Lメモ今回はシリアス番外編「鬼のみちゆき」前編 投稿者:西山英志
 時は既に秋に差し掛かり、紅葉が静かな美しさを醸し出していた。
 試立Leaf学園。
 そのほぼ中央に位置する、学園図書館で西山英志は柏木楓と話していた。
「‥‥‥‥‥それじゃあ、今夜」
「‥‥‥‥‥はい」
 そう言って、柏木楓は両手に数冊の本を抱えながら、玄関へと向かう。
 楓の後ろ姿を見届けると、西山は図書館内の書庫整理に使う脚立に腰掛けて近くの窓に
物憂げな視線を移す。窓の外は、秋晴れの空に落ち葉が舞い散っていた。
 ただ静かに、涼しげな秋風の落ち葉の舞踊を見つめながら、西山は。
「‥‥‥‥‥そうか、‥‥‥もう、そんな時期なんだな‥‥‥」
 と、聞こえない位の小さな声で、呟いた。

「なにいいいいっっ!! 今夜、西山英志と柏木楓がデートだとおおおおっっ!!」
 高等部の校舎の一角で、ハイドラントの絶叫が響いた。
「はい‥‥‥先程図書館で、二人の会話を聞いたんですが‥‥‥」
 と言う結城光の報告を聞きながら、ハイドラントはその肩を、わなわな、と震わせる。
「くそっ、我々『革命的楓解放戦線』を差し置いて、よくもそんな事を‥‥‥‥諸君!!」
 そう言ってハイドラントが後ろを振り向くと、其処にはハイドラントによって集められ
た『革命的楓解放戦線』のメンバー達が揃っていた。
 それらの全てのメンバーは旧ドイツ軍を思わせる様なデザインの『革命的楓解放戦線』
の制服ををその身に包んでいる。
「我々を無視して、西山はまたも懲りずに柏木楓の独占をしようとしているっっ!! こ
んな暴挙が許されて良いのかっ!? いや、許される筈が無いのだっっ!!」
「確かにそうだっっ! 楓さんの気持ちも知らないで西山の奴〜っっ!!」
 ハイドラントの演説に応えるかの様に、XY−MENが拳を振り上げる。
 XY−MEN程では無いが、他のメンバーも同意見らしく、ひたすら頷く。
「諸君っっ!!」
 ばさっ、と制服の上から纏った黒い外套をハイドラントがはためかせる。
「『革命的楓解放戦線』の名にかけて、今夜の二人の逢瀬を絶対妨害するぞっっ!!」
「「「「「おおおおおーーーっっ!!」」」」」
 そんな掛け声が、天高く馬肥ゆる秋の空に、響き渡っていった。

 その夜。
 静かに輝く月の下。
 秋の宵闇の中を、西山は静かに歩いていた。
 その歩みは驚くほど静かである。
 足下に落ちた枯葉を踏む音すら、しない。
 学園の校内を抜けて、木々の林を抜ける。
 肩には小さな包みを抱えている。
 その足は学園の北東へ向かっていた。
 其処には、西山のSS不敗流の庵がある。
 りーい、
 りーい、
 秋の虫達の声。規則正しく聞こえるその声に西山は耳を傾ける。
 ふと。
 虫の音が、止まる。
 西山の歩みも、止まる。
 ひいやり、と夜気が冷たかった。
 周囲に人の気配が、あった。
 三人。
 いや、四人だろう。
「出てこいよ」
 ぼそり、と呟く様に西山は言葉を吐く。
 その声が合図の如く、四つの人影が現れる。
 前に三人。
 後ろに一人。
 良く見知った顔であった。
 目の前にいるのは、佐藤昌斗。
 ディアルト。
 XY−MEN。
 後ろには、ハイドラントがいた。
 『革命的楓解放戦線』のメンバーである。
 佐藤とディアルトの掌にはしら、と輝く刀が握られていた。
 XY−MENは無手。
 ハイドラントも無手であるが、その周囲に魔術の構成が編み上げられていた。
「‥‥‥‥‥ふふん」
 その様子を見ながら、西山は口元に穏やかな笑み、を浮かべる。
 皮肉めいた笑み、ではない。
 悪戯好きな子供にどうしようもない愛情を注ぐような笑み、であった。
 しゅっ、
 二つの影が同時に、疾った。
 先に動いたのは、佐藤の方だった。
 きゅんっっ、
 風を薙ぐ音が、鼓膜を震わせる。
 左切り上げの銀色の軌道。
 数ミリの『見切り』で、西山は剣風を受け流す。
 その時。
 ぞわっっ、
 首筋の毛が総毛立つのを、感じて西山は上空へ蜻蛉返りに跳ぶ。
 そして、数瞬前に西山の姿が在ったところに、横薙ぎの剣風が襲った。
 ディアルトの攻撃で、あった。
 重力の法則に従って落下する体勢を整え、西山は両手をついて着地する。
 更に追い打ちをかけて、もう一つの影が後ろに回り込む。
 XY−MEN左手の正拳が、襲いかかる。
 素早く前転をして、西山はその攻撃から逃れる。
 どずんっっ、
 XY−MENの正拳が地面を叩き、数センチ陥没する。
 そして。
「プアヌークの邪剣よっっ!!」
 ハイドラントの光熱波が放たれる。
 じゃっ、
 と、光熱波は西山の躰をかすめ、隣にあった岩を蒸発させた。
 見事な連係攻撃に、西山は感嘆の吐息を唇に漏らす。
 その時。
 西山の右腕に灼熱感が、疾る。
 佐藤の刀が、西山の左腕を捕らえたのだ。
「くっ!」
 横向きに跳びながら、血が流れ出る左腕を押さえては転がる。
 しかし、次の瞬間西山の躰は後ろに飛ばされていた。
 ディアルトの膝蹴りが腹部に叩き込まれ、吹き飛ばされたのだ。
 めきり、と肋骨が折れる音がする。
「がぁっっ、」
 苦悶の呻きを漏らして、躰をくの字にして倒れた。
 攻撃は止まらない。
 一瞬の隙をついて、XY−MENが西山の懐へ踏み込んで。
 掌底。
 肘打ち。
 再び、掌底。
 三発の攻撃を、打ち込む。
 骨の軋む音が、西山の内部から聞こえ。
「ごふっっ、」
 白い歯と共に、口から血泡が吐き出される。
 数メートル弾き飛ばされ、不様にも西山は地面に顔を打ち付けた。
「プアヌークの邪剣よぉぉっっ!!」
 更に追い打ちをかけて、ハイドラントの光熱波が再び放たれる。
 ぴくり、とも動かない西山へ向けて、遠慮のない魔術が襲いかかった。
 だが。
「鬼鎧よっっ!!」
 ハイドラントとは別の方向から、魔術を放つ声が響く。
 その声と共に地面に倒れている西山の周囲に、光の壁が出現してハイドラントの光熱波
を容易く、弾く。
「‥‥‥‥なにっ?!」
「そこまでだ、ハイドラント‥‥‥いや、ミラン・トラム‥‥‥」
 黄昏の闇の中から、一人の男が制止の言葉と共に現れた。
 中年に差し掛かった様な風貌を持つ男、であった。
 その躰には漆黒の外套を纏い、その眼光は初めて出会った頃から衰えの無い鋭さを湛え
ていた。
「‥‥‥‥‥‥‥先生」
 ハイドラントの声が心無しか、震えている。
 目前の男をその瞳に、映して。
 かつては『爪の塔』で最強の力を持つ男として、畏怖された存在。
 そして、ハイドラント、Rune、久々野彰、柏木梓、来栖川綾香等の教師であった者。
 柏木賢治。
 その男が、静かに立っていた。

 篝火が闇夜に舞っていた。
 ぱちぱち、と薪が爆ぜる音がする。
 上空を見上げれば、澄んだ秋空が星々の輝きを映し出していた。
 魂すら、澄み渡るような夜であった。
 北東にあるSS不敗流の庵の、更に奥深く。
 篝火を四方に設置して、巨大な檜の舞台が其処にあった。
 舞台はかなり歳経ているのか、床の板は黒壇色を放っている。
 そして、何よりも目を引くのはその舞台の中心に聳えている巨樹、であった。
 舞台の床の地面から生えている巨樹には、葉も花もついていない。
 ただ、荘厳に檜の舞台の紅い篝火にその姿を映していた。
 その舞台には、二人の影があった。
 西山英志。
 柏木楓。
 互いにいつもの姿とは、違う。
 西山は狩衣姿であった。
 藍色に染め上げた狩衣を着ている西山の顔には先刻のハイドラントの闘いによって負っ
た傷は柏木賢治の治癒魔術によって、微塵も残っていなかった。その瞳はただ静かに、舞
台の中央に座る、柏木楓を見つめていた。
 柏木楓は白拍子の姿をしていた。
 白い水干姿に黒い烏帽子をつけている。
 その瞳は静かに伏せられており、何かの合図を待っているかの様に見える。
 狩衣姿の西山と白拍子姿の楓は、静かに舞台の上で正座をしていた。
 そして。
 その舞台の周囲を取り囲む様に、数人の人影が立っていた。
 ハイドラント。
 XY−MEN。
 セリス。
 貴姫。
 佐藤昌斗。
 ディアルト。
 OLH。
 結城光。
 冬月俊範。
 Yin。
 『革命的楓解放戦線』のメンバー達である。
 その中に、柏木賢治の姿もあった。

「‥‥‥‥‥結界、ですって?」
「そうだ」
 ハイドラントの言葉に、柏木賢治が応える。
 一時間前。
 SS不敗流の庵の奥深くにある、檜舞台の前で西山と楓、ハイドラントを始めとする『革
命的楓解放戦線』のメンバーは、賢治の話を聞いていた。
「このLeaf学園はあらゆる外的要因から護る為に、何重もの結界が張ってある。来栖
川の西洋魔術の粋を凝らした六星結界。そして鶴来屋が張り巡らせた陰陽結界‥‥‥、他
にも色々とある‥‥‥」
 賢治はそこで言葉を句切って、ハイドラント達を見る。
「だが、どんなに強固な結界でも、必ず弱点というのがある‥‥‥‥それが、ここ」
 とん、
 賢治の革靴の爪先が、足下の地面を叩く。
「学園の北東‥‥‥‥『鬼門』と呼ばれる処だ」
「‥‥‥‥‥そして、年に一度この『鬼門』の結界が一番弱くなるのが今夜、って訳さ」
 賢治の言葉に続けるように、西山が話す。
「毎年、この時期になると妖物達の動きが活性化するんだ」
「それで君達の力を少し見極めさせるために、英志の相手をして貰った訳なんだが‥‥‥」
 その賢治の言葉を、遮る様に、
「‥‥‥我々に何をしろと言うんですか? 先生」
 ハイドラントが呟く。
 かつての師を見つめて。
 賢治はその視線を、涼やかに受け流すと、
「今夜、結界を補強する『神楽』を執り行う‥‥‥‥‥」
 静かに、吐息と言葉を紡ぐ。
「‥‥‥‥『神楽』の護衛を、頼みたい」
 と、言った。