Lメモ学園武闘伝第参話  投稿者:夢幻来夢
 来夢が跳んだ。
 そのまま体をひねり、飛びまわし蹴りを叩き込む。
「しまい、と」
 相手が崩れ落ちるのを見届けることもなく、来夢は背を向けた。本来なら残身
を怠ってはならないのだろうが、今の一撃なら少なくとも相手は昏倒している
だろう。
「一本、それまで!」
 審判の声を聞きなが来夢はつまらなそうに欠伸を一つした。


「やぁ、ずいぶん退屈そうだね」
 試合を終え、道場の片隅に腰を降ろした来夢に一人の青年が声をかけてきた。
「ん? YOSSYかい。まあな」
 青年、YOSSYFLAMEの言葉に来夢が苦笑する。
「格闘部いうたからもう少し骨のある奴がおると思ったんやけどこの程度やっ
たとはなぁ」
「そうでもないでしょ。葵ちゃんとか綾香に坂下、彼女たちは強いよ」
「葵? ああ、松原かいな。ほんまか?」
 YOSSYの言葉にいぶかしげな表情で来夢が尋ねた。
「まあね。次の相手は葵ちゃんだから身体で試せばわかるよ」
「ま、そりゃそうやけどな……」
「……」
「ん? なんや?」
 黒いタンクトップにジーンズと言う格闘部の試合用とは思えない格好の来夢
をじろじろと見ていたYOSSYに来夢が尋ねる。
「いや、さすがにその格好だと女の子にはみえないなぁと思ってね」
「誰が女やねん!!」
 素早い動きで来夢の足がYOSSYの足を払いに行く。だが、その頃にはYO
SSYは反対側に立っていた。
「そう怒らない怒らない。今日は女の子に見えないって言ってるんだから」
「それはいつもは見えてる言う事やないか!」
「うーん、そうとも言うか」
「そうとしかいわんやろ!」
 既に跳ね起きて身構える来夢。対してYOSSYはと言うと構えを取ってすら
いなかった。
 トン、と軽く床を蹴る音がして来夢の回し蹴りがYOSSYに突き刺さる。
 だが、にこやかな声でYOSSYは来夢に声をかけた。そう、来夢の背後から。
「トリートメントはしているかい? じゃなかった、そろそろ時間だよ。またな」
 呆然とする来夢に一言かけるとYOSSYはその場を去っていった。


(強い……ねぇ)
 来夢は目の前に立つ少女を眺めながらぼんやりと考えていた。
 松原葵、同じ格闘部の部員である、としか来夢は知らない。身長は小柄な来夢
よりもさらに小さい。格闘部の部員の中ではもっとも背が低い人間になるだろ
う。
 しかし、来夢は知らなかった。目の前に立つこの少女の強さを。あの来栖川綾
香に「すぐに自分を超えるかもしれない」とまで言わせた可能性を秘めた小さ
な努力家の事を。

「はじめ!」
 審判の声が格闘部道場に響いた。

 スッと来夢の身体が前に動いた。まずは懐に飛び込み、連続攻撃を打ち込む。
 だが、その動きは葵のジャブに止められた。
(基本は出来てるわけやな。まあ当たり前か)

 牽制のジャブを打った葵はそのまま踏み込んだ。小柄な葵は当然の事ながらリ
ーチは短い。つまり距離を縮めなければまともに打ち合う事もできないだろう。
 来夢の動きを止めたジャブを足がかりに葵が踏み込む。

 ジャブからのワンツー、基本に忠実な攻め方。だが、それを十二分に効果をは
っきさせる攻め方だった。そしてそこからのハイキック。小柄な身体から想像
しがたい衝撃を受け、ブロックはしたものの来夢の顔がかすかに歪んだ。

(なるほど……。こりゃホンモンや……)
 来夢の顔に笑みが浮かぶ。先ほど倒した相手とは数段レベルの違う相手だと言
う事が今の蹴りでハッキリ認識できたからだ。
 あの威力、あの速度、あのタイミングはそうそう放てるものではない。天賦の
才を持っていたとしてもそれを繰り返して使って来なければものにできないも
のだ。
(甘く見とったらこっちがやられてまうな……)
 その考えと同時に来夢の心はますます高揚していった。

 二度目のハイキックをぎりぎりで躱した来夢のジャブが葵を引き離す。そのま
ま距離が開いた瞬間を狙ってのローキック。
 それを葵が脛で難なく受け止める。
 その瞬間、来夢の身体が飛び上がった。

(え? 消えた?)
 来夢の跳躍力を葵は一瞬理解できなかった。無理もないだろう。目の前でロー
キックを放ったばかりの人間が人の頭以上に跳躍したのだから。
 だが、格闘に限らず試合は一瞬の隙が命取りになる場合もある。来夢の動きに
気を取られた葵に強烈な飛び蹴りが襲い掛かってきたのだった。

「葵ちゃん!?」
「葵!」
 YOSSYたちの声が道場内に響く。

 一瞬の隙をついた攻撃は葵の頭部を捕らえた。飛び回し蹴りが見事に命中して
いる。だが来夢の攻撃はそこで止まらない。そのまま体をひねって反対の足で
再び蹴りを加える。
 グラリと葵の身体が崩れ落ちた。

「ま、こんなもんやな」
 トン、と奇麗に着地を決めた来夢が呟いた。そのまま後ろを向き、退場しよう
として……、動きが止まった。
 よろめきながらも葵が立ち上がったからだった。

「ほんまかいな……」
 さすがの来夢の呆然とするしかなかった。クリーンヒット、しかも頭部に二撃
当たったにも関わらず、葵は立ち上がったのだった。
 ……葵ちゃんは強いよ……。
 試合前にYOSSYの言った言葉が頭の中に蘇る。
(確かに強いで、こいつは……)
 来夢の顔に笑みが浮かんだ。

(この人、強い……)
 頭がぐらぐらして倒れそうになるのを必死でこらえながら葵は構えを取った。
今の衝撃で軽い脳震盪を起こしそうになっているのが自分でも分かっていた。
それでも葵は倒れなかった。
 自分がまだ全力を出し切っていなかったから。
 まだ、自分の身体が動く事を知っていたから。
(でも、私もまだ闘える……)
 慌てて構えを取る来夢を視界にハッキリと捕らえ、葵は踏み込んだ。

(さすがにノーダメージってわけやないか……)
 踏み込んでくる葵の動きに合わせて来夢のローキックがとぶ。
 だがそれを葵がサイドステップで躱す。基本的なフェイントだった。
(しもた!)
 来夢がそう思った瞬間、葵のラッシュが始まった。

 ジャブ、ワンツー、ハイキック、ワンツー、ローキック、ボディ……。
 激しいラッシュが来夢に打ち込まれた。先ほど頭に蹴りを受けて倒れた人間と
は思えないほどの動きだ。
 来夢もそれをなんとか受け止める。が、さすがに数撃は防ぎきれず直撃する。

(このままやったら……負ける!)
 来夢の頭にそんな言葉が浮かんだ。
 それが来夢の闘争本能に火を付けた。頭部に放たれたジャブに額をぶつけ、葵
のラッシュを一瞬止める。
 そしてその隙をつくようにアッパーを放つ。

 ジャブを額で受けられた時、さすがの葵も一瞬ひるんだ。普通、頭では分かっ
ていたとしても攻撃を額で受け止めに行くことは難しい。だから今の反撃は葵
は予想していなかったのだった。
 だが、続くアッパーは一歩退くだけで躱せる。そう踏んだ葵は一歩だけ退き、
上体を反らした。

(もろた!!)
 葵が一歩退いた瞬間、来夢が大きく一歩踏み込んだ。最初からアッパーを打つ
つもりはなかったのだ。葵との距離を稼ぎラッシュを止めさせる布石。だが葵
はラッシュを再びかけるつもりで一歩だけしか下がらなかったのだ。

(え? 肘?)
 普段の、いや、これが野試合、あるいは自由組み手なら躱せただろう。だが、
これはエクストリーム・ルールの試合である。当然肘による打撃は禁止技とな
っている。
 その常識が葵の動きを止める結果となった。

 来夢の肘が葵の鳩尾に突き刺さった。

 葵の身体が“く”の時に曲がる。
 その一瞬の隙をつくように鮮やかな回し蹴りが葵のこめかみを捕らえた。
 その一撃を受け、今度こそ葵は道場の床に沈み込んだ。


「葵ちゃん!!!」
 YOSSY、T-star-reverse、ディアルトの3人が崩れ落ちた葵に駆け寄る。
「おい、しっかりしろ!」
「大丈夫ですか?」
「とりあえず、保健室に運んだ方が……」


「ちょっと、何やってるの!!」
 最初その声が自分に向けられたものだと来夢は気づかなかった。
 だが、さすがに怒りをあらわに向かってくる坂下の顔を見てその怒りの対象が
自分だと言う事に気づいた。
「ん? 何やってるって試合しとっただけやけど?」
 何故起こられるのか納得のいかない顔をして来夢が言う。
 だが、その行為は当然の事ながら坂下の怒りに油を注ぐだけであった。
「何いってるの!? あんた自分が何やったか分かってないの!!」
「まあまあ、とりあえず落ち着きなさいよ、好恵」
 さすがに見かねたのか綾香が坂下をなだめに入る。いや、正確には見かねたと
うより事態をより大事にしないための布石だろう。その証拠に綾香も困ったよ
うな顔で来夢を見ている。
「でも、こいつが!!」
「わかってるって。でもそんなに頭に血が上ってたら冷静な判断ができないで
しょ? とりあえずここはわたしにまかせてよ」
「………」
 綾香にそう言われ、坂下は黙り込んだ。そしてくるりと背を向けるとその場を
去ってゆく。もっともその背中からはまだ怒りが収まっていない事は容易にと
れたのだが。
「なぁ、坂下のやつなんで怒っとったんや?」
「あのねぇ? 本気で言ってるの、それ?」
 さすがの綾香もげんなりした顔で言う。
「あのね、今あなた肘を使ったでしょ」
「最後の攻撃か? おう、使ったで」
「この練習試合はエクストリームのルールに乗っ取って行われるのは知ってる
わよね?」
「知っとるで。それがどないしたんや?」
 はぁ……、と綾香はため息をついた。なんとなく予想していたとは言え、こう
も完全に予想通りの返答ではさすがに参ってしまう。
「あのねぇ、エクストリームの試合じゃ肘は禁止なの。わかった?」
「え? そうやったっけ? ………そういやそうやったなぁ……」
「まったくなんであんなことしたのよ? 鍛えてあるから大事にはいたらない
とは思うけど……」
「せやけど、あの状態で肘なしちゅうんは……」
「言い訳は聞かないわよ。そう言うルールなんだから」
「けどなぁ……」
「これ以上の言い訳は見苦しいわよ。とにかく試合はあなたの負け。それとち
ゃんと葵に謝りなさいよ」
 そう言うと綾香も葵の方に向かう。
 後に残された来夢はまだ納得のいかない顔をしていたが、やがて意を決したよ
うに葵の方に向かった。


 葵はゆっくりと目を開けた。少し視界がぼーっとするが頭はしっかりと起きて
いた。
「あ、気が付いた?」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫?」
 口々に問い掛けてくる男たちの顔をしばしじっと見ていた跡、葵は慌てて飛び
起きた。
「あ、はい、大丈夫です」
 慌て起きたためか、少し足元がふらついている葵を素早くT-star-reverseが支
える。もっともその様子は遠目から見れば抱き留めているようにも見えなくも
ないが。
「はい、大丈夫です!」
 とたんに真っ赤になってT-star-reverseから離れる葵。だがまだ先ほどの衝撃
が残っているのかすぐに体勢を崩してYOSSYにもたれかかってしまう。
「あ、無理はしない方がいいよ。保健室に行くかい?」
 そう言いながら素早く抱きとめる辺りは学園一のナンパ師の面目躍如と行っ
たところだろうか。
「ほらほら、あんたたちがいると葵が休めそうに無いじゃない。試合も待って
るんでしょ、早く行きなさい」
 真っ赤になったままYOSSYから離れ、今度はディアルトに支えられている
葵を見て、綾香が3人に声をかけた。
「………」
 その言葉に3人は顔を見合わせてからしょうがないと言った顔つきでその場
を去る。無論3人とも葵の事が気がかりなのだが、そう言われては返す言葉が
ない。実際にこのままだと3人の間を行ったり来たりしてしまう可能性もある
と言う事は葵を見てきた男たちは承知していたことも彼らは分かっていたのだ。


「とりあえず、そこで休んでなさいね。調子悪かったらすぐ保健室行くのよ」
 綾香はそう言うと壁際にならべてある椅子に葵を腰掛けさせるとすぐに去っ
ていった。
 もちろん彼女とて葵の傍にいてやりたいという気持ちでいっぱいである。だが、
それでも試合は続けなければならない。特に格闘部の部長である彼女がそうそ
う勝手に試合を中断しつづけるわけにもいかないのだ。
 それと今の綾香にはもう一つの理由があった。
「……なあ……、……その……、大丈夫か?」
「え? あ、はい、大丈夫ですよ」
 突然の声に葵はハッと顔を上げた。そこには罰の悪そうな顔をした来夢が立っ
ている。
「あんな、そのな……」
「……?……」
「すまん! オレが悪かった!」
 もごもごと口を動かしていた来夢が唐突に頭を下げた。
「え?」
「いや、いきなり肘入れてもうたやろ? すまん!」
 頭を下げたまま謝る来夢に葵は一瞬なんの事だか分からないと言う顔をする。
だが、次の瞬間慌てたような顔に変わった。
「あ、いえ、その、試合中の事故ですからそんなに謝らなくても……」
「………」
「あの、私は大丈夫ですから……」
「許してくれるんか?」
「え、あ、はい」
 そう葵が言った瞬間今まで下げられていた来夢の顔が跳ねるように上がる。
「ほんまか?」
「は、はい」
「ほな、助かったわ。おおきに」
 そう一言言うと来夢は葵に背を向けた。そしてその場を去ろうして、不意に振
り返る。
「……おもろかったで」
「?」
「おもろかったで、試合。また、やろな」
「はい。次は負けませんから」
「おう、いつでも来いや」
 葵の言葉に来夢が笑う。
「何が、「いつでも来いや」よ。負けたのはあなたの方でしょ」
「ゲッ、綾香」
「大丈夫? そろそろ次の試合が始まるわよ」
 来夢の言葉を無視して葵に話し掛ける綾香。一瞬訳のわからないといった顔を
していた葵だが、次の瞬間爆ぜるように立ち上がった。
「はい、いけます!」
 やや心配そうな顔をする綾香と不満そうな顔の来夢を後に葵は試合に向かっ
た。より強い相手と闘うために、一歩でも綾香に近づくために。

  ─────────────────────────────────

後書き
 ようやく完成した〜。
 今回は非常に難産でした。何せ最後のパートまでは楽に書けたのに最後の最後
で延々と二週間も悩みまくって……。来夢を謝らせて葵ちゃんがそれにどう答
えるか。単純な事なのに「あーでもない」「こーでもない」と筆が進まずに(笑)
 最後に今回出演、及び添削をしてくださったYOSSYさん。それに他に出演
された格闘部の方々、ありがとうございました。
(しかしタイトルがきまらねぇ……(笑))