テニス大会特訓L”決戦前夜−付け焼き刃−”前編  投稿者:夢幻来夢
「ほんまにいいんか? 練習に付きおうてもろうて」
「うん、僕もやらないといけないからね」
 夕闇迫るテニスコートに来夢とゆきが入ってきた。いつもならまだ人がいるこの場所も今日
はさすがに人がいない。明日のテニス大会のための準備で閉鎖されているのだ。
「でもよかったのかな、こんなことして……」
「かまへんて、はるか先生もOKしてくれたやないか」
「あれはOKとは言わないような……」
 ついさっきのやり取りを思い出しながらゆきが呟く。

「あ、はるか先生、テニスコート貸してくれや」
「ん? なんで?」
「練習するからや、ええやろ?」
「ん……」
「OKやな。ほなおおきに」

「そんなことないて。断らなかったやろ」
「それはそうだけどね……」
(はるか先生は悩んでいただけだと思うよ……)
 思わず口に出しそうになる言葉をゆきは止めた。さっきまでの会話で思った事はこの来夢と
言う少年はかなり押しの強い性格らしい。自分の一言でどうこうなる相手とは思えなかった。
「そういや、お前はテニスの経験あるんか?」
「うん、まあ……」
 来夢の言葉にゆきはあいまいな返事をした。
 テニスの経験がないわけではない。学校で少しはやった事があるし、初音に付き合ってした
こともある。ただし、未経験ではないというレベルの話だ。テニス経験者と言える東雲恋たち
から見ればレベルの差は否めない。
(でもやらなきゃ、頑張って初音ちゃんと温泉に行くんだ。無理かもしれないけど……)
 ぐっと拳を握り締めて暮れゆく夕日に誓うゆき。ちょっと弱気なのはいかにも彼らしい。
「そうか、ほな、よろしく頼むで」
 ゆきの背中を来夢が景気良く叩く。
(やっぱり一人で練習した方が良かったかな……)
 不意を付かれたためか思わず前のめりになりながらゆきは来夢との練習を少し後悔し出し
ていた。


「じゃあ、はじめようか」
「おう、いつでも、こいや」
 テニスコートの一角を占拠して、ゆきと来夢が向き合った。日はそろそろ暮れかかっており、
テニスコートは赤く染まっている。
 ゆきがボールをトスし、軽くサーブを打つ。来夢はその球に素早く反応して追いつき、レシー
ブをしようとして……そのまま倒れた。
 見事な転びかたというか、コートに鼻の頭をぶつけている。
「あの、夢幻くん……テニスの経験は?」
 その動きを見てゆきは沸き上がる不安を押し殺しながら問い掛ける。もっとも歯切れの悪い
その口調からはいともたやすく察する事ができただろうが。
「ない」
「やっぱり……」
 きっぱりと否定する来夢の言葉にゆきは頭を抱えたくなった。先ほどのサーブは本当の初心
者でなければ簡単にレシーブできるレベルだ。もっともゆきはそれ以外の高度なサーブが打
てる訳ではないのだが。
「じゃあひょっとして特訓ていうのはテニスの練習の事?」
「もちろんや。せやけどこんな難しいとは思わんかったで」
「じゃ、じゃあルールは?」
「ボールをラケットで打って相手のコートにいれる。コートでバウンドしたボールを返せんかっ
たら負け」
「レシーブは? サーブは? ロブは?」
「よう知らん。サーブは確か最初に打つ球やったよな」
「………」
「ん? どないしたんや?」
「あの……夢幻くん、じゃあルールから説明しようか……?」
「いや、いらん。ルールなんかさっきので十分やろ? それよか練習せんと。ここままやったら
身体が動かんわ」
 その来夢の言葉にゆきは唖然となった。無理もない。テニスのルールを理解しないでテニス
のそれも大会に出ようと言うのだから。
 ゆきも今回の大会はかなりテニスのルールを逸脱しているとは思っていた。しかし、それで
も基本は押さえている人たちが出てくるところだと思っていたのだ。
(でも考えたらジン先輩もああだったからな……)
 先日の千鶴さんの特訓を思い出しながら思わず遠い目をするゆき。
 そして次の瞬間、思いっきりかぶりを振ると迷いを振り払うようにこういった。
「わかった。じゃあラリーから始めよう」


「はぁ、はぁ、ちょっと、一休みしようか」
「せやな、オレもさすがに、そろそろ疲れてきたわ」
 30分ほどラリーを続けた後、二人は倒れ込むようにコートの側にあるベンチに座り込んだ。
 さすがにこれだけ運動すると二人とも息があがっている。特に来夢はボールを追いかける
のに必死でゆきの倍以上は動いているだろう。それでもこの程度で収まっているのは普段、
格闘や喧嘩で鍛えた肺活量のおかげだろう。
 すでに日は沈み、コートは半ば闇に溶け込んでいる。そろそろ練習するのにもきつくなるころ
だろう。
「でも、すごいね。もうなれたみたいだね」
「まあ、コツ覚えんのに自信があるかんな」
 ゆきの言葉に来夢が笑った。
 確かに来夢の動きは上達していた。しばらくはサーブを返すのがやっとだと言うのに最後の
方はラリーらしくなっている。もっともそれはゆきが返しやすい球をうっていたと言うこともある
が。
「せやけど、このままじゃ勝てへんやろな……」
「そうだね……」
 来夢の言葉にゆきが頷く。二人とも分かっているのだ、この大会に出てくる人間の非常識
さを。
 昼間の抽選会の時の風見ひなたの言葉のそうだが、出場者にはジン・ジャザムや西山英
志、ハイドラントと言った学園でも名うての存在が出場している。テニスと言う制限をつけたと
してもその戦力は侮れない。
 逆にテニスと言う点では東雲恋や河島はるかの存在は到底無視できるものではない。特に
河島はるかはテニス部の顧問であるがその実態は様として知られていない。ただ、噂ではそ
のサーブの威力はエルクゥすらも一撃だったと言う話がある。
 もっとも最後の情報の出所は長岡志保の”志保ちゃんニュース”だけに信憑性は皆無に等し
いのだろうが。
「やっぱ、魔球しかないんやろか……」
「魔球ってそんな簡単に使えるものじゃないと思うけど」
「いや、心当たりがあるんや」
 そう言うと来夢はラケットを手にして立ち上がる。が、そのままコートには向かわず職員室に
向かって足を進める。
「何処に行くの?」
「職員室や。こないに暗かったら練習できへんやろ? 先生に照明付けてもらいに行ってくるわ」
(僕たちって無断で使ってるんだよ……)
 ゆきの心に更なる不安が立ち込めた……。

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後書き
 どうも、最近いろいろと書き出している夢幻来夢です。とりあえず特訓lLと言う事で書き出し
ましたが長くなりそうなので前編・後編に分けました。
 しかし、何ででしょうねぇ。特訓Lのはずなのに自分の弱さをひけらかせているような……(笑)
 えっと、ゆきさんごめんなさい。これで負けたら俺の所為かも……<テニス大会
 書いたとおり来夢はテニスの経験なんざありません。ゆきさんのおかげでようやく普通のラ
リー程度ができるようになっただけです。こんなんで本当に特訓Lになってるのか……。
 とにかく特訓L後編を期待してください。早急に書き上げますです、はい。