我が苦悶に悶えよ魔術士 投稿者:Rune
 何処までも青い空。
 何処までも白い雲。
 何処までも緑の芝。
 そんな環境で陽射しを浴びながら、彼らはそこにいた。
 格闘部なら屋内で汗を流す。
 他の怪しい古武術やら何やらの修練も、それなりに活気がある。
 だが、彼らはそこにいて、特に騒がしいわけではない。
 彼らが行うのは講義であって、訓練ではないのだ。
 もし聞き耳を立てるなら、こういう声が聞こえてきたかも知れない――

「魔術魔術って言っても、んな強い訳じゃねえぞ」
 ルーンはちちち、と指を振って訂正した。
「でもお師様、このお師様から貰ったテキストには、『魔術ってのは強力な武器だ。生身
の人間が持つ戦闘能力としては、紛れもない最強のものだろう――』って……」(by8)
 それに抗弁したのは、雪智波。
 ルーンの生徒、ということになっている。
 らしい。
 らしい、というのは、つまり正式な入門課程を経ていない、という意味が一つ。
 もう一つは、純粋に、智波の魔術威力がルーンのそれを上回っているということだった。
「そいつは確かにそうだ――一般人相手ならな」
 ルーンが嘆息を間に挟んで続ける。
「魔術が万全の状態できちんと命中すれば、それは確かに脅威だよ。
 だが、そういうことはまずあり得ないな。黙って突っ立って喰らってくれる奴が、んな
ぽこぽこいるわけじゃねえだろうし」
「じゃ、そんなに強くないってことですか?」
「実用に堪えるかどうかは本人次第だ。例えば、だ――そこで今サンドバッグに蹴りとか
入れてる青い人がいるけど、そいつに向かって熱衝撃波を放つとする――
 お前なら一体どうするよ、智波」
 余談と言えば全くの余談だが、ルーンは智波を「ちなみ」と呼んでくれたことがない。
 大抵、「ともなみ」と呼んでいる。何度も訂正しているが、ルーンは一向に気にした風
がなく、智波は諦めていた。
 それはともかく、彼は逡巡もなくすらすらと答える。
「避けます。魔術が間に合うならシールドを張ります」
「だな? つまり、まともに命中してもくれないし、本来の威力を発揮させてくれるって
訳でもない。大概はそうなんだ。魔術の対応に不慣れな相手とか、或いは魔術を初めて目
にした相手でもない限り、音声魔術の特徴である呪文を耳にしたら、ある程度の防御行動
を取れる筈なんだよ」
「でも、まともに喰らう人だっていますよ」
「例えば?」
「2年の秋山さんとか」
「……………………」
「……………………」
 風が吹いた。
 風というのは、いつも都合がいい。
 つまり、風が吹いたと認識できるほどに、他のことへの認識がどうでもいいとおろそか
にされているから、都合よく吹くように錯覚を起こすのだろう。
 やがて、ルーンがふっ、と笑った――
「あの人は威力が何だろうが関係ねえだろ。気化したって2秒後には固体に戻ってんだし」
「呼んだ?」
 本人登場。
 ルーンはにっこり笑った。
「呼んでねえよ。」
 その言葉を呪文にして、ルーンの魔術SSが発動した。
 ルーンの右手の甲に現れてちょこんと乗った、異世界の重力の女神SDが、紫の長髪を
なびかせて、闖入者のすぐ足下を起点とした重力渦を引き起こす。
 ……………………
 2秒と掛からず、全身の間接を折り砕かれてスプラッタになった。
 重力渦の中心と外周では、全く威力が違う。
 数学のグラフで言う第一象現の反比例のようなものだ。起点からの距離が0に近いほど、
無限に近い威力を誇る。
「な? 即座に身を翻すならせいぜい転倒する程度だし、運がよほど悪くても腕の一本を
折り砕くくらいだ。致命傷にはならない。が、本来の威力そのものは、今のこのおっさん
みたいに、即死威力なんだよ」
「だ・れ・が・おっさんだって〜?」
 智波は後ろを振り返った。
 ……一秒。
 ……二秒。
 とりあえず、目の前のひまわりに飲みかけのコーラを注いだ。
「ぎゃぁぁぁぁぁ。炭酸だぁぁぁぁぁ……」
 そうやってしおれていく秋山に一瞥も与えず、智波は再びルーンと向かい合う。
「つまり、実戦では当てにできないってことですか?」
「使い方によってはな。例えばさっきの重力渦を、何らかの方法で身動き取れない相手に
放てるなら、確実に仕留めることができる。相手が動くなら、その動きを止めればいい」
「使い方次第――」
「そういうこった。その使い方と威力の抑制、そして発動時の制御が、お前に教えること
なんだけどな」
 その時――
「はああああぁぁぁぁぁっ!」
 ぶちぶちぶちぶちっ!
 異音に気づいて二人は同時にそちらへと振り向いた。
 と、凄まじい勢いで赤い物体がこちらに突進してくるのが見て取れた。
 サンドバッグである。
「危ないっ!」
 顔は見えぬものの、葵の声にルーンは苦笑した。
(相変わらず馬鹿力だな、ったく――)
 彼は瞬時に構成を編み上げると、再び先程の重力の女神を呼びだした。
「我は見る、混沌の姫川っ!」
 ルーンの望みに応えて、紫の女神がサンドバッグにかかる質量をほぼ0に近づける。
 ばす、と、やたら軽い音を立てて、サンドバッグはルーンの片手に収まった。
 底意地の悪い笑みを浮かべて――「ほほー、なかなか狙いの定まった打球だな? 誠意
って知ってるよな? 主に今日の昼食費を好きなだけ立て替えさせて下さいって言うのも
誠意の内なんだが知ってるか?」――ルーンが立ち上がりかけていた時に、それは来た。
 ばすっ。
 いきなりサンドバッグにかかる質量が重くなった。
(あの馬鹿、サンドバッグを2つ飛ばしやがったな!?)
 姿勢が姿勢だけに、中腰のルーンにはひどく辛い重量だった。
 そこへ――
 ばすばすっ!
(4つだぁぁぁぁぁ!?)
「っぐぉぉぉぉぉ――!?」
 悲鳴を上げて――
 びきっ、という音。
「あdkjはおrjはうぃふぉあhう゛ぉさfgzkhgぉあhたjkvなえうぃr!?」
 その音と自らの悲鳴を伴奏にして、ルーンの視界が真っ白に染まった。

「あー……こりゃ筋をやったわねー……」
 難しげに呻く相田響子に、ルーンは何も答えなかった。
 呻くことなどできない。ぎりぎりと噛み締めた奥歯が今にも折れるのではないかと少し
不安だった。
 脂汗が全身に吹き出している。
 やけに冷たかった。
 死神の抱擁というのはきっとこんな感じなのだろう。
「お師様、大丈夫なんですか?」
「さーねぇ。私も高校生で腰を痛めた患者なんて診たことないから」
「そりゃそーですね」
 気楽な会話を続ける弟子と保健教諭に、可能なら彼はすぐさま起き上がって灼熱の地面
で踊るダンスというのを経験させただろう。
 だが、彼はぴくりとも動けなかった。
 もとの芝生の位置で、ぴくりとも動けない。
 動いたら、麻酔抜きの抜歯を50回立て続けに繰り返すくらいの激痛が背筋を這うので
ある。動きようがない。
「……ルーンさん、大丈夫ですか?」
 おろおろと、松原葵が脂だらけの額をハンカチで拭った。
 ルーンは眼球だけ動かして、そちらを見やる。
 練習に付き合っていた佐藤昌斗とTとYOSSYも仕方なくと言った面持ちでその後ろ
に控えていた。
 というか、むしろ倒れているルーンに妬ましげな視線さえ投げかけてきている。
(代わりたいなら今すぐ代わってやるわい……ったく)
 ――と。
 視界が歪む――
 ぼろぼろと溢れ出る涙に、葵は仰天したようだった。
「ああ、ああ、ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
 一層おろおろと彼の耳元で喚く葵に、できれば少し黙って貰いたいルーンだった。
「ま、とりあえず保健室に運ばなきゃね」
 気軽に言って、響子は――
 ルーンの腕を掴んで引っ張り上げた。

 ビッグバンというものを知っているだろうか。世界は大爆発によって創造された。

「あdskfhzxんcう゛ぃsytfkさfがうぃうtgbksDFくhうぃえあ!?」
 どうしようもなく全身を突っ張らせて、仰け反りかえる。
 全身を絶え間なく痙攣が襲い、彼の意識という意識を手当たり次第に蹂躙した。
「大袈裟ねー。男の子でしょうが。しゃんとしなさい」
 ばし。
 彼女はルーンの腰を右手ではたき――

♪粉雪が空から――

 一歩踏み出す。ずり、と微妙に揺れる腰。

♪優しく、降りてくる――

「あら?」
 そう言って、ぐるりと180度彼に肩を貸したまま、反転する。

♪てのひらで、受け止めた――

「ああ、いけない。救急箱を忘れてたわ」
 担いだまま、駆け寄る響子。

♪雪が、切ない――

 救急箱を拾おうとルーンにも付き合わせて腰を屈める響子。

♪何処かで、看てますか――

 途中で石段に右脚がぶつかり、その振動が悲劇的にまで背筋に伝わってくる――

♪あなたは、立ち止まり――

 こちらを見ている連中の顔が、ルーンにはひどく色を失って見えた。というか、この世
のものではない断末魔を目の当たりにしているかのよーなそんな眼差したち――

♪思い出して、いますか――?

 ぐるり、と視界が反転した。
「そうそう。救急箱があったんだから、応急処置はここでもできるのよね――」
 その言葉の意味も掴めぬまま、最後に――つまり、地面に仰向けに叩きつけられる前に
――目に入ったのは。

♪空を見上げ、ながら――

 さようなら、世界(スタッフロール開始)。

♪嬉しそうに、雪の上を、歩くあなたが――
♪私には、本当に、愛おしく見えた――
♪今でも覚えている、あの日、見た雪の白さ――
♪初めて触れたくちびるの、温もりも
♪忘れない I still love you――

(間奏)

♪粉雪が私に、幾つも降りかかる――
♪暖かい、あなたの、優しさに似ている――
♪楽しそうに、話をして、くれたあなたが――
♪私には、心から、恋しく想えた――
♪今でも夢を見るの、あの日、見た白い世界――
♪あの時触れた指先の、冷たさを
♪忘れない I still love you――

♪今でも覚えている、あの日、見た雪の白さ――
♪初めて触れたくちびるの、温もりも忘れない
♪粉雪の、ような、あなたは汚れなく綺麗で――
♪私もなりたいと、雪に、願う――

♪I still love you――

(終奏)

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 ども。暗躍少しお休みで、これ書いてみました……実は続きがあったんですが、力尽き。
 うう。ちょっと疲労が多いのでこれにて……(続き、見たい方がいたらどっか目につく
とこにでも下さればおっけーです……腰の痛さってほんとかなわないな)