らいばる 投稿者:OLH

 けほ……けほ……

 力なく咳き込む少女の額に手をやって、男は心配そうにその顔を覗き込む。
 外から帰ってきたばかりなのか、その手の冷たい感触を心地よく思いながら、
少女はわずかに微笑を浮かべて男を見つめ返した。男はその様子に安堵しながら
少女に語りかける。
「熱は……少し下がったかな?」
「……うん……お兄ちゃんが、かえってきたから……ちょっとだけよくなったみ
たい」
「でもまだちゃんと寝てなきゃ駄目だぞ?」
「うん」
 男の言葉に少女はこくんとうなずく。
「何か食べたいものあるか?」
 少女の柔らかい紫の髪を優しくなで上げながら、そう男は訊ねた。
「……なにも、たべたくない」
「でも、きちんとご飯食べなきゃお薬飲めないだろ。それじゃ治らないぞ」
「……うん……」
 しかし男は少女が辛そうな表情をしているのを見て小さく溜息をついた。
「ゼリーぐらいなら食べられないか?」
「うん……それだったら、たべられるとおもう……」
「よし。じゃあ、後で持ってきてやるからな」
 そう言うと男は少女のまだ火照った手を取って具合を確認した。そして、袖ま
でびっしょりとパジャマが濡れているのを見ると、また優しい声音で言う。
「いっぱい汗かいたみたいだし……先に着替えちゃおうな」
「……うん……」
 男はまだ起きるのすら辛い様子の少女を優しく抱き上げると、汗を吸いきった
着衣を脱がせ、固く絞ったタオルでその小さい身体をぬぐってやった。
「どうだ。さっぱりしたか?」
「うん」
 新しいパジャマに着替えて汗の感触の不快感から開放されたせいか、心なしか
先ほどより明るい表情で少女が答える。男はその少女の様子に満足すると、そっ
と布団を掛け直してやり少女の額に優しくキスをした。
「じゃ、もう少し寝てるんだよ」
「……うん……」
 そして男はそっと部屋を出て行こうとする。しかし、少女の弱々しい呼びかけ
が男を引きとめた。
「あ、あの……お兄ちゃん……わたしがねちゃうまで、て……にぎってて……」
「ああ、いいよ」
 男はその言葉に優しく微笑むと、また少女の側に戻りそっと手を握ってやった。
 そして男は少女の願い通り、彼女が静かな寝息を立てるようになるまで、その
傍らで少女を見守り続けた。


 すっ……ぱたん……

 そして、少女が起きないようにと静かに男が出ていった直後。

 ふわさ……すたん……

 一つの影が、やはり少女を起こさないようにと静かに舞い降りた。
 緑の忍者装束をまとったその小さな影は、そのまま少女のすぐ横まで物音を立
てずに移動すると、膝立ちになって少女の顔を覗き込む。そして恐らく無意識に
であろう、人差し指を口に持っていった羨ましそうな表情で、少女の汗ばんだ、
しかし幸福そうな顔をじっと見つめ続けた。

「笛音ちゃん……いいな……」

 ふいにぽつりとつぶやくと、その影はすくっと立ちあがった。そして何かを決
心した表情で、またふわりと天井へと舞い上り、そのまま音を立てないように気
を付けながら自分の部屋へと戻っていった。


=== らいばる ===


 翌日。
 L学園工作部は小さな訪問者を迎えた。

「美加香さん、美加香さん、美加香さん!!」
「あら、ティーナ。どうしたの?」
 部室で一人パソコンに向かってデータを打ちこんでいたL学園工作部副部長、
赤十字美加香は、振り返ってその突然の訪問者にそう答えた。ばたんと開けられ
た扉からは、緑の髪、7才ぐらいの元気そうな少女がとてててててっと美加香の
側に駆け寄ってくるところだった。
 その少女の名前はティーナという。一見すればごくごく普通の(ちょっと生意
気で突飛でおしゃまな)小学生であるが、その実、彼女は普通の人間ではない。
科学のみならず魔術や異世界の技術と思われるオーバーテクノロジーをその身に
詰めた世界に類を見ないHM、マルティーナシリーズの一体なのである。
 そして美加香はそのマルティーナを製作したメインスタッフの一人であり、言
わば彼女達の「母」であるとも言えた。実質的なところでも「心持つ」HMであ
るティーナらの母親的役割も果たしており、時に彼女らの防波堤になり、また時
に彼女らの「人生の教師」ともなっている。ティーナの方でもよくいたずらをし
て怒られたりする事があるこの相手を、それでも心から慕っている。また、己の
身体をよく知る相手として、時に無茶なお願いをする事もある人物なのだ。
 そして、今回もまた……無茶なお願いをきいてもらおうと、勢い込んでやって
きたところなのだ。

「あのね、ボク、風邪ひきたいっ!!」
 どどーんとバックに波しぶきを背負いながら、右斜め30度上を向き、両の拳を
握ってティーナはそう宣言した。
「はぁ?」
 思わず間抜けな顔になってしまった美加香に、さらにティーナは力説する。
「そんでもって、ボクもお兄ちゃんに看病してもらうんだっ!!」
 この言葉で、ようやく美加香はティーナの意図を理解した。ティーナは彼女が
お兄ちゃんと呼ぶ相手、OLHに甘えたいのだという事を。
 この2、3日、ティーナの保護者を務めるOLHがどんよりと落ち込んでいる
ことを美加香は知っていた。ティーナと同じくOLHの被保護者となっている姫
川笛音が風邪で寝こんでいるせいである。
 ティーナと笛音はお互いに無二の親友といえる立場であるが、同時にOLHの
『第一夫人』の座をかけたライバルでもあった。(少なくとも二人はそのつもり
である) だから今回のような仕方の無い事態であっても自分に対する応対が少
なくなるのはティーナにとって大きな不満なのだ。ならば自分も病気になってO
LHに構ってもらいたいとティーナが考えるのは、それほど不思議な事ではない。
ただし、HMが病気になる、という発想を除けばではあるが。
「でも、風邪って辛いのよ? 熱は出て頭は朦朧とするし、立っていられなくな
るほどふらふらになっちゃうし、関節は痛くなるし、おなかの調子だって悪くな
るし……」
「いいのっ! ボクはお兄ちゃんに看病してもらうから、どんなに調子悪くなっ
ても平気だもんっ!!」
 とりあえず風邪の症状が如何に辛いものであるかを説明しようとする美加香の
声を、ティーナの叫びが遮った。ライバル意識も良いけど何か方向がねぇ、と美
加香は内心思ったが、その一方では『ティーナらしい』とある意味関心しさえし
た。また『母』として娘に幸せになって欲しいという気持ちも後押しして、美加
香はそのティーナの願いを叶える事にした。
「しかたないわねぇ。それじゃ少し待っててね。準備するから」
「うんっ!」
 ほんとに困った娘だ、という表情の美加香に対し、ティーナは心底嬉しそうで
あった。

 そして半時ほど時が過ぎ、元気いっぱいな様子で「風邪をひいた」と喜びつつ
ティーナが工作部を後にした、その直後。
「あれ? ティーナちゃん、何しに来てたんだ?」
 ティーナと丁度入れ違いになった形で工作部部長の菅生誠治が部室に入ってき
た。ティーナが工作部に来るのはそれほど珍しい事ではないが、それでもいった
い何の用だったのか気になった誠治は、それを美加香に訊ねてみた。
「ああ。なんか風邪ひいてOLHさんに看病してもらうんですって」
「風邪って……マルティーナは風邪までひけるのか?」
 あきれた表情になって誠治は言う。
「どうなんでしょうねぇ? とりあえずMS−DOSのウィルスのデータを入れ
てみたんですけど」
「おいおい。そんな事して大丈夫なのかい?」
 美加香はさらっと言ったが、さすがに誠治は慌てた表情になった。
「システムが根本的に違うから、別に平気ですよ。それに念のため遅延実行する
ようにワクチンソフトも入れてありますし」
「でもそれじゃ、風邪なんか引けないんじゃないの?」
「そこはそれ『病は気から』って言うじゃないですか」
「……なるほど」
 思わず納得してしまう誠治だった。


「おや? ティーナ。随分嬉しそうですね?」
 スキップしながら校門に向かうティーナに、横から声がかかった。ティーナが
そちらを向くと、そこにはある意味ティーナの兄である、とーるの姿があった。
「うん! ボク風邪ひいたんだっ!」
 元気そうに答えるティーナにとーるは苦笑した。
「そんな元気いっぱいで風邪も無いでしょう」
「でもでもでも! さっきからくしゃみだってしてるんだよ!」
 言いながら、くちん、とティーナはくしゃみをしてみせる。
「風邪なんかひいて、何が一体そんなに嬉しいんです?」
 さらに苦笑を重ねてとーるが訊ねると、ティーナは心底嬉しそうな表情で答え
た。
「うんっ! 風邪ひくとねっ、お兄ちゃんに看病してもらえるんだよっ!」
「……なるほど」
 とーるもここ数日、笛音が風邪でダウンしている事を知っていた。また、そう
なった場合、OLHの行動がどうなるかを考える必要さえなかった。
 ……もっともL学園で少しでもOLHの事を知っている者ならば、とーるでな
くても容易にそれは想像がつく事ではあったが。
「それじゃボク、早く帰ってお兄ちゃんに看病してもらうから、もう行くね」
「はいはい。お大事に」
 とーるは再度苦笑してティーナを見送った。

 そしてティーナが去っていった直後。
 へぶしっ。
 とーるもくしゃみをした。
「……なんで私まで?」
 へぶしっ。へぶしっ。へぶしっ。
 だが、疑問を感じる余裕があったのはそれまでだった。立て続けにくしゃみを
続けたとーるは、そこで突然身体を硬直させてしまった。そして……
「あーるーぷーすーいちまんじゃーくー」
 ……歌を歌い始めたのだった。ただ、ひたすらに。
 背筋をピンと伸ばし軽くあごを引き、まるで東海林太郎のようにとーるはひた
すら歌いつづけた。もちろん表面に現れない心の奥底で、とーるは悲鳴を上げて
いた。誰かが彼の異常に気がついて何とかしてくれる事を願っていた。
 とーるが歌っているのは校門と玄関を結ぶ道のど真ん中である。当然の事なが
ら、彼が歌い始めてから何人かの生徒が彼の横を通りすぎている。しかし、誰も
彼のその奇抜な行動を気にするものはいなかった。彼が最近している『突発ライ
ブ』も今回は悪い方に作用したのだろう。生徒たちは、誰もこれを異常事態とは
判断しなかったのだ。
 しかし、さすがに神は彼を見捨てなかったようだ。とーるのバンド仲間である
水野響がそこに通りがかったのだ。響はしばらくの間ただただ歌いつづけるとー
るを軽く首を傾げ不思議そうに見ていたが、やがてそれにも飽きたのか直接とー
るに何をしているのか訊ねてみた。
「うきゅ? とーるさん、歌の練習ですかぁ?」
「あーるーぷーすーいちまんじゃーくー」
 とーるの返事は無い。
「もしかして、ボーカルの練習ですかぁ?」
「あーるーぷーすーいちまんじゃーくー」
 とにかく歌いつづけるだけである。
「私もお手伝いしますぅ」
 だが、勝手に納得したのであろう。すちゃっ、と、どこからかミニキーボード
を取り出すと、響はとーるの歌声に合わせて伴奏を始めた。
「あーるーぷーすーいちまんじゃーくー」
「(ぴろろんろん)」
「あーるーぷーすーいちまんじゃーくー」
「(ぴろろんろん)」
 その後、その演奏会は三日三晩続いたそうである。


 そしてその頃ティーナは……それまでしていたスキップを止めて、てくてくと
歩いていた。
「あううううう……なんかだるくなってきた」
 などと言いながらも、順調に具合が悪くなってきていることに、その表情は満
足げだったりする。
「あら? ティーナ、どうしたんですか?」
「悪いものでも食べたんだよ、きっと」
 またティーナに横合いから声がかかった。そちらを見るとティーナの姉、同じ
マルティーナシリーズのマールとルーティが近づいてくるところだった。
「ボク、風邪引いたんだっ!!」
 身体を動かすのは辛くなってきていたが、それでもびしっとティーナは二人に
Vサインを決めてみせる。
「風邪?」
「うんっ! 美加香さんに風邪にしてもらったんだ」
 マールは自分のデータベースから自分達マルティーナが病気になれるか、その
可能性を演算するためにデータの検索を始めようとしていたが、そのティーナの
返事でそれを中断した。美加香に処理してもらったのであれば、まず間違い無い、
それはできるのであろう。
 その間、ルーティはティーナをまるで珍しいものを見るような目で眺めていた。
そしてぽつりと感想を漏らした。
「まったく、物好きだなあ」
 ルーティの言葉に、しかしティーナは優越感のこもった表情になる。
「ルーティお姉ちゃんじゃ看病してくれる人いないもんね」
「そんな事ないよ。師匠だってひなたさんだってあたしが風邪になったらやさし
く看病してくれるはずだよ」
 ティーナの言葉に少しむっとなったルーティが言い返した。
「えっへっへぇ。口惜しかったらお姉ちゃん達も風邪をひけばいいんだよーだ。
それじゃボクはお兄ちゃんに愛情のこもった看病してもらわなきゃならないから、
またねっ!」
 だがそんな事はまったく気にした様子も見せずに、そう軽く憎まれ口を叩くと
ティーナはその場を去ってしまった。

 ティーナが少しふらふらと、それでも足取り軽く家に帰るのを見送って、ルー
ティはマールに声をかけた。
「まったく、あの娘ってば……風邪なんかひいて、絶対後悔するに決まってるよ。
姉さんもそう思うだろ?」
 しかし、マールの返事は無かった。
「……姉さん? どしたの?」
 覗き込んでも、さっさっと手を目の前で振ってみても反応は無い。
「おーい、姉さんてば」
 突然、マールがルーティの方に倒れ掛かった。タイミングの悪い事に、丁度下
から覗き込むような状態だったのに加え、不意に倒れ掛かられたため、ルーティ
は鼻柱をマールの額でしたたかに打ち据えられてしまった。
「痛たたたた…… ちょ、ちょっと、姉さんてばっ!」
 だが、それでもマールの返事は無い。身体を硬直させたマールに寄りかかられ、
ルーティは一体何が起きたのか、ただ一人で呆然とするしかなかった。


「よっ! ティーナっ! どうした、元気ないなっ!」
 ぽんと頭を叩かれて振り返って見上げると、それはジン・ジャザムだった。
「うん、(けほけほ) 風邪ひいたんだ」
 苦しそうにしながら、それでもVサインを忘れないティーナだった。
「風邪だぁ? いかんな、そんな事じゃ。子供は元気が一番だぞ」
 わっはっはと高笑いをあげつつジンはティーナの頭をぽんぽんと叩く。
「でもでも、風邪ひかなきゃお兄ちゃんに看病してもらえないもん!」
 もちろんジンもここ数日のOLHの惨状を知っていた。
「ん? そーかそーか。だったらOLHにしっかり看病してもらうんだぞ」
 そしてもう一度ティーナの頭をぽんっと叩くと、ジンは高笑いを残しつつ去っ
ていった。

 ぶえっくし。
 ごとん。
「ん?」
 ティーナと別れてしばらくして。ふいに盛大にくしゃみをしたジンは、その物
音にあたりを見まわした。足元に右腕が落ちていた。
「……ちっ。ジョイントが甘くなってるようだぜ」
 ぶえっくし。
 ごとん。
 今度は左腕だった。
「……メンテナンス不足か?」
 さすがに仏頂面になって落ちた腕を拾うとしたところで、はたとジンは気がつ
いた。
「……さて、この腕、どうやって拾うか?」
 柳川教諭のところに行き腕を取りつけてもらおうにも、このままではその肝心
の腕を持っていく事ができない。とりあえず腕を蹴っ飛ばしながら徐々にでも理
科準備室に向かおうかと考えているところで。
 ぶえっくし。
 ごとん。
 左足がもげた。当然バランスをくずして倒れ掛かるが、そこはそれ。歴戦の勇
士たるジンはその程度のことでは倒れなかった。
 ぶえっくし。
 ごとん。どぐしゃ。
 ……だがさすがに右足までもげては立っている事は不可能だったようである。
 その後、くしゃみをする度に順調に身体のパーツがもげていくのをジンは唖然
として眺めている事しかできなかった。


 その後。
 Dセリオがミサイルを乱射したり、Dマルチが自分の考えに深くはまり込んで
抜け出せなくなったり、Dガーネットが物忘れをしたり、HMX−13Gグレー
ス・セリオ・プロトタイプ(通称電芹)が穿った見方をしたり、マルチのブレー
カーが落ちたり、ブルマ姿のセリオを見て陸奥崇が鼻血を出したりといつもの異
常事態が多発したようだが、それでもL学園は平穏だった。表面的には。


 そしてOLH家では。
 ようやく帰りついたティーナは、自らの望み通り絶不調だった。
 既にバランサーはその役目を果たさず、少し移動するにも何かに掴まるか這う
かしかできず、体温を制御するための循環器系にも異常が発生し身体の各部の放
熱もうまくいっていなかった。思考もエラーが多発しまとまらない。『風邪って、
こんな苦しいんだ』と後悔しても手遅れだった。もうこんなの嫌だと漠然と考え
るが、そろそろ限界が近かった。
「……おいっ! ティーナっ! どうしたっ!!」
 そして、遠くから聞こえるOLHの声を聞いたところでティーナの意識は夢の
中に落ちた。


 一週間後。
 すっかり復調したティーナが「また風邪ひいてお兄ちゃんに看病してもらおう
かな」と懲りずに言うのを、何故かぼろぼろになったOLHが必死に止めていた
という。

=== 了 ===


ああ、どもども。OLHです。
今回の話は某WEBコミックにインスピレーション受けたのも有りますが、
もともとはチャットの(またかい(笑))ネタです。ティーナが「ボクも
風邪ひきたいっ!!(どどーん)」てのが昔チャットであったんですな。
で、このネタを暖めてたら某WEBコミックでマルチがめりっさにかかると
ゆーのがあって、思わず横方向に話が広がってしまったとゆー。
ちなみに今回のウィルスですがとーるさんがかかったのはやんきーどーど
る(発病すると「アルプス一万尺」を演奏する)で、ジンさんのはふぉー
る(画面上の文字が溶けるように落ちていく)です。その他は適当です(笑)
あと、今回は色々と設定というか説明が結構入ってます。一応自分で確認
できる範囲で調べてはいますが、認識違い等ありましたらご指摘のほどよ
ろしくお願い致します。(ぺこり)


=== 後日談(笑) ===

「でも、ルーティお姉ちゃんだけ風邪うつらなかったんだよね」
「……何が言いたいの」
「わかってるくせにぃ(にやり)」
「……う、うわあああああああああぁぁぁぁぁん」

(ててててててててて)

(ばたん)

「師匠っ!!! あたしも風邪っ!!!」
「……ごめんね、ルーティ。いくらあなたのお願いでも……どうしても……でき
ない事はあるの(OLHさんみたいに、ぼこぼこにされたくないから)」
「……そ、そんな……あ、あたしは……風邪も引けない……ば……そんなあああ
あああ、そんなはずないんだああああああぁぁぁぁぁ」

(ててててててててて)

「──ルーティさんは今回の被害に会わなかったようで、良かったですね」
「……う、うわあああああああああぁぁぁぁぁん」

(ててててててててて)

「──カゼデス、カゼデス」
「……う、うわあああああああああぁぁぁぁぁん」

(ててててててててて)

「よ、ルーティ。今日も元気だなっ!(にかっ)」
「……う、うわあああああああああぁぁぁぁぁん」

(ててててててててて)

「うぐぅ、ひっくひっく(とぼとぼ)」
「……お嬢ちゃん、お嬢ちゃん」
「……え? Runeさん、何?」
「……いや、わしは謎の占い師じゃよ、ほっほっほ」
「……もう、あたしは冗談に付き合ってるヒマは無いの。ほっといて(ぷい)」
「……お嬢ちゃん、病気になりたいんじゃろ?」
「……な、なれるのっ!?(ぶんぶんぶん)」
「う、うげぇ、く、苦し……(げほげほ)……お、おほん。あー、今流行りのこ
のウィルスならお嬢ちゃんでもかかるんじゃないかえ?」
「ど、どれっ!? (じー) …………ありがとっ! Runeさんっ! あた
し、これやってみるっ!!」
「いや、だから、わしは謎の占い師って……」

 ・
 ・
 ・
 ・
 ・

『あなたのじゅうしょろくのさいしょの10にんにこのてがみとおなじないよう
のてがみをおくってください。もしおくらないとたいへんなことになります。こ
れをむししたティーナというおんなのこは……』

「おーい。これ、後、何通書かなきゃだめかな?」
「……だれよ、不幸の手紙なんて勧めたのは」
「……それにしても、なんで、あて先がうちらばっかりなんでしょうね?」
「……もしかして、我々の組織名が住所録の最初の方に必ず載ってるから?」
「あっはっは。その通りだよ、気がつかなかったかね?」
『気がついてたんなら、こんなの勧めるなっ!!(げしげしげし)』


=== ついでにプロローグの前半 ===

「んーと……まだ熱あるね」
 笛音の額にあてていた自分の額を離しながらてぃーくんがつぶやいた。
「う……うん」
 笛音も少し辛そうにうなずくが、心なしかその頬が朱色に染まっているのは果
たして熱のせいだけなのか。
「これじゃまだ学校に来れないね」
「うん……でもわたし、がんばってなおすから……」
 寂しそうに言うてぃーくんに、笛音は慰めるように、そう答える。
「そうだよ、早く治して学校に来ようよ。みんな、笛音ちゃんがいなくって寂し
いって言ってるし」
 だがてぃーくんのその言葉に、くすっ、と笛音は笑みをもらした。
「え? 僕、何か変なこと言った?」
「あのね、ティーナちゃんがね、てぃーくんがいちばんさびしそうにしてたよっ
て、いってたから」
「……だって、僕だって笛音ちゃんがいなくて、とってもつまんないし」
 ぷい、と横を向いてそう言うてぃーくんを見つめる笛音の表情は嬉しそうだっ
た。だが、それもつかのま。
「けほ、けほっ」
 突然襲った咳の発作に、てぃーくんは慌てて笛音を覗き込む。
「笛音ちゃん、大丈夫?」
「うん……けほ……へいき」
 軽く喉をひゅうひゅう言わせながらも笛音の様子が安定したのを見て、てぃー
くんはほっと息をつく。
「笛音ちゃん、何かして欲しい事無い?」
 心底、心配そうな表情のてぃーくんに、だが笛音はその申し出をやんわりと断
る。
「ううん……それより、てぃーくんはだいじょうぶ?」
「え? 何が?」
「こんなにわたしのそばにいて、かぜ、うつっちゃうよ?」
「平気だよ」
 てぃーくんはにっこりと笑って、少し胸をそらして見せる。
「僕は頑丈だもん。それに、もし風邪がうつっちゃっても……」
「……うつっちゃっても?」
「……その時は、笛音ちゃんが僕のところにお見舞いに来てくれるでしょ?」
「……うん」
 笛音はゆっくりとうなずいた。そしてそのまま顔を布団にうずめるようにして
しまう。てぃーくんもそんな笛音を何故か直接は見られず、布団や窓の方へと視
線をさ迷わせた。

 沈黙がその部屋を包み込む。

 だが、それも長くは続かなかった。再度てぃーくんが笛音に声をかけようとし
た、その時。
「けほっ、けほっ、けほっ」
 また笛音が咳の発作に見まわれたのだ。
「笛音ちゃん、大丈夫?」
「けほっ、……けほっ」
 しかし、今度の発作はなかなか止みそうに無い。てぃーくんを意を決すると笛
音の掛布団をそっと剥いだ。
「笛音ちゃん、背中さすってあげるよ」
 そう言いながら笛音を抱え起こそうとした、その時。
『ただいまあ』
 玄関から男の声が響いてきた。瞬間、咳の事も忘れて見詰め合う二人。
「て、てぃーくん。お兄ちゃんにみつかったらあぶないよ」
「う、うん」
「んと、はやくかえらないと」
「うん、じゃ僕こっちから出ちゃうから」
 そう言っててぃーくんはからからと窓を開け、そこから身を乗り出そうとする。
が、そこでくるっと振り返ると笛音に声をかけた。
「笛音ちゃん、またお見舞いに来るから。今度はもうちょっと元気になっててね」
「うん、てぃーくん、きょうはありがと」
 その言葉ににっこりと微笑みで返すと、てぃーくんはそのまますたっと庭に下
りて駆け出していった。

 その数瞬後。
 OLHが部屋に入ってきた。
「あれ? 窓開けてどうしたんだ?」
「う、うん……すこしおへやのくうき、いれかえたほうがいいかなって」
「ん、そうだな」
 そこで、止まっていた咳の発作がまた笛音を襲った。
「けほ……けほ……」
「おっと、あんまり寒くなっても仕方ないし、もう閉めるぞ」
 そう言ってOLHは窓を閉めると、笛音の側によりそっとしゃがみこんだ。

=== 冒頭に続く ===

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……………………………………………………………………………………。
……………………………………………………………………………………。
(どっすん、ばったん)

えとえと、ふえねです。(ぺこん)
みなさんも、かぜとかウィルスとかにはきをつけてくださいね。
それでは、また。(ぺこん)

(どっすん、ばったん、どたどたどったん)