺りを見まわして新しい本を物色する。その時視界の隅に見知った人影が見
えた。SOSの想い人、藍原瑞穂である。
(藍原さんも来てたんですね)
 反射的に近づこうとして、瑞穂が一人ではない事に気付いた。いつも一緒に
いる岩下ではない。あれは確か…………。
(同じクラスの、魔樹君ですか?)
 瑞穂の正面に座って楽しそうに話しかけているのは、男物の服(SOSの知
識ではそれ以上の事は解らなかった)に身を包んだ魔樹だった。ここからでは
何を話しているのか聞こえないが、楽しげな雰囲気が伺えた。瑞穂の方も楽し
げに相槌ををうっている。
 その姿を見て、SOSは何故か近づくのを躊躇った。否、近づけなかったの
だ。楽しそうに話す瑞穂の顔を見て何故か躊躇ってしまったのだ。
(藍原さん、岩下さん以外でも、あんなに楽しそうに話すんですね……)
 理解しがたい感情が沸き起こる。後輩として、組織の同僚として、自分と瑞
穂はそれなりの関係を築いてきた。元々人のよい瑞穂の事だ。自分に好意を持
ってくれる相手を疎ましく思うはずがない。
 SOSが積極的に話しかけたせいか、最近ではかなり頻繁に話すようになっ
ていた。岩下と言う絶対的な壁を超えない限り、恋人関係にまで発展する事は
ないが、それでもただの友人同士以上の関係になれたと思っている。
 しかし。
(所詮それは他の人も簡単に入り込めるくらいの、薄い関係だったと言う事で
すか)
 心の中で自嘲の笑みを浮かべる。岩下の存在が大きく心に圧し掛かってきた。
 岩下の瑞穂に対する愛情や、瑞穂の岩下に対する信頼を見るたびに、入り込
めないほどの絆の強さを感じてしまう。
 超えられない、絶対的な壁を感じてしまう。
 自分と瑞穂の距離はなぜこうも遠いのだろうか?
 岩下と瑞穂の信頼の壁を超える事は出来ないのだろうか?
 SOSの心に生まれた感情――、それはキリスト教の七大罪の一つ『嫉妬』
だった。普段はすぐに押さえこめるはずの感情が、今日は何故か押さえこめな
い。生まれた小さな嫉妬心がSOSの心を掻き乱す。
 SOSが心の葛藤と戦っている間に、二人の会話は終わったようだ。魔樹と
別れた瑞穂がこちらに近づいてくる。その途中で目があった。瑞穂はいつもの
人のよい笑みを浮かべて話し掛けてくる。
「あ、SOSさんも図書館に来てたんですか」
「え、ええ。借りていた本を返しに来ていたんです」
「そうなんですか、何か面白い本はありましたか?」
「いえ、今来たばかりですから。時間は充分になるので気長に探しますよ」
 努力して笑みを浮かべ、答える。いつもと変わらない会話。楽しいはずなの
に、今日は瑞穂との間の距離を感じてしまう。先ほどの感情のせいだろうか。 
 その様子に気付いたのか、瑞穂が心配そうな顔を浮かべる。
「あの、SOSさん何か悩みでもあるんですか? 私で良ければいつでも相談
に乗りますよ?」
 瑞穂は心底からの善意で言ってくれているのだろう。だが、こんな事を話せ
る訳がない。『あなたと岩下さんの関係に嫉妬していました』など口が裂けて
も言えるはずがない。 
「大丈夫ですよ、少し考え事をしていただけです」
「それならいいですけど……、困った事があったらいつでも相談してください
ね。ジャッジの仲間同士なんですから」 
 仲間同士。
 この言葉が今の二人の関係を如実に物語っていた。
 心が冷えていくのがわかる。
 胸の奥がずきずきと痛む、それでも何とか笑顔を取り繕う。
「ええ、何かあったらご相談しますよ」
「はい、困ったときには仲間を頼っても恥ずかしくないんですからね。一人で
抱え込まないで下さい」
 瑞穂はそう言うと、図書館のカウンターで手続きをすませて、図書館を出て
いった。
 一人残されるSOS。
「振られたみたいだな?」
「!!?」
 背後からかけられた声に、慌てて振り向く。どうやらぼうっとしていたらし
い。近づく気配を全く感じなかった。まぁこの場合は感じれなかったと言うべ
きか。
 そこにいたのは先程まで瑞穂と話していた魔樹だった。いつものアニメかマ
ンガに出てきそうな衣装に身を包み、人の悪い笑いを浮かべている。
「何の用ですか?」
「いや、お前が俺に用があるんじゃないかと思ってな。さっきからずっと俺達
の方を見ていたし」
「それは失礼しました、けど貴方を見てたんじゃありませんよ」
 ぶっきらぼうな口調で答える。正直、今はあまり人と話したくなかった。そ
れに先程まで瑞穂と話していた相手である。知らず知らずの内に口調が固くな
る。
「なら瑞穂を見てたのか?」
「!?」
(瑞穂……ですって?)
 『藍原さん』でも『藍原先輩』でもなく『瑞穂』。その呼び方がSOSのか
んに触った。
「失礼じゃないんですか? 相手はかりにも先輩ですよ。呼び捨てにするのは
どうかと思いますよ」
「せいぜい年の差なんて一つくらい、そんなに固く考える事でもないと思うが
な。それに……」
「それに?」
「俺は気に入った相手は出きるだけ名前で呼ぶ様にしてるからな。その方が親
しみが持てるだろ? 流石に相手が嫌がったら止めるけどな」
 気に入った相手。目の前のこの人物も瑞穂に惹かれているのだろうか。
「残念でしたね、彼女にはもうれっきとした恋人がいますよ」
 その言葉を言った瞬間に認めてしまった。自分はあくまで友人。瑞穂にはも
う大切な人がいる。
 今までは目をそらしていた。それを認識するのが怖いから。自分が言わない
でいればそれは現実にならないよう気がしたから。
 だが、認めてしまった。
「知ってるさ、岩下先輩だろ。だからと言って諦めるつもりは更々ないがね」
「あの二人の絆の強さを知らないから、そんな事が言えるんですよ。あの二人
は本当に互いを信頼しあってます」
「なら、それで諦めるのか?」
 魔樹の言葉が頭の中に響く。そう…………、諦められるのだろうか。
 自分では岩下に敵わない、それは解っている。瑞穂が自分に友人以上の感情
を抱いていない事も解っている。
「俺は諦めないがね」
 SOSの様子に気付いていないのか、強い口調で魔樹が続ける。
「少なくとも、自分を納得させる結果が出るまでは諦めるつもりはない。誰が
相手であれ、な。結局は自分の気持ちにどこまで正直になれるかだろ」
 そう言うと魔樹は踵を返して図書館を出ていこうとする。その背中を無言で
見つめるSOS。
「お前がそんな調子なら、俺が瑞穂を奪うぞ?」
「!!? 何を……!?」
 それだけ言うと、魔樹は図書館を出ていってしまった。再び一人になるSO
S。
「私の、気持ち……」
 残されたSOSは呟いた。



「随分とえぐい手を使いますね」
「そうですか?」
 廊下を歩きながら魔樹とたくたくが話している。
「公的にジャッジ解体案を出させ、同時進行でジャッジ内部に不和を起こさせ
る。動揺したジャッジが解体案を否決する材料を揃える事が出来なければ良し。
そうでなくてもジャッジの結束の崩壊を促す。確かに良い手段ですよ」
「まぁない知恵を絞って考えましたからね」
「しかし、その手段が瑞穂さん周りに爆弾を投げ込んで、恋愛感情を利用して
不和を起こさせるとはね。失敗した場合の事を考えているんですか?」
 この事が失敗しても、または成功したとしても魔樹の関与がジャッジ側に知
られれば、確実に魔樹の命はないだろう。炎を司る魔神の逆鱗に触れようと言
うのだから。
「失敗した時には俺の命はないでしょうね」
 平然とした口調で答える魔樹。
「それが解っていてこの作戦を実行するんですか? 何故指導部のためにそこ
までするんです?」
「さぁ……? なんでなんでしょうね?」
 笑みを浮かべて答えをはぐらかす。
「ともかくこれで第一段階は終わりました。彼には悪いですがジャッジ内の火
種になってもらいます。さて、この陰謀を跳ね返す事ができますかね?」
 その顔は動乱の予感に爛々と輝いていた。