Lメモ「未来へと至る階段<後編>」 投稿者:makkei
 月。
 月が、濁った大気の向こう側、夜の闇と薄い雲に霞むようにぽっかりと浮かんでいた。
「ふぅ……」
 YOSSYFLAMEは、雑多な街の中、お世辞にも美しいとは言えない夜の中で軽く嘆息した。
 それは、疲れのせいだろうか。それとも飽きのせいだろうか。
 ふと、行き交う人間の瞳を覗いてみる。
 人々の瞳に映し出されるのは、その殆どが「空虚」であった。
 特に何をするわけでもなく、ただ何となくそこに存在している――そんな印象の瞳が、
耳障りな喧噪の中に溢れていた。

 あれから、すでに一週間が経とうとしていた。
 偶然見かけた、Leaf学園の女子生徒を取り囲む不良たち。その連中を追った先で見
た、血とそれの匂いが充満した光景。佇む少女。そして、虚ろな瞳――。
 聞くところによれば、あの女子生徒は心を無くしてしまったような状態だという。
 ふと考える。
 自分が女子生徒を見かけた場所を探せば、その「心」が見つかるのではないか。
 もし心が、カタチを持つものであったならば――。
(……馬鹿馬鹿しい。)
 自分の考えを一笑し、YOSSYFLAMEが軽く首を横に振った。
「……先輩?」
 不意に聞こえてきた声の方へとYOSSYFLAMEが顔を向ける。
 そこには、それまでの一連の動作を見ていたのか、YOSSYFLAMEの左にいた少年が、少し
ある背丈の差を埋めようと、見上げるようにYOSSYFLAMEを見つめていた。
 表情を見るに、YOSSYFLAMEの動作を訝しんでいるようだ。
「ああ、ごめんごめん」
 ごまかすように笑う。少年は、そんなYOSSYFLAMEの表情を見、一瞬きょとんとしたが、
すぐにつられるように表情を崩した。
「……今日も何もないようですね」
 少年が、顔をまっすぐ前へと向けたまま言葉を発した。
「ああ、何もないみたいだなぁ」
 少年の言葉をそのまま返すYOSSYFLAME。
「……わざわざこんな時間まで働いてる甲斐がないんだよな、まったく……ふぅ」
 YOSSYFLAMEが、またも溜息を、しかも先程よりも一段深くついた。
 その言葉を聞き、少年がくるりと急に顔をYOSSYFLAMEの方へと向けた。
「先輩、『何もない』ほうがいいじゃないですか。平和で」
 窘めるような物言いだった。その少年の言葉に、YOSSYFLAMEは投げやりに頷くしかなく、
「……はいはい、そうだな」
 YOSSYFLAMEが三度溜息をついた。
 そして、少年の方へと向いて言った。
「……どうしてそんなに真面目にできるかな、makkei」
 makkeiと呼ばれた少年は、にっこりと微笑みながらこう答えた。
「仕事ですから」



   Lメモ「未来へと至る階段<後編>」



「……というわけで、手伝ってくれるわよね?」
「はぁ?」
 ぽんと自分の左肩に置かれた手を見ながら、置いた相手に避難めいた言葉を返したのは、
YOSSYFLAMEだった。
 放課後の校長室。
 YOSSYFLAMEは、目に前にいる――文字通り、手の届く距離にいる校長、柏木千鶴に急な
呼び出しを受けていた。

『ぴんぽんぱんぽ〜ん。YOSSYFLAMEくん、YOSSYFLAMEくん。今すぐ校長室まで来て下さい。
 ……来なかった場合は、覚悟してね☆』

 そんな放送が、授業終了がすぐに流されたのである。
 呼び出しを食らった本人は、さすがに唖然としていた。
 呼び出される理由など――無いとは言えないが、今までわざわざ校長室に呼び出された
ことなど一度もない。
 しかし。
(……『覚悟してね☆』って言われたらなぁ……)
 行かざるを得ないことは分かっていた。もし行かなかった場合どうなるか……考えたく
もなかった。
(とりあえず、行ってみるしかないわけか)
 短い溜息を一息つくと、がたりと音を立て席を立つ。
「さて、と……」
 誰に言うともなく、YOSSYFLAMEは早々と教室を出、校長室へと向かっていった。

 余談ではあるが。
 YOSSYFLAMEの立ち去った後の教室では、
「よっしー……何やらかしたんだ?」
「よっしーくん、もしかして……」
「ええーっ、それじゃああいつ退学になっちゃうって」
「よっしーくん退学しちゃうの!?」
 噂が噂を呼び、大変なことになっていた。
 どのくらい大変なことになっていたかというと、次の日教室に入ったYOSSYFLAMEが、
『さようならYOSSYFLAMEくん』
 という垂れ幕を目にしたほどだった。
 閑話休題。


 ・
 ・
 ・

「手伝うって、何をですか?」
 左肩に置かれた手もそのままに、千鶴に尋ねる。
 が。
 YOSSYFLAMEがそう言ったときだった。
「失礼します」
 がちゃりと校長室の扉を開け、一人の少年がその中へと入ってきた。
 学生服のポケットに十手を覗かせた少年――makkeiは、二人の方へと振り向くと、
「すみません、部活の方へと顔を出してきたもので遅くなりました」
 ぺこりと頭を下げ、開口一番謝った。
 走ってきたのだろうか、その額にはうっすらと汗が滲んでいる。
「……あれ、お前も呼ばれたのか?」
 makkeiの方を見やりながら、YOSSYFLAMEが聞いた。
「makkeiくんには、ちょっと頼み事があったのよ」
 YOSSYFLAMEの問いに答えたのは、聞かれたmakkeiではなく、その顔に微笑みを浮かべた
千鶴であった。
 ちなみに、YOSSYFLAMEの肩に手をおいたままである。
 YOSSYFLAMEが、顔を千鶴の方へと戻した。
「……で、さっきの質問ですが」
「ああ、『何を手伝うか』って質問ね」
 思い出したように、千鶴が笑った。
「ちょっと言ったけど……makkeiくんには実は『あること』の調査を頼んでいるのよ」
「はあ……」
「で、よっしーくんには、それを手伝って欲しいのよ」
「い……」
 そこまで聞いたYOSSYFLAMEが、『イヤです』と即答しようとしたときだった。
 左肩に、みしり、と痛みが走った。
 激痛ではない。だが、痛みはどんどんと強くなっている。
 何事かと自分の左肩を見るYOSSYFLAMEだったが、そこには千鶴の右手しかなかった。
 いや――。
 千鶴の右手が『あった』。
 その手には、血管が目に見えるほど浮かんでいた。ぴくぴくと脈打つ様子さえ見て取れ
る。
「手伝って、くれるわよね?」
 にっこりと笑いながらも、千鶴は右手の力を強めてくる。
 それはまるで、骨の軋む音すら聞こえそうな状況であった。
 そんななかで、YOSSYFLAMEが断れるはずもなく――。
「は、はい」
 とりあえずは、千鶴に従うしかないYOSSYFLAMEであった。




 それから一週間、YOSSYFLAMEとmakkeiは、夜の繁華街を彷徨くようになった。
 YOSSYFLAMEが偶然見かけた、あの女子生徒のような事件が起こってないだろうか、と。
 同じ頃に発生した他の事件との関連性も調べてみたが、まったくと言っていいほどそれ
はなかった。
 だからこそ、YOSSYFLAMEが目の前で見た事件である、女子生徒の一件をmakkeiは徹底的
に調べようとしていた。が。
 この一週間は、すくなくとも徒労に終わっている。
 女子生徒の一件――柳川は『覚醒』と呼んでいたが、それについての手がかりは全くな
かった。


(似たような状況なら、あったんだけどな……)
 YOSSYFLAMEは、この一週間のことを思い返していた。
 女子生徒、もしくは男子生徒が夜の街をふらつく不良たちに囲まれる光景なら、幾度と
なく見かけてきた。
 そしてその度に、その連中を警察に引き渡していた。
(俺一人なら、『狩って』終わりなんだけど……)
 YOSSYFLAMEが何気なく、自分と並んで歩く後輩へ目を向ける。
(この『堅物』は、「いくら相手が相手でも、傷つけるわけにはいきません」とか言って、
捕まえては警察に引っ張っていくんだよなぁ、これが。)
 そのせいで、どれだけ面倒が多いことか――。
 そうYOSSYFLAMEが考えていたときだった。
「あ」
 急にmakkeiが声を上げ、繁華街の灯りで照らされた前方を右手で指さした。
「ん、どした?」
 YOSSYFLAMEが、気怠そうにmakkeiの指さす方向を凝視する。
「…………」
 数人の男たちが、一人の少年を囲んでいる。
 遠目で見ても、和やかな雰囲気でないのは明らかだった。
(……おそらく、カツアゲか何かだろうな……)
 簡単に判断が付く――というより、これまで同じような状況を飽きるほど見てきたので
ある。だからか、大体の状況は掴めるようになっていた。
「あれ……僕のクラスの同級生みたいです」
 少し驚いたような声を上げ、makkeiがくるりとYOSSYFLAMEの方へと向いた。
「僕、ちょっと行ってきますね」
 makkeiはそれだけ言うと、たんっと地面を軽く蹴り、男たちの方へと駆け寄っていった。
 そんなmakkeiの後ろ姿を見ながら、
「はあ……」
 YOSSYFLAMEが、今日何度目かの溜息をついた。



(どうして……)
 不良たちに囲まれながら、少年は一人、恨んでいた。
 己の弱さを。己の人生そのものを。
 少年は、泣いていた。
「さっさと出せば良かったんだけどねぇ……ってーか、金くらいさっさと出せよガキが」
 少年を囲んでいたうちの一人が、もう何発目かの拳を突き出した。
 その拳は、まっすぐに――。
「げぶっ!!」
 少年の腹部へと、鈍い音を立てて突き刺さった。
 少年の両の眼から、また一筋、涙がこぼれ落ちた。
「なんでこんなに弱いんだろうねぇ、このボッチャンは」
 別の人間が、少年の非力さを嘲り笑った。

(そうだよ……)
 どうしてこんなに弱いんだよ。
 少年は、恨んでいた。
 己の非力さを。
(何でこんなに弱いんだろう……)
 もう何発殴られたか分からないが、また一つ、拳が自分の腹部にめり込んだ。
 痛い。
 だが、痛みなど、もうどうでも良いことだった。
(強くなりたい。)
 少年が願うのは、それだけだった。
(強くなりたい。)
 そして、こいつらを――。
 僕を笑った連中を――。
 殺してやりたい。




 とんとん。
 少年を囲んでいるうちの一人が、自分の肩を叩かれ他のに気付き、苛立たしげに後ろを
振り返った。
「御用です」
 一瞬、理解できなかった。
 学生服を着込んだ少年が、自分に向かって何か銀色の棒のようなものを突き出している
ことしか分からなかったからだ。
 だが、その銀色の棒が「十手」と呼ばれる時代劇でしか使われないようなものだと分か
ったとき。
 その不良は、大声を上げて笑い出した。
「あははははは……こいつ、馬鹿か?」
 そう言って、不良がmakkeiを追い払おうとした。
 天瞬。
 makkeiが十手を持っていない左手を突き出し、
「……『縛』」
 静かに声を出した。


 不良たちの攻撃目標は、少年からmakkeiへと変わっていた。
 そのうちの一人は、銀色の紐のようなもので『縛』られ、すでに動けないでいた。
 だからこそ、makkeiの不思議な力を目の当たりにしたからこそ、攻撃対象が変わったの
であるが。
 それを見計らって、YOSSYFLAMEが『先刻までの攻撃対象』へと近づいた。
「……大丈夫か」
 声をかけてみる。
 だが、少年の反応は得られない。
 少年は、じっとmakkeiの方を見つめていた。
 不良たちを相手に、一歩も引かないmakkeiの姿を。


「てめぇっ!!」
 一人が、ナイフを突き出してきた。
 すでに四人は『縛』している。残りは三人だった。
 無造作に突き出されたその手を、makkeiは右手の十手で上へと弾いた。
 身体の全面が空く。
 そして。
「『縛』!!」
 makkeiはすっと懐に入り込み、そのまま左手を不良の身体に当て呪文を詠唱した。
 またしても、makkeiの左手から出た銀色の紐のようなものが不良の身体へと絡みつき、
その身体を行動不能へと追いやる。
 あと二人。
 そう考えて、makkeiが後ろをばっと振り返った。
 そこでmakkeiが目にしたのは、どこから持ってきたのか、鉄の棒を振りかぶっている
不良の姿だった。


(強くなりたい……)
 少年は、羨んでいた。
 目の前の同級生の、あの強さを。
(強くなりたい……)
 少年は、思っていた。
 同級生に動けなくされた、あの連中を殺してやりたい。
「強くなりたい……」
 その言葉だけは、そばにいたYOSSYFLAMEの耳にも入ってきた。
 YOSSYFLAMEが少年を見やる。少年の唇が、微かに動いていた。
「強く……ねぇ」
 YOSSYFLAMEがぼそりと呟いた。
 強くなって、どうしようというのか?
 そんなことを考えながら。

 makkeiの相手は、残り一人となっていた。他の連中は、すでに動けない状態でいる。
 そのせいか、最後の一人は及び腰であった。
 それでも、最後の一人は両手で持ったナイフを、意味不明な言葉を叫びながら突き込ん
できていた。

「強くなりたい……」
 少年の想いは、すでに口に出ていた。
「強くなりたい……」
 あいつらを、殺してやりたい。
 そして。
 笑いたい。心の底から。
 少年の目は、陰い光を宿していた。
 だが、YOSSYFLAMEはそれに気がついていなかった。
 ただ、二人してmakkeiの捕り物を、最後の一人を捕らえる様をじっと見つめていた。

「『縛』!!」
 makkeiの声が、ようやく静かになった通りに響き渡った。
 七人全員取り押さえたことを確認すると、makkeiはYOSSYFLAMEに向かって手を振った。
 にっこりと、微笑みながら。


 笑っている。
 同級生は、笑っている。
 少年の心に、不可解な染みが広がっていった。
 どうして?
 どうしてあの同級生は、あの不良たちを相手にした後で笑える?
 『どうして』を考えるために、少年は先程の映像を思い出そうとする。
 ぽつん。
 一滴の雫がつくる波紋のように。
 瞬間、少年の脳裏にヴィジョンが広がった。
 十手を手に、不良たち相手に立ち回る同級生。
 どうして笑えるのか。
 そうだ。
 彼には、不思議な力があるから。
 では、僕には。
 少年は自問する。
 ない?
 僕は、笑えない?
 ……違う。
 僕は、笑える。きっと。
 だって、力があるんだから……

 今から、持つんだから。



 とす。
 それは、とても簡素な響きだった。
 ゆっくりと、ゆっくりとYOSSYFLAMEが音のした場所を探そうとする。
 実際には、そんなにゆっくりでは無かったのかもしれない。
 ただ目の前を見つめ直すだけだったのだから。
 だが、視界に入ったものを理解するのに要した時間は、少なくともそれ以上だった。
 makkeiが、こちらへと手を振っていた。
 はずだった。
 makkeiの胸の辺りから、つぅっと、細長いものが三本ほど伸びている。
 その細長いものの先を、視線でたどる。
 行く先は、先程からいた、正確にはYOSSYFLAMEたちより先にいた少年だった。
 ぺたんと地面に座り込んだまま、右手だけを水平に上げている。
 その右手からは、人差し指、中指、薬指の三本がすらっと伸びていた。
 YOSSYFLAMEの視線が、少年の右手を過ぎ、少年の顔へと向かう。
 少年は、驚いたような表情を浮かべていた。
 自分でも何が起こったか分かっていないような、そんな顔だった。
 しかしそのうち、不意に、少年の表情に変化が起こった。
 目の前の光景の意味を理解し――。
 それが自分の起こしたことだということを理解したとき――。
 少年は、その口の端をひどく歪ませ、恍惚の表情を見せた。
 そして。

 何かが弾けるような音が響き渡った。
 makkeiの背中から、胸を貫通した少年の指が生えていた。
 makkeiが、その口元から一筋の紅い液体を垂らす。
 ちゃりん、という音を立て、makkeiの手から硬貨が一枚落ち、ころころとmakkeiの前方
へと転がっていった。
 やがて。
 少年が、makkeiの身体から指を抜くと同時に、makkeiの身体はスローモーションのよう
に、どさりと地面へと倒れ込んでいった。
 握り込んでいた十手が地面へと転がり、からんと乾いた音を立てた。


「makkeiっ!!」
「あはははははははははははははははははははっ!!」
 YOSSYFLAMEが声を上げるのと、少年が笑い始めるのは同時だった。
「あははははは、見てよ見てよ、僕だって力くらいあるんだよ、笑えるんだよっ!!」
 少年がまた、今度は両手を水平にまっすぐ前へと伸ばし、手のひらを一杯に広げる。
「あいつらだって、ほら」
 少年がそう言った瞬間、少年の指が伸び、今度は「縛」され動けなくなっている不良た
ちの方へと向かっていった。
 一瞬だった。
 器用に伸びた少年の十の指は、ある者の脳天へと、またある者の心臓へと音もなく突き
刺さっていった。
「あはははははははははははははははははははははははははは」
 少年の笑い声だけが響き渡る中、YOSSYFLAMEが少年の瞳をのぞき込んだ。
 そこに写っていたのは、まさに狂気と呼ばれるものであった。
 それは、すでに光を宿してなく。
「ははははははははははははははははははははははははははははははっ」
 少年は、まだ笑ったままだ。

 YOSSYFLAMEは、確信していた。
 こいつは、動けない不良共や、自分を助けたmakkeiを殺した。
 こいつは、狩るべき対象だと。
 左手に持った木刀を、強く握り込む。
 YOSSYFLAMEが狩りのときに見せる、見る者を凍らせるような冷たい瞳を見せた。
 その表情は、氷で出来た鋭い刃を連想させる。
 そして、その刃から、鋭い一言が少年へと告げられた。
「死ね」
 YOSSYFLAMEが、木刀を持った左手を振りかぶり。
 そして――。






 こんこん。
 校長室の扉がノックされ、やがてゆっくりと扉が開かれた。
「失礼します」
 そう言って入った来たのは、いつも通り十手を学生服のポケットから覗かせたmakkeiで
あった。
 校長室の中には、三人の人間がいた。
 今入ってきたmakkei。深々と椅子に腰掛けている校長、柏木千鶴。
 そして、
「調査報告か?」
 窓際で腕組みをしたまま立っている教師、柳川であった。
「はい」
 makkeiが短く答え、そのまま続ける。
「今回の一連の事件ですが……関連性は見あたりませんでした。状況として、最初に発見
されたケースと今のところ一番最後に発見されたケースが似てますが、他のケースとの関
連性はないようです」
「…………」
「…………」
 千鶴も柳川も、黙って報告を聞いている。
「人間関係や学内活動の線からみても、全く繋がりはありませんでした」
「……裏がありそうな可能性は?」
 柳川が腕組みをしたまま、口を挿んできた。
「最初の事件は……たしかに三人同時という異常な事態でしたが、それ以降は特に見受け
られません。もし、何らかの『裏』があるのなら、もう少し事例が見つかってもおかしく
はないはずです」
「ふむ……では、お前は今回の事件を何と見る?」
 そういう柳川の問いかけを聞いて、makkeiは、解答を用意していたかのように、一呼吸
だけおいて、そしてはっきりとこう言った。

「今回の一連の『覚醒』騒動……すべて偶然だと思います」

「……偶然?」
 makkeiの発言を確かめるように反復したのは、千鶴であった。
(そんな、「偶然」四人もの人間が一週間で能力に目覚めたというの?)
 makkeiの答えを訝しんだ千鶴が何か言おうとしたとき、
「……報告、御苦労」
 柳川が、腕組みをしたまま不意に横から口を挿んだ。
「他に報告することがなければ、もういいぞ」
「ちょ、ちょっ……」
 報告を終わらせようとする柳川に、千鶴が慌てて声をかける。
 しかし。
「……それでは、失礼します」
 千鶴の答えも中途に、ぺこりと一礼しmakkeiは校長室から立ち去った。
 出ていく直前に、柳川の顔を見やり、一瞬微笑んで。
「…………」
「…………」
 ぱたんとドアの閉まり、二人のいる校長室には沈黙だけが取り残された。



「あ、先輩」
 校長室を退室したmakkeiが、廊下の壁に軽く寄りかかっているYOSSYFLAMEの姿を見つけ、
明るい声を出した。
「報告はもう済んだのか?」
「あ、はい。たった今」
 そう言ってmakkeiが微笑む。
「先輩は、どうしたんです?」
「俺か?」
「はい、どうしてここに?」
「……まあ、調査を手伝った人間だからな」
 ――様子を見に来たんだよ、一応。
 別にYOSSYFLAMEが言ったわけではないが、makkeiの耳にはそんなことまで聞こえたよう
な気がした。
「……ありがとうございます」
 ぺこりとお辞儀をし、顔を上げる。
 その顔は、笑っていた。

「……そういえば、傷はどうなった?」
 YOSSYFLAMEが自分の胸の辺りを押さえるジェスチャーをしながら尋ねた。
 あのとき、少年から受けた傷のことを言っているのだろう。
 それを察したmakkeiが、
「あ、大丈夫です」
 右の拳で、とん、と軽く自分の胸を叩いた。
「一応これでも、代償魔術使いですから」

 ・
 ・
 ・

「……う、『潤』……」
 あのとき。
 ゆっくりと倒れゆくmakkeiの身体の下には、一枚の硬貨が落ちていた。
 ――否、makkei自身が『落として』いた。
 治療の魔術の代償となる、百円玉を。
「makkei!?」
 その呻くような声を聞き、振り上げた木刀をそのまま下ろさずに、YOSSYFLAMEがmakkei
の方へと駆け寄った。
 少年は、壊れた目覚まし時計のように、笑い続けたままだ。
「おい、makkeiっ。しっかりしろ!?」
 YOSSYFLAMEがmakkeiへと声をかける。
「…………」
 makkeiは、答えなかった。
 血は止まっているようだった。だが、それまでに流した量が尋常な量ではなかった。
 血溜まりが、makkeiの身体の下にと出来ていた。
 出血死。
 絶望を表す言葉がYOSSYFLAMEの脳裏をよぎる。
「ちっ……」
 軽く舌打ちし、周りを見渡す。
 そしてYOSSYFLAMEは、makkeiを背負い、夜の街を駆けていった。
 少年の壊れた笑い声を背にして。




「……我々のこの力、なぜ存在すると思う?」
 唐突な柳川の質問だった。
「……え?」
 質問の意味が理解できずに、千鶴が聞き返す。
「…………」
 柳川は、黙ったまま窓の外を見つめていた。
 ほんの少しの間。そして、
「……『鬼』の血を引き継いでいるからでしょう?」
 これまでの苦悩を含むかもしれない、そんな声で千鶴がようやく答えた。
 だが、
「違う、もっと根本的なことだ」
 あっさりと千鶴の答えを柳川が否定する。
「どうして、『鬼』たちはこんな力を持っていたのか、ということだ」
「…………」
 考えたことの無い質問に、千鶴は困惑した。
(どうして、『鬼』が力を……?)
 その質問の答えも、真意も千鶴は計れなかった。
「…………」
 そのまま、押し黙ってしまう。
 柳川は、そんな自分の背後にいる千鶴を一瞬だけ見やり、また視線を外へと戻した。
「……たとえば」
 千鶴に背を向けたまま、柳川が口を開いた。
 千鶴は、柳川の背中を黙って見つめたままである。
「どうしてキリンの首は長い?
 どうして象の鼻は長い?
 どうして人間は道具を使う?」
「……あ」
 そこまで聞いて、千鶴が何かに感づいたような声を上げた。
 その声を聞き、視線を外へと向けたまま柳川が続ける。
「……全ては環境に適応するためだ」
「……まさか」
 そこまできて、ようやく柳川がくるりと身体ごと振り向いた。
「そして、環境に適応できるようになることを『進化』という」
 進化。
「進化――」
 日常生活ではあまり使われない言葉を、千鶴がその口の中で反復する。
「今回の件が、もし生徒の『進化』であるとすれば……」
 柳川はそこまで言うと、にっと口の端を持ち上げた。
「非常に興味深いことだとは思わないか?」



「あ、そうだ」
 ふと思い出したように、YOSSYFLAMEが歩きながらぽんと両の手を打った。
「?」
 そんなYOSSYFLAMEを不思議そうにmakkeiが見つめる。
「これまでの調査手伝いの代金をもらってなかったよな?」
「……えぇー?」
 YOSSYFLAMEの言葉に、不服そうに文句を言うmakkei。
「お金、取るんですか?」
「……お前、一週間も夜間に働かせて、ただで済ますつもりだったのか?」
「……今月、僕もピンチなんですよ……」
 眉を寄せ、心底困った風にmakkeiがぶつぶつ呟く。
 YOSSYFLAMEが、そんなmakkeiの顔を見、「へっ」と軽く笑った。
「……仕方ないな。なら、二人して千鶴先生にラーメンでもおごってもらうか」
 makkeiがきょとんとする。だが、ほんの少しだけ間を置き、そして。
「……はいっ」
 笑いながら、頷いた。




「……この学園自体、普通とは違う環境だ」
 校長室では、柳川がまだ講釈を続けていた。
「何しろ、普通とは違う奴らがわんさといる。……教師も含めてな」
 にやりと笑う。
「人間というのは、意外に環境に適応する生物だ。まあ、大概の場合は、何かしらの道具
をもってそれを為すのだが……」
「…………」
 千鶴は、黙ったまま柳川の顔を見つめていた。
 一拍おいて、柳川が続ける。
「先程も言ったが、この学園内はそういった基本的な概念すら通用しない。学園そのもの
に適応しようとするなら……何かしらの能力を持つのが一番手っ取り早いはずだ」
「……でも、今回の件は……」
 千鶴が反論しようとする。
 今回の件は、学園外のことではないか――。
 しかし、
「多分、今回の事件は、その全てが言うなれば『きっかけ』だったのだろうな」
 千鶴の言葉の言外の意を汲み取ったように、柳川がそれを否定した。
「昨日今日で人間離れした能力が使えるようになったわけではなくて……積もり溜まった
それが、偶然外に飛び出したのかもしれないな」
「……偶然」
 先程も聞いた言葉だった。
 偶然。
 果たして、そんな言葉で片づけられるのだろうか?
「……そうだ、偶然だ。だが……」
 そう言うと、柳川はつかつかとドアの方へと歩んでいった。
「何故これだけ偶然がそろったのか……興味深いとは思わないか?」
 くるりと振り返り、またにやりと笑う。
「…………」
「何かがこの学園に起こったのかもな……いや、あるいは……」
「……あるいは?」
 千鶴がごく自然に、質問として柳川の言葉を繰り返した。
「…………」
 柳川は、答えなかった。
 そのまま黙ってドアを開ける。
「……あるいは、何なんです?」
 もう一度、千鶴が同じ言葉を繰り返した。
 ぴたりと、柳川の動きが止まり、そして。
「さっきも言ったが…人間は、思った以上に環境に適応する不思議な生物だ。
 ……もしかしたら、今回の件での『覚醒』した連中は……」
 ドアのノブに手をかけたまま、柳川が振り返った。
「『これから起こる何かに』適応しようとした人間かもしれんぞ」
 ぱたん。
 柳川が言うのを終えるのと同時に、ドアが音を立てて閉まった。
 まるで、これ以上の議論を遮るように。

(『これから、起こる、何か……?』)
 柳川の最後の言葉を頭の中に浮かばせながら、千鶴が窓へと向かって歩いた。
「…………」
 窓の外に移るのは、いつもと変わりのない光景。
 しかし。

 これから起こる何かを、まだ誰も知らず――。


 現在は確実に、未来へと至る階段を、ゆっくりと進んでいた。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 書き上げた直後、神から啓示がありました。
「金輪際、シリアスは書くな」(笑)

 ども、makkeiです。
 もしかしたら、Lの世界規律を間違って書いてしまっているかもしれません(汗)
 これからは、今回の教訓を生かし、バレLに専念することにします(笑)
 ……ジャザえもんは書くかもしれませんが(笑)

 え、剣客LにGロボL?
 おいしいんでしょうか、それは?(笑)