自己紹介Lメモ「転入前日」 投稿者:makkei
「はじめまして、makkeiといいます。」
 試立Leaf学園、校門前。ひとりの少年がぺこり、と挨拶をしていた。
 時の刻はまだ夕方というには早く、青く澄み切った空がどことなく楽しげに感じられる。
 
「そうですか、タクロー君は友人を待っているんですか。」
 その少年、makkeiはにっこりと微笑みながら話している。
 年の頃は15、6といったところか、見ようによってはそれよりも幾ばくか歳を経たよ
うにも見えなくもない。実際は見たままの16歳である。
 ぼさぼさにした短い髪と、思いの外大きな丸眼鏡。
 きちんとした格好をすれば、音楽室に掛けてある「滝廉太郎」を彷彿させるだろう顔立
ちである。 

「実は、僕は明日からこの学校に転入することになっているんですよ。」
 相手に向かって延々と一方的に喋り続けているその様子は、周りを行き交う生徒たちに
好奇の目で見られているのだが、本人はそのことににべにも気づかない。 

「今日は先生方に挨拶に来たのですが、これ以上遅くなるとまずいですよね。」
 makkeiは、先程よりほんの少し傾いた太陽を仰ぎながら呟いた。 
「それでは、また会いましょう。」
 手を振ってその場所に背を向ける。だが、相手からはなんのリアクションもない。
 なぜなら、彼が今まで喋っていた相手は。
 校門に立てかけられていた、白い自転車だったのだから。

 この少年、makkeiは時として人間でない生物、もしくは生物ですらないモノと「お喋り」
する癖があった。
 本人に言わせると、「え、人間でないモノもこちらに話してますよ。」とのことだが。
 メルヘン野郎である。


 
「これが試立Leaf学園……」
 あらためて校舎を仰ぎ見たmakkeiは、自分も知らぬうちに感嘆の声を漏らしていた。
 何かしら形容しにくい雰囲気というか、そのようなものがひしひしと肌に伝わってくる
のがわかる。
 こくっ、とのどが鳴る。
 そして、この一種異様な雰囲気を前にしてか、makkeiの脳裏には、前の学校でいつしか
聞いたLeaf学園の噂がよぎっていた。

 …血を分けた兄妹が殺し合うところだ。
 …どこかに生贄が捧げられているらしい。
 …改造手術でサイボーグになった人がいるようだ。
 …魔法少女に命を狙われるところだとか。
 …ロリコンの黒い人(グロい人?)が世界征服を狙っている。
 …実は生徒全員アフロだ。

 聞いた当初は「そんなあほらしい」とたかをくくっていたのだが、いざ学園を目の前に
すると、噂の信憑性が一種確かな感触として高まってくる。 

(明日から僕もここの生徒なんだ。しっかりしなくちゃ!!)
 ふっ、と短く息を吐き出し、腹部に力を込める。
「よしっ!!」
 気合いを入れて、makkeiはしっかりと前を見据えた。
 そして、ゆっくりとその足を進める。
 新しい学校で頑張っていこうという気持ちを胸に。
 makkeiは、新しい一歩を踏み出した。



 
 むぎゅう。

 ・
 ・
 ・ 

「……は?」
 自分でも「あっ、今のは間抜けだったなぁ。」と思えるほど間の抜けた声を、makkeiは
上げていた。
 何かを踏んだらしい。
 だが、その「何か」は明らかに自分にとっては有益なものでない、とmakkeiは判断した。
 温かく、冷たく。
 柔らかく、硬く。
 矛盾を含んだ感触であった。
 いつだったか素足でナメクジを踏んでしまったときのことを彷彿させるくらい、嫌な感
触だった、と思う。
 恐る恐る「何か」を確認しようとmakkeiは視線を下げる。
 すると、そこには。




 真っ赤に染まった地面の上に、真っ白な死体が、あった。

 ・
 ・
 ・

 「うわわわああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!?!?」




 
 彼は知らない。
 大抵の転入生はジン・ジャザムとDセリオの戦闘に巻き込まれて吹っ飛ばされることを。
 それにくらべれば、彼、makkeiは幸せだった、のかも知れない。
 一番初めに出会ったのが、「死体」=九条一馬だったのは。



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   自己紹介Lメモ   「転入前日」 

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「……なるほど、初めて見た人はびっくりするわよね、九条くんのこと。」
「は、はぁ……」
 試立Leaf学園校長室。なかなかに広いこの部屋には、いつからか大きめの水槽が部
屋の東側に取り付けられていた。
「九条くんはね、よく”死ぬ”のよ。」
 くすり、と黒髪の女性がmakkeiに向かって微笑んだ。
 柏木千鶴。
 今目の前にいるこの女性こそ、試立Leaf学園の校長であることを、つい今しがた
makkeiは知ったばかりであった。

「で、あなたは……」
「あ、明日からてん、転入することにな、なっている、ま、ま、makkeiと言います。」
「いや、それは分かるんだけど……」
 千鶴は、しどろもどろに答える目の前の転入生を眺める。
 どうしてこの子はこんなに緊張しているのだろう?
「ねぇ、どうしてそんなに緊張してるの?」
「い、いえ。何分、女性と話をする機会があまりな、なかったもので……」
 必要以上に一生懸命話すmakkeiを見て、千鶴は再びくすり、と笑った。
「それじゃあこの学園ではやっていけないわよ。」
「は、はあ……」

「makkeiくん……うん、転入の筆記試験の成績はいいわね。」
 個人のデータが記された紙だろうか、手元の紙を見ながら千鶴は呟いた。
「そういえば、makkeiくん……」
 ふと顔を上げて、千鶴がmakkeiの方を見やる。
「どうして君は、この学校に?」
 その言葉を聞いた途端、それまで赤くなってうつむいていた顔を上げ、makkeiは答えた。
「武者修行、というやつです……」
「武者修行?」
「はい、ぼ、僕の家の家訓に、『男子16歳になったら武者修行にでるべし』とあるので、
 それに従ってこ、この学校に来ました。」
「ふーん……」
 かさっ。
 千鶴は先程まで見ていた紙にもう一度視線を戻す。
 そして千鶴は、目の前の少年のプロフィールを見て、「あること」に気づいた。
「あら、君のご先祖様って……」
 千鶴が発見したのは、makkeiの家柄の欄に書かれた、ある人物の名前だった。

 『銭形平次』

「君のご先祖様は、もしかして”あの”銭形平次!?」
 言いながら千鶴は、右手で小判をびゅっ、と投げるジェスチャーをする。
 なんだか楽しそうだ。
「は、はい。一応、そう言い伝えられています。」
「へぇ、じゃあ十手なんかも、もしかして……」
「え、ええ、”ここ”にあります。」
 そう言って、makkeiは学生服の上着の右ポケットに右手を突っ込んだ。
「これが、銭形平次の使ったと言われる十手です。」
 ポケットに突っ込んだ手を引き抜くと、そこには銀色に鈍く輝く十手が握られていた。

「ねぇmakkeiくん、ちょっとそれ、貸してくれない?」
 ”おねがい”ポーズでせがむ千鶴に、女性に弱いmakkeiが断れるはずもなく、
「は、はい。どうぞ……」と十手を渡す。
 makkeiの手から千鶴の手に渡った十手は、その見た目からは想像できないずっしりとし
た重みを千鶴の掌にかける。
「わぁ、結構重いのね。でもこれなら時代劇みたいに刀も弾きそう。」
 様々な角度から十手を眺めたり、十手を片手にポーズを取ったりする千鶴を見ながら、
makkeiは、「絶対この人、時代劇好きだ」と、誰でも分かりそうなことを考えていた。


 それからしばらくして。
 十手の感触にご満悦な千鶴は、微笑みながらmakkeiに告げた。
「makkeiくん、今から、ちょっとしたテストをするから。」
「は?」
 千鶴のいきなりな言葉に、makkeiは本日2回目の間抜けな声を上げる。
「て、テスト、ですか?」
「うん。」
「い、一体、何をするんでしょうか…?」
 不安げなmakkeiとは対照的に、千鶴は楽しそうに言葉を返す。
「ふふ、makkeiくんが銭形平次の末裔ってことが分かったから、それを見せてもらおうと
 思っただけよ〜。」
「はぁ…」
「銭形平次といえば、捕り物でしょう。だ・か・ら……」
「だ、だから?」
 聞き返すmakkeiの声は、先程より一層不安の色が濃い。
 千鶴は言った。
「だから、”鬼ごっこ”をしましょう。」


 ぱんぱん。


 千鶴の乾いた拍手が、校長室に涼しく響く。
 一瞬の静寂。
 そして。
 ぐぉんぐぉん…
 何かしらの機械音が校長室に響きはじめた。
 先程からの不安を一段と濃くし、makkeiが「何か」起こりはじめた校長室をキョロキョ
ロと見渡しはじめたその時だった。
 ざっぱあ。
「っ!?」
 慌てて音のした方向を振り向く。
 そこにあったのは入ってきたときに見た大きな水槽だった。
 底が抜け、どんどん水位が低くなっている。ただ、底下に水路が確保されているのか、
水がこぼれてくるということはなかった。
 ふと、makkeiは千鶴の方を見やる。だが千鶴は、先程と同じく、ニコニコしたまま水槽
の方を眺めていた。
 仕方なく、makkeiも同じように水槽をじっと見つめる。
 水はほぼ全て流れつつあった。
 二人は、動かずに水槽を眺めている。
 そして、水が全て流れきったとき。
 うぃぃぃぃぃぃん…
「!!」
 水槽の底から、「何か」がせり上がってくるのをmakkeiは感じた。
 音はだんだんと大きくなっていく。
 近づく音を聞きながら、何が起きても対処できるようmakkeiは右手で十手を構える。
 …もうすぐだ。もうすぐ来る。
 音の大きさでタイミングを計る。

 ・
 ・
 ・

 3、

 2、

 1、

 来るっ!!

 だが、そこに現れたのは。




「専用の発射台も完成して、絶好調だぜ俺ぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


 ジン・ジャザムだった。

 ・
 ・
 ・

「で、千鶴さん、何か用かい?」
 ひたすら上機嫌なジンが、千鶴に尋ねる。
「ジンくんあのねぇ……」
 こちらも上機嫌な千鶴が答える。
「そこにいる転入生のmakkeiくんと”鬼ごっこ”をしてほしいの。」
 千鶴がmakkeiの名を出して初めて、ジンはそこで初めて見たことのない転入生に気がつ
いた。
「ほう、転入生か……」
 つかつかとmakkeiの方に歩み寄り、ジンは無造作にその鉄の掌を差し出す。
「俺は三年のジン・ジャザムだ。よろしくな。」

 正直それまでの突飛すぎる展開に着いていけなかったmakkeiは、差し出されたジンの掌
を見て、ようやく正気を取り戻した。
「あ、一年生のmakkeiといいます。よろしくお願いします、ジン先輩。」
 ジンの掌をぎゅっと握り返す。
 大きな掌だ。それが、makkeiのジンに対する第一印象であった。


「で、千鶴さん。”鬼ごっこ”って?」
 あらためて千鶴の方に向き直ると、ジンは千鶴に対してはっきり尋ねた。
 makkeiも、自分のテストというものがどんなものか知らないので、千鶴の答えを待ち望
んでいる。
 千鶴は、ジンとmakkeiの二人を見て微笑んだあと、答え始めた。
「今から二人で”鬼ごっこ”をやってもらいます。ジンくんは逃げる側。makkeiくんはジ
 ンくんを捕まえる側。makkeiくんがジンくんを捕まえたらそこでテストは終了。いい?」
「でも、どうして……」とmakkei。
「どうして鬼ごっこなんだ?」とジンも口を挿む。
 千鶴は、二人からの質問の答えをあらかじめ用意していたかのように、
「そこにいるmakkeiくんが銭形平次の子孫らしくて、なら捕り物が得意そうでしょ、だか
 らそれがどんなものか見たくって。」とつらつら答えた。


「まあいいや。とりあえず始めようか。」
 makkeiの方に向き直り、ジンがふぅっ、と短く息を吐いた。
「あ、はい。分かりました。」
 makkeiもまたジンの方に視線をやると、覚悟を決めたように深く呼吸をする。
 そして。


「ジン先輩、あなたを、逮捕しますっ!!」



(ほぅ、こいつ、なかなかやりやがるじゃねぇか。)
 目の前の転入生−makkeiと言ったか−を見て、ジンは自分の中で闘志が湧き上がるのを
ひしひしと感じ取っていた。
 ジン・ジャザムは笑っていた。
 makkeiの、自分に向けられる闘気、まるでスポーツの試合を楽しむかのような清廉な闘
志は、図らずもジンの熱血魂を揺さぶる結果となっていたのだ。
 鬼ごっこなのに、「逮捕する」という言い方がおかしいと思わないでもないが。

 
「あ、そうそう。言い忘れていたけど……」
 二人の気勢をを削ぐかのように千鶴があっけらかんと声をかける。
「makkeiくん、制限時間は10分だからね。あ、一応断っておくけど、目の前にいるジン
 くん。Leaf学園でも最強クラスだから、死なないでね。」
 ”10分”と”死なないでね”のところで、makkeiの顔がぴくり、と引きつる。
「それと、ジンくん。もし捕まった場合は、”罰ゲーム”よ。」
 こちらはジン。”罰ゲーム”という言葉を聞いて、顔どころか身体全体をぴくぴく引き
つらせ始める。
 この瞬間、場の雰囲気が一変した。


「makkei、と言ったか……」
 ぼそっとジンが声をかける。先程の千鶴の言葉に動揺していたmakkeiは、ジンの言葉に
反応し、視線をジンの顔へと移した。
「makkei、お前のその純粋な闘気に応えようと思ったんだけどよ、俺……」
 悲しげな視線をmakkeiに向けるジン。
 視線の意味を理解できず、怪訝な表情を浮かべるmakkei。
「じゃあ、始めるわよ。」
 そんな二人とは対照的に、楽しそうな千鶴。
「俺とお前、背負ってるモンの重さが違うんだよ……」
 ジンが切々と言葉を紡ぐ。
 そんなジンの背後になんだか「ゴゴゴゴゴ・・・」的なオーラを感じ取って、makkeiは
ハッと身構え直した。
「それじゃあ、用意……」
 千鶴がその右手を真っ直ぐに上に振り上げる。
「だから……」

「すたーとっ!!」
 言葉と共に、千鶴が右手を振り下ろした。


 ばっと学生服の前をはだけだしたジンの身体に、makkeiは思いがけないものを見た。
 サ○コガン○ムのように、身体のあちこちに装備された砲門たち。
 一瞬後。
 校長室を埋め尽くした純白の光。
 それは。


「だからっ、俺の未来のために死んでくれぇぇぇっ、makkei!!」

「なんのことですぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっ!!??」 



 拡散メガ粒子法、発射。





 ちゅどどどどどどどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉごごごごごぉぉぉんんんんん!!!!!

 ・
 ・
 ・

 爆発の直前、校長室から転がり出たmakkeiは、爆風にさらに吹き飛ばされ、文字通り、
転がっていた。
「ひやぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁっ!!」
 ごろごろ。
「うひいいいいいぃぃぃぃ……」
 ごろごろ。
 どしんっ。

「うわあぁぁぁ……って、あれ?」
 何かにぶつかった拍子に、転がるのが終わったらしい。
 ぶつかった割には、何故か痛みをあまり感じない。
「一体、何が……」
 自分を止めてくれたものを確認しようとmakkeiは視線を上げる。
 視線の先には、自分がぶつかったことでしりもちをつくことになったと思われるポニー
テールの女の子がいた。
 何が起こったのかよく分かっていないような、きょとんとした顔。
 そしてさらに運悪く、makkeiが顔を上げたことで、お互いの視線が交錯することになっ
ってしまっていた。

「………」
「………」

 一方にしてみれば、自分が怪我させてしまったかも知れない”女の子”。
 もう一方にしてみれば、いきなり現れて自分にぶつかった”見ず知らずの男の子”。
 その結果。

「わわわ、ご、ご、ごめんなさいだだだだいじょうぶでですか!?!?あ、あ、あの、お、
 お怪我はあ、ありませんか?ぼっぼっ僕も実は何がなんだか……」

「どうしようどうしよう知らない子がぶつかってきてしかもごろごろ転がってきたよ何が
 あったのかわからないよどうしよう電芹もしかしてこれがぷろぽーずってやつなのかな
 わたしどうすればいいのかな電芹……」


 パニックに陥った二人、makkeiとたけるを見て、傍らに立っていた電芹は、落ち着いて
「はぁ〜。」とひとり長い溜息を漏らしていた。




 2分後。
 電芹がパニックに陥った二人をなだめた後、しどろもどろながらもmakkeiがその事情を
ようやく説明することになった。

 ・
 ・
 ・

「…と、いうことは、ジンさんを捕まえればいいんだね。」
「え、ええ、そうなんですけど……えっと、川越さん?」
 説明を聞き、楽しそうに話すたけるの言葉を聞いて、makkeiは口を挿んだ。
 だが、makkeiの言葉を聞いて、たけるは不服そうな表情をその顔に浮かべる。
「『川越さん』って言い方はやだなぁ。」
「え、じゃ、じゃあ、何と呼べば…?」
「『たける』でいいよ、『たける』で。」
 そう言って、たけるはにっこりと微笑む。
「あ、じゃあ、た、たける、さん……」
「うん。それでよし☆」
 火が出たように赤くなるmakkeiの顔を後目に、今度は楽しげに応える。
「じゃあ、行こう、makkeiくん。」
「え、え?行こう、って?」
 たけるがmakkeiの袖をくい、と引っ張る。
「ジン先輩のところだよ。捕まえに行くんでしょ?」
「そ、それはそうですけど……でも、た、たけるさんは……」
「せっかくだから手伝って上げる。こう見えてもジンさんのメカニックなんだよ、私。」
 えっへん、と胸を張って言うたけるを見ながら、やっぱり、と電芹は溜息をついた。

「あ。」
 不意に、肩越しにmakkeiの背後に視線をやったたけるが声を上げた。
「それに、援軍も来たみたいだよ。」
「え?」
 たけるの声に促され、背後に振り向くmakkei。
 たけるは、makkeiの背後の人物に手を振った。






 さらに5分後。
 陽の傾きかけた時の刻が、空をうっすらと赤に染めている。
 そんな薄紅を背景に。
 ジン・ジャザムは屋上にいた。
 ふと時計を見やる。
 制限時間終了までもうあまりない。そう思ったときだった。
 ぎ、ぎぎ…ぎぃ…
 入り口の錆び付いたドアが開く音に合わせて、ジンは視線を送る。
 そして、同一空間上に入り込んできた人間に声をかけた。
「よう、遅かったじゃねぇか、makkei。」

「ジン先輩。今度こそ、捕まえます。」
 前に進み出ながら、makkeiはジンに言い放った。
 その瞳に、ジンの姿をくっきりと浮かべて。
「へっ、言ってくれるねぇ。」
 ちゃっ。
 ジンは、バスターライフルをどこからか取り出す。
「お前には悪いが、”罰ゲーム”を受けるわけにはいかねぇんだ、俺もな。」
 ゆっくりとその照準を、進み寄ってくるmakkeiに合わせる。
 ぴたっ。
 照準が合うと同時に、makkeiがその歩みをやめた。
「僕は、銭形平次の名にかけて、先輩を捕まえる。それだけです。」

「なるほどな……」
 ジンが引き金に指を掛け、makkeiが右手で十手を構える。
「……なら話は早ぇよな。」
 ジンがふっと笑みをこぼし、makkeiも左手をポケットに入れたまま頷いた。


 次の瞬間、ジンは叫んで、いや吼えていた。

「お互いっ、全力を出すだけだよなあああぁぁぁぁぁぁっっ!!!」


 ジンの指が引き金を引く。

    makkeiが素早く左ポケットから左手を引き抜く。

 バスターライフルが射抜くだろう先を、ジンはじっと見据える。

   引き抜いた左手を勢いよく振り上げる。

 バスターライフルに光が収束する。

   振り上げた左手には、一枚の千円札が握られている。

 銃口から、純白の閃光がただ真っ直ぐに伸びていく。

   振り上げたときよりも更に勢いよく、今度は千円札を地面に叩き付ける。


 刹那。

 makkeiの目前の地面には、淡い光で描かれた魔法陣が出現していた。
(魔法陣っ!!魔術か!?)
 ジンの軽い驚愕。
 だが、驚愕はお構いなしに、閃光は確実にその距離を詰めていた。
 そして、閃光が炸裂しようとするその瞬間。
 makkeiは叫んでいた。


「おいでませっ、−−−−!!」

 それと同時に、白い爆発が起こった。




 ・
 ・
 ・

 爆煙が立ちこめる中、ジン・ジャザムはその場に立ちつくしていた。
(何だったんだ、今のは……?)
 左手に握られた千円札。
 爆発の直前に見た魔法陣。
 爆発で最後の部分は聞けなかったがmakkeiの声。
 一連の流れの意味が、ジンには把握できないでいた。
(……まぁいいさ。)
 乾いた唇をぺろりと舐める。
(この煙が晴れれば分かるだろうよ。)

 そして、ゆっくりと、風が吹いた。
 煙が少しずつ流されていく。
 いつしか全ての煙が流れたとき。
 そこにジンが見たものは。




 飛び散った肉片だった。



「ち、ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
 何というか、生臭いというか、どろぐちょというか、とりあえず、グロい。
「いろんな意味でこれはちょっとやばいだろ俺ぇぇぇぇぇぇっ!!」
 千鶴の言葉がフィードバックする。

『死なないでね。』

「転入生を早々に殺っちまったのか俺ぇぇぇっ!?」
 慌てて周りを見渡す。
 バラバラな肉片がじゅるじゅると音を立てていた。
(じゅる…じゅる?)
 ハッとなってもう一度周りを見渡す。
(この音、どこかで聞いたことがないか俺?)
 そこでは、肉片同士がだんだんと融合を始めていた。
(まさか、まさか、これは……)
 そして、ものの数秒後。

「今のは90点はあげられるぞ、ジン!!さあっ、更なる点数に励んでみろ、ジンっ!!」
「やっぱりてめぇかぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
 秋山登、登場。


 だが、ジンの叫びは不意に飛び込んできた声に中断させられることになった。
「ジンさん、かっくご〜☆」
「その声っ、たけるかっ!?」
 ジンの左側から、川越たけるが走り込んできていた。
(なるほど、こいつら……)
 ある種の予感がはたらき、ジンは自分の右側を振り返る。
 そこには、ジンの予想通りに走り込んで来るmakkeiの姿があった。
(やはり、たけるといい秋山といい、makkeiの手伝いか!)
 目論見が分かってか、ジンは、にやっと口の端をつり上げる。

「甘いんだよお前らはよおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
 バーニアを噴かせて、ジンが上空に上がろうとする。
「あ〜、ジンさんずるいっ☆」
「ジン、そんなことでは花マル100点はやれんぞぉぉぉ!!」
 それぞれに文句を言うたけると秋山。
 だが、ジンはお構いなしに、彼らに背を向けバーニアで屋上を後にしようとしていた。
「はーっはっは。さらばだ明智くん!!」

 
 そして、ジンが後ろを向いたその時。
 ばしーーーーーんっ!!
 ジンの後頭部に、「何か」がぶつけられた。

(くっ、今のは何だ?)
 ジンが素早くくるりと振り向く。ダメージはない。
 たけるは何があったか分からず「ほえっ」としたままだ。
 秋山は特に何かした様子はない。
 ということは…
「お前かっ、makkei!!」

 ジンが飛び去ろうとしたとき、makkeiは冷静にことを観察していた。
 たけるや秋山が文句を言っている間、ジンの注意は二人にのみ向けられていた。
(足止めするなら、今しかない!!)
 makkeiは、左ポケットから一円玉を取り出し、念を込めた。
(僕の家に脈々と伝わる魔術。銭形平次も使っていたと言われる魔術だ!!)
 念が込められた一円玉は、一瞬その姿を消し、次の瞬間小さな光球へと変化していた。
 すっと狙いを定め。
 makkeiは、その光球を放つと同時に、ジンに走り寄っていた。


 一瞬の足止めは、少なくともジンには計算外であった。
 振り向いた瞬間、makkeiが自分の方に走ってきているのが視界に入る。
(ちっ、このタイミングはまずいな、俺。)
 この距離は捕まる。ジンがそう覚悟したとき。
 ジンにも、いやこの場全員にも計算外のことが起こった。

「ジンさん、つっかまえた〜〜☆」
 宙に浮いているジンに、たけるが飛び付こうとしたのだ。
「ッ!?」
 makkeiの方を向いていたジンは、とっさのことに、身体をずらして避けようとした。
 そして、ジンにいた場所にたけるが飛びかかるが。
 ジンを掴もうとした二本の手が空振りに終わった。
 更に、全ての人間が次の瞬間気づいてしまった。
 ジンの足下は屋上ではなく。
 ずっと遠い地面であることに。
 刹那、全てが静寂し。

「きゃああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
 たけるが、落下を始めた。

「たけるさんっ!!」
 いつの間に来たのか、電芹が手を伸ばす。
 届かない。
「たけるっ!!」
 秋山のその手も、届かない。
「ちっ、間に合うかっ!?」
 ジンがバーニアを噴かせてたけるの元へ急ごうとしたとき、ジンの眼にはまたもmakkei
の姿が映っていた。
「なんだと!!?」
 makkeiは、たけるを追ってすでに飛び降りていた。


 いつだったか、彼は自分自身の家柄のことを聞いた。
 銭形平次の末裔。
 そして、彼は銭形平次に憧れるようになった。
(銭形平次は、みんなを護るんだ。)
 誰も傷つけない。それでもみんなを護る。
 それが、銭形平次に憧れた彼のポリシーだった。
 子供っぽい考えだった。
 だが、彼を動かしているのは、紛れもなくそれだった。
 だから。
(今目の前を落下しているたけるさんを護るんだ。)
 彼の手がたけるに伸びる。
 ぐっと掴んだたけるを、自分の元に引き寄せる。
 地面は確実に近づいている。
 彼は、右手でたけるを抱きしめ、左手をポケットに入れた。
(僕は銭形平次の末裔だ、だから……)
 左手をポケットから出し、壁に向かってその手を突き出した。
(だから、みんなを護るんだ!)
「50円玉よ、僕を『縛』せよっ!!!!」




 ・ 
 ・
 ・

「……で、makkei。お前、その格好はなんだ?」
 バーニアで宙に浮いたジン・ジャザムは、反眼であきれながら呟いた。
 たけるを抱いたmakkeiの身体は、上下逆さまに、まるで壁に磔られたようにぴったりと
くっついていた。
「僕の、銭形平次の能力ですよ。」
 にっこりと微笑みながら、しかし冷や汗をかきながらmakkeiが言葉を返す。
「逆さまに壁に張り付くのが、か?」
「いえ、お金を使った”代償魔術”が、です。」
 そう言って、makkeiは左のポケットから50円玉を取り出した。
「本当は50円玉を敵に踏ませて、地面に『縛り付ける』魔術なんですが、どうも僕みた
 いに壁に『縛り付ける』こともできるみたいですね。」
「できるみたいって……」
 ぶっつけ本番だったのか。ジンは本気で呆れた。
 しかしそれ以上は口にはしなかった。助かったのだ。それでいいではないか。
 ふと、ジンが気づく。
「そうか、秋山はあれは……」
「はい、千円札を”代償”に召還させていただきました。」

「う、うん……」
 それまで気を失っていたたけるが目を覚ます。
「おっ、たける。」
「あれ、わたし……」
 たけるは、自分の置かれた状況を確認し、そして。

「わあ逆さまだよどうなってるの電芹あれ電芹がいないやどうしたのかなあれmakkeiくん
 もしかしてこの手はmakkeiくんきゃあ恥ずかしいよどうしよう……」

「わ、わ、すっすみませんっ。た、たけるさんを助けるためとはいえ、ぼ、僕は何てこと
 をごごごめんなさいっ!!」

「はあ…」
 パニックの二人を前に、ジンはすっとmakkeiに手を差し出した。
「ほら、そのままじゃ下に降りらんねぇだろ?」
「あ、ありがとうございます。」
 強く手を握り返す。
「あ。」
 不意にmakkeiが、握った自分の手を見て声を上げた。
「どうした?」
「ジン先輩、捕まえました。」
 へへっ、とmakkeiは笑う。
「あ、ほんとだ。ジン先輩捕まってるよ。」
 たけるも微笑む。
「……へっ。」
 そんな二人の笑いを見て、ジンもいつの間にか笑っていた。


「たけるさん、大丈夫でしたか?」
「うん、だいじょうぶだよ電芹。」
「ジン、俺は大丈夫だ。だから何でもOKだぞ。」
「てめぇは燃えてろ。」
 無事に地上に降り立った三人を、秋山と電芹が迎える。
 いや、もうひとり。
「あらあら、捕まっちゃったのね、ジンくん。」
「……千鶴さん。」
 にこにこ微笑みながら柏木千鶴もジンたちを迎えた。
 しかし。
「じゃあ、ジンくん、”罰ゲーム”ね。」
 微笑みながらも冷たく告げる。
 そんな、と言いかけるmakkeiだが、それをジンが制した。
「ああ、何をするんだ、俺。」
 真っ直ぐと千鶴の方に向き直るジン。
 そんなジンに、千鶴は静かに告げた。
「じゃあジンくん。明日転入する生徒に、この学園を案内してあげてね。」
 その千鶴の言葉を聞いて、makkeiとたけるの顔がほころんだ。

「ジン先輩、明日は案内よろしくお願いします。」
「ジンさん、明日はわたしもいっしょに案内するよ。ね、電芹。」
「たけるさんならそう言うと思っていました。」
 ジンの顔にも苦笑が浮かぶ。
「ちっ、めんどくせぇな。」
「ジン、なんなら俺も手伝うぞ。」
「てめぇはせめて乾燥してろ。」

 こうして、転入生makkeiの、転入前日は幕を閉じた。

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 おわび(あとがきとは言わず。)

 Lメモ書いて初めて、「耳をすませば」の主人公の気持ちがよく分かりました(笑)
 あの「書きたいことがいっぱいあってもそれを文章にできない」というのは、つらいで
すね、相当。それにしても「耳すま」の主人公の名前、月島雫はやっぱりあれなのかなぁ。
もしかして口に出してはいけない不文律があるんでしょうか(笑)

 あらためまして、「はじめまして」の銭形makkeiです。
 どうも格好良くなりすぎました(笑)しかも長いし(爆)
 次からは「何にでも話しかける怪しいメルヘン野郎」になりますので、今回はご勘弁の
ほどを(笑)

 それではこの辺で。