「……はぁ、はぁ…」 沈黙の支配する体育館の中で、少年だけは荒い息を吐いていた。 それでもその呼吸が規則正しいのは、彼が父親から施された「訓練」の賜物だろう。 だが少年のその額は、否応なしに浮き出る汗のせいでうっすらと光を反射している。 「……ふぅぅぅ……」 身体を落ち着かせるために吐いた長い息は、彼の眼鏡の端をうっすら白く曇らせた。 少年、makkeiはゆっくりと顔を上げ、十手を構えながら静かに前を見据えた。 そんな彼の目の前に立っているのも、同じく少年だった。 力を込めると折れてしまうのでは、と思わせるほどの細い身体をやや前傾姿勢にして、 makkeiの目の前の少年、葛田玖逗也は、その顔に薄ら笑いを浮かべていた。 「…そろそろ…終わりにしましょう…」 不意に、葛田の表情が厳しいものへと変化した。 それを感じ取ったのか、makkeiもその手にもった十手を強く握りこむ。 こくり、とどちらかの喉が鳴った。 そして。 「……makkeiさん、あなたは…薔薇部に入るべきです!!……」 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− テニス練習(?)Lメモ 「Take it easy!」 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 放課後のテニスコート。それは、怒号と悲しみが飛び交う戦場だった。 「風見ぃっ、そんなものではまだまだ相手をコートに沈めることはできんぞぉぉぉっ!!」 「はいっ、師匠!!」 「……ひなたさんが……遠くにいっちゃった……」 「? ゆきちゃん、どうしたの?」 「うぅ、こわいよう……」 「ジィィィン、そんなスマッシュじゃあ70点もやれんぞぉぉぉっ!!」 「まずもって貴様は練習の邪魔だぁぁぁっ!!」 「あ〜ずさ先輩っ、テニス、手取り足取りいろいろ取って教えてくれませんかぁ?」 「かおり……ていうかあんたたちのペア、練習してないだろ?」 「ちょっとゆーさく、何ジン先輩を狙撃しようとしてんのよ!?」 「いや、強敵は早めに潰しておこうかと……」 「ふぇぇぇぇん、こ、恐いです〜〜」 「誰だぁぁぁ、マルチに向かってそんなに強く打ったのはっ!!」 「どうしてこんな無自覚女と必殺技が出せるんだぁぁぁっ!?」 「そんなに照れなくてもいいのに」 「……ここで練習するのは危険そうですね、『命』…」 その戦場から少し離れたコートの一角で、二組のペアがテニスの練習を行っていた。 川越たける&makkei、新城沙織&城下和樹の両ペアである。 「じゃあ、いくよ」 そう言ってから沙織は、左手にしたテニスボールを上へと放り投げた。 そのまま、背をぐっと反りラケットを思い切り振りきる。 ぱしーんっ、とスィートスポットに当たったテニスボールが、勢いよくたけるの方へと 向かっていった。 ボールは、たけるの手前2.5mくらいでぽんっとバウンドし、 「え、えいっ!」 たけるが振ったラケットに当たり、また沙織達のコートへと戻っていく。 だが、そのボールの動きを見越していたかのように、城下が着弾点へと走り込んでいた。 「甘い甘いっ!!」 バウンドしたボールの軌道を目で追いながら、城下は渾身の力でラケットを振り抜く。 天瞬……。 「うわっ…!!」 食らいつこうとするmakkeiの右側を通り抜けて、城下の打ったボールはコートの後方で 地面へと吸い込まれていった。 「………ふぅ」 溜息をついてボールの行く先へと目をやる。 ボールは、コートの隅に転がっている。 「じゃあ、長瀬祐介くんのところに行ってきま〜す」 「それでは、失礼します」 もう一人のパートナー、長瀬祐介の元へ跳ねるように急ぐたけると、たけるに従ってそ の後を追いかけていく電芹。 残された3人は、コート隅の大木の元、降りかかる木漏れ日の下でゆっくりと身体を休 めていた。 吹き抜ける涼しげな風が、心地よさを運んでくるようだ。 「ふぅ〜……」 沙織が、ゆっくりと、だが深く息を吐き出した。 三人は、特に言葉を発することもなくぼんやりと休憩していた。 だが、不意に、 「あ、あの……体育館にタオルを忘れたみたいなので…とってきます……」 そう言って立ち上がったのは、makkeiであった。 さっと身を翻し、沙織と城下に背を向け歩いていく。 そんなmakkeiの背を見ながら、城下が呟いた。 「あいつ、コートの中で、何か遠慮してるみたいなんだよねぇ」 「うんうん、あたしもそんな風に見える」 沙織も城下と同意見らしい。 「多分……無意識のうちに気にしてるんじゃないかなぁ?」 「たけるちゃん?……っていうより”女性”かな…」 「そうそう、そうだと思う」 うんうんと頷きながら沙織は、城下の問いかけに答える。 ふと見ると、城下は城下で何かを考えているようだ。 (そういえば、どうしてあいつ、女の子が苦手なんだろ?) 電灯が点ってない体育館の中には、ぼんやりとした薄暗さが籠もっている。 makkeiはそんな体育館の中で、一人たたずんでいた。 (……僕のせいなんだろうなぁ…) 先刻のプレイを思い出す。自分とたけるのペアが上手くかみ合っていないのは自分でも 分かっている。だから城下に打ち込まれたのだ。 (でも、どうすればいいんだろうなぁ……) そんなことを考えているときだった。 「……”バレー部”と”薔薇部”……ぷぷっ…」 「っ!?」 何処からともかく聞こえてきた声に、ハッと身構える。 (どこだ!?) 声のした方へと鋭く視線をやる。makkeiの視線の方向、それは天井。 「そこですかっ!!」 makkeiが言うと、すたり、と軽い音をたて先程の声の主が天井から降ってきた。 その顔には、歪んだ微笑が浮かんでいる。 「……こんにちわ……」 「葛田くん…?」 「……さてmakkeiさん、迎えに来ました……」 「!?」 「……あなたを、薔薇部に勧誘します……」 「きっぱりとイヤです」 拒絶を示す表情を見せるmakkeiだったが、 「……僕が調べた情報によりますと……」 葛田は全く無視した。 その手には、何処から出したものかレポートらしきものまで握られている。 そしてそのまま、淡々と続ける。 「……PC版・PS版ともに東鳩で真・雅史EDを必死こいて探しましたね?……」 ぐさり、と言葉のナイフがmakkeiに突き刺さるような効果音が聞こえたような気がした。 「た、たしかに……」 「……『痕』で一番のお気に入りキャラは、柳川先生ですよね?……」 「(ぐさり)うっ!?」 「……LFTCG、リーダーは月島先輩ですよね?……」 「(ぐさり)そ、そうですけど……」 「……恋と男の友情との板挟みにあう、Pia2のあずさシナリオ大好きですよね……?」 「(ぐさり)まさか他社の作品まで調べるとは……」 「……あまつさえ、『坊主戦隊ジュゲム』まで持ってますね?……」 「(ぐさり)そ、そんなことまで……」 葛田はそこまで読み上げると、一息つき、 「……入部確定ですね……」 「いぃぃぃやぁぁぁだぁぁぁぁぁぁっ!!」 ・ ・ ・ 「ねぇねぇ、今の悲痛な叫び、体育館の方からしなかった?」 先程のテニスコート。練習を再開した沙織と城下が、どこからともなく聞こえてきた悲 鳴に耳を傾けていた。 「確かに、そんな気もしないでもないかな」 そんな曖昧な城下の声を聞き、 「体育館には、makkeiくんが行ってなかったっけ?」 と、沙織が城下に問いただした。 「ああ、そんなことも言ってたような……」 「ちょっとあたし行ってくる!!」 急に自分に背を向け、体育館へ駆け出す沙織を見ながら城下は、 (あまり心配ないとは思うけどな……叫びとか悲鳴とか爆発とか、日常茶飯事だし……) お気楽に考えながらも、沙織の後を走り追っていた。 「はぁ…はぁ…」 体育館。 次々と「自分は薔薇部に入るべきだ」という証拠を言われる度に、悲痛な叫びをもって それを断ってきたmakkeiの呼吸は、今大きく乱れている。 「……少しは入る気になってくれましたか?……」 「イヤですっ!!」 葛田は、にやにやと唇の端を歪めて笑っている。 (完全に相手のペースだ。) そんな風に感じたmakkeiだった。が、不意に、makkeiの脳裏に父親の声がよぎった。 『何時如何なるときでも、平常でいることに努めろ。つけ込まれる隙は作るな』 昔受けてきた訓練の最中に言われてきたことだ。 (そうだ、落ち着け、落ち着くんだ……) 身体を半身に開き、十手を握りこむ。 「……ふぅぅぅ……」 それから、深く息を吐き出した。 きっ、と前を見据える。 先程までの動揺は、微塵もない。そのmakkeiの様子をうかがってか、葛田の表情が変化 した。その顔からは笑いが消え、鋭い視線をmakkeiの方へと向けている。 「…そろそろ、終わりにしましょう…」 ぼそり、葛田が口を開いた。 今までにない、真剣さを帯びた一言だった。 その言葉を耳にしたとき、makkeiの喉がこくり、と鳴った。 そして。 「……makkeiさん、あなたは…薔薇部に入るべきです!!……」 沈黙がその場を一瞬包み込んだ。 「僕は…たしかに女性が苦手です」 ゆっくりと、だがはっきりと口を開いたのは、makkeiだった。 その瞳は、真っ直ぐに葛田の方へと向いている。 「…………」 葛田は、何も答えない。 「でも……だからといって薔薇部に行って……逃げたくはないんです」 「…………」 「それに…僕には…」 makkeiがそう言いかけたその時だった。 「……今日のところは引き上げます……」 葛田がmakkeiの言葉を途中で遮った。 「……力ずくで薔薇部に連れていってもいいんですが……どうも気が進みませんし……」 その表情には、苦笑が浮かんでいる。 「葛田くん……」 「……それに、邪魔者もいるようですから……」 肩越しに、葛田がmakkeiの背後へと視線を送る。 その視線に気付き、makkeiも振り向いた そこには、 「あはは……バレちゃった?」 「俺達のことは、気にしなくていいぞ」 「新城先輩に、城下先輩……」 葛田とmakkeiの会話を聞いていたのか、沙織と城下がそこに立っていた。 「……それでは、僕はこの辺で……」 「葛田くん……」 葛田は、一瞬だけmakkeiの方へとその瞳を向けた。 「……makkeiさん、薔薇部は、いつでもあなたを歓迎しますよ……」 そう言い残して、葛田はその場から「消えた」。 「そういえばさ……」 先にコートに戻っていく沙織の背中を見ながら、城下が呟くように言葉を投げかけた。 「どうしました、城下先輩?」 「さっきさ、『それに…僕には…』って言っただろ、お前?」 「ッ!!」 makkeiが思わず赤面した。 「あ、あれは……」 「続きを聴かせて欲しいんだけどなぁ〜」 城下は、わざと意地の悪い聞き方をしてみせた。 「あれは、その……」 二の句も告げずにいるmakkeiを見ながら、城下はポンっと肩を叩いた。 「女の子っていいもんだぞ。テニスもさ、もっと気楽に『楽しもう』、な」 城下は、笑っている。 「……はい!」 makkeiも、つられたようだ。