Lメモ「未来へと至る階段<前編>」 投稿者:makkei



 その日のYOSSYFLAMEには、『狩り』をするつもりはなかった。
 夜の繁華街で、数人の男たちに囲まれているLeaf学園の女生徒を見るまでは。

 女生徒は一人で、誰の目から見ても明らかなように嫌がっていた。
 掴んできた男の腕を引き離そうとするが、力の差かまったくふりほどけない様子である。
 やがて、男たちが女生徒をどこかへ連れていこうとし始めた。
 周りの人間たちは、誰も注意しようとはしない。
 それどころか、その現状を意識的に見ようとしていなかった。
「や、やめてよ……」
 女生徒はその身を捻ったりして精一杯の抵抗をしてみせる。おそらく、これから男たち
に何をされるのか判っているのだろう。
 だが、
「……ひっ」
 短い悲鳴を上げた後、女生徒は声すらも上げなくなった。やがて、ゆっくりとその集団
は、どこかへと移動を始めた。
(たぶん、ナイフか何か突きつけられたんだろうな……)
 YOSSYFLAMEがその様子を見ながら、溜息を吐き出した。
 本来なら今日は使う予定のなかった、袋に収まった木刀の背で自分の右肩をとんとんと
軽く叩く。
 そしてYOSSYFLAMEは、前方に見える集団を少しの距離を置いてゆっくりと尾行し始めた。




「事件……?」
 翌日の朝。
 学校としての機能がまだ働いていない時間に、数人の人影が、まだ薄暗い会議室内に見
受けられていた。
 Leaf学園の教師陣、柏木千鶴、、柏木耕一、柳川祐也、そして長瀬源一郎である。
 先程声を発したのは、窓枠を背にして立っていた柳川祐也であった。
「……はい」
 椅子に腰を下ろした柏木千鶴が、柳川の問いかけにこくんと頷きながら答えた。
 少しだけ下を向いたその顔は、どんな表情を浮かべているのか判りにくかった。
「昨日の夜、繁華街の路地裏で、女生徒が一人……」
「襲われた、というのか?」
 千鶴の話も途中に、柳川が口を挿んだ。
「そんな事件で、わざわざこんな朝早くから呼び出してほしくないものだな」
 すっと目を細め、千鶴へと冷たい視線を投げかける。
「おい、『そんな事件』って言い方はないだろ!?」
 そこに、がたんっ、という音をたて、柏木耕一が椅子から立ち上がった。
 真っ直ぐに、柳川を睨み付けた。
「ふん、夜中に街中をうろつく方が悪いとは思わないか?」
 柳川も負けずに、耕一に向かって意見を吐き出した。
 険悪なムードに包まれたまま、場に沈黙が走る。
 だが、やがて。
「……二人とも、落ち着いてください」
 冷静な千鶴の声が会議室に響きわたり、険悪なムードが少し静まる。
「耕一先生。柳川先生。千鶴先生の話をもう少し聞いてみましょうよ」
 煙草の煙を吹かせながら、長瀬が二人をやんわりとなだめた。
 口にくわえていた煙草を右手に、ふーっと深く煙を吐き出した。
 耕一は、短く息を吐くと、そのまま椅子に座り直した。
 柳川は、その場でくるりと千鶴や耕一に背を向けた。

「昨日の事件は、柳川先生が言われたような事件ではありません」
 しばらくして、千鶴は軽く目を瞑り話し始めた。
 そして、続ける。
「本学の生徒が……殺傷事件を起こしました」




 YOSSYFLAMEは、男たちを『狩る』つもりでいた。
 これまで行ってきたことと、同様に。
 男たちは、YOSSYFLAMEの考えたとおり、またはこれまでYOSSYFLAMEに狩られた男たちの
一部と同じように、路地裏へと女生徒を引っ張り込もうとしていた。
 にやりと口元を歪ませるYOSSYFLAME。
 男たちが『人目のつかない場所』に行けばそれだけ、YOSSYFLAMEも『狩り』がやりやす
いのである。
 やがて、男たちの姿は完全に路地裏へと消えていった。
 それを確認し、YOSSYFLAMEも後を追った。
 今までと同じように、そしてこれからも続けるだろう、

 『外道狩り』のために。




「殺傷事件……」
 耕一が千鶴の言葉を反芻するように呟いた。
「はい……」
 千鶴が沈痛な表情で頷く。
 珍しいケースであった。
 Leaf学園に通うものの中には、確かに通常の人間では持ち得ない『能力』をもった
生徒が在籍する。
 しかし彼らは、自分の力を知っているからこそ、学園の外でそれを行使することはあま
りなかった。
 『能力』を使えば、それがどういうことを引き起こすか判っているからである。
「……その生徒は、一般生徒なのか?」
 柳川が質問した。その表情に変化みられない。
 だが。
「…………」
 千鶴は、柳川の問いかけにどう答えるべきか躊躇しているようだった。
「……千鶴さん?」
 耕一も気になったのか、千鶴へと尋ねた。
「……はい、そうです」
 少しの間の後、千鶴が頷いた。

「……少なくとも昨日の夜までは一般生徒のはず『でした』」




 YOSSYFLAMEは、自分の目を疑っていた。
 暗がり。路地裏。
 今までの経験だと、一人の女の子に対して数人の男たちが群がっているという光景が広
がっているはずだった。
 だが、今回は違っていた。
 色も。匂いも。空気でさえも違っていた。
 狭い路地裏の壁には鮮血が飛び散り、辺りを紅い世界へと変えていた。
 普段は異臭がするだろう空気は、血の匂いが充満していた。
 そして。
 女生徒「だけ」が、虚ろな目でそこに立っていた。
 男たちは、身体の一部をなくして死んでいた。
 あるものは、右手。
 またあるものは、頭部。
 共通点は、死体の周りに肉片が飛び散っていることくらいであった。
 やがて、女生徒がゆっくりと首を動かした。そのまま、YOSSYFLAMEの方へと向く。
 だが、それよりも早くYOSSYFLAMEは女生徒の懐へと飛び込んでいた。
「……ごめんっ」
 小さく囁くと、YOSSYFLAMEは女生徒の腹部へ当て身を喰らわした。
 うっ、という声とともに、うなだれる女生徒を、その身体で支えるYOSSYFLAME。
「さて……」
 左手で鼻の頭をかきながら、周りを見渡してYOSSYFLAMEが呟いた。
「この現状……どうしよう?」




「間違いなく、何らかの『能力』だろうな」
 話を聞いた柳川が、ぼそりと言った。
 その瞳には不安や心配といったものは浮かんではいない。
 そこにあるのは、研究者としての冷静な判断だった。
「何の能力かハッキリとは言えないが……」
 少し間を置いて、柳川は続ける。
「聞く限りは、おそらく『物質を破裂させる』ようなものだろうが……」
 こくり。千鶴がゆっくりと頷いた。
 どことなく不安そうな表情である。
「その生徒は、間違いなくお昼までは一般生徒でした。能力とは無関係な……」
 そこまで言うと、千鶴は目を伏せ、手元の机へと視線を移した。
「……でも」
 耕一が静かに口を開いた。
「今までもあったじゃないか、一般生徒が能力を持って『SS使い』になることは」
 千鶴は、黙ったままである。
 だが、やがて、
「……実は、その生徒だけじゃあないんですなあ、今回は」
 唐突に、けれどマイペースに長瀬が話を切りだした。
「…………?」
 耕一と柳川が、同時に長瀬の方を向き、意味が分からないといった表情を見せた。
「これは親類の刑事から聞いたんですが……」
 くわえていた煙草を口から外し、長瀬は右手で煙草を灰皿にぎゅっと押しつけた。
「昨晩だけでも、他に二人。うちの生徒が事件や事故を起こして警察のお世話になったよ
うなんですよ」
「っ!?」
「ほう……」
 長瀬の言葉に、驚く耕一。一方の柳川は興味深そうな表情を見せる。
「いずれも、先程の女生徒と同じように、能力をつかったような事件だそうですよ」
 その様子を見ながら、耕一が長瀬へと尋ねた。
「もしかして、その二人も……」
「耕一先生が思っている通りですよ」
 長瀬は、ポケットを探り、新しい煙草を出しはじめている。
「……やはり、一般生徒『だった』生徒たちです」
 長瀬に代わって言葉を続けたのは、千鶴だった。
 その表情は、暗い。
「なるほど……一般生徒の『覚醒』――と呼ぶべきなのか、それが一夜で三人か……」
 柳川が、冷静に事項を整理した。
 けれど。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
 その場にいた人間には、『どうしてそんなことが起こったのか』を答えられる人間はい
なかった。
 やがて、長瀬が新しい煙草に火を付け、呟いた。
「今回の事件――ただごとではないようですなあ」
 長瀬は、やはりマイペースに白い煙を吐き出した。



「はい?」
 名前を呼ばれた少年が、くるりと後ろを振り返った。
「あ、はい。わかりました。ありがとうございます」
 他の生徒に何事か告げられた彼は、伝言を頼まれた生徒にぺこりとお辞儀し、軽い足取
りで会議室へと向かって行った。




「で、これからどうするつもりだ?」
 柳川は、窓の外、そろそろ生徒たちのあらかたが登校してきた光景を見ながら言った。
「…………」
 耕一は、黙って千鶴の方を見つめている。
 しばらくの沈黙の後、千鶴が何かを決意した顔を上げた。
「とりあえずは、事件の原因を調査しようと思っています」
「……賢明な判断だな」
 柳川の視線は、外へと向いたままだ。
「これから先、同じような事件が起こるかもしれんしな」
「ですなあ……」
 柳川の言葉に、長瀬も相槌を打った。
 その時だった。
 とんとん。
 静かな会議室に、どことなく悠長なノックの音が響きわたり、中にいた人間の視線が、
一斉にドアへと移った。
 そんな中、千鶴が口を開いた。
「今回の事件……なるべくならあまり騒ぎを大きくしたくありません」
「たしかに……生徒たちに影響を与えかねないな」
 少し考え、耕一も千鶴に同意する。
「ですから……」
 耕一の言葉を受け、千鶴が続けた。
 ドアの方をじっと見つめながら。
「こういう……調査に精通した生徒に任せようと思います」
 こんこん。
 再びノックされるドア。
 そして。
「……失礼します」
 学生服に身を包んだ少年が、微かに軋ませながらゆっくりとドアを開けた。
「あの、御用というのは……」
 そう言う少年のポケットからは、銀色に光る十手が覗いていた。


(未来へと至る階段<後編>へ続く。)

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 ども、お久しぶりの投稿なmakkeiです。
 実はまだ後編が書き上がってません(笑)
 それなのに何故前編だけ上げたかというと……

 ひとえに自戒のためです(笑)
 来週中には後半を書き上げます故……

>セリスさん(個人的私信です)
 作中以外に僕の名が出るのは二度目ですね〜(笑)
 もう、好きなようにしちゃってください(笑)