バレー部Lメモ・男子編「男子部員ヲ獲得セヨ」 投稿者:makkei
 授業終了直後の体育館は、どこかひんやりとした静けさに占められていた。
 それは、少し立った今でもあまり変化はない。
 きゅ、きゅ、というシューズのゴムの音と、
 ふっ、ふっ、という規則正しい呼吸の音とがするだけだ。
「……し、新城先輩……」
 不意に、体操服に身を包んだ少年、makkeiがストレッチをしながら口を開いた。
「ん?……なになに?……」
 話しかけられた新城沙織も、同様にストレッチをしながら答える。
 ただ、二人の間には、つかず離れずの微妙な間隔があった。
 これは、makkeiが『女の子は苦手』という特性の持ち主のためであるのだが。
「……あ、あのですね……ふぅ」
 makkeiは一息ついた後、ストレッチを中断した。
「…ほ、他の方はどうしたんでしょうか?」
 makkeiの言葉を耳にしたとき、沙織がその動きをぴたりと止め、それと同時に、
きゅっと沙織のシューズも一鳴きし、そして沈黙した。
「あ、たけるさんと電芹さんは、あの、少し遅れると言われてましたが……」
 そんな沙織には構わず、makkeiはその場で周りを見渡し、
「……僕と、し、新城先輩しか、その、いないんですけど……」
 と、言った。ぽつん、と。
 体育館には、二人だけしかいない。


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    バレー部Lメモ・男子編 「男子部員ヲ獲得セヨ」


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「そうよそうよ、どうして人がこないのよぉぉぉ!!」
「し、新城先輩……?」
「電芹ちゃんやたけるちゃんはともかく、城下君はちっとも部活に顔を出さないし、せっ
 かく勧誘しても、人は集まらないしっ!!」
「し、新城先輩、お、落ち着いて下さい……」
「仕方ないから、瑞穂ちゃんや瑠璃子ちゃんを勧誘しようとしても、瑞穂ちゃんは岩下先
 輩といつでもべったりしてて声をかける隙がないし、瑠璃子ちゃんは瑠璃子ちゃんで、
 あのバカ兄貴が、『瑠璃子を危険な目に遭わせるには行かないルリコ』なんてほざいて
 電波で攻撃しようとしてくるしっ!!」
 そう言いながら沙織は、持っていたタオルの端を噛んだままタオルを引っ張り、つまり
『キーッ、悔しいっ!』のポーズをとっている。
「何の意味があるのか分からないようなアフロ同盟だって、部員の数は増えているのよ?
 なのに、どうしてバレー部には人が増えないのよぉぉぉっ!!」
「いや、そ、それは……」
「せっかくmakkeiくんが入ってくれたのに、それっきりじゃない!」
 沙織は、makkeiの方にくるりと顔を向け、
「makkeiくんだって、このままじゃ寂しいよね、困るよね!?」
「は、はぁ……」
 事実、makkeiは困っていた。
 女の子と接するのが、非常に苦手なのだ。特に、女の子と二人きりの時間は、makkeiに
とっては精神的な辛きに他ならない。
 だが沙織は、構うことなく、
「そうよね、部員が少ないと困るよね?」
 と言いながら、makkeiに近づいていく。
「せ、先輩……?」
 ずんずんと沙織が近づいてくるのを見て、makkeiの顔はまるで比例するように青ざめて
いく。
「……ねぇ、部員が来るようにするには、どうすればいいと思う……?」
 沙織の目は、どろりと濁っているようである。
 近づいてくる沙織を見ながら、すっかり青ざめた顔のmakkeiは心底思った。
 部員が増えないことよりも、今の状態の方がよっぽど困った、と。


「……で、さっきの続きなんだけど……」
 しばらくパニックに陥った後、沙織はすっかり平常に戻っていた。
 先程までの一種の緊迫感は、もうそこにはない。
「makkeiくんは、どうしたら部員が来るようになると思う?」
「そ、そうですねぇ……」
 沙織に尋ねられたmakkeiは、右手に持ったタオルで慌ただしく額の汗を拭った。
 その行動は、心なしか落ち着かない様子に見える。
 それは、makkeiの顔を見ていた沙織も気付いたらしく、
「ねぇねぇmakkeiくん、どうかしたの?」
 と、沙織が問いただした。
「い、いえ、べっ別に何も……」
「何もないわりには、顔は青いし汗もよく出てる。うん、何かあるんでしょう?」
 沙織は、間髪入れずに真剣な眼差しをmakkeiに向け、
「……何かあるなら言ってほしいな」
 と、言った。
 その真剣な様子にのまれたのか、makkeiはうつむきながらも何事かを呟き始めた。
「あ、あの……じ、実は……」
「うん、どうしたの?」
「じ、実は……」
「うんうん、実は……?」
「実は僕、あの、じょ、女性恐怖症……みたいなんです」
「…………え?」
 沈黙に支配された体育館の中で、沙織は「呆然とした」顔を見せた。
 体育館の中は、まだ二人しかいない。

「……つまり、女の子と話すのが苦手なのか〜」
 沙織は体育館の冷たい床に座ったまま、くすくすと笑っている。
 makkeiは、微かに赤らんだ顔をどこか憮然とした表情にしたまま、
「はい……」と答えた。
「と、特に女性と二人きり、というのはどうも……」
「情けないな〜」
 沙織は、まだ笑ったままだ。
「あ、でも、たけるちゃんに聞いたけど、転入の前の日に……」
「あ、そ、それは……何というか……身体が、勝手に動いてくれたというか…多分、小さ
 な頃からの、その、特訓のおかげだと思います……」
「ふうん、そうかぁ〜」
 そして沙織は、ゆっくりとその腰を冷たい床から上げた。
「それじゃあ、当面の目標も出来たことだし、行こうか、makkeiくん」
「え?……し、新城先輩……?当面の、目標って…?」
 そう言ったmakkeiに、沙織は微笑んだまま言った。
「城下君が部活に顔を見せてないんだから、この部活って女子しかいないじゃない。それ
 じゃあ、makkeiくん可哀想だもんね。だから、当面の目標は、男子部員をみつけること。
 うん」
 にっこりと微笑んだまま、沙織はmakkeiに向けて頷いた。
「せ、先輩……ありがとうございますっ」
「お礼なんていいから、早速男子部員を探しにいこうよ、ね?」
「はっ、はい!!」


「でも、どうしようか……?」
 体育館を出たはいいが、二人はいきなり行き詰まっていた。
「と、とりあえずは、即戦力として活躍してくれそうな方のところに行きませんか?」
「まぁ、妥当なところよね。でも、誰がいるかなぁ?」
「し、新城先輩……」
「ん?誰かいい人でも思いついたの?」
「は、はぁ……」
「じゃあ、makkeiくんが思いついた人のところにまず行ってみようかな」

<ケース1:科学部室にて>

「makkeiくん……ここ?」
「あ、はい。ジン先輩なら、即戦力として……」
「『即戦力』というより、純粋に『戦力』だと思うなぁ……」
「と、とりあえず、ジン先輩をお誘いしてみませんか?」
「うーん、でも、ねぇ……」
 言い出したmakkeiに対し、沙織はあまり乗り気ではないようである。
 部室のドアをノックする手さえ躊躇を見せ、空を彷徨っている。
「た、たぶん、ジン先輩なら力になってくれる…と思います」
「まぁ、makkeiくんがそこまで言うなら……」
 こんこん。
 恐る恐るドアをノックした沙織であったが、
「…………」
 中からの返事はない。
 ジンはこの中にいる、そう思っていた二人だっただけに、二人はそろって怪訝な表情を
みせた。
「……いないのかなあ?」
「もしかして、な、何か実験でもしてらっしゃるのですかねぇ?」
 makkeiの言葉に、何かを考え込む素振りを沙織はしてみせる。
「うーん、まぁ、中を覗いてみれば分かるかな?」
「あ、はい。いらっしゃるかどうかだけでも」
 すっと、沙織の手がドアノブに伸びた。
 金属の冷たさが、沙織に独特の緊張感を与える。
 かちゃっ、と言う音が静かに響きわたった。
 そして、
「失礼しま〜す」

「寄るな、触るな、俺を見るなぁぁぁぁぁぁっ……っていうか今世紀最大の大ピンチじゃ
 ねぇか、俺ぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
「うふふ…………ジンちゃんったら、照れちゃって(じゅるじゅる)」
「…………」
「…………」
 呆然とするバレー部員二人と、
「チクショウっ!!なんなんだっ、このロープ、俺のエルクゥの力を持ってしても切れや
 しねぇじゃねぇかっ!!」
 実験台の上に頑丈に縛り付けられたジン・ジャザムと、
「うふ、柳川先生の特注だもん。ジンちゃんと、わたしの、愛のた・め・の(はぁと)」
 ジンに向かってゆっくりと近づく四季がいるだけなのだが。
 部室内は阿鼻叫喚と化していた。
「…………」
「…………」
「あっ、そこにいるのは確かmakkeiとか言ったな。俺のためにイ○オンソードを持ってき
 てくれっ、イデ○ンソードだぞ、大至急な!!藤田浩之もしくは風見ひなたでも可。と
 にかく、俺が無事でいる間にぃぃぃっ!!」
「ジンちゃん……そんなに嬉しがらなくても…(ぽっ)」
「頼むから誰かこいつを殺してくれぇぇぇぇぇぇ!!!!」
 ジンがそう言った次の瞬間。
 ばたんっという音をたて、ドアは無情にも閉じられた。

「……makkeiくん」
「はっ、はい、な、なんでしょうか?」
「『人の恋路を邪魔する奴は……』って言葉、知ってる?」
「はぁ、い、一応は……」
「じゃあ、これ以上は勧誘できないよね」
「は、はい」
「まぁ、次を探しましょうか」
 それから二人は、悲痛な叫びを背に、科学部室を後にした。


<ケース2:格闘部室にて>

「ここならいい人材がいそうじゃない?」
「た、確かに……」
「さて、それでは有望そうな部員を……」
 先程とは違い、沙織は実に積極的に勧誘しようとするが、
「で、ですが先輩……」
 と、makkeiが口を挿んだ。
「ん、どうしたの?」
「ここの方々って、みなさん忙しい方ばかりなのでは?」
 そう言われて、沙織は腕組みをし、「確かにそうかも…」という表情をしてみせる。
 だが少しすると、けろりとした顔で、
「でも、もしかしたら『入ってくれる』って言ってくれる人もいるかもしれないし。とり
 あえずは声だけでも掛けてみない?」
 と、明るく言った。
「何事も『当たって砕けろ』よ。makkeiくん」
「は、はぁ」
 沙織の勢いに押されたのか、makkeiも頷く。
「決まりね、決まり。よしっ!!」
 そう言った沙織は、おもむろにドアをノックし、ノブに手を掛けた。
 ドアが開くと同時に、沙織は元気のいい声を上げる。
「すみませ〜ん、失礼しま〜す」

「綾香は俺んだぁぁぁぁぁぁっ……と、いうわけでプアヌークの邪剣よっ!!」
「その言葉、そっくりそのまま返してやるっ!!『真・魔皇剣』!!」
「綾香……あいつら、どうにかしてくれない?」
「わたしだって分かってるわよ……でもね好恵、今さらどうにか出来ると思う?」
「……聞くだけ無駄だったわね……」

 爆音が響きわたる中を眼前に、makkeiと沙織は立ちつくすばかりだった。
「…………」
「…………」
「…………」
「……makkeiくん……帰ろうか?」
「……はい…」


「……どうしてこう上手くいかないんだろうね〜」
「……どうしてでしょうかねぇ」
 とぼとぼと肩を落としながら、二人は目的もなくふらふら歩いていた。
「他にだれかいないかな〜、バレーが出来そうな人……」
 そう言った沙織は、空を見上げ、ふぅっと溜息をついた。
 だが、次の瞬間には「あっ」っと声を発し、握った右手を左手の平に打ち付けた。
「あっ、そっか〜。最初からそうすれば良かったんだ〜」
「どっどうしたんですか、新城先輩……?」
 急な態度の変化に、makkeiは着いていけずにいる。
 沙織は、不思議そうな顔のmakkeiを見ながら、くすりと笑った。
 そして、
「出来そうな人を、あらかじめピックアップすればいいじゃない」
 と、こともなげに言った。


<ケース3:風紀委員会本部>

「ごめんくださ〜い」
「失礼します」
 風紀委員の本部に来た二人は、遠慮せずに中に入った。
 そして、そんな二人を出迎えたのは、
「あ、沙織さん。どうなさったんです?」
 無造作に束ねた栗色の髪を背中まで伸ばした騎士、とーるだった。
「あ、とーるくん。ちょっと頼みたいことがあるんだけど……」
 そう言った沙織は、右と左の掌を合わせ『お願い』のポーズをとった。
「はい、なんでしょうか?」
「実はね、とーるくん。ここに全生徒の資料があるでしょ?それを少し見せてくれないか
 な?ちょっとでいいから、お願い」
 沙織の言葉を聞いたとーるは、一瞬頷きそうになりながらも、困ったような表情をその
顔に浮かべた。
 その表情を見た沙織は、不安げにとーるに聞く。
「とーるくん……ダメ?」
「はぁ……今、風紀委員長が外出中なので、私の一存ではちょっと……」
 その言葉を聞き、沙織の表情が曇る。
「少しでも……ダメかな?」
「……申し訳ありませんが……」
 がっくりとする沙織だったが、すぐに立ち直り、
「無理言ってごめんね、とーるくん」
 と言った。
 だが、次の瞬間。
 沙織は右手の人差し指を真っ直ぐに上に、「あっ」と言う声をあげた。
「そうだっ、とーるくん。バレー部に入らないっ!?」
 言って、沙織はとーるの方にすすっと迫る。
 当のとーるは虚を突かれたらしく、唖然とした顔になった。が、すぐに立ち直り、
「沙織さん……私も、忙しいので……」
「そっか……そうよね。とーるくんも忙しいんだよね、はは……」
 沙織の空笑いが、その場に虚しく響きわたった。

「…じゃあ、とーるくん、またね……」
 そう言って、ゆっくりと出ていこうとする沙織だったが、
「あ、ちょっと……」
 と、とーるがそれに待ったをかけた。
「ん、どうしたの、とーるくん?」
 くるりと沙織がとーるの方に向き直る。
「いえ、私も忙しいのですが……」
「?」
「その、忙しくてあまり行けないかもしれませんが、それでもいいなら……」
「入ってくれるのっ!!?」
 とーるの言葉を聞き、沙織がとーるの方へと一歩前へ出た。
 その目は、とても嬉しそうだ。
「先程も言ったとおり、あまり顔は出せないと思いますが……」
 だが沙織は、とーるの言うことを聞いてか聞かずか、
「とーるくんっ、ありがとうっ!!」
 と、とーるの手をぎゅっと握った。
 とても嬉しそうな沙織。
 何故かすこし顔を赤くしているとーる。
 沙織の背後で、とーるに対し頭を垂れているmakkei。
 男子バレー部が少しずつ動きだそうとしていた。


「あっ、沙織ちゃんにmakkeiくん、おっかえりなさ〜い☆」
 体育館に戻った二人を待っていたのは、
「先に練習を始めさせてもらっていますよ」
 たけると電芹、そして……
「ふははははははははは、遅かったな、二人とも!!」
 覆面を被った…
「あ、こんにちわです。秋や…」
「我が名は覆面忍者バレーコーチXだ、秋山などという名前は断じて知らぬッ!」
 という面々の三人であった。
「よしっ、皆そろったようなので次の練習にいくぞっ!!」
 覆面忍者バレーコーチXの声が、にぎやかになった体育館に響きわたった。
 その声を聞いた沙織が、makkeiの方に笑顔を向ける。
「さて……あたしたちも用意しようか、makkeiくん」
「あっ、は、はい」
 そして、その日の二人の練習がようやく始まった。