Lメモ・今回は何だろね番外編「雪の降る中で」 前編 投稿者:西山英志
 ……ふうっ。
 静かに吐息を付く。
 久しぶりの学園だ。
 指で肩まである三つ編みを玩びながら、西山英志は校門を見つめた。
 一ヶ月程度だった筈なのに、随分と長い間来ていなかった様な錯覚を感じる。
 学園長である、柏木賢治からの野暮用で英志は北のある都市に行っていた、のである。
 校門をくぐろうとした英志の頬を、冷たい風が吹き抜けた。
 今は、四月。
 本来なら校門の桜も満開となり、その花弁を春風が踊らせている筈だ。
 しかし校門の桜はまだ五分咲きで、風はまだ冬の装いを感じさせていた。
「………んっ?」
 不意に、空を見上げる。
 見上げた澄み渡った青空に、白いモノが視界に映った。
「――雪、か」
 当たり前の様に、呟く。
 四月の雪、の中で。
 小さく、儚い雪だ。地面に着く前に溶けてしまう程の。
 ふと。
 一ヶ月間程過ごした、北の街を思い出す。
 その街も雪が降っていた。
 全てを白く覆い尽くそうとする、雪。
 そこであの子と出会った。
 出会いといっても、ほんの少し言葉を交わした、だけ。
「……元気、かな……?」
 そう言った口元に、苦笑が浮かぶ。
 ――その時。
 校門の前に人影が現れた。その姿を見て、英志が口を開く。
「………あっ」


 ――雪が降っていた。

 ――思い出の中を、真っ白な結晶が埋め尽くしていた。

 ――一ヶ月ぶりに訪れた白く霞む街で、

 ――今も降り続ける雪の中で、

 ――俺はひとりの………、

「HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA! 久しぶりネ、英志クーン!!」
「アフロオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッ!?!」

 ――『アフロ』と出会った。(をい)


 突然だが、改題。
   〜Lメモ・今回はVSアフロだ番外編「雪の降る中で」〜


「さーて、一体何が起こったのか、きっちりばっちりしっかりはっきりと聞かせてもらい
ましょーか」
 学園の第二保健室。
 英志は目の前で、曖昧な笑みを浮かべている学園の倫理教師――緒方英二と向かい合っ
ていた。
「さて、何のことかね?」
「しらばっくれないで下さい。アレですよ、ア・レ」
 そう言って、窓の外を指差す。その指が示す方向には……、

「Hi! ソレじゃあ、次の曲聞いテねぇ〜♪」
 何だかとってもハイテンションで、アフロのカツラをかぶった緒方理奈が校庭で熱唱し
ていた。
 じゃんじゃかじゃん、じゃんじゃかじゃん、じゃんじゃかじゃかじゃか(<前奏)
「北へ〜、行こう、ランラララン♪ 北へ〜、行こう、ランララン〜♪
        春も夏も秋も冬もね〜、夢踊る北へ、スキップ〜♪(スキップ〜♪)」
 しかも曲は(別の意味での)名曲『北へ。』である。
 ちなみにバックではアフロ同盟が今は懐かしきスクールメイツの格好で踊っていた。
 ………少し想像しずらい光景である。

 しばらくその光景を見ていた、英二と英志は再び顔を見合わせる。
「………で、どーしてああなったのか、説明してくれますか?」
「うむ、話せば長くなるが………アレは理奈が幼稚園にあがった頃……」
「手短に話していただけると、この首に掛かった手が首の骨を折らずにすむんですけど」
「理奈がアフロ同盟の顧問になったんだ」
 あっさり、と英二が言う。
 そんな英二を見て、英志は数秒ポカンと見つめて。
「なんで止めなかったんですかああああああっっ! あんた兄貴でしょうがああああああ
ああああああああああ!!」    
 胸倉を掴んで絶叫する。
「いや、理奈も結構楽しんでいるみたいだし」
「あんな理奈さんの姿を見て、何か感じないんですか! 兄としてっ!」
 英志に言われて、英二は再び窓の向こうの妹の姿を見つめる。いつの間にか曲は『今が
その時だ』になっていた。しかも水木一郎バリのコブシが利いた声で。
「……………………」
「……………………」
 きっかり三分、妹を見つめた英二は、
「……………可愛いじゃないか」
 そう言って、ポッと頬を紅く染めちゃったりなんかする。
「うがああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
 ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン!!
 そんなバカ兄貴に英志は壁に向かって、自分の頭を何度も打ち付けるのだった。
 どーでも、いいことだが。
 『英志』と『英二』って並べると混乱するよね。(え? 俺だけ?)

(しばらくお待ちください)

「まあ、ともかく」
 保健室の厚さ五十ミリの完全防音のコンクリート壁にヒビが入るまで頭を打ち付けてい
た英志は再び英二と向き合う。
「結構頑丈なんだな、君は」
「ほっといて下さい。とりあえず理奈さんとは知らない仲ではありませんので、私も理奈
さんを元に戻す事に協力しますから……」
「あのままでも、良いと思うけどなあ……」
「あんたは良くても、こっちが困るんだああああああああ!! 一応俺と理奈さんとのシ
リアスLメモとかも考えていたのに、もしもこのままあのアフロ頭でいたら、シリアスが
台無しになってしまうでしょうがあああああああ!!」
 本音はソレかい。
「つーわけ、で」
 すちゃ、と再び真顔に戻る英志。
「あの異様なハイテンションはあのアフロカツラにあると思うんです」
「ふむ」
「だから、あのアフロカツラを外せば元の理奈さんに戻ると俺は考えます」
「ふむ」
「と、いうわけで理奈さんの頭からアフロを外す作戦ですが」
「ふむ」
「………………」
「ふむ」
「……むかしむかし、あるところに」
「ふむ」
「お〜が〜た〜、せ〜んせ〜」
 ギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリ。
「……分かった。真面目に聞くから、この体中の骨が悲鳴をあげているコブラツイストを
外してくれないかな」
 こんな時にもシニカルな笑みを忘れない男、緒方英二であった。


「と、いう訳で理奈さんのアフロヅラ(命名・西山)を外す作戦にはいるのですが……」
「……おい」
「まあ、色々考えた結果、素早く後ろに回り込んでアフロヅラを剥がす作戦が最良という
結論に達したので」
「……おい、西山」
「早速用意いたしましたっ! 今回の生贄(サクリファイス)! 親馬鹿抜刀剣士・きた
みちもどるさんでーす!!」
「人の話を聞けええええええええええええええええ!!」
 きたみち、慟哭。
 なんか久しぶりだ、このノリ。
「それになんだっ! この体中に巻かれた思いっきり頑丈なワイヤーはっ!!」
「うん、逃走防止用」
「うっがあああああああああああああああああああ!!」
 じたばたじたばたじたばたじたばた。
「まぁ、きたみちさんと理奈さんは幼なじみなんでしょ? やっぱ、幼なじみの危機には
格好良く助けてあげないと。ついでに好感度ポイントも上昇。らぶらぶグッドエンディン
グまで後一歩でっせ、ダンナ」
「いらんわっっ! お前がやればいいだろうが!」
「いや、エルクゥの血を引く者達の中で一番最速なのは、あんただし」
「柏木楓はどーした!!」
「楓に、んな危険なことをさせられますかい」
 びしりっ!、と言い切る漢・西山英志。
「俺だって、願い下げだっ! こんな危険なことっ!!」
「まあまあ、きたみち先輩。………上手くいったら先輩が主役で『らぶらぶ』なSSを書
いてあげますから」
 …………ひくっ。
 きたみちの顔が、ひきつる。
「……ほっ、本当か?」
「嘘は言いません。靜ちゃんとの甘ーい『らぶらぶ』ものなんかいかがです?」
 …それは犯罪だと思うぞ、いやマジで。
「よぉーしっ! 分かったぁ!! 幼なじみの危機だっ、ここは俺に任せろっ!」
 どっぱーんっ、と荒波厳しい津軽海峡を背に今、親馬鹿抜刀剣士が立ち上がるっ!
 がんばれっ! きたみち! 靜との愛の生活の為に!!
 ………いや、絶対失敗するとは思うけどね。

 きたみちは緒方理奈の後方、約三十メートルまで来ていた。
 飛天御剣流の俊足をもってすれば、二秒も掛からない距離だ。
 ぐっ、と腰に力を溜める。
 理奈は相変わらず、きたみちに背を向けたまま、唄っていた。
 ちなみに今の曲は『ターン・A・ターン』である。
 本当にどーでもいいことだが。
 身体が前のめりに倒れる。――静かに風が巻き上がる。
「おっ、そろそろ御剣流の神速が見られるみたいですね」
「うーん、やっぱりあの理奈も可愛いと思うがなぁ……」
 きたみちより少し後方の茂みの中で、英志と英二は匍匐前進のポーズで見ていた。
 その時。
「HAHAHAHAHA! どーしたんデスか!?」
 声が、聞こえた。
「………………………」
「………………………」
 ギギギギギギ、と錆び付いた様な音をたてながら、英志と英二は振り向く。
 その目の前には見事なまでのアフロがあった。
 アフロ、だ。
 前から見ても、アフロだ。
 横から見ても、アフロだ。
 昨日も、アフロだ。
 明日も、アフロだろう。……いや、なんとなく。
 ただのアフロなら、いつも見慣れていた。
 でも今日のアフロは。
「…………なんで、そんなトコにいるんだ?」
 英志が問う。
 そのアフロは地面から生えていたのだ。山中の茸のように。
 さしずめ、アフロ茸とでも言おうか。そのアフロ茸――Tasは首から上だけを地面に
にょっきり、と出していたのだ。
「OH! 良く聞いてくれマシタ。実は三日前に何者かがワタシをこんな姿にしてくれマ
シテ……最初は楽しかったんですケド、そろそろ飽きてきマシタ」
 ……三日間も埋まっていたんかい。
「デ、そろそろ出たいんですケド、腕も足も埋まっているので身動きとれなかったんデス
ヨ。チョット助けてくれませんカ?」
「……ちょっと待て」
 英志が言葉を、遮る。
「じゃあ………あそこにいるのは………誰だ?」
 英二が理奈の方向に視線を向ける。
 そこにも、『Tas』がいた。

 ドンッッ!!

 土煙が巻き上がる。
 きたみちが、疾った。
 瞬く間に、理奈の背が視界に迫ってくる。
「理奈姉、ごめんっ!!」
 そう言って、きたみちの手が理奈のアフロヅラに伸びた。
 ――刹那、
「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァッッッ!!!」
 理奈のアフロが、変形した。
 黒い髪の毛が、黒い蛇へと。
「なにいっ!?」
 瞬間の判断で、きたみちの身体が横に跳ぶ。
 転がりながら、きたみちは見た。
 理奈の頭はアフロではなく、無数の蛇になっていた。

 ――伝説の魔物、メデューサの如く。

「………なっ!? 『アイツ』はっ!!」
「理奈ああああああああああっっ!!」
 英志と英二が同時に叫んだ。
 その声に、理奈は振り向く。
 しかしその瞳には、生命の光が宿っていなかった。
 そして、理奈の横には髪を振り乱したTas――の偽者が立っている。
「くっ、くははははははははははははははははははははははははは!!」
 偽Tasの哄笑が響いた。


 ――今から、一ヶ月前。
 英志は学園長の柏木賢治に、呼び出されていた。
 また、校舎を破壊したことへの小言でも聞かされるのか、と思っていた英志を待ってい
たのは意外な内容の話だった。
「『メデューサの首』、ですか?」
「ああ、二日前学園の博物庫から『ソレ』が消えた。――メデューサの伝説は知っている
かな?」
「一通りは。……確かギリシャ神話の魔物でしたよね」
「ああ」
「しかし……一体何者がそんなモノを盗んだのか……」
「……盗まれてはいない」
「…………? どう云うことです?」
「『首』が博物庫の結界を越えて、『脱走』したんだ」
 ……ごくり。
 賢治の言葉を聞いて、英志の喉が静かに鳴った。
「大体の人間は勘違いしているが……、メデューサはあの蛇の『髪』が本体だ。
 高度な知識を持った寄生生命体なのだよ。宿主の脳下垂体を乗っ取り、卵を産み付けて
自分達の種族を増やしていくんだ」
「それで………乗っ取られた人間はどうなるんです?」
 英志の問いに、賢治は暫く目を閉じて考え込むようにして口を開く。
「身体中のあらゆる成分を吸い取られ、替わりに幼生が成熟するまでの間の『殻』の役目
として身体を造り変えられる……つまり『石』になるって事だ」
 二人の間に重い沈黙が、降りる。
「で、俺にどうしろと言うんです?」
 賢治は肘をついていたマホガニーの机の引き出しから、新聞を机上に放り出す。
 学園より、北の方にある地方都市の新聞だ。
 その一面の見出しには、
『謎の失踪事件被害者続出・現場には蛇の屍体』
 と、余り質の良くないインクで書いてあった。
「逃げ出した『メデューサの首』は三体。……内一体は捕獲したが、残り二体は残念なが
ら行方不明だ」
 トントン、と少し節くれ立った指が新聞を叩く。その音が賢治の焦りを感じさせるよう
に徐々に早くなって――不意に、ピタリと止まる。
「……勝手な頼みだが、行ってくれるか?」
 賢治の言葉に英志はゆるり、と顎を引く。その視線は、賢治の後ろの窓に拡がるまだ春
の到来を告げていない北の空を見つめていた。
 そして英志は向かっていったのだ。
 空の向こうの――北へ。


「……で、何とかもう一体は発見して、『処理』したんだが、もう一体の行方がどうして
も分からなかったんだ」
 長く伸びた蛇の蔦が、英志の頬を掠める。
「なるほど、な。……まさか、学園の中に潜伏していたとは」
 英二は腰から素早く護身用の短剣を抜くと、
「……『灯台下暗し』とはよく言ったモノだ」
 自分に疾ってきた蛇を、両断した。
 しかし、切断した断面から再び蛇の頭が、蘇生してくる。
「ちっ、コイツら幾ら斬っても、次々再生しやがる!」
 舌打ちしながら、きたみちの身体が宙を舞い。
「龍槌閃!!!」
 轟音と共に、十数体の蛇の頭を叩きつぶす。
 しかし、それらの殲滅戦も焼け石に水、であった。
 きたみちはその蛇蔦の根元にいる人影を見つめる。
 緒方理奈、がいた。
「……理奈姉」
 幼なじみの苦悶の呟きに、理奈は反応しない。
 ただ、虚ろな視線を向けるのみ。
 再び、風を斬る音。
 蛇達は螺旋の軌道を描き、肉迫する。
 英二は冷静にその動きを見て、捌く。
 きたみちは逆刃刀で弾いて、軌道を逸らす。
 英志は手刀で、叩き落とした。
「……弱点は?」
 英二が囁くように訊く。その声音は恐ろしい程、冷たい。
「あの髪の斜め後ろに『核』がある。ソレを潰せれば………」
 苦々しく、言葉を吐く英志。
「ならば、俺がっっ!!」
「……っ! 待てっ!!」
 きたみちが、疾る。英志の制止の声も聞かずに。
 その鼻先に蛇が顎を開くが、それを僅かに横にずらして、躱わす。
 ――しかし、
「がぁっっ!!」
 呻き。
 躱わした蛇蔦が反転して、きたみちの背中を叩く。
(なんて、速度だ!? この俺が反応出来なかった!)
 きたみちは瞬時に、後方へ跳ぶ。
「………『アレ』の速度は半端じゃない。しかも、『核』の場所は脳幹の近くだ。下手す
ればミイラ取りがミイラになる」
「ぐっ………、うる…さいっ!」
 血の混じった唾を地面に吐いて、英志を睨み付ける。
 しゅる、
 しゅる、
 しゅる…………。
 蛇蔦――『メデューサ』達の呼吸音と紅い舌が、チロチロと蠢く。
(……場合によっては)
 緒方英二の顔が、険しくなる。
(殺すことも………やむを得ない……のか)
 奥歯を噛み締める。
 目を細める。その顔はいつもの茫洋とした倫理教師・緒方英二ではなく、かつての『塔』
の構成員・監察官――『死を呼ぶ者』としての顔になっていた。
 その時――、
「…………いや」
 英志の声が、聞こえた。
「まだ……手は……ある」
 静かな――だが、確信に満ちた――呟きが。