バレー部Lメモ・男子編「4人目の男」  投稿者:makkei
「あれ?……ねえ、beaker何処に行ったか知らない?」
 ふと、坂下好恵が口を開いた。
「いえ、知りませんけど……」
 坂下の問いかけに答えたのは、在庫整理をしていた沙留斗である。
 放課後の第二購買部。
 放課後ということで客足は途絶え、今ここにいるのは坂下と沙留斗だけであった。
「…あいつ、どこで何やってんのかしら?」
「うーん……」
 どこか不満のある表情を見せる坂下と、考え込む沙留斗。
 二人に訪れる、静寂。
「あっ……」
 唐突に、沙留斗が声をあげた。
「なに、何か心当たりでもあるの?」
 沙留斗の声に反応して、坂下が沙留斗に詰め寄った。
 沙留斗は、右の人差し指を立てながら続ける。
「マスターがどこに行っているのか分からない……」
「うんうん」
「…しかし、マスターの性格を考えると、見えてくることが」
「それは?」
 こくり、と坂下の喉が鳴った。
「つまり、マスターは……」
「beakerは……?」
「どこかにナンパに行ったんじゃないんですか?」


 ごめすっ☆
 坂下の拳が、骨まで響くような鈍い音を立てて沙留斗の顔にめり込んでいた。


 ・
 ・
 ・
 沙留斗が坂下に殴られたのと、ほぼ同時刻。
 体育館では、バレー部の面々が部活動の準備をしているところであった。
「あ、たけるちゃん。昨日のコンバットビーカー、見た?」
 昨日のテレビ番組の話をしながら、新城沙織や川越たける、電芹が準備をしている。
「『せっかくだから俺はこの赤い扉を選ぶぜ!』……うん、やっぱり格好いいよねっ」
 おもわず「そうか?」と聞き返したくはなるが、とりあえず人気番組らしいのでツッ
コミは入れないことにしておく。

 そんなわいわいと騒いでいる女子部員の様子を見ながら、
「女性というのは、おしゃべりが好きなようで」
「はい、僕もそう思います」
 とーるとmakkeiが、笑いながら力仕事であるネット立てを行っていた。
 ポールを両端に立て、ぐいっとネットを引っ張る。
「makkeiくん、クランクを回してくれませんか?」
「あ、はい」
 ぐぐっと力を込めてクランクを回し、makkeiがネットをきちきちに張っていく。

 練習前のバレー部の、いつもの光景だった。

 ……ここまでは。



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   バレー部Lメモ・男子編「4人目の男」


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「ごめん下さい」
 不意に体育館に響きわたった聞き慣れない声が、バレー部の動きを止めた。
「?」
 きょとんとしたまま、バレー部員一同が、声の聞こえてきた体育館の入り口の方へと
くるりと振り向く。
 そして、
「あれ、beakerくん?」
 沙織が、普段この場所では見かけない人物の姿を見、驚きの声をあげた。
 第二購買部部長、beaker。
 makkeiやとーるも、「どうしてこの人がここに?」と顔に疑問符を浮かべている。
 だがbeakerはそんな部員たちの様子を意にも介さずに、単刀直入に用件を告げた。
 微笑みを浮かべながら、
「新城さん、僕、バレー部に入部したいんですが」


 ・
 ・
 ・
「…………」
「…………」
「…………」
 沈黙。
 誰も何も言わなかった。
 否、誰も何も言えなかった。
 およそ考えられない事実がそこにあったため、部員全員が、自分の耳を疑っていた。
「あの……ですから、入部希望なんですが……」
 もう一度beakerがにこやかに言う。
「…………」
「…………」
「…………」
 またしても、沈黙。
 お互いに顔を見合わせる部員たち。
 その全ての顔に、「へ?」と何があったのか理解できない表情が浮かんでいる。
 バレー部の時間が、止まっていた。
 体育館に据え付けられた時計だけが、チクタクとリズムを刻んでいた。
 しかし、やがて、
「……え?」
 沙織が声を出したのを皮切りに、
「「「「「ええええええええええええええっっっっ!!??」」」」」
 部員全員が、驚嘆の叫びを上げた。
「び、beakerくんが、バレー部にっ!?」
「し、信じられません……」
「beaker先輩……一体何があったんです!?」
「わーい、beakerさんもバレー部に入ってくれるんだねっ」
「(まあ、たけるさんと私の邪魔さえしなければ、誰が来ようと構いませんが……)」
 それぞれ思い思いの反応である。
「…っ、もしや……!?」
 とーるがハッと気付いたように言った。
「もしかして、たけるさんやmakkeiくんを抱き込んで、バレー部をクソゲー研究会に変
えてしまう気では!?」
「そっ、そんな……」
 しかし、とーるの発言のショッキングな内容に驚いたのは沙織だけで、
「わあクソゲー研究会だよコンバットビーカーだよ大冒険だよジンさんや導師も誘わな
きゃいけないよひなたさんやティーさんやFENNEKさんもせっかくだから俺はこの
赤い扉を選ぶぜだよっ」
「たけるさんの言うことなら、私は何でも…(ぽぽっ)」
「クソゲー研究会……いいよね…」
 とりあえず騒ぐたけると。
 たけるとならどこへでもな電芹と。
 いきなり手近なボールに語り始めるmakkeiと。
 他の面々は、驚くどころか賛成する始末であった。

「いや、僕は純粋にバレーボールがやりたくて来たんですが」
 話が飛躍するのを遮るかのように、beakerが言った。
「でも、どうして?」
 不思議そうに、沙織がbeakerに問いかける。
 beaker。
 第二購買部の部長である彼に、バレーとの共通点など微塵も感じられない。
 沙織や他のメンバーが不思議がるのも当然と言えば当然であった。
「『どうして』、ですか……?」
 beakerは、うーんと額に手を当て、問いの答えを考え始める。
 彼の答えを待つバレー部員たち。
 そして少し後、beakerはこう答えた。
「見ていて、楽しそうだったからですかね」


「……まあ、実際楽しいですから」
 beakerの言葉に間を置いて応えたのは、とーるだった。
「私も最初は沙織さんやmakkeiくんに誘われて入部したんですが……」
 足下に転がっていたボールを拾い上げ、とーるが続ける。
「やってみると、楽しいんですよね」
 すっとボールを左手で軽く真上へと投げ、右手を振りぬく。
 とーるのサーブは、ネットを越え、対面のコートへと吸い込まれるように叩き付けら
れていった。
「まあ、とりあえず……」
 言いながら沙織がbeakerへと手をさしのべた。
「ちょっと驚いたけど、バレー部はbeakerくんを歓迎します」
 ぱちぱちぱちぱち…
 他の部員たちの拍手をBGMに、beakerが沙織と握手をしようとした。
 その時だった。


「ちょぉぉぉっとまったぁぁぁぁぁぁあああっ!!」
 まるで穏やかな水面を震わす波紋のように、天井からの声が体育館中に響きわたった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
 誰も、何も言わなかった。
 誰も、『この声は誰だ!?』などとは言わなかった。
 皆、声の主が誰だか分かっていたから。
「あ、バレーコーチXだっ」
 たけるだけが、天井を見て楽しそうな声を上げた。
「はっはっはっはっはっはっはっ……とうっ!!」
 ふわり。
 天井から、覆面を付けた巨体が軽やかに降りてきた。
 男は、身体に似合わず「すたり」と着地時にポーズを決め、そして高らかに叫んだ。
「覆面忍者、バレーコーチエーーーーーーックス、ただいま参上っ!!」
「わあ、コーチ格好いいよっ」
 ちぱちぱと、たけるが、たけるだけが拍手を送る。
 他のメンバーは、どこかうんざりした表情である。
「……で、コーチ。さっきの『ちょっと待った』は…?」
 沙織が、多少怒気を含んだ声でバレーコーチXに尋ねる。
 何となく「青春」なムードだったのを台無しにされたのが、気にくわないらしい。
「ああ、今の俺の言葉か……」
「はい」
「あれはな……」
「あれは?」
「何ていうか、俺がいないときに新入部員歓迎をされると……俺が寂しいじゃないか」
「それだけかいっ」

「……で、そこにいるbeakerが入部希望者というわけだな」
「まあ、そうですが」
 バレーコーチXに聞かれ、とりあえずbeakerが答える。
 それを聞いて、バレーコーチXがにやりと微笑んだ。
「なるほど……それではこれより、入部テストを執り行う」
「「「「え、ええーーーーーーっ!?」」」」
 驚きの声をあげる部員たち。
「私の時にはなかったじゃないですか」
 とーるが抗議の声をあげる。
「わざわざ勧誘してきたのにテストも何もないだろう」
「あの、僕の場合は……?」
 makkeiもおずおずと言う。
「お前には、『覗き』の一件で漢を見せてもらったからな」
「そうだったね、makkeiくん」
「た、たけるさん、あれはその、ち、違うんですよ……」
「まあ、makkeiくんの一件はともかく……」
 沙織がその話を打ち切るように言った。
「入部テストって、一体何をするんです?」
「ははは、聞きたいか?」
「いや、本当はあんまり聞きたくないんですけど」
 そこまで言ってから、バレーコーチXは沙織へと指を向け、こう言った。
「新城、バレーボールに一番必要なものは何か言ってみろっ!」
 指さされた沙織は、瞬間驚きながらも、
「えっと……体力と根性」
 と、答えた。
「そうだ、その通りだっ!!」
 バレーコーチXが、沙織の答えに頷き、そして次にbeakerをびしぃっと指さす。
「というわけで、お前の体力と根性、見せてもらうぞ」
「はあ……」
 力無くbeakerが応える。
「……で、僕は何をすればいいんでしょう?」
 beakerの問いかけを聞き、バレーコーチXがまたしてもニヤリと笑った。
「はっはっは、お前の体力と根性を試させてもらうだけだ」
 バレーコーチXは、右の親指で自分を指さし、そして一言、こう告げた。

「俺が満足するまで、俺を攻撃してみろっ!!」


 ・
 ・
 ・
 数分後。
 とーるにみじん切りされ、beakerに銃でミンチにされた挙げ句、なかなか再生しない
ようにmakkeiに「縛」された肉塊がそこにあった。


「……ではでは、あらためてよろしくね、beakerくん」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
 差し出された沙織の手を、beakerは今度こそ握り返した。
「よろしくね、beakerさん☆」
「beaker先輩、よろしくお願いします」
「一緒に頑張りましょう」
 部員たちが、拍手とともにbeakerへと声をかける。
 そして、beakerも笑いながら言った。
「はい、頑張りましょう」



 だが、バレー部員たちは知らない。
 beakerの、笑顔に隠れた野望を……


(続く。)