体育祭Lメモ「パン食い競争」 投稿者:OLH
《前前日》

 暗躍生徒会室にて……。
「で、ルールの方は?」
「はい。書き換えておきました」
「ふむ。まあ小手先の技だが多少の混乱は期待できるか」


《前日》

 場所は校門前掲示板。
 ここに張り出される掲示は重要事項として学園生徒全員が知っていなければ
ならないとされている。当然、今回の体育祭ルールも張り出されている。しか
し普通の重要事項であれば担任教師からHRで連絡があるし、さして知らなく
とも問題ないものが張り出される事も多い。だからこの掲示板を眺める人物は
滅多にいない。
「これは……」
「……チャンス」
 だが何人かの生徒は(恐らく暇潰しだろうが)それを読んだようだ。


<<体育祭Lメモ−
  −『愛しのあの娘のパンを食べてハートをゲットだぜパン食い競争』>>


「さてさて、競技の方も一段と盛り上がってきました」
 この手のイベントでは絶大なるパワーを発揮する志保のアナウンスが校庭に
響き渡る。
「それでは次の競技の説明よ。耳の穴かっぽじってよく聞きなさいね」
 アナウンサーとしては相変わらずの口の悪さだが、それを気にするものはい
ないようだ。
「っていっても、やるのはパン食い競争だからみんなも大体の事は知ってるわ
よね。だから細かい注意点を三つ。一つ。一度つば付けたパンは責任もって全
部食べる事。二つ。パンを全部食べきらないうちは中間地点から離れてはいけ
ない事。三つ。死して屍拾う者無し」
 なんだそりゃ、の野次を無視して志保は説明を続ける。
「それから気になる得点だけど、これは一位の人に20点。二位は10点。三
位は5点。その他にボーナスポイントとして食べたパン一つにつき5点。つま
り一人でいくつパンを食べても良いってわけ。もちろんボーナスポイントは4
位以下の人にもつくから、逆転のチャンスはあるわよ。ただし……」
 ここで思わせぶりに間をあける志保。
「パンは基本的に惣菜パンなんだけど、中身に何が入っているかは千差万別。
あたりもはずれもあるわよ。この志保ちゃんの事前調査によると唐辛子アンパ
ンなんてのもあるらしいわね」
 一同から歓声が上がる。競技者にはかわいそうだが、楽しいパフォーマンス
が見られるだろう。選手の間でも苦笑いが漏れる。しかし彼らはこの後の言葉
で真の恐怖を味わう事になる。
「さて今回のパンを用意してくれたのは、こちらっ! お料理研究会のみなさ
んとその他有志のみなさんです!」
 パン作成メンバーがずらりと並び、一同はここに至って『死して屍拾う者無
し』の真の意味を知った。メンバーはお料理研究会の神岸あかり、柏木梓、東
雲忍、雛山理緒、M.K、赤十字美加香、隆雨ひづき、電芹、川越たける、顧
問の斎藤勇希、それに有志としてEDGE、マルチ、柏木楓、柏木初音の他に、
あの柏木千鶴までが含まれていたのだ。
「ちなみに各レースの一位の人には副賞もあるから頑張ってねぇ」
 そんな事を言われても、そうそう千鶴パンの恐怖が薄れるはずもない。
「そうそう。パンは最低一個は食べなきゃ駄目だかんね。姑息な事は考えない
ように」
 何人かの選手から落胆のため息が漏れた。
 どうやらその手を使おうとしていたらしい。
「それから他の競技とのかねあいもあるので、1レースの制限時間は10分よ。
それじゃ『愛しのあの娘のパンを食べてハートをゲットだぜパン食い競争』い
よいよ開始よ!」
 そして志保の宣言が高らかに響いた。


 選手控え所では競技参加達の葛藤が渦巻いていた。

「マルチのパンにあたりますように、マルチのパンに……」
 セリスはひたすら祈っていた。
「初音ちゃんのパンにあたりますように、初音ちゃんのパンに……」
 ゆきもひたすら祈っていた。
「楓のパンにあたりますように、楓のパンに……」
 西山英志もひたすら祈っていた。
「あかりのパンにあたりますように、あかりのパンに……」
 男子生徒Aもひたすら祈っていた。
「だからオレには藤田浩之という……」
 さて、他の選手達は……
「無視するなぁっ!」

「ふっふっふ。このチャンス、絶対ものにするわ」
 日吉かおりには何かたくらみがあるようだ。
「待っててね、お兄ちゃん」
 東雲恋も何かたくらみがあるようだ。
 ……恐いぞ、なんか。

「笛音へ。先に逝くお兄ちゃんを許してくれ」
 OLHは遺書を書いていた。
「靜へ。先に逝く父上を許してくれ」
 きたみちもどるも遺書を書いていた。
 ……もうちょい前向きな事はできんのかい、あんたらは。

 柏木耕一教諭は競技前に渡された手紙を開いていた。
『私のパンはおへそをハートマークにしてあります M.K』
『ハートマークのおへそのアンパンを食べてね EDGE』
『愛の目印はハート型のおへそです 千鶴』
「……どーすりゃいいんだよお!」
 ……どーとでもしてくれ。


 そうこうするうちに準備も整ったようで、裏方としてちょこまか動きまわっ
ているミニセリオが選手控え所に現れた。
「第一レースに参加するみなさんは」
「スタート地点に集まってください」
 そしてミニセリオの最終宣告が選手達に告げられ、選手達はしぶしぶながら
スタート地点に集まる。

「さてまずは第一レース、参加者の紹介です」
 志保の死刑宣告……もとい、選手紹介が始まった。
「一年からはゆき、風見ひなたの二名」
 悲壮な表情のゆきと少なくとも表面上は落ち着いたそぶりのひなたがスター
ト地点に並ぶ。
「二年からは東雲恋、藤田浩之の二名」
 妙に張り切った表情の恋とふてくされた態度の浩之も並ぶ。
「三年からは秋山登、きたみちもどるの二名」
 最後に顔面蒼白なきたみちと二年生から追い出された秋山がスタート地点に
並び、いよいよ準備が整った。ミニセリオの腕が上がる。

「いちについて」
「よおい」
 ズダーン!!

 ミニセリオの合図でいっせいに飛び出す選手五人……。そう、走りはじめた
のは五人だった。残った一人、秋山は何かを投げていた。早速の妨害工作のよ
うだ。
「いてててて」
「きゃあぁ」
「ふはははははは。まきびしは忍術の基本っ! しからば、お先にごめんっ!」
 スタートしてすぐの位置で立ち止まる他の選手の脇を秋山は高笑いしながら
走りぬける。しかし、その秋山の足をつかむ者がいた。
「主役の意地にかけて、てめえなんぞに先に行かせるかぁっ!」
 ……頑張るなぁ、男子生徒A(笑) ま、それは置いといて……
「おいとくなぁ!」
 当然、足なんかつかまれれば転ぶしかない。それでも普通なら顔面を強打す
るぐらいで、そんなにたいした事にはならないだろう。しかし今回は転んだ先
が悪かった。自分の撒いたまきびしが秋山の全身にぷつぷつと突刺さる。
「うをををををを! このぷつぷつが気持ちいいぞぉ!」
 ……訂正。転んだ先は良かったようだ。

 そんなどたばたを見逃すはずもなく、残った四人は再度中間地点に向かって
走りはじめていた。四人とも下手に妨害工作をするより、とっとと食べるパン
を選んだ方が得策と判断したようだ。
 そして中間地点。いよいよ彼らは運命の選択を迫られていた。

 最初に決断を下したのはきたみちだった。
「ええい、数が少なくなれば、それだけ外れる可能性がある以上もたもたでき
るかっ!」
 そんなことをつぶやきながら目の前にあった揚げパンにかぶりつく。
「……塩辛ドーナツ? ……まあ、セーフだな」
「そ、それはお兄ちゃんの!! なんで食べちゃうのよ、ばかばかばか!!」
 わずかに遅れてやってきた恋が塩辛ドーナツに気がついて、ぽかぽかときた
みちを叩いた。
「そんなもん、早いもん勝ちなんだから、しょうがないだろっ!」
 そう恋に言い捨て、きたみちはゴールに向かって走りはじめる。
「あ、待ちなさいよっ! お兄ちゃんのパンを返してっ!」
 無理な事を言いながら恋もきたみちを追って駆け出した。

 風見は逆にじっくりとパンを選んでいた。
「これですね。これは普通にカレーパンの匂いがします」
 ようやく選んだパンを風見は口にし……吐き出しそうになった。確かにそれ
はカレーパンだった。激辛なのはまだ我慢できた。だが、それとは別に巧妙に
マヨネーズとジャムとが隠されていたのだ。
「あ、ひなたさん、やっぱり私のパンを選んじゃいましたね」
 どこか嬉しそうな様子で赤十字美加香がつぶやいた。

 ゆきは悩んでいた。
 目の前には小犬を摸したパンがあった。
「これは……罠か?」
 どうやら、犬=初音、の図式らしい。
 ……あかりという線は考えなかったのだろうか?
「いや、ここは初音ちゃんを信じて……」
 ……何を信じてなんだか……
 ともあれ、ゆきが覚悟を決めていっきにそれをかじろうとした瞬間……
「うるあああああああああああああああああああああああああああっっ!!」
 どげしっっ!
「あたしのかわいい小犬を食うんじゃねええええええええええええっっ!!」
 げしっげしっげしっ
 ……どうやら初音の作ったパンには間違い無かったようである。

 結局第一レースはきたみちもどるが一位。東雲恋はパンを食べずに中間地点
を出たという事で失格。風見ひなたは吐きそうになるのをこらえつつ、何とか
ゴール、二位。ゆきは乱入によりリタイア。秋山登は「ぷつぷつ」を楽しんで
いたため時間切れ失格。藤田浩之も秋山に強制的に「ぷつぷつ」のご相伴をさ
せられ、やはり時間切れ失格、という結果になった。


 そして再び選手控え所では……
「……例のパン……前のレースであたらなかったようだな」
「やはり第一レースに出ればよかったか?」
 再度選手達の落胆のため息が漏れていた。
「第二レースに参加するみなさんは」
「スタート地点に集まってください」
 そんな選手達の心情を知ってか知らずか、無情にもミニセリオの呼び出しが
かかる。

「さてさて、続いて第二レースの参加者は……」
 妙に楽しそうな志保のアナウンスが流れる。
「一年からは神無月りーず、そして特別参加の柏木耕一先生」
 黄色い声が耕一に降りかかるが、本人は手を振るぐらいの事さえできないほ
どげっそりとしている。
「二年からは日吉かおり、西山英志の二名」
 なぜかこの二人はやる気満々のようだ。
「三年からはセリス、OLHの二名」
 最後のサクリファイ二名がスタート地点に並ぶ。
 そして、それなりに緊張が辺りを包む。

「いちについて」
「よおい」
 ズダーン!!

 勢いよく飛び出したのは日吉かおりだった。さすがに陸上部に所属するだけ
あり、みるみるうちに他の選手を引き離していった。そして、あっというまに
中間地点に到着するやパンの間をかぎまわりはじめた。
 もちろん他の選手も負けてはいない。さすがに一人に先行されているので妨
害工作はせずに、一心に中間地点をめざし、そしてそれぞれパンを選びはじめ
た。

 西山はひたすら楓のパンを探していた。しかしどれも違う。楓のあの密かに
情熱を込めたような作りのものは見つからない。
「馬鹿な! 俺が楓のパンを見つけられないはずが無い!」
「……ふっ、さすがキング・オブ・エディフェルといったところだな」
「なにっ!」
 不穏な気配を感じて後ろを振り替えると、そこにはハイドラントを筆頭とす
る、ある集団の姿があった。
「楓のパンは我々『革命的楓解放戦線』が預からせてもらった!」
「……きっさっまっらああああああ」
 ……以下省略。ただし一つだけ付け加えるなら、一般生徒への被害はわずか
三名で済んだ事だけ記しておく。

 セリスは首尾よくマルチのパンを発見していた。
 大方の予想通りミートせんべいサンドである。
 しかもこれはスペシャルバージョンだった。
「はいっ! わたし、とっても気合を入れて作ったんです!」
 インタビューに答えるマルチの明るい声を聞きながら、セリスはかけそうに
なる気力と歯を根性でカバーしてケチャップ味のコンクリートを少しづつ胃に
流し込んだ。

 柏木耕一教諭は3つのアンパンを前に悩んでいた。偶然か必然か、M.K、
EDGE、千鶴のパン(らしきもの)は仲良く並んでぶら下げられていた。
「とにかく、どれかを選んで、それを食ったらゴールを目指す。幸いどれも同
じ目印だし、三人にはこれが君のだと思ったと言えばいい」
 姑息な考えである。
「確立は、まあ2/3。そんなに分の悪いかけじゃない。ここは一つエルクゥ
の勘を信じて」
 そして耕一は右端のパンにかぶりつき、そのまま気絶した。
 ……この場面でエルクゥの力なんかを使えば、エルクゥ同士の精神感応で千
鶴のパンを選んでしまうという事に気付かなかったようだ。
 ……なおこの一件でレースとは別の所で女生徒三名による乱闘があり、やは
り一般生徒に多少の被害(重傷者32名、軽傷者72名、行方不明3名)が出
たようだが、本筋ではないので割愛する。

 神無月りーずはあせっていた。こんな時でも着たままのローブが走るのを邪
魔して出遅れてしまったからだ。だから彼はすっかりその事を忘れていたのだ。
「カツはだめえええええええええええええええええええええええええっ!!」
 ……ちなみにそのパンを用意した、たける&電芹の仲良し二人組みは
「松原さん、カツサンドが大好きなんだねっ☆」
「そのようですね」
「今度いっぱいごちそうしてあげようねっ」
「はい、そうしましょう」
 とことん、わかっていなかった。

 最後に中間地点に到着したのはOLHだった。当然彼に迷っている暇はない。
幸いな事に千鶴パンは耕一教諭が食べているのを目撃している事もあり、安心
して目の前にある揚げパンを口の中に詰め込む。次の瞬間OLHは自分が炎を
吹いている錯覚に陥った。激辛という言葉が生易しく思えるほど辛いカレーパ
ンだった。
「プログラマーは辛いものが好きなんだっ!」
 しかし謎の呪文を唱えつつ、OLHは残りの半分を口に詰め込み一気に飲み
下すとゴールを目指して駆け出した。

 そのころ最初に中間地点についていたかおりはパンに頬擦りしていた。
「ああん、梓先輩の作ったパン〜 もお、もったいなくて食べられない〜」
 だがOLHがゴールに向かうのを見て正気に戻ったかおりは、あわててその
パン(普通のジャムパンだったようだ)を胃袋に詰め込みダッシュをかける。
「いけない、いけない。副賞のためにはもったいないなんて言ってられなかっ
たんだわ」
 さすがに日頃運動不足な者と日夜鍛えてる者の差は大きく、OLHはあっと
いう間にかおりに追い抜かれる。そしてそのままゴールと思われた瞬間……

 ぱっこ〜ん

 どこからか、まるで鬼の力で投げられたような凄い勢いで飛んできたリレー
のバトンが命中し、かおりはその場に倒れてしまった。
「ちゃーんすっ!」
 もちろんOLHはそんなかおりを助けるそぶりさえ見せずゴールを目指す。
 すぐさま復帰したかおりだが、わずかに及ばず、結局一位OLH、二位日吉
かおりという結果になった。
「誰よぉ、私の愛を邪魔するのはぁ!」
 そんな事を叫んでいるかおりを見ながら
「……ふう、危なかったぁ」
 何故か柏木梓が安堵のため息をもらしていた。
 なお、他の選手は当然ゴールできず、失格であった。


「それじゃ結果発表ね。第一レースは三年生チームが一位、パン一個で25点。
一年生チームが二位と同じくパン一個で15点。二年生チームは0点」
 どんどんひゅーひゅーぱふぱふ
「第二レースはまたも三年生チームが一位、パン一個で25点。二年生チーム
が二位で15点。合計は三年生チームが50点、一年生チームと二年生チーム
は15点となりました」
 三年生チームから歓声が沸き上がる。
「さて、それから副賞の発表ね。一位の人への副賞は、なんと食べたパンの制
作者からの祝福のキッスです!」
 またも生徒達から歓声が上がる。
「では、まず第一レースの優勝はきたみちもどるさんに、東雲忍さんから副賞
の授与です!」
「……いやだああああああ」
「あ、そうそう。拒否した場合は権利剥奪って事で得点無くなるからね」
 志保の追加説明で逃げようとしたきたみちをジンとOLHが捕まえ、表彰台
に引きずりたてる。
「チームの為だ。ここは一つ我慢しろ」
「止めてくれえええええ」
 にやにやしながら言うOLHにきたみちが懇願するが、当然受け入れられる
はずはない。そして東雲忍がきたみちの横に並んだ。
「…はあ。ルールならしかたありませんね…」
 そうつぶやき、忍はきたみちの頬に唇をつけた。

「次は第二レースの副賞授与ね」
 どよーんと落ち込んでいるきたみちを無視して志保は続ける。
「第二レース優勝者のOLHさんには勇希先生からのキッスです!」
「なにいいいいいっ!?」
 今度はOLHの悲鳴が上がった。
「冗談じゃないっ、誰があんな無自覚女のキスなんかいるかっ!」
 だが、今度はきたみちが逃げようとするOLHの前に立ちはだかった。
「……人にやらせといて、自分だけ逃げようなんて許されると思ってるんです
かい、え?」
 そして、きたみちとジンにがっしりつかまれて連れていかれるOLH。
「止めろおおおおお! 冗談じゃねええええ!」
 わめき散らすOLHに、しかし生徒達からはブーイングが入る。OLHの理
解の範疇外だが、斎藤勇希教諭はこれでなかなか人気があるのだ。
 そしてOLHにそういう態度をとられた勇希教諭は……
「そう、そんなに嫌なの。じゃあ、しかたないわね」
「ほら、勇希もああ言ってるし」
「おもいっきり、濃厚にやってあげるわ(にやり)」
「なにいいいいいっ!?」
 OLHは自滅した。


 ちなみにその後OLHは笛音とティーナに校舎裏に呼び出されたようだが、
そこで何があったかはさだかでない。