我が床を愛せ追跡者 投稿者:Rune
 あ……と、佐藤昌斗は声を上げた。
<どうされました、主?>
 彼は答えずに、ぼりぼりと頭を掻いた。
<主?>
「いや……豆腐買うの忘れたな、って……」
 ……刀の方から溜め息が聞こえた。
 鞘の奥の奥の奥底から洩れだしてくるような溜め息だ。
「……何が言いたい」
<いーえ。何にも。>
「何か如何にも不満ありありって答え方されたら気になるじゃないかっ!」
<だっていかにも生活じみていると言うか所帯じみていると言うかむしろ剣士として夕飯
の買い出しという行為に全く疑問を持つことすらしないしかつそれに完全に甘んじている
あたりが私の持ち主として非常に哀れというかしかもその上天然ボケで立ち止まってのろ
のろ思い出す辺りが惨めというかむしろほんとに――>
「ごめんなさい。俺が悪かったです…………」
 堰を切ったように流れる運命の言葉に佐藤昌斗はただうなだれるだけだった……

 一方。
「なー……Hi−wait……」
「何だ、メタオ」
「オレたち、何してるんだろうな……」
「言うな。侘びしいから」
 こそこそと物陰からそんな昌斗を観察する二つの影があった。

「Hi,Blue men!」
 葵はちょっと痙攣った表情の後、くるりと後ろを振り返った。
 宮内レミィがそこにいる。
「宮内先輩……」
 自分でも、ひどく虚ろに声が響くのが理解った。
「口から舌が出たまんまですけど……」
「Year! これが流行のファッションね」
 舌先が三つに分かれているのもファッションらしい。
 なら、その舌が青いのもファッションなのだろう。
 何となく割り切ったつもりになる。
 まだ少し気になるが、それはできるだけ正視しないことで意識せずにいられそうだった。
「で、どうされたんですか、宮内先輩」
「Yes。確か、雅史が変なことに遭ったって言ってたノ」
 まさし?
 そんな人、知り合いにいたっけ?
 葵はじっくり10秒考えて、ふと、彼女の知り合いの上級生が、彼女の同級生に食って
かかる光景を思い出した。
 呻く。
「ひょっとしなくても佐藤先輩ですか?」
「そうとも言うネ」
「言いませんってば」
 言うよ。佐藤先輩と呼ばないのか?
「……とにかく、佐藤先輩がどうしたんですか?」
「変なことにあったって」
「……変なことって?」
「サア?」
 埒があかない。
「理解らないんですね?」
「多分」
 多分でどーする。多分で。

 一方、佐藤家――
「よーし。作戦第二段階へ移行するわよ」
 インカムを持ちながらてきぱきと指示を出す香奈子の後ろで、健やかはそっと囁いた。
「るーちゃん……いいの?」
「何が」
 畳をひっくり返しながらルーンが振り向きもせずに問い返す。
「松原さんのことだよ。るーちゃん彼女のことが好きなんでしょ?」
「ま、嫌いじゃないけど」
「だったらこーゆーのは……冗談でもしない方がいいよ」
「というか、特別奴にどうこうしたいってわけでもねえし。
 中学時代からあいつとは宿敵というか決着を着けるべき対象というか、そんなもんだし。
 この歳で女に縛られるなんてまっぴら御免だね」
「また、すぐそーゆー……」
「だって、見てて面白いじゃん。今、あいつに一番人が群がってるんだぜ。
 ここは楽しく引っかき回してやろうってのが男じゃない」
 がこん、と床板を外すと、ルーンは即座に床下へと潜り込んだ。
 ――と。
 床下からにょっきり手が出てくる。
「すこちゃーん。懐中電灯〜」
 はあ、と諦めたように健やかは吐息をつくと、彼の手にライトを押しつけた。
 手が引っ込むと同時に呟く。
「…………意地っ張り」
 その後ろでは、降雨ひづきが、やや複雑そうな表情で、所在なげに立ち尽くしていた。

「先生。少し宜しいですか?」
 そう声を掛けてきたのは月島拓也だった。
「え? ああ。構わないけど」
 一人居残って日本史のプリントを作成していた柏木耕一は、筆記の途中でありながらも
筆を置いてこきこきと肩を鳴らす。
「お仕事中すみません……はい、お茶です」
「お。気が利くなー」
 相好を崩すと、耕一は熱い湯飲みを受け取った。
 軽く口をつけて啜る。
 芳醇な緑の香りと、爽やかで食道をやさしく暖めていくのどごし。
 舌先に広がるほんのりした甘みと、それを隠してほどよく口の中ににじんでいく苦み。
 そして、何処までも続く、唾液と混じり合う余韻――
「お。これはいけるね。というか……こんなお茶葉職員室にあったっけ?」
 鋭い。
 実は、隣の部屋に柏木楓属する茶道部を待機させていたりするのである(笑)。
 はは、と曖昧に笑って拓也は誤魔化すと、彼はそっと耕一に耳寄せた。
「佐藤昌斗くんはご存知ですか?」
「ん? ああ。二年の?」
「ええ、彼です」
「彼なら、ちょっとした個人的な事情でよく知ってるけど」
 ちょっとした個人的な事情。
 要するに柏木千鶴からエスケープする時に、しょっちゅう匿って貰っている身なのだ。
 匿う、という言葉通り、あまり一般生徒には知られていない――知られていないが、
そこは悪の組織たる暗躍生徒会だった。
 見事に嗅ぎつけて、こうして企んでいるのである。
「……彼がどうかしたかな?」
 訊いてくる耕一に、拓也はかぶりを振って否定した。
「彼自身はどうした訳でもありません。彼に対して、我々が何かしよう、という話です」
「ほう――暗躍、の方で?」
「はい」
「そこでどうして俺に声をかけるんだ?」
「先生にしかできない場の緩和が必要だからですよ――
 我々は、彼がある一年生に好意のようなものを寄せていることを調査しました。
 ところが、その一年生に対するプッシュは、現在やや弱いように思われるのです」
「それも青春じゃないか」
「ライバルがいなければの話ですよ」
「…………いるわけ?」
「ええ。我々暗躍生徒会としては、学園に更なる波乱を巻き起こすためにも、ここで潔く
身を退いて貰うような結果となって欲しくないのです。そこで、ある程度の後押しを行い、
パワーバランスを均等に保ち、少しでもライバル争いを熾烈化させたい」
「そうかそうか……彼がねぇ……うん、若いってのはいいことだな」
「協力していただけますか? ただし、この件の後に、パワーバランスが均等になった、
もしくはある程度の勝算を見込めるようになったら、喩え柏木先生でも手出し不要にして
いただけることをお約束願わなければならないのですが」
「ふむ」
 耕一はそこで初めて腕を組んだ。
 やや瞼を閉じてみたりする。
 特に深い考えは浮かばなかった。単に、日頃彼にどれだけ世話になっているかを改めて
思い出しただけである。
 少し下世話な気もするが……何から何まで口出ししようというわけでもないし、まあ、
よかろう。
「よし、協力しよう……俺は一体何をすればいい?」
 そう答えた耕一に、拓也はにこりと微笑んだ。
 月島拓也。詭弁家としても謀略家としても、学園のトップを行く男。
「ではですね……ルリコ」

 何だかよく理解らなかった。
 気がついたら、謎の食虫花を花束にして、佐藤家の前に立っていたのである。
 葵は、一応、学校帰りだった。
 家には、今日は遅くなると夢現の内に電話したような――或いはしなかったような――
記憶がぼんやりとある。
 レミィに捕まって、頭皮に何か鋭い感触を覚えたところまでは記憶が残っているのだが、
それ以降がどうにも朧だった。
 とにかく、彼女はここにこうして立っている。
 とりあえず、昌斗が何か事故にあったらしい。
 見舞いをする必要があるだろう。
 心を決めると、葵はインターフォンに手を伸ばし――
「えーと……もしかして、葵ちゃん?」
 背後からかかってきた声は――

 背後からかけてみた声は――
 彼女を振り返らせた。
 最初「もしかして」とも何とも思わずに、昌斗はそれを松原葵だと考えて声をかけた。
 特徴的な青い髪。
 或いは髪が青いし、他にも髪が青いとか、それ以外にも青かったし、ていうか青い。
 故に。昌斗はそれが葵だと信じていた。
 ――そう。その時までは。
 振り返るそれ。
 目元は確かに彼女の目だ。今はやや虚ろだが、普段は輝きに溢れた前向きな眼差し。
 少し低いことを気にしているらしい鼻。
 可愛い耳たぶ。
 格闘技をやっているにしては、がっしりとこそしているけれども、ひどく狭い肩幅。
 健康的に日焼けした手足。
 そして――
「……………………」
<……………………>
「?」
 ただ立ち尽くす昌斗に、葵が疑問符を浮かべた。
「どうしたんですか、佐藤先輩?」
 その平均的に高い声。それも確かに彼女のものだ。
 だが。だが――
「……………………」
 固まる昌斗の耳に、運命の、ぼんやりと意味も把握せずに呟かれたらしい声が届く。
<…………ヒゲ?>
 口許には、上品だが青いヒゲがふさふさと実っていた。

 ……………………
 …………
 ……
(どうしたぁっ! どうしたぁっ! 遊びは終わりだ! 泣け! 叫べ! そして――)
(ヒゲっ!)
 …………
(右ですか〜?)
(Yes! Yes!)
(左ですか〜?)
(Yes! Yes!)
(もしかしてオラオラですか〜?)
(ヒゲヒゲヒゲヒゲヒゲヒゲヒゲヒゲヒゲヒゲヒゲヒゲヒゲヒゲヒゲヒゲヒゲヒゲヒゲ)
 …………
(瑠璃子さん、何してるの?)
(電波の受信。長瀬ちゃんも出来るんでしょ、電波の受信)
(いや、僕は――)
(屋上だと晴れた日はよく電波が届くんだよ……ヒゲに)
 …………
(ちょっとちょっと大ニュース大ニュース!)
(あんだよ。またヒゲちゃん情報か?)
 …………
(ふふ。あなたたち親子はいつもそう――)
(千鶴さん?)
(いつもいつも、私の心にずかずかと踏み入ってきて――)
(……………………)
(いつも――私の心を優しく包んでしまう――)
(ヒゲ)
 ……
 …………
 ……………………

 20秒ほどしてから。
 昌斗はゆっくりと土下座して謝った。
 何にかは理解らない。
 とりあえず、目の前の彼女に何が起きたのか、誰かに教えて欲しかった。
 或いは、そういうのを祈りとか懺悔とか呼ぶのかも知れない。

(註:この辺りまでプロットが練り上がった時に、会議室では佐藤さまが議題について、
ちょっと軽いポカミスをされました。そこで――ICQの番号知らないから――電報で、
「あんまり気にしちゃ駄目だよ〜。ま、そゆことは誰にでもあるし。あ、ほら、次の話で
佐藤さま主役だし、とにかくあんまし落ち込んじゃ駄目ね」と、今鑑みてみれば、かなり
偉そうなことを口走っていました。
 会議終了後、改めてその話題を持ち出されて、主役と言ってもこの扱いに、ひじょーに
罪悪感を覚えちゃったりして……
 ごめんね、佐藤さま。笑<誤魔化すなっちゅーに)

 とん、とん、とん、とん……
 ヴィ〜ヴィィィィ〜……
 とん、とん、とん、とん……
 ヴィ〜ヴィィィィ〜……
 気まずい。
 ひじょーに気まずかった。
 耕一は、視線を宙に彷徨わせる。
 何があったのか理解らないが、とりあえず彼が来た時には、出迎えた昌斗の目に生気が
なく、洗面所の方からはひげ剃りの電動音と、何だか啜り泣くような声がしてくるし。
(これは……キューピッドというよりも、破局を迎えた夫婦の離婚手続きに立った弁護士
といったほうが近いな)
 だって、作者が作者だからね。
 この作者がラブコメ書こうとしたら、まるで呪われているかのよーに主人公が自縛霊に
なるか、或いは恋人が性転換してるか、或いはタン@リンに殺されて「クリ@ンのことかっ!
クリ@ンのことかーっ!」って絶叫するか、或いは左右が逆になったりとか、逆じゃない
けど色が反転したりとか、7650点とか……まあ、そんなようなものだし。
 やがて。
「たっだいまー!」
 降雨ひづきが元気に帰ってきた音がした。
 ややほっとして――というか救助とか救済とか補完とかされたよーな面持ちで――耕一
は胸を撫で下ろす。
「あ、お帰り〜。お邪魔してるよ」
「あ、耕一さんっ!」
 彼女はぱっと顔を輝かせると、とたとたと駆け寄ってきた
「いらっしゃいっ! 今日はお夕飯食べていってくれるんですよねっ!」
「え? う、うん」
「やったぁっ!」
 ここまではしゃがれて悪い気のする男はいない(多分な)。
「あ。そだ。ちょっと玄関に忘れ物したんだっけ」
 頭をかりこり掻きながら、耕一は照れ照れでその場を離れた。
 はーい、とその場で手を振るひづき。
 にしても――
(お前、結構外面作るの慣れてるのな……)
 襟元に仕込んだインカムと、耳の奥に当て込んだフォンによる通信で、ルーンが呆れた
よーに呻く。
(まあ、女は割とそういうもんだけど……)
 鼻で笑うルーンに、ぴくり、とこめかみだけをひきつらせて、ひづきは唇を動かさずに
声を出す。
(太田先輩、やっちゃって下さい)
(ラジャー)
(何で自分の首を絞めるんですか太田委員!?)
(余計なこと言うから……)
(詐欺師を詐欺師と言って何が悪いこの詐欺師!)
 ひづきは鞄を「うっかり」落とした。
 どかっ――
 何故か畳にめり込んで、鋭いエッジが床下に潜むルーンの、スウェイバックした鼻先を
掠める。
(ちっ)
(ちっ、じゃねぇっ! てめ、今わざとやったな!? 明日刻むぞこの色ボケ女!)
(望むところよっ!)
「あ、ひづきちゃん。いつもお世話になってます。これ、つまらないもんだけど――
 って、あれ? どうしたの? 畳に穴開けて熱湯こぼして」
「あ。その。ポットを落としちゃったら畳がめり込んじゃって……昌兄ぃの手入れが悪い
から、畳すぐに駄目にしちゃうんですよ」
 畳は乱暴に使っても5年は持つってば。
 柔道でもするなら別だけど。
(くそー……絶対てめぇ泣かすっ!)
 健やかと一緒に悶絶しながら、ルーンのそういう呪詛の残滓が耳に届くのを、ひづきは
きっぱりと無視した。

「え? それじゃ、先輩が事故に遭ったっていうのは……?」
「うん。見ての通りぴんぴんだよ。誰かと間違われたんじゃないかな?」
「そうですか……よかった……
 あ、よかった、なんて言っちゃ駄目ですよね、他の人に失礼だし……」
「あはは。心配してくれて、嬉しいよ」
「し・心配だなんて、そんな……」
 食後の談話。
 人生のささやかな愉しみ。
 そこまで来て、耕一は胸を撫で下ろしていた。
 どうにか、上手くいったらしい。
「あ、そだ。味噌汁、薄すぎなかった? ちょっと口に合うか心配だったんだけどさ」
「いえ、美味しくいただけました」
「昌兄ぃの唯一の取り柄だからねぇ」
「失礼な」
「いや、この年でここまで料理が巧いのも珍しいよ。松原君だっけ? 俺もここにはよく
お世話になるんだけどさ」
「あ、はい」
「結構ここって、腕がしっかりしてる割に二人しかいないから材料が余るみたいで。
 他人の俺が言うのも何だけど、ちょくちょく遊びに来るといいよ。二人とも喜ぶと思う」
「あ、うん、松原さんなら大歓迎するよっ」
 耕一が勧めるのに、ひづきも大きく頷いた。
 昌斗はと言うと、これが真っ赤になっていて何も言えない。
 時々ごちょごちょと、手元の刀に何か喋っている。
 はっきり言って、怪しいぞ、をい(笑)。
 気づいてないのは当の葵くらいのものだろう。
 ――と。
(お前の従兄弟ってよー……奥手なのな)
(しょーがないじゃない)
(そゆのには二つパターンがあってだな。一つはあまり女の子と触れたことがない場合。
 もう一つが、虐待されまくって受けに慣れてしまった場合だ)
(…………何が言いたいわけ?)
(別にぃ。普段の扱いが偲ばれるな〜、って)
 不意に。
 ひづきが、誰の目にも明らかに、にっこりと笑って、テーブルに身を乗り出した。
 さりげなく――誰も気づかなかったから多分さりげないのだろう――全体重をテーブル
に載せて。
 床が、陥没した。
「ぉわぁっ!?」
「きゃっ!?」
「わぁっ!」
「きゃぁっ!」
 男女四人の悲鳴が入り交じる。
 もうもうと立った煙の後には――
 テーブルに下敷きにされたルーンの姿。
「ルーン!?」
「ルーンさんっ!?」
 異口同音に、昌斗と葵が叫んだ。
「……いてててて……ちっ。もーすぐだったのに」
 舌打ちして、ルーンは跳び退った。
「はーっはっはっは! 暗躍生徒会、ここに見参!」
「佐藤昌斗っ! 確かに貴様の作った今日の晩御飯の残りは暗躍生徒会がいただいたっ!」
 Hi−waitとタケダテルオがおーいばりしながら台所から出てくる。
(ちょっと! そういう段取りだった!?)
(バレた以上、何か別の作戦があると見せかけた方がいいと判断したんです、太田委員!)
(それよりも、太田さん、僕らは床下で一番気づかれやすいよ。るーちゃんが気を引いて
いる間に撤収しよう)
(らじゃっ! 撤収ぅぅぅぅぅっ!)
 ひづきがそういう急ぎの会話に気を取られている間にも、ルーンは続ける。
「ははははははっ! 今日のところは、このくらいにしておいてやろうっ! だがっ!
 我々暗躍生徒会はまた必ず現れようっ! 心しておくがいいっ!」
 ひらひらと、ぺったんこになったミヤウチ星人が飛んできた。その背に飛び乗り、彼が
高笑いを残しながら飛び去っていく。
 いつの間にか、Hi−waitたちもいなかった。
 ……………………
 ……………………
 ぼーぜん。
「ていうか……」
 昌斗がやっとのことで喉の奥から声を洩らした。
「それくらい言ってくれればあげるんだけど……」
 こくり、とその隣で、葵が頷く。
 ひづきはふと気がついた。
 どさくさに、ルーンにプレッシャーを与えられることで、二人は手を繋いでいる。
 次に、耕一を見た。
 ……耕一も、苦笑しながら頷いている。
 ひづきはあたりを見回した。部屋の中はしっちゃかめっちゃかだ。
 テーブルの足は折れ、部屋の真ん中は穴が開き、タンスは倒れ……
 ん?
 ひづきは目を凝らした。いけない。
 彼女から、葵たちを挟んで向こうに、ひづきのインカムが落ちている。
 回収しないと、と一瞬慌てかけるひづきを耕一が制して拾い上げ、胸ポケットに無造作
にしまい込んで、ぽん、と昌斗の肩を叩く――
 叩くその前に。
 耕一のぎこちないウィンクが、ひづきの胸に、ふと秘密の共有とか何とか、そういった
言葉を連想させて、少しくらいなら、ルーンの暴言を許してもいいかな、と彼女は思った。