小翳過去話 投稿者:OLH

「お前なんか、産まれてこなければ良かったんだよ」

……それは、私の子守り歌……

「お前さえ産もうとしなければ、あの娘だって……」

……繰り返し聞かされる、子守り歌……

「みんな、お前のせいなんだ」

……そして、それは……私の真実……


=== 小翳過去話 ===


 私は、母を知りません。
 ……お母さんは私を生んで、そのせいで死んでしまったから。

 私は、父を知りません。
 ……お母さんが誰にもその人のことを言わなかったから。

 ただ一人。私の肉親といえるのはお祖母様だけでした。
 でも、お祖母様は私に優しい言葉をかけてくれたことがありません。
 そのかわり、いつも聞かされていたのは、私に対する呪詛の言葉。

「お前なんか、産まれてこなければ良かったんだよ」
「お前さえ産もうとしなければ、あの娘だって……」
「みんな、お前のせいなんだ」

 私はその言葉を子守り歌として育ちました。


   §§§ §§§ §§§ §§§ §§§ §§§ §§§    


 私は小さい頃から身体が弱く、いくつも重病を負っては病院への入退院を
繰り返していました。そしてその度に、お祖母様は私に言いました。
「お前はお前のお母さんには全然似ていない。そのくせ、やたらと病気がち
で手間のかかるとこだけはそっくりなんだからね」
 そして、いつもこう続けるのです。
「いいかい、とっととそんな病気なんか治すんだよ。あたしはお前をちゃん
と育てるんだってお前のお母さんと約束したんだから。だから、お前に死な
れちゃ困るんだよ」

 たぶん、病気が治って欲しいという、その言葉は本当だったのでしょう。
 深夜にふと目を覚ました時などに、ベッド脇のサイドテーブルにうつぶし
て寝ているお祖母様の姿を何度も見たことがあるのです。
 だけど……

「……あの……ありがとう……ございます」
「何がだい」
「……あの……その……昨日も夜……遅くまで……看病……」
 私が感謝の言葉を言おうとすると、決まってお祖母様は言うのです。
「はん。あたしはお前なんかに感謝される筋合いはないね」
「…………」
「あたしゃ、あたしのためにお前の看病したんだよ。お前のお母さんならと
もかく、お前に感謝なんかされても、嬉しくも何とも無いね」
「……ご……ごめんなさい」
「……ふん」
 そして私が謝ると、鼻をならして横を向くのです。


 それは、別に感謝の言葉に限ったことではありませんでした。
 私が何かお祖母様に言う時、それは大抵、お祖母様の私への非難を生みま
した。

「……あ、あの……電話……が……あった……ん……ですけど……」
「誰からだい?」
「……それ……が……」
「またかい。まったく、役に立たない子だね」
「……その、ごめん……なさい」
「……ふん」

「……あの……お部屋……お掃除……しますか?」
「やめとくれ。お前なんかに家のものはいじられたくないね」
「……ご、ごめんなさい」
「……ふん」

「……あ、あの……私……明日……出かけなくちゃ……」
「ああ、そうかいそうかい。いいねぇ、居候は。せっかくの休みだから家の
手伝いなんかできないってわけだ」
「……あう……ごめ……んなさい」
「……ふん」


 そして、謝った時だけはお祖母様に非難の態度を示されず、それで話が終
わるのです。


   §§§ §§§ §§§ §§§ §§§ §§§ §§§    


 ……あれは……もう何年前のことになるのでしょう……
 ……ただ、身を切り裂くような冷たい風が吹く日だった、ということだけ
を覚えています……

 その頃の私は小康状態にあり自宅で療養をしてたのですが、週に2回は診
察を受けるため病院に通っていました。もうその時には一人で病院通いを出
来るぐらいには大きくなっていたので、通院にお祖母様の付き添いはありま
せんでした。

 その週2回の通院の日。私は診察が終わると病院の屋上で一時間ぐらい過
ごしてから帰るという生活をしていました。診察自体はすぐに終わるのです
が、家に帰るのが恐くてならなかったのです。
 もちろんお祖母様も、私が無駄に時間をつぶしてから帰宅していることに
気がついていたはずです。でも、そのことに関しては、特に何も言われませ
んでした。むしろ、お祖母様も私が家の中にいない時間があることに安らぎ
を感じていたようにも思います。

 冬の屋上はわざわざそこにとどまろうという人もほとんどなく、当時の私
は一人でいられるこの時間だけ、落ち着いた時を過ごすことができていまし
た。

 だからその日、後ろから鉄の扉のきしむ音がかすかに聞こえてきた時。私
は少し、失望感を感じたのを覚えています。
 でも、私にはその場所から他の場所へと移る気力もありませんでしたし、
これまでも大抵の人は用事が済めばすぐに暖かい建物の中に逃げるように戻
るのが常だったので、私はフェンス越しに見える冬の色褪せた街並みを眺め
たまま動きませんでした。
 なのに。
 その日は違いました。

「やあ。君が小翳ちゃん……かな?」
「…………」

 私は肩をぴくんと震わせて後ろを振り向きました。
 そこには私より何年か年上らしい男の子がいました。

「と……ごめん、驚かせちゃったかな?」

 その男の子は柔らかく微笑むと、私にそう言いました。
 もちろん、驚いたのは事実です。ただ、足音も気配もないまま、すぐ後ろ
から声をかけられたことよりも、その人が私に会いに来たらしいということ
の方が私を驚かせたのです。

「君が小翳ちゃん……だよね?」

 何の答えも無い私に、再度その男の子は私に尋ねました。
 私が小さくこくんと首肯くと、男の子は少しほっとした様子になって、

「初めまして、小翳ちゃん。俺は…………君の、お兄ちゃんだよ」

 そう、言いました。

 その時、私は……たぶん、不思議そうな顔をしてお兄ちゃんを眺めていた
だけだったと思います。でも、お兄ちゃんの言うことに驚いたとか不信を感
じたとか、そういったことは、なぜかありませんでした。
 ただ、なんとなく。
 『ああ、そうなんだ』と静かに納得している自分がいて。
 だから、こういう時に当然訊くだろう色々なこと──お父さんのこと、お
母さんのこと、なぜ今ごろ会いに来たのか、私に何の用があるのか、その他
様々な疑問──を口にすることも無く、ただただ、お兄ちゃんの顔を眺めて
いました。
 そしてお兄ちゃんも、そんな私に戸惑った風も無く、優しく私をみつめて
くれていました。

 どれぐらい、そうしていたのか。
 急に冷たい風が私達を襲って、思わず身体を震わせて。
 それを見たお兄ちゃんは、私の手をそっと握りました。

「ああ、やっぱり。身体が冷えきっちゃってる」

 そして、ごそごそとポケットから何かの缶を取り出すと、私にそれを手渡
しました。
 それはブラックの缶コーヒーでした。

「あったかいの、それしかなくてさ」

 缶を見つめたままじっと動かない私の態度に不安を感じたのでしょうか。
弁解するようにお兄ちゃんは言いました。

「……ご、ごめんなさい」

 せっかくのお兄ちゃんの好意を台無しにしてしまうのが恐くて、慌てて私
は缶を開け一口その中身を口に含みました。
 その様子を見てお兄ちゃんも安心した風になり、自分もぷしんとプルトッ
プを引くと、おいしそうにそれを飲みはじめました。


 その時お兄ちゃんがくれた缶コーヒーは、お砂糖もミルクも入ってなくて
とっても苦かったけど、でも、冷え切った私の身体を少しだけ温めてくれた
ように思います。


   §§§ §§§ §§§ §§§ §§§ §§§ §§§    


 その日から。
 私は時々お兄ちゃんに連れられ、神海の家に行くようになりました。

 もしかすると、お祖母様はお父さんのことを知っていたのかもしれません。
 私がお兄ちゃんから預かった手紙を渡して、時々お兄ちゃんと出かけなけ
ればならないと伝えた時。いつものように私に非難の言葉をかけることは無
く、何も言いませんでしたから。

 そして。
 神海の家に行く日は。
 お祖母様はいつもより少し塞ぎこんで。
 でも、私には何も言いませんでした。


   §§§ §§§ §§§ §§§ §§§ §§§ §§§    


 そして、今から少し前のことです。

 お祖母様が倒れました。

 その時はなんとか一命を取り留めることはできたのですが、結局、お祖母
様は入院することになりました。
 その日から毎日。
 私はお祖母様のお見舞いのために病院に通いつづけました。
 でも、お祖母様はいつも、『お前なんかに心配されたくないね』とだけ言
い、私はそのまま追い返されていました。

 だけど、その日は。
 私が病室に入ると、お祖母様は私をまくら元に呼び寄せました。
 そして、はじめて私の頬に手を添えて。

「いいかい、お前はまだこっちに来るんじゃないよ。そんなことになったら
あたしがお前のお母さんに怒られちまうんだからね」

 口調こそ、いつものように私を蔑むような様子で。
 だけど、たぶん……

「だから、小翳……せめてきっちり大人になるまで……生きるんだよ……」

 それがお祖母様の最後の言葉でした。


   §§§ §§§ §§§ §§§ §§§ §§§ §§§    


 はたしてお祖母様が私を愛してくれていたのか。

 愛していると言われたことはありません。
 でも嫌いだと言われた記憶もありません。

 ただ、一つだけ言えるのは。
 私はそれでも。
 お祖母様のことを大切に思っていたのだと。
 いつのまにか、涙が頬を伝っていて。
 私はようやく、それに気がついたのです。


   §§§ §§§ §§§ §§§ §§§ §§§ §§§    


 そして、今。
 私はここにいます。
 私はきっと、どこにもいない方がいいのに。

 だけど。

 最後に初めて、私の名前を呼んでくれたお祖母様との約束があるから。
 そして、ここにはお兄ちゃんがいるから……

 だから。
 だから……

 どんなに辛くても…………


=== 了 ===


つーわけで、最近チャットに出没している神海氏の妹、小翳ちゃんの過去を
でっちあげてみました(笑)
以下、簡単にプロフィール。

   名前:小翳。
      神海姓を名乗るのも躊躇われ、かといって母親の姓を名乗る
      のも祖母への遠慮があり、あえて名字は無し。
   性格:徹底的に後ろ向き(笑)
      言われたことはほとんど全て悪い方に解釈する癖あり。
   嗜好:ブラックのコーヒーが好き……かどうかはわからないが、愛
      飲している。
      薬マニア(?)とゆー設定もあったよーな気もするけど、最
      近のチャットでは特にそれが前面に出てきてない。が、たぶ
      ん、睡眠薬は今でも愛用してるのだろう(笑)
      またこれに関連して、薬物への耐性がかなり強いとゆー設定
      もしてたよーな気もする(笑)
 友好関係:他人との接触を避ける傾向が強く、特に無し。
      ただし、これは自分からはコミュニケーションを取らないと
      いうだけで、相手側から何らかの接触があれば、それなりに
      対応はする。
      (対応の内容がまともなものになるかは別として(笑))
      なお入院中に立川育美と知り合いになっている可能性は高い。

   補足:ここでは出てないが、たぶん母親の姓(=祖母の夫の姓)は
      神*姓(=神家の系列の末端)だったのではないかと思われ
      る。ついでに言うと、祖母は神海家の出ではないかとか思わ
      れたりして(笑)
      祖母、祖父共に神家から半ば逃げ出したような状態だったに
      もかかわらず、娘が神海家の者と結ばれて、揚げ句の果てに
      殺された(ようなもん)とすれば、そりゃいくら小翳に罪は
      無くても八つ当たりぐらいしたくなるのもわかる気がしない
      でもないかもしれない(笑)



=== おまけ(笑) ===

 陽の光を浴び、その窓から見える木々は生命力に満ち溢れていた。

 しかし、その反対側。
 壁一つを隔てたその部屋の中に、生を感じさせるものは、ほとんどない。
 あるのはベッドが一つと、その脇のサイドテーブルの上に置かれた小さな
花瓶に花が一輪。
 それほど広い部屋ではないにもかかわらず、閑散としたその様子は何か物
足りなさが感じられる。

 そして。
 そのベッドには一人の少女が横たわっていた。
 じっとみれば浅い呼吸をしているのが見て取れるので、既にその少女の命
が絶えているということがないのはわかる。が、その透き通るように白い肌
は、その少女が既にこの世の住人ではないかという疑いを持たせ、見るもの
を不安にさせた。
 その少女の寝顔は特に苦悶に満ちた様子も無いが、楽しい夢を見ていると
いう風でもない。
 ただ、その部屋に満ちた静寂だけが、その少女の顔にわずかに落ちた翳り
を癒しているようにも見えた。

 こん…こん

 だが、その静けさも遠慮がちなノックの音に破られた。

「……はい…………どうぞ」

 目を閉じてはいても、眠ってはいなかったのだろう。
 その音に少女はうっすらと目を開け、力なく答えた。

「よう、小翳。来たぞ」

 かちゃり、と、その少女……小翳を驚かさないよう、注意深くドアを開け
て入ってきたのは、彼女の兄、神海だった。
 神海は小翳のまくら元にまで来ると、そっと小翳の額に手を乗せ、そのま
ま柔らかい髪を優しく掻き上げてやった。

「今日は具合はどうだ?」
「……ごめん……なさい」

 いつもの、小翳の言葉。
 だがそのニュアンスから神海は小翳の容体が決して良くはなっていないこ
とを理解する。

「まあ、今は体力も落ちてるだろうし、しかたないさ。とにかく今は、十分
に身体を休めて、栄養をとって、ちょっとづつでも元に戻せばいいんだから」
「……ごめ……なさい」

 神海は、今度はその言葉に感謝の意思を汲み取った。
 小翳との会話はいつもそうだ。極端に言葉数が少なく、自分の気持ちをほ
とんどあらわせない彼女の、謝罪の裏に隠された真の想い。神海は今ではそ
れを汲み取ってやることができるようになっていた。

 そして普段なら、ここで会話は途切れてしまうのだが。

 話し下手な小翳が自分から何か言うことはほとんどない。
 そんな小翳を思いやって神海の方から色々と話題をふってやることも多い
のだが、小翳が望むのはただ自分が側にいてやること、それを知っている神
海は特に話題が無ければ、ただ小翳のベッドの横に座って一緒に静かな時を
過ごすのが習わしとなっていた。

 だが、その日は違った。
 わずかに身体を起こし、小翳はじっと神海を見つめ、必死の様子で何かを
伝えようとする。

「……お……お兄ちゃん……あの……」
「なんだ?」

 神海は少々いぶかしく思いながらも、優しく小翳に答えた。

「……お……お願い……が、ある……の……」
「小翳がお願い? めずらしいな」
「……ご、ごめんなさい」

 神海のその言葉に、小翳はしゅんとなる。

「ああ、別に小翳がお願いするのが悪いってわけじゃないんだ。むしろ小翳
からなら、いっぱいお願いされた方が嬉しいぐらいだし。
 ……それより、何なんだ、お願いって?」

 だが、あわてた様子も無く、神海はフォローを入れる。
 それにわずかにほっとした表情を見せ、小翳は一度深呼吸して話を始める。

「あ、あの……わ、私……お祖母様と約束があって」
「……約束?」

 神海は『お願い』とは一見関係なさそうな話に一瞬怪訝そうな顔つきにな
るが、すぐにそれを打ち消し、優しく先を促した。

「は、はい……お祖母様が……最後の日に……私に言ったんです」

 ここで小翳は何か思い出すように言葉を切り、目を閉じた。
 その目元にわずかに涙が滲んだが、あえて神海は何も言わなかった。

「……せめて……せめてきちんと大人になるまでは……死んじゃいけないっ
て……」
「そうだな。俺も小翳がちゃんと大人になった姿を見たいしな。そのために
も、今は早く病気を治さないと……」
「でも」

 めずらしくも、小翳は神海の言葉を遮る。

「…………私、その約束…………守れそうに無いから……」

 瞬間。神海の頭に血が上った。

「そんなことあるかっ!」

 その怒声に小翳はびくっとなる。

「すまん。小翳があんまり変なこと言うから、つい……いいか、小翳。弱気
になるな」
「……でも……」
「弱気になるのが病気に一番悪いんだぞ……と、まあ、それは今はいい。そ
れより、まだどんなお願いがあるのか聞いてないぞ?」

 神海は小翳を安心させるように微笑んでみせた。

「……は、はい……」

 小翳はもう一度深呼吸し、話を続ける。

「……わ、私……このままだと……お祖母様との約束……守れそうに無いか
ら……」

 神海は、また、それを否定したくなったが、ぐっとそれを我慢する。もし
そんなことをすれば小翳のことだ。もう二度と『お願い』を話してくれなく
なってしまうだろう。
 だからじっと黙ったまま、神海は小翳の言葉の続きを待った。

「…………あ、あの……私…………お……お兄ちゃん……お兄ちゃんに……
私を……お、大人にしてほしいの」

 ようやく小翳から紡ぎ出された言葉を、しかし神海は何を言われたのか、
すぐには理解することができなかった。

「……おにいちゃん……私を……大人にしてください」

 そして、まるっきり要領を得ず黙ったままの神海に、小翳はその『お願い』
を再度伝えた。


 ようやくその内容を神海が理解した時。


 神海は悲しそうに見上げる小翳の視線に気がついた。


=== 続くっ!(嘘(笑)) ===


……とゆーわけで……
……まぁ、選択肢を3つか4つ間違える(もしくは正解する)と、こーゆー
未来が待ってるのではなかろーかとゆー話です(笑)
これの続きは私には期待しないでください(笑)
でも、もしかすると皇さあたりが書いてくれるやもしれません。