Lメモ”夏の夜の一夜” その3 投稿者:夢幻来夢

CASE 3 たくたくおよび隼魔樹の場合


「はふぅ……」
 艶っぽい声が響く。それも背後で。距離として換算しても5m、いや、3mも離れてい
ないだろう。そもそも同じ部屋にいるわけだし。
「ねぇ……」
 甘ったるい、媚を売る声。蠱惑的な響きが混じった声。それがすぐ背後から聞こえてく
る。
 吐息が、聞こえる。気配を感じる。距離はもう後わずか。振り向けばそこにいるのがわ
かる。
 だがたくたくは断固として後ろを振り向かなかった。向きたくない。向けば必ず厄介事
が待っている。
「どうしたんですか、宿主」
「お前は黙っていてください」
「たくたく〜」
 背後から聞こえる声を無視しつつ目の前のノートパソコンを叩く。
「たくたく?」
「呼んでいますよ、宿主」
 無言で叩く。
「た〜く〜た〜く〜」
「聞いているのですか? 宿主」
 声は聞こえない。聞こえてない。
「たくたくく〜ん」
 柔らかい何かが背中に張り付いた。位置的には両方の肩の下辺り。
「ねぇ、ってばぁ」
 甘い吐息とかすかな汗の匂いがする。
 声とともにたくたくにかかる重さが増え、それと同時に押し付けられる柔らかで弾力の
あるそれがゆっくりと潰れていく。
 暑い。だが決して不快でない温度と湿度。そして距離。ある意味男ならば自身の幸運に
涙するような状況である。
 だが。
「いい加減にしてください!!」
 たくたくはそれを振り払うように振り向いた。いや、振り払うようにではなく振り払う
つもりで。だから当然、彼女は振りほどかれしりもちをついた。
「いった……」
 い、と続けようとした。そしてそこで止まる。今、自分の目の前にある光景に目を奪わ
れて。
 形のよい双丘が大きくたわむ。丈の短いタンクトップがそれで持ち上がり、形の良いお
へそが顔を見せていた。
 色白く健康的な脚が大きく開いている。しなやかなふくらはぎだけでなく引き締まった、
それでいて固そうでない太ももまで。
 普段は束ねている艶やかな髪が彼女の姿態の下で広がる。まるで布団か何かのように。
 ゴクリ。
 何かを飲み込むような音がしたのはたくたくの気のせいだっただろうか?
 ゆっくりと右手が動く。彼女に向かって。
「……いったいなぁ」
 少し口を尖らせてたくたくを見上げる少女。普段は自分より少しだけ背が高い人。それ
が無防備な顔で自分を見ている。
 可愛い。
 そう思った。いや、ひょっとしたら口に出したのかもしれない。そう思ったときに彼女
が顔を背けたのだから。
 助け起こすつもりで差し出した手はそのままゆっくりと彼女へ向かっていく。自分の意
志でないような、自分の意志であるような不思議な感覚。
 その手が彼女のやわらかなふくらみに触れようとしたとき。
「そう、そこです、宿主」
「!」
 声がした。聞きなれた声が。だからたくたくは一瞬動きを止め、次の瞬間弾けるように
立ち上がる。
(い、一体、私は何を……)
 胸に手を当て深呼吸を繰り返す。
(落ち着け、落ち着け、落ち着くんだ、そう、落ち着いて……)
 吸って、吐いて。
 吸って、吐いて。
 吸って。
 吐いて。
 呼吸をするたびに意識が明確になる。
(えーと、さっきまでHPを作っていて、えーと……)
「どうしたんですか、宿主。ほら、早くしないと」
(ああ、そうだ、いきなり後ろから魔樹に襲い掛かられて……)
「たくたく? どうしたんだい?」
(えーと、それから……)
「あぁ、もう、せっかくのチャンスだと言うのに……まったくこれだから宿主は……」
「うるさいですね、黙っていてください」
 おさげの言葉に思考を中断する。状況把握はまず冷静な思考から。外部の茶々は邪魔に
なる。
「しかし、せっかくの交配の瞬間を見逃す事になるのは。さぁ、宿主、もう一度」
 おさげがたくたくのぐいっと顔を上げさせる。そこには先ほど手を伸ばしていた二つの
ふくらみがあり……
「うわぁぁああ!!」
 再びのけぞり、転びかけ、慌てて手を伸ばした。
「へ? あ……」
 その手は目の前の女性――魔樹の手を掴み堪えようとした。が、そのまま倒れそうにな
り魔樹が腕を引く。体勢が崩れていたたくたくがそれに逆らえるはずもなく今度は前につ
んのめり、今度は魔樹が体制を崩し、二人は倒れた。


         ◇◆◇◆◇


 そこを通りかかったのは別に何も意味はなかった。というよりも適当に寮内を歩き回っ
ているのだから別にそこを歩いていても不思議ではない。強いて言うならばそれは運命だっ
たのだろう。
 たくたくの部屋にはゲーム機があるし、相部屋の魔樹はそこそこ儲けているらしい。つ
まり男子寮の中でも比較的裕福なわけだから冷房とまでいかなくても扇風機ぐらいはある
だろう、と。
 というわけでYOSSYと朔がその扉を開けたのも別に無理はなかった。
「おーい、たくたく、いる……」
 か、と言おうとしてYOSSYが止まる。手は扉を開けたままで。
「どうした? 何を突っ立っている」
 だが朔の言葉にもYOSSYは動かない。仕方なく肩越しに奥に目をやり、そのまま硬
直した。


         ◇◆◇◆◇


 自分はついていないほうだ。それは自覚していた。小さいときからエージェントとなる
訓練を受け、育ってきた身としては普通の生活は得られない。任務にしてもエリートとも
言えるエージェントである以上軽いものはなく、命の危険に晒された事が何度あったこと
か。持ち前の機転で立ち回り、ある時は寝返ったふりをし、またある時は組織の情報を漏
らし、ぎりぎりのところで生き延びてきた。
 だが、それが裏目に出た。いくら生還率が高いとは言え組織の情報を流していてそのま
まで済むはずがない。だから送り込まれた場所がここ。
 試立Leaf学園。重要情報の難攻不落要塞、エージェントの姥捨て山、諜報活動の蟻
地獄、など数々の異名を持つ学園。世界屈指の化け物の巣窟であり、一般常識とは切り離
された世界。
 そこでの諜報活動は至難を極めた。と言うよりも情報が入ってこない。あるいは……流
せない。一度報告したミヤウチ星人の報告書などは『映画の企画のつもりかね、ハリ○ッ
ドを紹介してやろう』とつき返された事まである。
 とは言えまぁ、学園生活はそこそこ楽しいものであり、任務や訓練の時に味わえなかっ
たモノがあり、悪くない、と思うときもあった。
 でも。
 しかし。
 明らかに今はついていなかった。
 状況を整理してみる。
 まず自分の状況。転びかけた。だから姿勢を支えるために魔樹を掴み、引っ張られ、魔
樹にぶつかった。そしてそのまま覆い被さるように倒れている。
 次に魔樹の格好。暑いからというわけだろうがタンクトップ1枚に太ももが剥き出しに
なるように切られたジーパン。汗の所為かほんのりと上気した顔。
 最後に今の声。声と言う事は誰かがいるわけで、誰かがいると言うことはこちらを見て
いるわけで。
 つまり。
 自分と魔樹が倒れている。
 しかも魔樹は自分の下にいる。
 魔樹はとっても刺激的……もとい、魅力的……じゃなくてきわどい格好をしてる。
 導き出される結論はただ一つ。
「いや、これは違う、違うんです!!」
 慌てて魔樹を押しやりながら立ち上がる。
 そう違う、違うのだ。自分は決して魔樹に抱きついていたわけではない。これは事故、
不幸な事故なのだ。いや、そもそも魔樹が自分に抱きついてこない限りはなかったのだか
らむしろ人災、そう人災なのだ。
「……」
 だが、その言葉に反応せず無言で部屋に入ってくる二人。想像するに自分のツキは更に
ないようだ。
「惜しかったですね、宿主」
「惜しくない!!」
 それが悲鳴を上げる前の最後の言葉だった。


         ◇◆◇◆◇


「で、どういうわけだ?」
「どういうわけといわれましても……」
 朔の言葉に頭をさすりながらたくたくが答える。
「理由もなく魔樹を襲ったのか、お前?」
 言葉の裏に若干の怒りを秘めYOSSYが言う。学園随一のナンパ師と言われる彼では
あるが別に性的にどうこうというわけではなくその実はフェミニストに近い。
「それはですね、宿主が魔樹と性交渉を……」
「待てぇ、それ」
 は違う、の一言が口から出せなかった。視線を横にやるとゆっくりとYOSSYが立ち
上がる。なら朔は、と見るとこちらは平然とその姿を見ている。
「えーと、その、怒っていらっしゃいますか?」
 だがたくたくの言葉に答えずYOSSYは部屋の中を軽く見回し、近くにあった模造刀
を拾う。
「魔樹、これ借りるぞ」
 重さ、長さともにYOSSYが使い慣れている木刀とほぼ同じ。つまりはそれは充分な
凶器になるわけで。
「ゆ、ゆーさくさ」
「ゆーさく?」
「すみません、悠さん。助けてください、っていうかYOSSYさんを止めてくださいぃ!」
「別に止める義理はないだろう」
「でもこのままだと私殺されます!」
 そう言いながら朔の足元にすがりつく。
「やれやれ……で、原因は何なんだ、隼」
 軽くため息をつきながら朔は魔樹の方へ目をやった。
「この前の件でこいつがお前に襲い掛かる可能性は低い。なら何か理由があるのだろう?」
「おいおい、あの状況で何を言ってんだ? どう見たって襲い掛かってるようにしか見え
ないだろ、あれは」
 YOSSYの言葉に必死で首を振るたくたく。というかここで否定しておかないと死ぬ、
確実に死ぬ、絶対死ぬ。そんな考えが浮かんでいる。
「よしんばそうだとしても隼の格好にも問題がある。何を企んでいた?」
「え? えーと、その……アハ、アハハハハ……」
 朔の言葉にそれまで蚊帳の外だった魔樹が一歩退く。
「いや、その、ねぇ……暇だったというかなんと言うか。そ、そうだ、先輩達はなんでこ
こに?」
「話を逸らすな。つまりは単なる娯楽だと?」
 すっと一歩踏み出す朔。それに応じるように一歩下がる魔樹。
 だがそこはすでに壁であり、朔がもう一歩踏み出せばもう下がれない。
「えーと、その……ごめんね」
 てへ、っとウィンクをしつつ腰をかがめる。ついでに腕を前で交差させ、胸を強調させ
てみたりして。
 タンクトップという胸の上の部分が開いた格好でそれをやるということがどういうこと
か言わずもがなで、朔は思わず顔を背けた。ついでにちょっとだけ頬が紅くなっていたり
するのだが。
 その視線の先にはさきほど模造刀で自分の頭を殴っているYOSSYがいた。


         ◇◆◇◆◇


「で、YOSSYさんと悠さんはなんでここに?」
 数分後。とりあえず落ち着いたところでたくたくがきりだした。
「いや、ちょっとクーラーに当たりたいからお前の部屋にないかなぁ、と思ってきたんだ
けど」
「あれ? クーラーだったら悠さんの部屋になかったですか?」
「こいつが壊した」
 やれやれと言った顔つきでYOSSYをあごで指す。
「壊したのは俺じゃなくてお前だろ」
「原因を作ったのは誰だ、原因を作ったのは」
「あれぐらいで怒る事ないじゃないか。ったく大人げないんだから」
「人の部屋を無断で漁るな」
「はいはい。っとで、この部屋には……なさそうだな」
 この時期にこれだけの温度と湿度。使っていればこんなに暑くはないだろう。
「ありますよ。まだ使ってないですけれど」
「へ、あるの?」
「はい。もっとも電気代がかさむんであんまり使ってないんですけれどね」
 といいつつたくたくの指差す先には確かにクーラーが。
「ま、ほら、夜になれば涼しいですし、扇風機もありますし」
「窓開けてると蚊が入ってくるのが難点だけどねぇ」
 そう言うのは下敷きを団扇代わりに扇いでいる魔樹。その姿はタンクトップの襟元を引っ
張りながら仰いでいる。どう見ても挑発しているようにしか見えない。
「……たくたく、俺が悪かった」
「……わかってくれますか、YOSSYさん……」
 なんとなく肩を叩き合う二人。
「で、どうするんですか、先輩方。ここで涼んでいきます?」
「どうする、悠?」
「そうだなぁ……」
「ただ、涼んでいくならちょっと手伝って欲しいですけれど」
「何だ?」
「宿題か?」
「いえ、トーン張りとベタを」
「はい?」
 魔樹の言葉に顔を見合わせる朔とYOSSY。
「いやぁ、今度のこみパに合わせるつもりだったんですけれど、ちょっと予定外のことが
起きちゃったりして。で、助っ人を頼もうと思ったんだけど希亜も軍畑さんも忙しいらし
くって。いやぁ、ちょうど良かったなぁ。あ、えーと、ベタとかトーンとかってわかりま
す? それとすみませんけどジュースは切れてるんでないからお茶ぐらいしかないですけ
ど。で、これが原稿で。あ、ベタってのはこのバッテン印のところを黒で塗りつぶしても
らって、トーンってのはここにある番号を……って聞いてます?」
 すらすらすらとよどみない言葉で口を動かし、手はすばやく机の上に原稿を並べる。
「というか、なんだ、それは?」
 気おされた、というわけではないのだろうが少し距離を置いた朔の言葉。
「あ、いやだなぁ、同人誌ですよ、同人誌。知らないんですか?」
「いや、それは知ってるけど」
「ならそういうわけです。というわけではい、ペンとカッター」
「どうする?」
「どうすると言われてもなぁ。とりあえず手伝いだけしておくか? ここなら涼しそうだ
し」
「まぁ、そうだな」
「ってことで手伝ってやるよ。けどトーン張りなんてどうや……」
 原稿を取ったYOSSYの動きが止まる。YOSSYの視線は目の前の原稿に釘付けに
なり、
「お、おい、隼……これって何の同人誌だ?」
 辛うじて声を出す。

「え〜、そんなの決まってるじゃないですか。やっぱり売れ筋狙うなら青年向けですよ。
それも鬼畜系なんてのは喜ばれるんですよね。ほら、モデルの来栖川綾香さんなんて清純
系でいかにもって感じじゃな……いです……か……」

 気温が下がった気がした。
 夏だと言うのに背筋が冷たい。

「わ、わるい、俺急用思い出したから失礼する」
 脱兎の如く廊下へ走る。
 ここは危険。YOSSYの長年の勘がそう告げている。

「……貴様……」
 それは殺気。
 ただの一言が支配し、動きを縛る。

「あ、え、えーと……」
 動こう、動かないと。危険、危険。
 心はそう理解している。でも魔樹は動かない。動けない。
 動けば殺られる。動かなくても殺られる。でも今は殺られない。時間が延びる。だから
動けない。動かない。

「覚悟は出来ているな」
 朔の手が刀に伸びる。それは先ほどYOSSYが握っていたもの。魔樹のコスプレ道具。
それに今、不可視の力が宿る。

「わ、我が前を遮るは暗き壁!!」
 動けないのならば、守るしかない。力を、魔法を使って。
 意識を集中。
 呪文の構成を編み上げ、ヨークへとアクセス。

「封神流武闘術……奥義」
 気が練られ、渦を巻く。
 その源は本人の力かあるいは怒気か。

 ヨークへのアクセス成功。
 言葉により、意志により、世界を改変し、力を呼ぶ。
 求めるは守り、創るは盾。

「鬼導冥皇剣っっ!!」


 次の瞬間、寮の一室が弾けとんだ。


         ◇◆◇◆◇


「ふぅ、助かった……」
 廊下の遥か彼方まで逃げ切ったYOSSYは胸をなでおろした。YOSSYも健全な青
少年だ。こう言ったエッチな本、漫画には興味があるし持っている。
「しっかし、なんでまた綾香を書くのかなぁ。ま、気持ちはわかるけどさぁ」
 慌てて持ってきてしまった原稿、それに目をやる。そこには触手に汚されかける綾香の
顔が描かれていた。
「……これもってるのが悠に見られたらまずいよな……」
 じっとそれを眺めた後、YOSSYはそれを破いた。
「それに、やっぱりこういうのって相手に悪いしなぁ」
 どうせなら本物の彼女と良い仲になってから。
 とりあえずそんな事を考えて。


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 というわけで約3年ぶりにLを投稿した夢幻来夢です。男子寮L“夏の夜の一夜”その
3をようやくお届けできました。いや、待ってないとか言う声も聞こえそうですが(苦笑)
 一時期は下火、というよりもほぼ沈静化してしまったLですが最近は少しずつ賑わって
いるようで。お陰で私も久しぶりに執筆力が湧いてきた、と言う感じです。
 なお、今回は序盤の魔樹さんの描写に力を入れてみました。というか第1項ではそれで
終りという状態になりかねなくて……だったんですが。

 最後にこのLを楽しんで読まれたら幸いです。
 出演していただいた、悠朔さん、YOSSYFLAMEさん、隼魔樹さん、たくたくさ
ん、ありがとうございました。
 そしてたくたくさん……ごめんなさいです。