道場で、綾香とYOSSYFLAMEは、向かい合っていた。他には誰もいない。いや、だか らこそ、綾香は、この日この時を選んだ。 YOSSYFLAMEには、手加減しないよう、念押ししてある。 共に、互いの間合いへと、じりじりと足を進めていく。「風撃」を持つYOSSYFLAMEの 方が先に動くはずだ。綾香は、男の教えを、頭の中で反芻していた。 ・・・人が肉体で動きの速さを求める場合、2種類の方法があります。一つは、踏み込 みによって地面を蹴り出して進む法、二つ目は、体から先に進む法です。相手が地 面を蹴って素早く動こうとする時、蹴りから実際の動きまでの間には、必ずタイムラグ が生じます。蹴る動きは、「連動」によって成り立つものですから、A、B、Cの順に動く 時、どれほど訓練を重ねて澱みなく動いても、AとCの間には必ず隙ができます。そ の時が、あなたの動く時です・・・ 静かに呼吸を落ち着け、待つ。完全に緊張を取り去っていなければ、相手の動きの 中にある、針さえ通さないような空隙はみつからない。心を静かに保ち、眼前の敵を 敵とせず、ただ、感じる。感覚を極限まで研ぎ澄ました時、体は頭の計算を超えて、 自然に、そして、動くべき所へ速やかに動くのだ。それこそが無比無敵。 YOSSYFLAMEからの気配が、ほんのわずか、揺らいだ。 綾香は、動いた。 「風撃」があたる直前、綾香の体がブレた。そして、消えていた。いや、視界の右をわ ずかにかすめた物があったのを、YOSSYFLAMEは、「感じた」。 余力で動こうとする足を必死で押え込み、体を四分の一回転させる。肘を上げつつ、 来たるべき一撃に備える。 だが、そこには綾香はいなかった。 そして、右側から、衝撃が襲ってきた。 弱い。 体をよろめかせつつ、YOSSYFLAMEは向き直る。 だが、その時綾香は、YOSSYFLAMEの右後方へと、動きの半分以上を終えていた。 ・・・体から先に動く場合、腰から動くのが、基本です。最も重い部分ですからね。体 の分割ができてきたら、割に簡単です。板の上にボーリングの玉が乗っているような もので、傾ければ勝手に動いてくれます。腰が動き出したら、胴体、肩、腿、重い順に 連れていってあげましょう。最も速い先端部分が、一番最後です。最終的には全部が 同時に動いてる状態になって、目的地に同じ時間に到着、合流を果たすように動くの が、理想です・・・ 綾香は、YOSSYFLAMEの右背後で「合流」を果たした。ガラ空きの肩を突く。YOSSY− −FLAMEは、またよろめいていく。先ほどより、こころなしかよろめきかたが速い。 −しまった− 体を捻じりながら倒れるYOSSYFLAMEの胴体の陰から、肘がのぞいた。と、拳が鞭 のような軌跡を描いて肘から飛び出る。 バックブローの角度は、正確に綾香の顔面に合わされていた。 −しまった− YOSSYFLAMEは焦った。苦し紛れのバックブローは、偶然ではあるが綾香の顔面を 捕らえようとしている。だが、体ごと捻じって出したその拳は、勢いがつきすぎて、止ま らない。YOSSYFLAMEは目をつむった。 目を閉じたYOSSYFLAMEは、自分の拳が空を切るのを感じた。と、床に倒れようとし ている自分の体が、柔らかいものに受け止められた。目を開けると、綾香と目が合っ た。 綾香は、YOSSYFLAMEを背後から抱きとめ、肩ごしに上からその顔を覗き込んでいた。 さっきまで綾香が立っていたはずの場所をYOSSYFLAMEは思わず見た。当然だが、 誰もいない。綾香を見上げる。美しい形の唇が、開いた。 「とりあえず、あたしが一本先取ということで、いいわね」 「・・・・(こくこく)」 「それじゃ、二本め、いきましょうか」 「・・・・(ふるふる)」 ・・・冗談じゃねえ・・・ 今日の「試合」を口止めされたYOSSYFLAMEが首を不思議そうに振りながら出て行く 後ろ姿を、綾香は道場から見送った。 ・・・まだまだ、修行が全然足りないわね・・・ YOSSYFLAMEに反撃を許したのは、相手を「押す」勢いが強すぎたからだ。強い力で 「押す」ということは、相手に自分の重心をかなり与えることになる。そのため、勢いを 利用され、反撃するきっかけを与えてしまった。高速で移動しながら、相手が感じる か感じないかの弱い力で、ゆっくりと「押す」。頭では解っていても、体はまだまだ思う ように動かない。結局、2回押して、2回とも転ばせるのに失敗している。 ・・・こんなことじゃ、追いつけるのはいつになることか・・・ 男に以前聞いたことはあった。どれだけの間修行すれば、男の立っている場所に立 ち、男の見ているものが見えるのかと。 その時、男はしばらく考えて、言った。 「そうですね・・・・・・」 _____________________________ YOSSYFLAMEさん、勘弁。 それから、綾香ファンの皆様も、勘弁。 とりあえず、次でおしまい(の予定)。