ぱちん、 と、篝火の薪が一際大きく爆ぜる音が、夜気に溶けた。 それが合図かの様に楓の瞳が、すっ、と開く。 右手に握られた扇が開き。 立ち上がる。 ‥‥‥一度契りて、憂い百夜に生じ‥‥‥ ‥‥‥一度別れてよりは、涙千夜にわたる‥‥‥ 狩衣姿の西山の唇から、朗々と唄声が響き渡る。 その唄声に応じるかの様に楓の躰が、するり、と舞う。 『神楽』。 神々に奉じる舞の事である。 その舞には、神聖なる力が宿ると言われている。 その力を以て、『結界』の補強を行うのだ。 ‥‥‥松の木の間を漏る月の、静けなるかや‥‥‥ ‥‥‥杉の幹の間を疾る風の、静けなるかや‥‥‥ 夜気の中に、白拍子の楓の白い手が持ち上がり。 軽やかに翻った。 ‥‥‥花を踏みて、惜しみ逝くは秋の夕べ‥‥‥ ‥‥‥香は漂ひ幻夜の、一夜の夢の如し‥‥‥ 美しい舞、であった。 静かに響く唄声と共に、月が生み出した幻の如き白拍子が、艶やかに舞う。 「‥‥‥‥おう」 誰が漏らしたのか、感嘆の声があがる。 そして、舞台の遙か向こうの昏い宵闇の向こうからも。 ‥‥‥おう。 ‥‥‥おう。 ‥‥‥おおう。 地から沸き出すくぐもった声が、響く。 「来たぞ‥‥‥」 静かに、賢治が言い放つ。 ハイドラントを始めとする『革命的楓解放戦線』の面々にも緊張が疾る。 宵闇の中から、光が点る。 ひとつ。 ふたつ、みっつ。 よっつ、いつつ‥‥‥。 無数の光点が現れる。 その全てが、血の色をした瞳であった。 「‥‥‥‥『神楽』に引き寄せられてきた、妖物達か‥‥」 佐藤が、すらり、と鞘から愛刀『運命』を抜き放つ。 「‥‥‥一体、何処からこんなに現れてきたのよ‥‥‥」 貴姫は幻力で、ビームモップを出現させて構える。 「‥‥‥『鬼門』はすなわち、この世と別の世界の境界線みたいなものですからね」 倭刀を、ぶんっ、と一振りしてディアルトは体内に力を溜め込む。 「これだけの妖物が、結界を越えてくるなんて‥‥‥ゾッとしませんね」 冬月が周囲に『風』を呼び寄せる。 「結城くん‥‥‥‥君は下がって、楓さんと西山の護衛を」 セリスが燐光の輝く、拳を構えた。 「わっ、わかりました‥‥」 結城光が、慌てて後ろに下がる。 「‥‥‥‥しかし、コレは骨が折れそうだな」 苦笑気味に笑うOLHの周囲に目に見えない黒い炎が、巻き上がる。 「‥‥‥‥『神楽』が終わるまで‥‥‥二十分、か」 Yinが溜息と共に、守護天使を召喚する。 「‥‥‥‥その間、守り抜けば俺達の、勝ちだ」 XY−MENが指を、ぼきぼき、と鳴らしながら笑みを浮かべる。 膨大な魔術の構成を編み上げたハイドラントが、賢治に視線を向ける。 賢治も既に、自分の周囲にハイドラントとは比べものにならない、巨大な魔術の構成を 完成させていた。 ‥‥‥尋ねゆく、幻もがな伝にても‥‥‥ ‥‥‥語りゆく、現(うつつ)もがな伝にても‥‥‥ 舞台では、まだ舞は続いていた。 白拍子の楓が、舞い。 狩衣の西山が、唄っていた。 舞台の上だけがまるで別世界の様を呈している。 地獄の中にある、極楽浄土みたいに。 ‥‥‥夢かとよ、闇の現の空虚船(うつほふね)‥‥‥ ‥‥‥天地(あめつち)も、夢も現も幻も‥‥‥ 「‥‥‥‥ゆくぞ」 賢治の声に、全員が頷く。 ‥‥‥ともに無情の華ならん‥‥‥ ‥‥‥ともに無情の華ならん‥‥‥ そして。 死闘が始まった。 ‥‥‥見ゆるはたんだ、漆の如き闇‥‥‥ 「うおおおおおおおおおおっっ!!」 XY−MENの拳が、妖物達の躰に穴を穿ち、 「SS不敗流・麒麟っっ!!」 セリスの技が、それを塵に還る。 ‥‥‥花散らす風の間に間にかよひ来る、誰が弾く琵琶の音よ‥‥‥ 「せいっっ!!」 貴姫がビームモップで妖物を両断する。 「真摩鎌刃っっ!!」 その後ろで、冬月が風の刃で数個の首を宙に飛ばす。 ‥‥‥月の面影の琴の音の、心ひかるる調べよ‥‥‥ 「はああああああぁぁぁっっ!!」 『運命』を握った佐藤の腕が振り下ろされ、衝撃波が迸る。 「弧月っっ!!」 ディアルトの蹴りと倭刀が、激しく舞う。 ‥‥‥なおいやましの思い出草、葉末に結ぶ白露の‥‥‥ 「ダーク・フレアァァァッッ!!」 OLHの放つ見えない闇の炎が、妖物の精神を一瞬で焼き尽くす。 「わわわわわっ、くっ、来るなぁぁぁっっ!!」 周囲を走り回りながら、結城は確実に敵を倒していく。 ‥‥‥ただ徒(いたずら)に消え濡れば、韻々として響きたり‥‥‥ 「天使達よっ、彼らを護れっっ!!」 Yinの召喚した、守護天使達が妖物達の攻撃をことごとく、逸らす。 「プアヌークの邪剣よおおぉぉぉっっ!!」 ハイドラントの放つ光熱波が、目の前の敵を蒸発させる。 ‥‥‥我が身に残る焔(ほむら)、あおぎたてるその扇子‥‥‥ ‥‥‥身を苦しむ悲しさよ、何処へゆかん‥‥‥ そして。 「天鬼よおぉぉっっっ!!」 賢治の周囲の空間が歪み、数百匹の妖物を巻き込んで‥‥‥ ‥‥‥輪廻の糸を繰りかへし、輪廻の糸を繰りかへし‥‥‥ ‥‥‥あさまし人界の生をうけし、往く途(みち)は‥‥‥ 爆砕した。 ‥‥‥鬼のみちゆきと、人は云うなり‥‥‥ ‥‥‥鬼のみちゆきと、人は云うなり‥‥‥ 死闘が、終わり。 舞いが、終わった。 死闘から数時間後。 不敗流の庵に三人の人影が、あった。 柏木賢治。 西山英志。 ハイドラント。 三人が、濡れ縁に思い思いの格好で座っている。 それぞれの掌の中には、白い杯があった。 濡れ縁の床には、酒の入った素焼きの瓶子と小ぶりに太った鮎の塩焼きがある。 楓が去りゆく際に、用意してくれたものだ。 庵には今、三人しかいない。 こくり、 賢治が杯を傾けて、酒を喉を鳴らして流し込む。 すっ、 音もたてずに、西山も杯を傾けて飲む。 「良い酒、だな‥‥‥」 と、賢治が言うと。 「ええ」 西山が応えて瓶子を取り上げ、賢治の杯に酒を満たす。 鮎の塩焼きを箸で器用に、解しながらハイドラントはそんな二人のやりとりを見ていた。 ハイドラントは賢治に聞きたいことがあった。 色々と。山程訊きたい事があった。 この学園の事。 爪の塔での事。 結界の事。 ‥‥‥‥‥‥でも、訊くことが出来なかった。 ただ、静かに杯を傾けるだけであった。 結局は。 今回のこの事件も、自分は師に踊らされていただけに過ぎないのだ。 ‥‥‥‥いつかは。 ハイドラントは考える。 いつかは、この師を越える日が来るのであろうか? 今のハイドラントには、その答えはまだ導き出せないでいた。 暫くして。 「‥‥‥‥‥ではな」 そう言って賢治はゆるりと立ち上がって、静かにその身を月光に晒しながら歩き出す。 声をかける隙がないぐらい、自然な動きであった。 歩き去っていく賢治の姿を西山とハイドラントは、ただ見つめているだけであった。 その姿が見えなくなって。 「‥‥‥‥おい」 「‥‥‥うん?」 ハイドラントの声に西山が応える。 だが、ハイドラントは何も言えなかった。 「‥‥‥‥‥‥」 「‥‥‥‥‥‥」 暫しの沈黙の後。 ハイドラントは掌の中の酒を飲み干した。 そして、西山はその空の杯に黙って酒を注いでやる。 再び、沈黙の後。 「‥‥‥‥良い舞、だったな」 と、ボソリと呟いた。 「‥‥‥‥ああ、良い舞だったな」 西山も応えて、杯を干す。 「‥‥‥‥‥‥ハイドラント」 「‥‥‥‥何だ?」 「お前は、‥‥‥‥良い漢だな」 視線を上空の下弦の月に移しながら、西山もボソリと呟く。 「‥‥‥‥良い漢、か」 「ああ、良い漢だ」 「ふふん」 「ふふん」 二人の口元には、何とも云えない笑みが浮かんでいた。 その笑みを月は煌々と輝く光で照らし、蒼く輝く地面に影を落としていた。 さらさら、と庭のススキが小さく揺れる秋の夜の出来事である。 <了> あとがき〜又の名を戯れ言。 うーん。 なんでこんな話になったのかなぁ(苦笑) と、いう訳で今回は私西山英志とハイドさん率いる『革命的楓解放戦線』のお話でした。 当初は『楓解放戦線』を交えたドタバタモノの心算だったんですがねぇ‥‥‥(汗) どこをどうやったら、こんなのになるんだ? うーむ、解らん(核爆) まぁ、一番の原因は秋の新番組「ガサ○キ」だったりします。(笑)お陰で、能楽や狂言 の資料とかを買い漁っております。(苦笑)しかし私はLメモではシリアスは全然駄目で すね。当初はセリスさんかジンさんみたいな感じでやりたかったのになぁ‥‥‥。 ま、今回は完全に自己満足の作品であると(<をい) 出演していただいた『革命的楓解放戦線』の皆さん、どうもスミマセンでした。(ぺこり) 特にハイドラントさんには‥‥‥‥(汗) レスです。 風見くんへ 「Lファンタジア」‥‥‥‥もう、感無量ですよ。ホンマに(嬉) 楓と一緒ならば、どんな非道い役柄でも良かったのに、こんなに良い役にして貰って‥‥ ‥ううっ‥‥‥どうもありがとうっっ!! XY−MENさんへ Lメモ参加おめでとうございます。私としてもやっとライバルが出てきたので、一寸嬉し かったりします(笑)面白い作品を期待していますよ。 ハイドラントさんへ ついに二世キャラ出現か‥‥‥(汗)でしたら、「英秋」とか「みなた」とか「ほのか」 とか「夏穂」とかを出したLメモ二世編でも書いてみようか、自分。(こらこら・笑) それでは、この辺で‥‥‥‥。