テニス大会協賛L OLH家大反省会の夜 (2) 投稿者:OLH

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 あっという間にパーティ会場と化したOLH家の居間で。
 もちろん、OLHは簀巻きにされて転がされていた。

「なんでっ!? どうしてっ!? この扱いは何っ!?」
「だって自由にしてたらつまみ食いするだろうし、何より、あ、れ」
 勇希の指差す先には、笛音とてぃーくんが仲良く並んで座っていた。
「だああぁぁっ! 笛音から離れろ、そこの小僧っ!」
「はいはい、静かにねぇ」
 そして有無を言わさず、ティーナに猿轡をされるOLHだった。

   〜 〜 〜

 で、その隣では。

「(ぐむーぐむー)」

 きたみちもどるも簀巻きに猿轡で転がされていた。

「(ぐむーぐむー)」
 そこに、てとてととやって来た愛娘の靜が、ちょこんと座ってふかぶかと
もどるに頭を下げる。
「父上も、お疲れさまっ」
「(ぐむーぐむー)」
 おそらく、簀巻きは勘弁してくれとか、せめて猿轡を外してくれと言って
いるのだろうが、靜は悲しそうな顔でもどるに告げる。
「あのね……靜は別にしなくていいと思うんだけど……みんなが父上も負け
ちゃったから、罰をしなくちゃいけないって言うの……」
「(ぐむーぐむー)」
 もどるも涙を流しながら靜に何かを訴える。
「だから父上もちょっとの間、辛抱してね」
「(ぐむーぐむー)」
 それは、悲しみの涙なのだろうか?
「でも、内緒でご飯抜きの刑は2日で終わらせてあげるから、ね」
「(ぐむーぐむー)」
 今度は、感激の涙らしい。
 だが、雛山良太が靜を誘いに来て……
「おーい……靜ちゃんも、もっとあっちで遊ぼ」
「うんっ……じゃ、父上、また後でね」
「(ぐむーっ! ぐむーっ! ぐむーっ!)」
 さらに、怒りの涙に変わったらしい。

 その怒りにもぞもぞしている簀巻きの元に、今度は左子もとい桂木美和子
が現れた。
「あの……すみません……何か、かえって御迷惑をかけてしまったみたいで」
 そしてもどるに本当に申し分けなさそうに、謝罪する。
「(ぐむぐむ)」
 もどるも、もぞもぞを止め、逆に恐縮したような感じで返事をする。
 ……とは言っても、この状態ではまともな言葉にはならないが、それでも
美和子には、その言いたいことは伝わったようだ。
「いえ、そんな……私がもう少し……」
「(ぐむぐむ……ぐむぐむ)」
「……はい……ありがとうございます」
「(ぐむぐむぐむぐむ)」
「……私も……私も先輩とペアが組めて、とても嬉し……きゃっ」
 そこまで言いかけた美和子は、頬を朱に染めると走り去ってしまった。

 せっかく話が通じていたのだから、簀巻きをなんとかしてもらえば良かっ
た事にもどるが気付いたのは、その後しばらくしてからだった。

   〜 〜 〜

 ひゅいん。

 ティーナが庭に向かってフリスビーを投げる。

「それっ、ポチ、取ってこい!」
「あをぉぉ〜〜ん」

 己の境遇に……

「今度はあっち!」
「あをぉぉ〜〜ん」

 佐藤ポチは、簀巻きよりはまだマシなんだろうかと、心で泣いていた。
 ……ちなみに彼は、今がまだ幸せなのだという事を知らない。

 ……知ってて、どうというものでもなかったろうけど。

   〜 〜 〜

 仲良く並んで座って、その日の事を話していた笛音とてぃーくんは……

「てぃーくん、ごめんね……わたしのせいで、しあい……まけちゃって」
「そんなことないよ」
 試合を思い出し、笛音は少し、しゅんとなっていた。
「また次で頑張ればいいんじゃないかな?」
「……うん……」
 てぃーくんは笛音に、にぱっと笑いかける。
「だって、僕たち、もうちょっとで勝ててたんだもん。相手は高校生の人達
にだよ?」
「……うん」
 てぃーくんは、一生懸命笛音を元気づけようとしている。
 まるで、悲しい顔なんか見たくないとでもいうように……
「だから、今度は絶対優勝できるよっ!」
「……うんっ! そうだねっ!」
 ようやく、笛音の顔にも笑みが戻って来た。
 てぃーくんもそんな笛音を見て、やはり心の底から楽しそうな顔をする。

 でもって。
 不幸な事にこの会話が聞き取れてしまったOLHの怒りの唸り声は、もち
ろん二人には届かなかった。

   〜 〜 〜

 喧騒から少しはずれた壁際で、1つのコップに2本のストローをさして、
一緒にジュースを飲んでいるペアの姿もあった。

「木風……今日は試合、負けちゃって、ごめんな」
「ううん……木風こそ、ごめんなさい……木風がお兄ちゃんの足を引っ張っ
たから……」
「そうじゃない、木風は悪くないよ。木風は頑張った」
「でも……」
「……そうだな……でも、優勝はできなかったけど、一緒に大会に出られて、
今日はいい思い出ができた……そう、思わないか?」
「……うん……木風も。木風も、お兄ちゃんと一緒に大会に出られただけで
嬉しいから」

 と、終始こんな感じで。
 このペアはこのペアで、二人の世界に入り込んでいた。

 ……石投げられないのが、まったくもって不思議である。

   〜 〜 〜

 それぞれがそれぞれに、パーティを楽しんでいる(一部例外除く)最中。

 がちゃーーーんっ!

 けたたましい音を立て、窓ガラスが吹き飛び。

「うわっはっはっははははははははは、ちゅるぺたがいっぱ……」

 いささか古風な学ラン姿の巨体が高笑いと共に会場に飛び込んできた。

 それは一部で、いろんな意味で音に聞こえたちゅるぺた番長、平坂だった。
 彼は、まるで獲物を見定めようとしている野獣の様に、瞳を爛々と輝かせ
周りを見渡しながら……

「(……もがもがっ)」
「……いうおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

 ひゅいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん………………ぽて

 あっさり、地平の彼方に飛ばされていった。


 それは、呪文の詠唱すら必要のない技である。
 そして、多少『もがもが』でも詠唱がつくのなら、威力は十二分に発揮さ
れる技でもある。
 それこそが、彼が今まで磨きに磨きをかけてきた技、ダーク・ウィンド。
 その日に限って言えば、そこまで技を磨いた自分を呪いかねない代物では
あったが、今一度、彼は自分がしてきた事が間違いで無かったのを確信した。

 かくして、ちゅるぺた番長平坂は、OLHの放つ黒き疾風の直撃を受け、
あっさりと撃退されてしまったのだった。
 しかし、彼がどのようにしてこのパーティーのことを知ったのか、そして
目的が何であったのか……それを知るものは誰もおらず、また、永遠の謎と
なった。
 ……別に他の誰も、そんな事は知った事ではないのも事実だが。

   〜 〜 〜

「……のどかだねぇ」
 堅焼き煎餅をかじっていたへーのきがつぶやく。
 たぶん、それはDセリオが静かに座っているからなのだろう。

 彼の魂は平穏に満ちていた。

   〜 〜 〜

 マールはどうしようか迷っていた。
 はたして、西山にどのような言葉をかければよいか。
 もちろん、このような場合のシミュレーションデータは幾千通り……いや、
幾億通りもある。
 だが、そのどれを選ぶのがいいのか。
 マールには判断できなかった。

 だが、マールが逡巡しているうちに。
 一人の女性が西山の隣に座り、コップを差し出した。
 マールはその光景にはっとしたが、西山は黙ってそれを受け取った。

 おそらく、その女性が横にいる事は、今の西山にはとても苦痛であるに違
いない。
 今の西山の苦悩は、その女性が原因の一端であることは事実なのだから。
 それでも。
 西山の表情は、それまでに比べわずかに和らいでいた。

 そんな西山を見ながら。
 マールは、目の前の女性……楓にはかなわないな、と、少し寂しく思った。

   〜 〜 〜

「あの……OLHさん、今日はお疲れ様でした」
 ジュースを片手にやって来た琴音が、OLHの側に座り込む。
「(もが)」
 琴音の言葉にOLHもそれなりに格好付けて返事をしたつもりなのだろう
が、簀巻き状態では滑稽なだけである。
「その……試合、残念でしたね」
「(もが)」
「ほんとに、後一歩だったのに……でも……」
「(もが?)」
「最後のあれは……OLHさんらしくて……その、良かったんじゃないかと
思います」
「(……もが)」
 誉められて嬉しいところではあるのだろうが、その内容を考えると、簀巻
きから除く顔は、結構複雑そうだ。
 それ以上OLHは何も言えず(もっとも、何かものが言える状態でもない
が)、琴音もそれ以上は何も言わず、二人は押し黙ったまま視線を絡ませた。

「琴音ちゃん、ピザが焼き上がったみたいなんで、食べませんか?」
 しかし、その沈黙に押し入るように、東西が横からやってきて琴音に声を
かける。琴音もちらっとテーブルの方を見やると、こくんと首肯いた。
「はい……それじゃOLHさん、失礼します」
「すいませんねぇ、OLHさん……今日は僕ががちゃんと琴音ちゃんをエス
コートしますから、ま、安心してて下さい」
「(もがーっ! もがーっ!)」
 にやりと勝ち誇った顔の東西に、OLHは精一杯の唸り声を浴びせたが、
東西はそんなものはまるで気にも止めていない様子で立ち去った。

   〜 〜 〜

 追加の皿を持ってきた勇希がふと見回せば、そこにはお子様軍団の輪から
少し離れて、ぽつんと座っているルーティの姿があった。
 その様子に優しげな笑みを浮かべると、勇希はルーティの隣に腰をおろし、
そっと声をかけた。

「大会に出なかったのが悔しいのかな?」
「……悔しいって言うか……寂しいって言うか」
 ルーティは、手にしたコップをじっと見つめたまま答えた。
「うーん……つまり、出る前に諦めちゃったのを後悔してるのかな?」
「……うん……ちょっと……」
 つぶやくような返事をして、こくん、と首肯くルーティの頭を撫でながら、
勇希は言葉を続ける。
「でもそれは、とーる君がルーティちゃんの事を心配してくれたから……で
しょ?」
「……そう……なんだけど」
「うーんと……えーと……そうねえ……でもね、それは、ちょっと方向が違
うだけ」
「え?」
 言われた内容が理解できず、ルーティは顔を上げ勇希を見た。

「ルーティちゃんは、他の……例えばOLH君なんかがティーナちゃん達が
大会に出るのを止めなかったのに、とーる君はルーティちゃんの事を止めた
のが悔しかったり寂しかったりするんだろうけど……」
 勇希はそこで一旦言葉を区切り、ちらっと簀巻きの方を見やった。
「例えばOLH君だって笛音ちゃんやティーナちゃんに、ほんとは試合には
出てほしくなかったはずよ」
 そう言いながらも勇希は、内心では『理由の半分ぐらいは違うかもしれな
いけど』などと苦笑したが、さすがにそれを表には出さなかった。
「まあ、OLH君の場合は笛音ちゃん達がやりたいって言ったら、反対でき
るはずもないんだけどね」
 その言葉に、おそらく、ティーナがOLHに詰め寄っている風景でも想像
したのだろう。ルーティは少しだけ、くすっと笑った。
「まあ、とにかく、ね。結局とーる君とOLH君は正反対の答えを選んだん
だけど、それは二人とも相手の事を思っての答えなの。
 身体を心配するか、気持ちを優先させてあげるか、その違いだけ。そして
それは、必ずしもどっちが良いとか悪いとかは無くて、どっちの場合も相手
が大切だからする事」
「……うん……わかってる」
「だったら、もうくよくよするのなんか止めて、折角のパーティなんだから
もっと楽しまなきゃ。ね?」
「……うん。ありがとっ」

 全てに納得はしていないのだろうが。
 それでもルーティはにっこりと笑った。

   〜 〜 〜

「マジカルティーナ、勝負っ!」
 割れた窓の外から聞き慣れた声が響く。
 その声にティーナがだっと窓際に駆け寄れば、そこにはスフィー(Lv1)
の姿があった。
「ふっ、出て来たわね、マジカルティーナ。今日はテニスで勝負よっ!」
 窓から顔を出すティーナの姿を見つけたスフィーが、びしっとラケットを
突き出した。
「……勝負したいんだったら、大会に出ればよかったじゃない」
 しかし、これにはちょっとうんざりした顔になるティーナ。
 まあ、せっかく皆とわいわいやって楽しんでたところを邪魔されたのだか
ら、無理もない。
「う……だって、特訓で山篭りしてたら、受け付け終わってたんだもん」
 さすがにスフィーの言葉も、理由がこれでは歯切れが悪くなる。
「なぁんだ、負けるのわかってて逃げたんだと思ってたぁ」
 そこをティーナがふふんと鼻で笑って挑発する。
「……うりゅう……わ、わたしの目的はただ一つ……マジカルティーナ、あ
なたを倒す事っ! 温泉旅行なんか別にいらなかっただけよっ!」
 そう言うわりには、くしゃくしゃになっても捨て切れていない参加受け付
け用紙がポケットからのぞいていたりもするが。

「すみません、姉が御迷惑をおかけしまして」
 と、こちらはきちんと玄関から入って来たらしいスフィーの妹、リアン。
「あー、気にしない気にしない」
 勇希もジュースの入ったコップを渡しながらリアンを歓迎する。
「あの、これどうぞ。結花さんが皆さんに、と」
 リアンは結花特製のホットケーキの詰まった箱を差し出す。
「あ、ありがと。じゃ、早速。……ほーら、みんなー。リアンさんがホット
ケーキ持ってきてくれたわよー」
 それを受け取りながら、勇希は子供達に声をかけた。
「おー、リアンねーちゃんもこっちであそぼーぜー」
「あ、リアンさん、こんばんはー」
「わーい、リアンさん、こっちこっちー」

 一触即発の空気が辺りに漂っているというのに、他の子供達はのんきなも
のである。まあ、スフィーとティーナの喧嘩には、単に慣れているだけだと
いう話もあるが。
 しかし、いくら騒動が日常のL学園でも、初等部からこの調子では、教育
上いささか問題があるのではないだろうか?

 そして、リアンが子供達の輪に入る頃には。
「ふっふっふ……今こそ特訓の成果を見せる時……覚悟しなさい」
 既に庭では簡易テニスコートが作られ、試合の準備は整っていた。
「ボクだって特訓ぐらいしたもんねー」
 んべっ、と可愛く舌を出すティーナ。
 だが、さすがにスフィーも、今はこの挑発にはのってこない。サーブの構
えのまま、じっと精神統一を続け、慎重に……慎重にトスを上げ……
「まじかるさんだー・アタックっ!!」
 雷撃をラケットに纏わせ、そのまま渾身の力を込めボールに叩きつけた。

 ……それをうかつに受ければ、只では済まないだろう。
 並の球ではない。
 それこそスフィーの、魂の籠った一撃。
 だからティーナも、奥の手を出す事を瞬時に決意した。
「迎撃ポチくらあああああっしゅっっ!!!」
「あをおおおおおおおぉぉぉぉぉぉんっ!?」
 側にいたポチの両足を両手で掴み、そのまま振り回してポチの顔面でボー
ルを打ち返すティーナ。

 ……ティーナの肩からポチの顔面までは、通常のラケットを持つ場合の倍
以上の長さがある。さらに、木や金属に比べてポチの身体は遥かに、しなる。
 当然、ヘッドスピードもそれに比例する事となり、ボールは爆発的な加速
を得て逆にスフィーに襲いかかった。

 しかし、スフィーも表面上の態度は燃えていながら、きちんと頭に冷えた
部分を残していた。こちらも瞬時に魔術を組み立て、盾を召喚する。

「けんたろ・ディフェンスシールドっっ!!!」

 ぐぎょろん

 ややコミカルな音……というか声を発した盾から、ボールがぽとりとこぼ
れ落ちた。

 ぽとん、とんとんとん、ころころころ……ころ

 落ちたボールがようやく動きを止めたところで。
 二人の頬に、にやりとした笑みが同時に浮かぶ。

「……ふふん、やるじゃない」
 ティーナのその言葉も、挑発というよりは純粋な賞賛に近いものがあった。
「あなたもね……どうやら手加減する必要はなさそうね」
 それまで持っていた普通のラケットを投げ棄て、スフィーは電撃とボール
の勢いに悶絶する盾──からラケットにクラスチェンジ──を改めて持ち直
す。

「それはボクの台詞だよ……今度はボクからいくよっ! 必殺……」
 今度はラケット(?)を片手に持ち直したティーナが、トスを高々と上げ
る。
「突撃ポチトルネードっ!!」

 おそらくそれは、昼に見たOLHの技を真似たのだろう。
 ラケットに竜巻状の旋風を走らせ、愛しい人の技を借り、ティーナは今、
渾身のサーブを放つ。

「ボクは……ボクは、負けないっ! お兄ちゃんに誓ってっ!」
「あをおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!?」

   〜 〜 〜

「……あー……なんだかすごい事になってますねぇ」
 お茶をすすりながら。
 別に校舎が破壊されている訳でもないので、へーのきはのんびりとその光
景を眺めていた。

「──スゴイデススゴイデス」
「……あー、セリオ……子供の喧嘩に、手なんか出しちゃ駄目ですよ?」
「──はい」
 先に釘を刺されたDセリオは、しょぼんとなった。

   〜 〜 〜

「……ああ、そうでした」
 少しづつピザをかじっていた琴音が、ふいに何かを思い出したように呟い
た。
「ん? どうかしました?」
 隣で、やはりピザにかぶりついていた東西が、にこにこと琴音に聞く。
「一つ忘れていました」
「何をです?」
「はい、お仕置きするのを忘れてました」
 そう言う琴音の眼は、ちょっと座ってたりした。
「……お仕置き?」
「はい。東西さんのお仕置きです」
 その答えに東西の顔が少し青くなる。
「……って、あれは、盥で済んだんじゃ……」
 微妙に……自分でも気がつかないぐらいわずかに後退する東西。
「あの後は試合が控えていましたから……」
「あ……あはははははは」
 東西の乾いた笑いが空ろに響く。
「大丈夫、これで終わりにしてあげます」
「……なんか、違う意味に聞こえて恐いんですけど……」
「……めっさつ、です」
 辺りに、爆発的な閃光が走った。

   〜 〜 〜

「笛音ちゃん、どうかした?」
 少し離れたところの様子に気を取られていたらしい笛音に、てぃーくんが
声をかけた。
「ん? んー……あのね、てかげんしてるな、っておもったの」
「手加減?」
「うん」
 笛音はそれ以上何も言わなかったが、てぃーくんもそれ以上は何も聞かな
かった。ただ、なんとなく嬉しそうな様子の笛音を見て、自分もいつものよ
うに、にこにこしていた。

(てかげんしてるってことは、とうざいさんも、おねえちゃんに、きらわれ
てないってことで……そしたら、べつに、おねえちゃんは、おにいちゃんだ
けがだいじ、ってわけじゃなくて……だったら、まだまだお兄ちゃんのこと
は、わたしのほうがまけてないよねっ!)

   〜 〜 〜

「ぬぅおおおぉぉぉぉぉっ! わしは、あきらめんぞおおおぉぉぉっ!!」

 どどどどっと足音を響かせ、またも平坂がOLH家の庭に飛び込んできた。
 だが、そこではまだ死合(ラケット主観)が続いていたのが、彼の不運で
あった。

「勝負の」
「邪魔を」
『しないでっ!』
 ティーナとスフィーの声がきれいにハモった。
 二人のラケットが交差する。

 ずがっしゃあああああぁぁぁぁぁんっ!

 そして、二人のツインビームが平坂に炸裂した。
 もちろん、その際に、スフィーは雷撃、ティーナも疾風をラケットに纏わ
せてあった事は言うまでもない。

『風雷ビクトリースマッシュ!』

 くるりと逆方向に回転して、びしっと対象形の決めポーズを取るティーナ
とスフィー。
 その後ろには、身体中からばちばちと放電を起こし、よろめく平坂。

「……ちゅ……ちゅるっ……ぺたっ……」

 その言葉を最後に。

 どぐぉぉぉぉぉぉぉんっ!!!

 倒れ込んだ平坂を中心として爆煙が立ち上る。
 一拍遅れて、これを見ていた観衆からどよめきと拍手が沸き起こった。

 拍手が一段落したところで、決めポーズを解いてお互いに向き合った二人
がにやりと笑う。
「それじゃ、続きを」
「しましょうか」
「…………もう、終わろうワン」
「…………続くなぁ……続けるなぁ」
 もちろん、ラケットの言う事に耳を貸す二人では無かった。

 ……というか、よくまだ生きているものである。

   〜 〜 〜

「あ、あの……お兄ちゃん」
「なんだい、木風?」
「あ、あの……また……」
「また?」
「…………また……」
 恥ずかしそうに黙ってしまった木風の髪を、榊はそっとなでる。
「そうだな、また何かこういう機会があったら、一緒に出ような」
 木風は幸せそうに、こくりと首肯いた。

 ……これだけ大騒ぎがあっても動じずに、二人の世界に没頭している辺り
は、もはや流石とかいうレベルを超えていた。

   〜 〜 〜

「(もがもが)」
「(ぐむぐむー)」
「(もがもがもが)」
「(ぐむぐむぐむ)」
「(もがもがー)」
「(ぐむぐむぐむ)」
「(もがもがもが)」
「(ぐむぐむ)」
「(もがもが)」
「(ぐむぐむ)」

 二人の眼に涙が光った、その時。

 ずがががががががががっ。

 二体の簀巻きの周りに突然銃弾の雨が降り注いだ。

 びびびびびびびびしゅっ。

 同時にそこに無数の竹槍も生える。

「お兄ちゃんはどこっ!?」
「お兄様はどこですの?」
 そして勢いよく飛び込んできた良く似た顔の少女が二人、異口同音に簀巻
きに尋ねた。
「(もがもがー)」
「(ぐむぐむー)」
 ぶんぶんと首を横に振る簀巻きに、少女達はお互いに顔を見合わせる。
「どうやら、もうここにはいないみたいですね」
「もう、お兄ちゃんってばどこに行ったのっ!?」
 そして現れた時と同じぐらい唐突に、少女達は部屋を飛び出していった。

 さらに、その直後。
「……ご……ごめんなさいっ」
「(もがー……ぐぎゅっ!?)」
「(ぐむー……むぎゃっ!?)」
 半ば呆然としながら少女達を見送る簀巻きから、くぐもった悲鳴が上がっ
た。見れば小さな足跡が二つ。どうやら、最後に駆け抜けていった気の弱そ
うな少女が謝って、もとい、誤って踏みつけていったせいのようだった。

 確かに少女は部屋を抜ける際に謝罪の言葉を発してはいたが、どうやらそ
れは勝手に家の中に入った事に対するもののようで、人を踏みつけた事には
気がつかなかったらしい。
 なぜなら、もし彼女がその事に気がついていたのなら、今ごろ簀巻きの二
人は恐怖の謝られ地獄に落ちていた事は、彼女を知る者であれば疑いのない
事実であったからである。

   〜 〜 〜

「……あー……サテライトで位置検索して、謎の携帯メールを小梅さん達に
送るのは、今日は止めておいてあげませんか、セリオ?」
 羊羹を爪楊枝で切りながら、へーのきは言った。

「──はい」
 残念そうに……心底残念そうにセリオは携帯電話を閉じた。

   〜 〜 〜

 台所から居間の様子をうかがいながら、勇希は思う。

 ここに集ったのは、基本的に、今日の試合の敗者達である。
 だが、そのどの顔も晴れやかだ。
 確かに負ければ悔しい。
 実際、試合終了後は落ち込みまくり、立ち上がれそうに無い者すらいただ
ろう。
 それでも今は、笑って宴に興じている。
 単に開き直っただけ、というわけではない。
 敗北を糧として、また立ち上がったのだ。
 少なくともこの程度の挫折で立ち止まってしまうような者は、L学園には
いない。

 そんな生徒たちの姿を見て勇希の顔に微笑みが浮かぶ。
 教え子たちのたくましさを心の底から誇りに思い。
 このパーティを開けた満足感が胸に満ちる。

「ま、ちょっとは憂さ晴らしのお手伝いができたかな?」

 小さな声で呟いて。

 ちーんっ

 レンジの音に振り返ると料理の出来具合を確認し、勇希は居間に向かって
嬉しそうな声を上げた。

「はーいっ、次の料理、できたわよ!」
「……あの、すみません。先生にこんなにさせちゃって」
 皿を運ぶのを手伝いながら、琴音が申し分けなさそうに勇希に言う。
「いーのいーの、気にしない気にしない」
 ぱたぱたと手を振って、勇希は楽しそうに笑った。
「私は、皆が私の料理を食べてくれるのが嬉しいんだし」
 そして、また居間に向かって顔を出すと、大きな声を出した。
「あ、そうそう。今日の料理は全部OLH君のおごりだから、みんな気にせ
ずどんどん食べてね」
「いぇーい」
「ひゃっほー」
「ごちそーさまーっ」
「(むごー! むごー!)」

 簀巻きから発せられる呻きは、歓声にかき消された。