テニス大会エントリーLメモ”とっても意外な組み合わせ?・後編”   投稿者:夢幻 来夢
「あれ、葵、 綾香はおらんの?」
 格闘部の道場に着いた来夢はざっと中を見渡した後、人気の無い道場でただ一人サンドバック
を蹴っている女生徒、松原葵に声をかけた。
「え? あ、夢幻さん。どうしたんですか?」
 練習の途中を邪魔されたにも関わらずいつもどおりの笑顔で葵が振り返る。さすがにその笑顔
に眩しいものを感じたのか来夢は一瞬目をそらした。
 が、すぐに向き直って言葉を続ける。
「いや、綾香がおらんなと思って。どこにおるか知らん?」
「綾香さんですか? えっと多分テニスコートにいらっしゃると思いますよ」
「テニスコート? そりゃ好都合やな」
「綾香さんに何か用事があるんですか?」
「ああ、テニス大会に一緒に出場して貰おうと思ってな」
「あ、夢幻さんも出場されるんですか? 私も出場するんですよ」
「え、お前も出場するか?」
 意外な言葉に来夢が一瞬硬直した。葵がテニスなど意外すぎる組み合わせだと思っていたから
である。もっともその点に関しては来夢の方も同じではあるのだが葵はそのことを意外に思わな
かったようだ。
「はい、ティー先輩と一緒に出場するんです」
「へぇ、葵ってテニスできたんやな。知らんかったわ」
「いえ……今回がはじめてのようなものですけど……」
「なんや、だったら止めといた方がいいんとちゃうか? 大会言うくらいやからうまい人間がたくさ
ん出てくるやろうし」
「いえ、出場します。挑戦する気持ちを忘れず常に努力すればきっと良い結果が出ると思います
から。それに何事も挑戦することに意義があると思います」
 からかい口調で言った来夢の顔を葵は真っ正面から見据えてきっぱりと言い切った。そこには
迷いが一切感じられない。ただひたすら努力し、挑戦すると言う強い意志が宿った瞳がそこには
あった。
「そ、そうか……。ほな頑張ってな……」
 その言葉に気おされたのか来夢は軽くうなずくと道場を後にした。
 すぐに何かもやもやしたものが胸の中に溜まっていくのがわかる。
(やっぱ苦手やな、あいつは……)
 そのもやもやを振り払うように頭を振ると来夢はテニスコートへと向かった。


「何ぃ、もう組んだ〜!!」
 テニスコートに来夢の悲痛な声が上がった。
 来夢の目の前にはテニスルックの綾香と朔が立っている。
「うん、ゆーさくとね」
「そういう事だ。で、こいつは?」
 綾香の言葉に何やら頷いた後に朔が来夢を指差す。
「夢幻 来夢や。よろしゅうな、ゆーさく」
「誰がゆーさくだ」
「今綾香が言うとったやん。ちゃうんか?」
「私は悠 朔だ」
「はるか はじめ? なんでゆーさくなんや? ま、ええけど」
「で、こいつとはどういう関係なんだ?」
「ああ、格闘部の後輩よ。最近入ったばかりなの」
 朔の言葉に綾香がさらりと返した。しかしその言葉にはかすかにからかいが含まれている。
「しかし、なんで女のお前が綾香と組もうとするんだ?」
「俺は女や無い! れっきとした男や!」
「男? 何を馬鹿な……」
 朔がそう言いかけたその時、来夢の右足が朔を襲った。
 だが、朔も持ち前の沸き上がった来夢の殺気を感じ、それをとっさに捌く。
「へ、やるなぁ……」
 自分の攻撃を捌かれて、来夢の顔が嬉しそうに歪んだ。とっさの防御の中に朔の強さを感じ取っ
たからだである。
 スッ、と来夢が構えをとる。その殺気を感じてか朔も構えを取った。来夢の身体から沸き立つ闘
気が朔の本能に警告していた。油断は敗北につながる、と。
 だが、その闘いはあっけない終わりを告げた。
「あんたたちねぇ、ここで喧嘩するんじゃないの。周りの人たちに迷惑でしょ」
 あきれた顔で綾香が二人の間に割り込んだのだった。
 実のところ綾香としてもこの二人の対戦に興味がある。が、さすがにテニスコートのそれもテニ
ス大会のために練習に来ている他の生徒を巻き込みかねない二人の闘いを放っておく訳にもい
かない。
「わかった」
 綾香の言葉に朔が構えを解く。朔とてこんなことでせっかくの綾香との練習時間を潰したくない
のは当然だ。しかも、試合間近のこの時期に下手に怪我でもしたらそれこそつまらない。
 朔が構えを解くのを見て、来夢もまた、構えを解いた。いくら闘いが好きとはいえ戦意の無い相
手に攻撃を加えるのは来夢の趣味ではなかった。それにこの場で闘いを挑めば間違いなく綾香
が止めに入る。
(2対1で勝てる相手やないもんな)
「じゃ、綾香はこいつと組むんやな。じゃあしゃーないわ。他当たるわ」
 そう言うと来夢はテニスコートを後にした。残る望みはただ一人、坂下だけだった。


「いやよ」
 だが、当然のことながら坂下の返事は冷たいものだった。
「そこを何とか、頼む!」
 しかし来夢も必死だ。既に葵、綾香の両名はパートナーが決定している。残る知り合いは坂下た
だ一人だ。
「いやよ。なぜ私がテニスに出なければいけないの」
「頼む、俺を助けると思って! 空手馬鹿のお前にテニスの腕なんぞ期待しとらんから!」
「何ですって……」
「あ…いや…思わず本音が……」
「絶対にいやよ」
 そう一言叩き付けて坂下はきびすを返した。後には来夢がただ一人、燃え尽きた何かのように
立っていた……。


(あかん、なんでこうなるんや………)
 来夢はふらふらっと廊下をうろついていた。その姿はさしずめ幽鬼か何かのようだ。
 だから階段から降りてきてたその少女がに正面衝突するのも無理はなかった。
「きゃ」
「え?」
 正面からぶつかり、来夢と少女が転倒する。普段ならこの程度では転ばないはずの来夢もこの
時ばかりは勝手が違った。重心が後ろにずれ倒れかけ……そこには階段が待っていた。

「あ、あの、大丈夫?」
 一瞬意識を失った来夢はそんな声に呼ばれ目を開けた。一瞬蛍光燈のあかりが目に入り眩しそ
うに目を細めるが、すぐに開く。そこには愛らしい顔つきの少女が心配そうに覗き込んでいた。
「あ、ああ、大丈夫や……」
 身体を起こしながら来夢が言う。多少あちこちがいたむのは恐らく階段から転げ落ちたせいだろ
う。もっとも普段から格闘や喧嘩でなれている来夢にとってはこの程度の打ち身は怪我に入らな
いのだろうが。
 だが、目の前の少女にとってはそうではなかったようだ。
「あ、あの、ごめんなさい。わたしがもっとしっかり前を見ていれば……」
「いや、こっちこそすまんな」
 普段なら絶対に謝らないような来夢だがさすがにこうまで謝られると自分が悪いと思ってしまう。
「こっちが、ボーっとしとったのが悪いんや」
「え、でも……」
「ええって、これでも身体は丈夫なんやから」
 そう言うと、来夢は階段を上っていった。と、そこにはペンケースやノートが散らばっている。
 恐らくは少女の持ち物なのだろうか。多少少女趣味名ところがある品だがそれが少女の愛らしさ
に良く似合っている。
 その時、それを来夢が拾ったのは単なる気まぐれだった。いや、先ほどまで真摯に謝罪している
少女に来夢の方が罪悪感を覚えたのかもしれない。
「ほい、これ、あんたのやろ」
「あ、うん。……あの何か悩みがあるの?」
「は?」
「あ、ごめんね。なんかそんな感じがしたから」
「悩みか……。まああることにはあるな……」
 少女の言葉に来夢の口からポロっとそんな言葉が漏れた。なぜ、と聞かれても理由はなかっ
た。ただ、なんとなく口から漏れた一言だった。
「もし良かったら相談にのろうか?」
 そして少女がその言葉を口にしたのも何か意図があったわけではなかった。ただ生来の彼女の
優しさが生み出した一言だった。
「いや、たいしたことないんや。ちょっとテニス大会のことでな」
「テニス大会? 今学校中でうわさになってる?」
「ああ、それに出場せんと退学してまうかもしれんのや」
「退学? どうして?」
「いや、千鶴先生に補習とテニス大会とどっちがいい? って聞かれてな。オレは補習は絶対い
やから。けどテニス大会にでるパートナーがおらんし……」
「お姉ちゃんがそんな事言ったの?」
 来夢の言葉に少女が素っ頓狂な声を上げた。そしていきなり「ごめんなさい」と頭を下げる。
「え? なんであんたが謝るんや?」
「あ、あの千鶴先生ってわたしのお姉ちゃんなの」
「何? あの千鶴先生の妹なんか?」
「うん。お姉ちゃんが無理言ってごめんなさい」
「いや、あんたが謝ってもどうこうなるもんやないんやけど……。とりあえずパートナーさがさんと
どうにもならんし」
「じゃ、じゃあわたしがパートナーになってあげる。わたしじゃだめかな?」
「え? いや大歓迎やけど。なんでまた?」
「だってお姉ちゃんの無理な注文で悩んでるんでしょ? だったら妹のわたしが協力しないと」
「そうか? まあそれなら助かるわ。あ、俺一年の夢幻や、夢幻来夢」
「あ、わたしは一年生の柏木 初音。よろしくね、夢幻さん」
「ああ、こちらこそよろしく頼むで」
 そう言うと来夢は片手を差し出した。
 初音はちょっと戸惑った後その手を握った。
 翌日、二人はテニス大会にエントリーすることになる。

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後書き
 いや〜、自分でも考えなかった展開になったなぁ(笑) 結局来夢と初音ちゃんという意外な組み
合わせになれたし、まあこれはこれでいいけど(笑)
 しかし、今回のことで恐らく来夢の萌えキャラってこの娘に決定しそうだ。いや、たぶん初音ちゃ
んになると思う、この調子だと。
 とりあえず、これでテニス大会エントリーLが完成しました。と言うわけで自薦、来夢&初音ちゃ
んでお願いしますね、よっしーさん
 最後に初音ちゃん萌えの方及び他の作家の方々へ
 すみません。”痕”からずいぶん時間が経ってるのでこんなの初音ちゃんじゃないと言う方がいる
と思います。でも許してやってください。次の作品からはもっと初音ちゃんらしくしますのでm(_ _)m