Lメモ/Japanese/7 投稿者:NTTT
道場で、綾香とYOSSYFLAMEは、向かい合っていた。他には誰もいない。いや、だか
らこそ、綾香は、この日この時を選んだ。

YOSSYFLAMEには、手加減しないよう、念押ししてある。

共に、互いの間合いへと、じりじりと足を進めていく。「風撃」を持つYOSSYFLAMEの
方が先に動くはずだ。綾香は、男の教えを、頭の中で反芻していた。

・・・人が肉体で動きの速さを求める場合、2種類の方法があります。一つは、踏み込
みによって地面を蹴り出して進む法、二つ目は、体から先に進む法です。相手が地
面を蹴って素早く動こうとする時、蹴りから実際の動きまでの間には、必ずタイムラグ
が生じます。蹴る動きは、「連動」によって成り立つものですから、A、B、Cの順に動く
時、どれほど訓練を重ねて澱みなく動いても、AとCの間には必ず隙ができます。そ
の時が、あなたの動く時です・・・

静かに呼吸を落ち着け、待つ。完全に緊張を取り去っていなければ、相手の動きの
中にある、針さえ通さないような空隙はみつからない。心を静かに保ち、眼前の敵を
敵とせず、ただ、感じる。感覚を極限まで研ぎ澄ました時、体は頭の計算を超えて、
自然に、そして、動くべき所へ速やかに動くのだ。それこそが無比無敵。

YOSSYFLAMEからの気配が、ほんのわずか、揺らいだ。

綾香は、動いた。



「風撃」があたる直前、綾香の体がブレた。そして、消えていた。いや、視界の右をわ
ずかにかすめた物があったのを、YOSSYFLAMEは、「感じた」。
余力で動こうとする足を必死で押え込み、体を四分の一回転させる。肘を上げつつ、
来たるべき一撃に備える。

だが、そこには綾香はいなかった。

そして、右側から、衝撃が襲ってきた。

弱い。

体をよろめかせつつ、YOSSYFLAMEは向き直る。

だが、その時綾香は、YOSSYFLAMEの右後方へと、動きの半分以上を終えていた。



・・・体から先に動く場合、腰から動くのが、基本です。最も重い部分ですからね。体
の分割ができてきたら、割に簡単です。板の上にボーリングの玉が乗っているような
もので、傾ければ勝手に動いてくれます。腰が動き出したら、胴体、肩、腿、重い順に
連れていってあげましょう。最も速い先端部分が、一番最後です。最終的には全部が
同時に動いてる状態になって、目的地に同じ時間に到着、合流を果たすように動くの
が、理想です・・・

綾香は、YOSSYFLAMEの右背後で「合流」を果たした。ガラ空きの肩を突く。YOSSY−
−FLAMEは、またよろめいていく。先ほどより、こころなしかよろめきかたが速い。

−しまった−

体を捻じりながら倒れるYOSSYFLAMEの胴体の陰から、肘がのぞいた。と、拳が鞭
のような軌跡を描いて肘から飛び出る。

バックブローの角度は、正確に綾香の顔面に合わされていた。



−しまった−

YOSSYFLAMEは焦った。苦し紛れのバックブローは、偶然ではあるが綾香の顔面を
捕らえようとしている。だが、体ごと捻じって出したその拳は、勢いがつきすぎて、止ま
らない。YOSSYFLAMEは目をつむった。



目を閉じたYOSSYFLAMEは、自分の拳が空を切るのを感じた。と、床に倒れようとし
ている自分の体が、柔らかいものに受け止められた。目を開けると、綾香と目が合っ
た。

綾香は、YOSSYFLAMEを背後から抱きとめ、肩ごしに上からその顔を覗き込んでいた。

さっきまで綾香が立っていたはずの場所をYOSSYFLAMEは思わず見た。当然だが、
誰もいない。綾香を見上げる。美しい形の唇が、開いた。


「とりあえず、あたしが一本先取ということで、いいわね」

「・・・・(こくこく)」

「それじゃ、二本め、いきましょうか」

「・・・・(ふるふる)」

・・・冗談じゃねえ・・・



今日の「試合」を口止めされたYOSSYFLAMEが首を不思議そうに振りながら出て行く
後ろ姿を、綾香は道場から見送った。

・・・まだまだ、修行が全然足りないわね・・・

YOSSYFLAMEに反撃を許したのは、相手を「押す」勢いが強すぎたからだ。強い力で
「押す」ということは、相手に自分の重心をかなり与えることになる。そのため、勢いを
利用され、反撃するきっかけを与えてしまった。高速で移動しながら、相手が感じる
か感じないかの弱い力で、ゆっくりと「押す」。頭では解っていても、体はまだまだ思う
ように動かない。結局、2回押して、2回とも転ばせるのに失敗している。

・・・こんなことじゃ、追いつけるのはいつになることか・・・

男に以前聞いたことはあった。どれだけの間修行すれば、男の立っている場所に立
ち、男の見ているものが見えるのかと。

その時、男はしばらく考えて、言った。

「そうですね・・・・・・」




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YOSSYFLAMEさん、勘弁。

それから、綾香ファンの皆様も、勘弁。

とりあえず、次でおしまい(の予定)。