我が刃を携えよ狩人1 投稿者:Rune
 ……ヒメカワ星人の生態は実に奇妙だった。
 例えば、休み時間で太田香奈子が彼女をさりげなく尾行したとしよう。
 そして例えば、彼女はトイレに入る。
 女子トイレに入ったことのある読者諸氏は――おそらくとりたてて沢山はいないだろう
けれど――いわゆる一般的な学校の公衆女子用というのが、複数の便座からなっていると
いうことは当然ご存知であろう。
(ここが重要なのだが、作者はここまで喋ってからぴっと人差し指を立てた――)
 んで、勿論だが、男性用がそうであるよーに、女性用も外部からの視線から隔離されて
いる。また、その姿勢を考慮すると、男性用のように間仕切りになってしまう。つまり、
準密室と相成るわけだ。      ・・・・・・・・
 太田香奈子が最後に見かけたのは、ケチャップと洗剤を持って木製扉を後ろ手に閉める
琴音の姿だった。
 ……1分経過。
 ……2分経過。
「けぷっ」
 やがて、目標の立てこもったと思われる個室から、げっぷが聞こえてくる。
「けぽっ」
 もう一回。
「けぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽ…………」
 ……………………(香奈子の後頭部に卵大の冷や汗が流れる)
 何故か、甘い甘いコンデンスミルクの匂いが漂ってきた。
 ややもして。
 ざぁぁぁぁ、と水が勢いよく流される音。
(何故か)きゅ、きゅ、と蛇口を捻る音。
 ぱた、とドアが開いた。
 何故かすこぶる顔の色つやのよくなった琴音が上機嫌に出てくる。
 顔色の蒼白な香奈子に首を傾げつつ会釈をして、そのまま彼女は出ていった。
 おそるおそる。
 香奈子はヒメカワ星人が先程もまでいた個室を覗く。
 通りすがりの日吉かおりが何か言いたげに――それも苦情とかの類でなく、例えば同じ
穴のムジナを見るかのよーに――その後ろ姿を腕組みしながら色々誤解していたが、当の
彼女は気づいていなかった。
 中には――
「ひっ!?」
 誰かいた!?
 思わず顔の前を両手で庇う。
 10秒。
 20秒。
(ちなみにかおりには、彼女がスペシウム光線でも放っているつもりのように見えた)
 やがて、そろそろと目を開くと、それが恨めしげにこちらに眼球を向けている。
 それにもめちゃめちゃビビる。
 が、それにはどうにか色んな意味で打ち勝って、彼女は正視した。
 姫川琴音が、何故か半身を便座から突きだしている。
 下半身は見えない。つまり香奈子からは。
 後から気づいたのだが、下半身は既に流されてしまい、ここに残ったのはその残骸なの
だった。
 その格好はすごかった。普通の制服のままで、髪を掻きむしらんばかりに十の指で頭を
鷲掴みにしようと試みつつ、顎を仰け反らせてそこから鼻先の何かに向けて絶望か何かに
痙攣ったような微笑みを表情に浮かべ、そのまま時間を静止させていた。
「えーと……姫川さん、よね?」
 ……………………
 ……………………
 反応、なし。
「あの……姫川さん、よね?」
 上擦っていくような声を、香奈子は自分でも認識していた。何だか首が勝手にいやいや
をしている。
 ……無論だが、琴音は返事をしない。
 ただ恨めしげに断末魔の微笑みを香奈子に向けるばかりである。
 香奈子は、勇気を振り絞って、ぽんと、軽く、軽く、琴音の二の腕を叩こうとした――
いや、叩いたのだが――
 ばふ。
 そんな音を立てて、琴音の左半身が割ける。
 クロワッサンを優しく千切ったような、そんな音だ。
 中身は、からっぽだった。
 芸術的なまでに空っぽだった。
 ……………………
 ……………………
 夜か影か。
 何か黒いものを見たくなった。ていうか、実際視界が一瞬ブラックアウト。
 ぷっつりと自分のこめかみあたりで何かが切れるのを自覚しながら、彼女は呻いた。
「…………抜け殻…………?」
 …………その言葉に、抜け殻が、抜け殻の筈だったそれが、ぎょろりと眼球を動かす。
 おもむろにそれが呟いた。
「脱皮」
 脱皮。
 脱皮?
 とりあえず香奈子はもう一度水を流して、脱皮の後の抜け殻を今度こそ遠い遠い何処か
へと流し去ったのだった。

「……相変わらず掴み所がないですねぇ」
 のんびりとそう感想を洩らしたルーンに、香奈子は食ってかかった。
「ルーン君は実際に見てないからそう言えるのよ!
 私、絶対今日の夜は夢に見るわよ、絶対!?」
「一人は既にもう見てますけどね」
 ルーンの指さす向こうには、健やかが立ったまま口から泡を吹いて悶絶していた。
 時折うなされている。
(すこちゃんって、実は怪談に弱かったんだな)
「……で、具体的な連中の生態については何か判明したのかね、太田委員」
 その場を割るように、月島の声。
「……会長〜。もうやめましょぉぉぉぉぉよぉぉぉぉぉ」
 泣きつく香奈子に、拓也は無情にも首を横に振った。
「いや。学校に宇宙人というファクターは欠かせない。宇宙人だからという理由でどんな
理不尽も許される以上、暗躍生徒会としては見過ごせない」
「でもぉぉぉぉぉ」
「それ以上続けるなら、考えがあるぞ」
「で・電波はもーナシってこの前言ったじゃないですか!?」
「今前言撤回」
「ひぃぃぃぃぃ!?」
 とりあえずルーンが無視して健やかを介抱しようとした時のことだった。
 ずばぁぁぁぁぁん!!
 凄まじい音を立てて、入り口ドアが外から吹き飛んだ!

「何者だ!」
 ちりちりちりちり。
「名を名乗れ!」
 ちりちりちりちり。
「3秒まで待つ。それ以降は電波を撃――」
 ごめす。
 何故か香奈子が背後から拓也を後頭部から消火器ではたき倒した。
 だくだくと白目を剥いたまま流血する拓也。
 ぺちぺちと健やかの頬を叩きながら、ルーンは内心、うあ、と呻いた。
(女って容赦ねーなー)
「会長、撃ちながら言ったら相手も名乗れないじゃないですか、もう。
 この・お・ちゃ・め・さ・ん☆」
 そこで、つん、と血塗れの頬を人差し指で突く。
「ははは……確かにそうだなぁ……ところで、太田委員、何か頭に凄い衝撃を感じたんだ
けど……」
「ルーン君が止める暇もなく殴っちゃったんですよ」
「……そうかぁ……1時間後生きていたら減棒処置にしてくれ」
「はい」
「何でですかっ!?」
 喚いて立ち上がるルーンの声は、どのみち冥府に堕ちゆく拓也の耳には届くことはない。

 いんたーみっしょん。

 で。
 頭に包帯を巻いた拓也、少しストレスを発散して嬉しそうな香奈子、今月はパンの耳も
買えなくなり机に突っ伏すルーン、まだ少し顔色の悪い健やかの前に、闖入者が引きずり
出された。
 そう。
 レミィ・クリストファ・ヘレン・ミヤウチ――SS使い最大の仇である(笑)。

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 えー、久しぶりに「ライ麦畑でつかまえて」を読んで無気力かつ文体があの独特の翻訳
形式になってしまいそーで怖かったRuneです。
 結構だらだらと前半でネタを使ったのがまずかったか? 今回も前後編に分かれること
と相成りました。まあ、半分はヒメカワの脅威を露呈する構成でしたから、今回は今回で
独立した話と読めなくもないです。単に両方知ってるとなおお得ってだけ。
 続くのかな? 次の冒頭で続いてなかったら、この話はすっぱり忘れた方が得です(笑)。

『今日のハイドくん』
 藤田浩之は、廊下で綾香を見かけた。
「よ、綾香。元気そうだな」
「ええ。スペースがないから不自然ながらここで切り出しちゃうけどハイド見なかった?」
「ああ。スペースないから不自然ながら素直に答えちゃうけどこの前美味しかったぜ」
(……この、ルーンの用意した台本、会話が全然噛み合ってないわね)
(全くだな)
 ひそひそ囁く綾香に、やはりひそひそ頷く浩之の後ろから――
「プアヌークの邪剣よっ!」
 悲鳴にも似た声が響く。
「待ってくれ! 僕らにはハイドラント君、貴男の力が必要なんだ!」
「男に『貴男』なんて言われたくないわぁぁぁぁぁっ!」
「全校生徒に『食べられ』ておきながら、今更、純な生少年を演じようとは。やるな、君」
「そーゆー意味に取るなあほぉぉぉぉぉっ!」
 ひたすら暴走するホモネタ! いいのかこれでっ!? 次回、『覚醒』をお楽しみにっ!
「誤解されるタイトルを付けるなぁぁぁぁぁっ!(半泣き)」