テニス大会特訓L”決戦前夜−付け焼き刃−”後編  投稿者:夢幻来夢
「はるか先生、おるか?」
 ガラっと扉を開けて来夢が職員室に入ってきた。既に終業どころか最終下校のチャイムが
鳴ったというのに何も感じていないのか平然とした態度である。
「ん……。何か用?」
 職員室にただ一人残っていた河島はるかは来夢の方にいつものようなぼんやりとした顔
を向けた
「いや、テニスコートなんやけどもう暗くなってきたんで照明使いたいんやけど」
「……ん、いいよ、ちょっと待っててね」
 来夢の言葉に軽く眉をひそめた後はるかはこともなげに答えた。だが席をそのまま席を立
つ気配はない。
「先生、一緒に来てもらわんと照明点けられんのやけど……」
「……ん……」
 来夢の言葉にも生返事を返すがはるかは席を立とうとしない。
「あの、河島先生?」
「……ん……」
 来夢の後ろに立っていたゆきが声をかけたがはるかは再び生返事をしただけだった。
「あのな、先生……」
 痺れを切らした来夢がはるかの席に歩み寄り、その足を止めた。
 ぐぅ〜〜〜
 突然、職員室の中にそんな音が響き渡る。
「………食べる?」
 はるかが机の上にあったアンパンを差し出す。
「………いただきます」
 一瞬だけ躊躇した来夢だが即座にアンパンを受け取った。


「ふぅ〜、食った食った♪」
 満足そうな顔で来夢が言った。隣ではゆきが最後のメロンパンを食べている。
「あ、そうや。先生確かテニス部の顧問やったよな?」
「…ん、そうだけど」
「やったらオレらにテニス教えてくれへん?」
「あ、夢幻くん……」
 来夢の言葉にゆきが止めようとした。別ブロックであるとは言え、はるかもテニス大会に
出場する選
手だ。ライバルとなる人間にたやすくテニスを教えてくれるとは思えなかったからだ。
「……ん、いいよ」
 しかし、ゆきの心配は無用の長物だった。考える間もなく来夢の言葉にはるかが頷いたか
らだった。
「ほんまか? そりゃ助かるで」
「でもその前にこれ」
 思わずガッツポーズをとる来夢にはるかは一枚の紙を手渡す。
「何や、これ?」
「パンの代金」
「……………」
「……………」
「おごりやなかったんか〜〜!!」
 来夢の絶叫が職員室に響き渡った。


「……ん、じゃあ行くよ」
「はい」
「うぅぅぅ、今月の小遣いが……」
 はるかの言葉に元気良く頷くゆきとどこか遠い眼をしている来夢。三人はテニスコートへ
と来ていた。
もちろんはるかに特訓してもらうためである。ちなみに来夢とゆきがチームを組み、はる
かとラリーをすると言う形で練習をする事になった。
 はるかがゆっくりとトスを上げ、そのまま軽くボールを打つ。だが、それはすばらしい速
度で来夢たちのいるコートに突き刺さり、背後に抜けていく。
「…………」
 来夢とゆきが絶句ボールを目で追っていた。
(速い……)
 二人の頭の中はそれでいっぱいだった。テニスのサーブはいくらでもあるだろが、まさか
いきなり反応できないスピードで打ってくるとは思ってもいなかったのである。
「あの〜、はるか先生?」
「……ん? どうしたの」
「も少しスピード落してくれへん?」
「…ん、わかった」
 そう言ってもう一度サーブを打つはるか。今度はそれに反応するようにゆきが動く。
 が、その球は地面に当たった瞬間、右へ大きく跳ねた。
「先生………」
「……ん?」
「まっすぐなサーブをお願いします……」
 そう頼み込むゆきの瞳には少し涙が浮かんでいた。


「あ、やっぱりここにいた……」
 あれから練習と休憩を挟みながら特訓を続けていた来夢とゆきは背後からの声に振り返
った。そこには初音がバスケットを抱えて立っていた。
「あれ? 初音ちゃん?」
「ん? 柏木やないか。どないしたんや、こんな時間に?」
 不意に訪れた珍客の前にゆきと来夢が不思議そうな顔をする。
「えっとね、ゆきちゃんの家からまだ帰ってないけど知りませんか、って電話があったか
らたぶんここにいると思ってきたの」
「ここにって学校に?」
「うん、ゆきちゃんの事だからたぶん学校でテニスの練習してるんじゃないかなって思っ
て。あ、お腹空いてない?」
 そう言いながら初音が持ってきたバスケットから小さな包みと水筒を取り出す。
「はい、これ差し入れ。たぶんお腹が空いてると思って作ってきたの」
「え、ホント?」
「ほんまか?」
 初音の言葉に嬉しそうな顔をするゆきと食いつくような顔をする来夢。だが、運命の神は
来夢の味方をしていなかったようだった。
「あ、ごめんね。夢幻さんがいると思ってなかったからそんなに多く作ってきてないの…
…」
「え? そうなん?」
 がっくりとうな垂れる来夢。無理もない、いくらパンを食べたとは言え、ぶっ続けでテニ
スの練習をしていたのである。運動量が半端ではないのだからお腹も空く。そこに天の助
けとばかりにきたお弁当に自分の分がないとなるとさすがにうなだれもしよう。
「あ、大丈夫だよ。少したくさん作ってきてあるから……」
「あの、夢幻くん。僕の分分けてあげるから……」
 さすがに気の毒に思ったのか初音とゆきが遠慮がちに声をかけたその瞬間、
「ほんまか!?」
「う、うん」
 とたんに跳ね起きる来夢にゆきと初音が思わず後ずさる。そして思わず顔を見合わせた瞬
間、誰からともなく笑いが起こった。


「それじゃあどうぞ」
「うん、いただきます」
「ほな遠慮無くいただくで」
 初音の広げた差し入れを前にゆきと来夢がちょこんと座っている。普通ならベンチに腰掛
けるのだろうが3人と言う事もあり、なんとなくみんなテニスコートに腰をおろしている。
一応、初音の持ってきたビニールシートをしいてはいるが。
 確かに差し入れは少なかった。二人分の夜食にしても少し少な目なのかもしれない。もっ
ともゆきも初音もどちらかというと少食な方だからその二人分ならこれぐらいで良かった
のかもしれないが。
「えっと夢幻さんは嫌いなものとかあった?」
「ん? 特にないで。好きなもんならあるけどな」
 そう言って来夢が手を伸ばしかけた時だった。さっと横から手が伸びサンドイッチを攫っ
てゆく。
「これおいしい」
「え?」
 三人が振り向いた先にはサンドイッチをほおばるはるかの姿があった。唖然とする来夢た
ちを横目にはるかがさらにもう一切れとばかりに手を伸ばす。
「はるか先生?」
「………ん? 初音ちゃん?」
 初音の言葉に今気づいたかのような顔ではるかが言う。先ほどまで席を外していたので現
状を理解していなかったのだ。もっともそれでも迷わずにサンドイッチに手を出す辺りが
はるからしいと言えばはるからしい。
「あの、こんばんは」
「こんばんは」
 思わず挨拶する初音に丁寧にはるかが応じる。その隙をつくように来夢がサンドイッチに
手を伸ばす。
「ん、確かにこりゃ行けるで」
「初音ちゃんは料理が上手だからね」
「ん、もうひとつ」
「あ、はるか先生、そんなに食わんで。オレの分がなくなるやんけ」
「あの……僕の分……」
「お、これ美味いな」
「あ、ありがと。でもゆきちゃんの分……」
「ん、おいしい」
「あ、それオレがもらおうと思ってたのに……」
「だから僕の分………」
「はい、ゆきちゃん」
「あ、ありがとう。初音ちゃん」
 テニスコートはさながら小さな宴会場になっていった。月と照明が照らすだけの小さな宴
会。明日はここで多くのものたちが持てる力を振り絞って闘うだろう。テニスボールと言
うなの小さな球を追いかけて………。


「ほな、今日はありがとな、先生」
「本当にありがとうございました」
「ん、別に。それより気を付けて」
 結局初音の差し入れを食べた後、練習もそこそこに解散となった。理由は既に時間が10
時を大きく回っていた事、である。
「しかし考えたら初めて一緒に練習したんやな」
「あ、そう言えばそうだね。夢幻くんいつもさっさと帰っちゃうから」
 初音の言葉に来夢が苦笑いを浮かべる。テニスの練習など興味が無かったために授業が終
わると逃げ出すように帰っていたからだった。しかし、最後に初音が来た事で来夢と初音
はダブルスの練習を少しだけする事ができた。来夢にとってはそれは貴重な練習時間だっ
た。
「あ、頑張ってね」
「あ、はい」
 不意にはるかが三人に向かって言う。一瞬何の事か考えた来夢たちだったが、すぐにそれ
がテニス大会の事である事に気づき、元気良く返事を返す。
「じゃ、オレこっちやから」
「うん、じゃあまた明日。行こうか、初音ちゃん」
「またね、夢幻さん、河島先生」
「ん、またね」
 そして人影が三組に別れ、学校から去ってゆく。
 明日は敵同士になる彼ら。しかし今の一時は敵ではなく、仲間として別れを告げていた。


「あ!」
「どうしたの、夢幻くん」
「魔球の練習忘れた〜〜!!!」


     ────────────────────────────────────
後書き
 ふみぃ、ようやく上がりました、テニス大会特訓L“決戦前夜―付け焼き刃―”後編です。
 えっと、どこが特訓と言われると困りますが、一応はるか先生に鍛えられてます。いや、
もともとこの話自体は特訓を目的に書いてないんですけどね。
 何を目的としたかと聞かれるとただ単にゆきさんに差し入れを持ってくる初音ちゃん、こ
れだけです(笑) ほんまに萌えキャラにしようとしてたのか、俺?
 しかし今回はなんかダラダラと駄文を書いてしまったような気がします。もっとほのぼの
としたものをたくさん書いて腕を磨いていきたいです、はい。
 最後にテニス大会頑張ってください、よっしーさん。テニス大会一回戦敗退したら俺の所
為かも知れません、ごめんなさいです、ゆきさん。