テニス大会エントリーLメモ”とっても意外な組み合わせ?・前編”  投稿者:夢幻 来夢
「あかん……どないしよ……」
 夕闇も迫った教室に一室からそんな声が漏れた。関西弁に良く似てはいるようでまったく違う似
非関西弁でその声の主は誰だが一目瞭然だろう。つい最近転向してきたばかりの来夢であった。
 しかし、いつもなら終業のチャイムとともに教室から脱兎のごとく飛び出す彼がこのような時間ま
で教室にいて、しかも悲壮に満ちた声を上げているのはなぜなのだろうか。
 来夢はため息を吐きながらもう一度目の前の紙に目をやった。

         『暗躍生徒会主催・男女混合テニス大会、

          優勝商品:ペアで鶴来屋温泉郷二泊三日の旅』

 その紙にはそう書かれていた。つい最近、校内掲示板に張り出されたものである。
  「参ったで、ほんま……」
 テニス大会の案内を指でなぞりながら来夢は再び大きなため息を吐いた。


 事の始まりは数時間前にさかのぼる。
 終業のチャイムとともに教室から飛び出した来夢はいきなり背後から襟首を掴まえられた。
 当然のことながら来夢の首に服が食い込む……・。
「な、なにするんや!!」
 一瞬呼吸が停止し、しばらくせき込んだ後に来夢が背後の人物に向かって吠えた。が、そのま
まの姿で硬直する。来夢の背後に立っていたのは柏木千鶴だったのだ。
(あかん…なんかめっちゃ嫌な予感がする……)
 千鶴さんの顔に笑みが浮かんでいるのを眺めて来夢の頭の中に危険の二文字が鳴り響く。
「ちょっといいかしら、夢幻くん? 先生、用があるんだけど……」
 女神のような笑顔を絶やさぬまま千鶴さんが来夢の顔を覗き込んだ。
「あ、いや、その、オレちょっと用事が……」
「大丈夫、すぐに済むから。ちょっと職員室に来てね」
 額から汗を垂らしながら逃げ出そうとする来夢の襟首を片手で掴みながら千鶴さんがにこやか
な顔で応える。そしてそのまま来夢を引きずるように職員室へと向かっていった。

「で、オレにこれに出場しろって言うんですか?」
 職員室に連れてこられた来夢は渡されたパンフレットを一瞥してから怪訝そうな顔で尋ねた。パ
ンフレットにはテニス大会の参加資格とルールが乗っている。
「そう。知らなかった?」
「いや、こういうモンがあるのは知ってるけどな……」
 ぜんぜん見当違いの言葉に来夢がため息のような言葉を吐いた。
 無論、来夢がこの話を知らないわけがなかった。生来のお祭り好きの性格の来夢は勉強以外
の校内行事は逐一チェックしている。当然、このテニス大会の話も耳にしていた。
 しかし、である。いくらお祭り好きの来夢とは言えこの大会に出場する理由がなかった。元々喧
嘩と言うか格闘をやるために転入してきた学校である。テニスなどというものをするつもりはない
のだ。そんなものに時間を費やすなら誰かと闘っていた方が何倍もいい。
「それとオレが出場するのとどういう関係があるんや、先生?」
「その優勝商品のためよ」
 そう言いながら千鶴さんが来夢の持つパンフレットの一角を指差す。そこには『優勝者には鶴来
屋に二泊三日でご招待』と書かれている。
「いや、こんなもんもらってもしゃーないんやけど……」
 もちろん、この優勝商品の話題も知っていた。どこの誰が誰某と参加すると言った話は自然と耳
に入ってくる。もちろん男女ペアで旅行という話だから恋愛沙汰に目がない高校生からすれば当
然の話題だろう。実際にこの商品を目当てにエントリーをしようとしている人物たちがいることも
耳にしていた。
 しかし、来夢は参加する予定はない。趣味が喧嘩と言うような彼を誘う女子がいなければ当の
本人もまだ好きな娘がいるわけではない。また温泉でゆっくりするのも悪くないがそのためにテ
ニスの練習するのはまっぴらごめんだった。
 来夢の顔に参加の意志が見えないことに気が付いた千鶴さんが唐突に口を開いた。
「そう言えばこの前の抜打ちテストのことなんだけど……」
「はぁ?」
「夢幻くんの成績だいぶ悪いわねぇ……このままだと補習かしら」
「なにぃ!!」
 先ほどからまったく変わらないにこやかな笑みを浮かべる千鶴さんの言葉に来夢が思わず詰め
寄りそうになる。
「補習受けないと成績不良で退学ってことになるかもしれないんだけど…」
「………」
「でもこの時期の補習って嫌よねぇせっかくいい季節なのにねぇ」
「…………」
「でもこの成績だとしっかり補修してもらわいといけないから1週間は補習にしないといけないわ
ねぇ」
「……先生…何が望みなんや……」
 げっそりとした顔で来夢が口を挟む。いかに単純な来夢でもここまであからさまなやり方では千
鶴さんが自分に交換条件を出してくることぐらい理解できる。
「ふふふ、だから夢幻くんにテニス大会に出場してほしいの」
「オレに? 先生と?」
「違います。優勝してわたしと耕一さんにプレゼントしてほしいの」
「は? んなの先生たちが出ればいいやん。なんでオレが……」
「えっと夢幻くんは補習希望なのね。えっと日にちは……」
「あ、オレ急に出場したくなったわ! ほなパートナー探さんといかんからこれで失礼します」
(同じ何かやらなあかんのなら勉強よかテニスの方がましや)
 そんな打算を働かせながら来夢は職員室から飛び出した。後には「さて、耕一さんの分もエント
リーしなくっちゃ」と何やら書類を書き始める千鶴さんだけが残っていた。


「しかしまいったで…パートナー言うても誰に頼んだからええのか……」
 再び来夢は大きなため息を吐いた。この学園に来てから日の浅い来夢にはそんな頼み事をでき
る相手などほとんどいない。しかも相手が女子となればなおさら少ない。片手を超えればいい方
だろう。
「綾香……好恵……葵……」
 一本ずつ知り合いの女性の名を上げながら指を折る。が、それもすぐに終わった。
 本当に片手で収まってしまう。しかし上げた名前全員が格闘部の人間であるのはいかにも来夢
らしい。
「この中でテニスの経験者は綾香やろうな……」
 今上げた3人の顔を思い浮かべながら来夢がつぶやく。
(空手馬鹿の好恵がテニスをやれるとは思えんし、葵はそれに輪をかけたぐらい格闘馬鹿やから
なぁ……)
 自分のことは棚に上げて好き買っていいたい放題である。方向性は違えど間違いなく来夢も格
闘馬鹿の一人である。当然テニスなどしたことがない。
(まあ綾香のやつはお嬢様らしいからテニスぐらいできるやろな……)
 とりあえず一縷の希望にすべてを託すため、来夢は教室を後にした。無論、来栖川綾香に一緒
に出場してもらうために……・。

                                                                                                ───続く───

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後書き
 何か気が付くとずいぶん長い話になってしまったので多分異例の前後編のエントリーLメモのな
りました(笑)
 取り合えず努力が嫌いな来夢がどのようにして参加するかを考えてとりあえずかき出したのが
これ。現時点でまだパートナーが作者の頭の中でも決定してません(笑)
 まあ近日中に後編もあげるので楽しみにしていてくださいね。
 それとYOSSYさん。とりあえず他薦で千鶴先生&耕一先生を一押しします(笑)