Lメモ学園武闘伝第弐話"出会い" 投稿者: 夢幻来夢
「あ、見ー付けた」
 男はその言葉に振り向いた。やや痩せた感じと言うだけで特にこれと言った特色のない男であ
る。もっとも、その双眸は一般人の持たない何か、を持っていたが。
「何かご用ですか? 師匠」
 男の口から紡ぎだされたそれは抑揚のない声だった。感情をいっさい感じさせないような声。だ
が彼に親しいものには感じ取れるややうんざりとした声である。
「うん、ちょっと頼み事」
 男に師匠と呼ばれた女生徒は満面の笑顔で答えた。こちらは男とは対照的に目立つ風貌であ
る。身長的には大きくはないが目に付くのはその発育の良い胸とお尻だろう。比較的幼児体型
の多いこの学園の生徒の中では非常に目立つ。大人びたと言うよりはまだ少し幼さが残るのは
長い髪に付けたカチューシャのせいだろうか? それともその天真爛漫とも言える笑顔のせいだろ
うか?
「頼み事、ですか?」
 少女の言葉に男がかすかにため息を吐く。実際この少女の持ってくる頼み事とは男にとっては
厄介事ばかりだったからだ。
「なぁに、ハイドくん。あたしの頼みが聞けないのぉ?」
「いえ、違いますよ。何でしょうか?」
 少女が自分の言葉に明らかに不満の声を上げたのを聞いて男が慌てて打ち消す。一見すると
明らかに年上である男に対して少女が圧倒的な立場にいるのは端から見ても良く分かった。
 男の名はハイドラント、少女の名はEDGE。どちらもこの学園の生徒であり、ともに"神威のSS"
と呼ばれる技の使い手である。しかも驚くべき事にEDGEがハイドラントの師匠なのであった。ゆ
えにハイドラントに取ってEDGEは数少ない畏怖と敬意を払うあいてなのである。
「えっとね、新人を鍛えて欲しいのよ」
「新人ですか?」
「そ、新人。まあ、きみの弟弟子ってとこかな。君より素質があるかもしれないけど」
 いらずらっこのようにEDGEが微笑んだ。それは本心からなのか、それも単にハイドラントをか
らかっているのか。無論ハイドラントには図るすべはない。
「はあ……」
 さすがのハイドラントも狐につままれた顔をする。無理もない。"神威のSS"とは攻撃を重視した
総合格闘技であるが誕生して日が浅い。しかも知っているものも学内でもわずかと言う流派であ
る。ハイドラントが知りうる限り"神威のSS"の使い手は自分と師匠、それにダーク十三使徒の
数名である。しかし、ダーク十三使徒に技の手ほどきをしているのはハイドラントであり、それを
彼女が弟弟子と呼ぶはずがない。
「夢幻来夢って子なんだけど、最近この学校に転入してきたいみたいなの。で、一応軽く手ほどき
したあたしとしては他の子、特に兄様のSS不敗流には負けてほしくないわけ。だから鍛えてあ
げてね」
「私が、ですか? 師匠は?」
「あたしはちょっと忙しいの。これから耕一先生をデートに誘わなきゃいけないから」
 そう言いながら手にした映画のチケットをハイドラントに見せる。
「わかりました。で、彼は何処にいるんですか?」
 一瞬断ろうと言う思いが頭の中をよぎるがハイドラントはそれをかぶりを振って振り払った。柏木
耕一絡み時のEDGEには何を言っても無駄である。余計な事を言って機嫌を損ねたりでもしたら
それこそ面倒な事になる。
「一年生ってことしかわかんない。でも目立つと思うよ、女の子みたいな子だから」
 それだけ言うとEDGEは「耕一さ〜ん、今行くからね〜」と言いながら廊下を走ってゆく。
 その後ろ姿を眺めながらハイドラントは再び深いため息を吐いた。


 EDGEの言葉通り、夢幻来夢という少年はすぐに見付かった。いくら制服が自由というこの学園
でも男の格好をした女などそういるものではない。
「夢幻来夢だな?」
「ああ、そうやけど誰や、お前?」
「ハイドラントだ。お前が"神威のSS"の使い手だな?」
「へぇ、その名知ってる奴がこの学園におるとは思わんかったで」
 来夢の顔に笑みが浮かんだ。不敵な、そして楽しそうな笑みである。
 不意に来夢の右腕がハイドラントの顔めがけて動いた。軽いアッパー気味のパンチである。
 だが、ハイドラントは微動だにしない。
「見切ってたんか?」
 眼前で止まる来夢の拳をハイドラントは冷ややかな視線で見返した。動く必要はない一撃だっ
た。魔術を中心に戦いを進めるとは言え、ハイドラントも一流の暗殺者だ。戦闘に対しての勘は
鋭い。こと生死を賭けた実践経験となると他の人間よりもはるかに多いだろう。
 だが、今の一撃にハイドラントは反応していた。油断していたと言う事もある。来夢の攻撃にまっ
たく殺気が感じられなかったと言うのも事実だ。そう、ハイドラントは"動く必要の無い一撃"に多
少なりとも"反応"してしまったのだ。
(こいつは面白いな……)
 視線を来夢に移しながらハイドラントは考えた。
 どう見ても格闘には向いていない体躯である。身長は低く、筋肉がついているようには思えな
い。後ろに長く伸ばした髪は束ねているとは言え動きに悪影響を与えるだろう。だが、その体か
ら放たれた一撃のスピードはハイドラントの予想を上回るものだった。
「あんた、強そうやな」
 黙ったままのハイドラントを挑発するように来夢が構えを取った。その顔にはいかにも楽しげな
笑みが浮かんでいる。
「相手をしてやろう。着いてこい」
 そう言い放つとハイドラントはきびすを返した。その顔にはかすかな笑みが浮かんでいた。


 ハイドラントが選んだ場所は学園の裏山だった。林の中の少し開けた場所である。
「ここならいいだろう」
 そう言って来夢に向き直る。が、構えはしなかった。自然体、それがハイドラントの戦いかたであ
る。
 たいして来夢は構えをとった。と言っても空手や柔道などの構えとは違う。自分の闘いの中で見
つけ出した自分の技を最大限に引き出せる構え。

「では……行くぞ」
 先に仕掛けたのはハイドラントだった。軽いジャブから回し蹴りの連携を放つ。だが、来夢はそれ
をいともたやすく受け流す。そのまま独楽のように回りながら頭部に向かって蹴りを放つ。
 だが、それはあっさりとハイドラントに受け止められた。
「やるやないか。ま、当然やろうけど」

 受け止めた足を地面に叩き付けるように捌きながらハイドラントが来夢の間合いに入り込み無
防備な背中めがけて拳を突き出す。だが、それが直撃する寸前、来夢は前のめりに倒れ込むよ
うにして回避する。

(なるほど、ある程度の実践経験はあるようだな……)
 必殺とまではいかないまでも通常なら回避できるわけではない一撃を回避されながらハイドラン
トは来夢の動きを分析していた。瞬発力、判断力、どちらも一級品である。生まれ持った天賦の
才なのか地道な努力の賜物かはわからないがそれでも普通の格闘家には無いレベルの動きだ。
(しかし、この程度ではここでは通用しない……)
 だが、それだけでは駄目なのだった。一般人を相手なら一撃で昏倒、下手をすれば即死させれ
るレベルの攻撃を繰り出したとしても回避もしくは防がれてしまう。それが学園の強さだ。
 非常識の冠詞がふさわしいこの学園の生徒の中には文字通り人外の化け物までそろっている
のだから。

「何ぼーとしとるんや!」
 来夢の動きを分析していたハイドラントに疾風さながらの勢いで来夢が襲い掛かった。だが、ハ
イドラントは的確にその攻撃を捌いていく。しかし、今度は先ほどまでとは違った状況であった。

(くっ、返せん)
 ハイドラントは心の中で舌打ちした。確かに来夢の攻撃はすべて捌いている。だが、捌くのに精
いっぱいで攻撃に転ずる余裕がないのだ。もともと格闘能力に自信があるわけではないがそれ
でも一方的に攻撃を受けると言う事はハイドラントにとって久しぶりの事だった。

 右、左、上、下。すべての方向から来夢の攻撃が叩き込まれる。威力は低いがスピードの乗っ
た攻撃である。ラッシュと言う言葉通りに立て続けに打ち込んでゆく。
(もろたで)
 来夢は心の中で勝利への道を描いていた。先ほどから相手は防戦一方だ。このまま行けば自
分が仕掛けた策にはまってくれるだろう、そんな予感がしている。

(誘っているのか? それともただの油断か?)
 来夢の攻撃を防戦してたハイドラントは早々とそれに気づいてた。来夢の動きが途中から上半
身に集中しだしたのだ。いや、ラッシュとしては当然なのかもしれないがそれでも普通は防御を揺
さぶるために下半身に対しても打撃を放つ。それがないとはいかないまでも減ってくれば当然そ
れは隙になる。
(しかしこのままでは埒があかないか。しょうがない……)
 ハイドラントは一瞬でそう判断すると次の瞬間には行動を起こしていた。

 来夢は自分の右手が空を切った時、ハイドラントが策にかかったことに笑みを浮かべた。

 ハイドラントの身体が地面に沈み込むように姿勢を落した。と同時に来夢に足払いを仕掛ける。
中国拳法で良く見られる技の一つ、掃腿と呼ばれるものである。

 無論、当然のことながら来夢はその動きを読んでいた。あの状態を打開する最も簡単な方法は
軸足を刈ることである。そしてそのための隙を作ったのだ。躱せないわけが無い。
 宙に跳ねながらハイドラントの攻撃を躱した来夢は勝利を確信した。
 だが……。

 次の瞬間、来夢は強烈な衝撃を腹部に受けた。そのまま宙を舞うように弾かれるが追い討ちの
ようにハイドラントの回し蹴りが炸裂する。
 それが決着となった。


「やれやれ、馬鹿な賭けをしたものだ」
 目の前に倒れている来夢を眺めながらハイドラントは自嘲気味に笑った。別に最後まで格闘に
頼る必要はなかったのだ。得意の魔術を使えばあの状態からでも打開策はいくらでもあった。
 しかし、ハイドラントはあえて格闘での勝負に挑んでしまったのだ。それは"神威のSS"を使う先
輩としてのプライドなのか、それともEDGEの言葉の所為か。
「あいたた………」
 と、来夢が身体を起こした。受け身を取る暇無く地面に叩き付けられたためか少しせき込むがす
ぐに立ち上がる。もっとも立ち上がっただけでふらふらとはしていたが。
「ほぅ、もう立てたか」
「身体は丈夫やからな……。けど何なんや、最後のは? あそこで何したんや?」
「何もしていない。ただの膝蹴りからの飛び回し蹴りだ」
「嘘や、あの状態から、んなもん出せるわけないやろ」
「事実だ。あれも"神威のSS"の技だ。体重を消して宙に飛んで放つだけだがな」
「"神威のSS"って単なる波動拳の仲間やなかったんか……」
 その言葉を聞いてハイドラントは軽い目眩を感じた。EDGEはその言葉通り軽い手ほどきしかし
ていなかったのである。
 だが、それと同時に目の前にいる来夢自信にも興味を覚えたのも事実であった。"神威のSS"
の技を使わずにこのレベルの攻撃ができ、さらにEDGEに素質があると言わせた男。
(使えるかもしれんな……)
 来夢を見るハイドラントの眼は新しい武器を見つけた戦士の様に冷たかった。

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後書き
 さてずいぶん間が開いてしまったけど学園武闘伝第弐話"出会い"です。プロットはずいぶん前
からできていたんですがどうやって動かそうかとかなんでこの人が動くんだろうとか考えている間
に時間がドンドン過ぎてゆき気が付けばこんなに間が開いてしまった(笑)
 まあ今回ようやくSS使いがでてきました。それと今回は書き出してから気づいたんですが視点が
ハイドラントさんになってるんですよね。主役も来夢かハイドラントさんか自分でも良く分からんし(笑)
 まあ、でもこれでようやく前準備はできました。これからは対戦相手をどうするか考えないといけない
なぁ。候補は多いんですけどね(笑)
 では恒例のキャラクターに一言。
●登場キャラ(五十音順)
      EDGE…ちょい役で出しました。ハイドラントさんを動かすにはこの人か綾香かなって思ってどっ
ちにしようかと悩みましたがまあこっちの方がらしいのでEDGEさんに登場してもらいました。しかし、
書いてると彼女って書きやすいですね。今後ともレギュラーで出してきたいなぁとか思ってます。多分
無理ですけど(苦笑)
      ハイドラント…今回の主役ですね。もっと圧倒的に強く書こうかなとか思ったんですがまあこんな
感じに収まりました。しかしこの人って俺的イメージがどうしてもオー○ェンのチャ○ル○マンになるん
ですよね(笑) 今回は格闘能力と言う形で書きましたがそのうち魔術を使うハイドラントさんも書いてみ
たいですね
       夢幻来夢…これでようやく"神威のSS"の技が使えるようになりました。今までの彼は"神威のS
S"もどきなんですよね。作品中で言ってたとおり波動拳と誤解してますし(笑)

 最後になりましたが、今回出演してくださった、EDGEさん。投稿前に作品を読んでいただいたハイド
ラントさん、ありがとうございました。ではまた〜