我が慟哭に戦け弾劾者2 投稿者:Rune
「ちょっと! セリス先輩見なかった!?」
「どことなく血走った目をしてるんだけどさ」
 香奈子と健やかが、道行く藤田浩之を捕まえて訊いた。
「セリス先輩? えーと……確か体育館の方に逃げてったぞ」
「体育館? 間違いないのね?」
「ああ。顔は確かにあの人だった」
「よし、行きましょ健やか先輩!」
「らぢゃー! あ、藤田君、これで何か飲んで。ありがと」
 急いで駆け出す香奈子と、100円を渡して走り去る健やか。
 ややもして、浩之は再び歩き出した。校舎の方へ。
 そこで、再び立ち止まる。渡り廊下にびっしりチャバネメタオがいるのである。
 冷や汗がたらりと流れた。
 呻く。
「今度は何が起こってるんだ?」
「それはだね」
 ふと、足下から声が聞こえた。
 しかも、この声は聞き覚えがあるが――
 ……………………
 ……………………
「セリス先輩、そのチャバネコスプレは一体……?」
 はっはっは、とセリスは一際大きいメタオと化して腹這いになりつつ気遣った。
「どうしたんだい、よろめいて」
「いや。何か違うような気がして」
「凄いカモフラージュだろう?」
「はあ」
 確かに凄い。問題はカモフラージュが凄すぎてカモフラージュの目的を果たしていない
ことだが。
 だが、浩之は突っ込まなかった。
「で、何なんですか?」
「うん。実は僕は追われているんだ」
「なるほど」
「で、彼女たちは僕の退路を断とうと、こうしてメタオを蒔いているというわけさ。ふっ。
 まあ、僕なら、渡り廊下の天井くらい這っていけるけどね」
「はあ」
 曖昧に頷いて、彼はどうしても確認しなくてはならないことに気がついた。
 問いと言うよりは呟きという感じで、口を開く。
「セリス先輩なんだよな?」
「勿論」
 セリスは大真面目に頷いた。

「動かないでっ! 動くとチャバネメタオをけしかけるわよっ!」
 そう脅しながら飛び込んできたのは香奈子だった。
 沙織の動きが止まる。
「どうしたの、太田さん」
 きょとんとした顔で、沙織が問うた。
 壮絶な表情で、息を切らしていた香奈子は、2秒ほど呼吸を整えて、口を開く。
「えーと……ここに、セリス先輩が、来たって聞いたんだけど」
「うん。来たよ。何か様子が変だったけど」
「今、ここに、いる?」
「ううん。何だか泣きながらいなくなったよ」
「そう……どっちへ行ったか、知らない?」
「さあ。体育館の裏口から出ていったから……」
「そう……」
 ふうふうと息を落ち着ける香奈子に遅れて、健やかが到着した。
「太田さん、足、速いんだね……」
 言って、ばったりと倒れる。
 香奈子は、とりあえず小休止にすることにして、壁に寄りかかった。
 そんな彼女に。
 沙織が、おずおずと声を掛ける。
「また暗躍生徒会で何かやったの?」
「ええ。千鶴先生の料理から逃げ出したセリス先輩を捕まえて、責任を持って食べて貰う
の」
「それは……あたしでも逃げるなぁ……」
「いいのよ。男の子は女の子の手料理を飯粒一つ残してはいけないって宇宙法則があるん
だから」
 それは男側の論理なんですが……香奈子ちゃん、詳しいね。
 でも、たまに塩の塊とか入ってると悲しいね。塩分の異常摂取で腎臓をやったりとか。
 家庭の味と全く違う味を食べるのは新鮮なんだけど……徹夜で料理するのはよくないぞ。
 味付けが酷なる……もとい濃くなる風潮があるから。
 初めて振る舞う時には、やっぱり薄味で攻めるのが一番でしょう。煮物も。
(健やか:極度に手料理不審に陥ってるね、るーちゃん。
Rune:部活の女の子が差し入れ作ってきた時、すっげー幸せだったんだけどね。ま、
自分に、じゃなくて、部に、だったんだけど。で……あの悪意のない笑顔でにこにこする
もんだから、男子部員は一生懸命塩辛いさといもとかを頬張ったんだよなー。おにぎりが
いっぱいあれば、味の濃いのもカバーできるんだけど、一人2個しか行き渡らなかったし)
「それはそうと、セリス先輩にあんな格好させて食べさせたの? それは逃げちゃうよ」
「……あんな格好? 制服の上から縛っただけよ?」
 沙織は最初信じなかったが、香奈子の本当に意外そうな顔に、表情を強張らせた。
「…………ほんとなの?」
「勿論よ。暗躍生徒会に賭けて誓ってもいいわ」
「…………じゃあ、どうしてセリス先輩、赤いブルマなんて穿いていたのかしら……」
 健やかと香奈子は顔を見合わせた。

 七瀬彰はとりあえずのろのろと職員トイレに入った。
 見渡す。
 基本的に職員のものは使用頻度が少ないというその一点に於いて、生徒たちのものより
綺麗になっていた。
 タイル張りの床。
 個室のドアは全て開け放たれている。
 立ち姿で利用する便器の方は一見して誰もいないと知れた。
 ロッカーを開く。掃除用具があるだけ。
 次に流しの下のドアに視線を落とす。
 中にはトイレットペーパーがストックされている筈だ。
 あのプライドの高いセリスがここに潜り込むとも思えないが……
 がらり、と開く。
 何故か、そこには巨大なトイレットペーパーがあった。
 それが、ゆっくりと――
 振り向く。
 芯棒の筒に身体を潜り込ませていた少年の頭部。
 視線が交錯した。
 にっこりとセリスが微笑して、回転を始めた。
 そのまま扉をぶち破って、七瀬を轢いてドリフトで去っていく。
 後に残ったのはぺらぺらの七瀬だけだった。

「ちーす」
 ルーンはひょいと片手を上げて挨拶した。
 ちらりとbeakerが視線を上げる。
「いらっしゃいませ」
 そっけない。
「どもども。実はもの買いに来たんじゃねーんだけど」
 結構ルーンは横柄な口調でカウンターにもたれかかった。
 そのまま崩れ落ちる。
 どうにか顔だけ出した様子で眼差しだけは物騒にぎらつかせて、彼は笑った。
「へっへっへ……」
「また毒を食べたようですね……」
「まーな。それでも腹に溜まるぞ」
「顔が土色に変色してますけどね……右肩もやけに傾いでますけど」
 ルーンがものを買いに来たのではないことがbeakerには理解っている。
 ルーンにしても、特に客扱いして貰いたくはなかった。
 今からも、あまり愉快な話を持ち出すわけではないのだから。
 相手を見て対応を変えるのは失礼ではない。
 むしろ当然のことなのだ。
 ルーンが暗躍生徒会の上司と中学時代の先輩以外には敬語を使わないように。
 beakerにしても客や商取引先に最大の敬意を払うからこそ、ルーンには邪険だ。
「で、何の用なんです?」
「へっへっへ……それが、ちょっとそっちの管理ミスみたいでな――」
「管理ミス、ですか?」
「おう。ま、言ってみれば不可抗力なんだけどよ」
 前置きして、ルーンは続ける。
「そっちにダンジョン潜りの二年生がいるよな。図書館のダンジョンってのが、どの辺に
あるかは知らねえけど」
 それに対するbeakerの目は冷ややかだった。
 ルーンは、購買部からの流通に寄らないアイテムを入手していたりする。
 そして、その中には、沙留斗の鼻先から横取りしているものもあると、彼は踏んでいた。
 ある程度以上のトラップの解除は沙留斗に任せ、中核まで来たところで先回りして――
その先回りの方法が実に謎なのだが――それを奪い取る。
 沙留斗が来た時には、トラップに厳重に守られた空の部屋があるという寸法だ。
 そういう事例を何度も報告されれば、普通は疑念を抱く。
 だから、白々しくも「ダンジョンの場所が何処か知らない」と言うルーンに、いい気を
抱ける筈がなかった。
 無論、疑っていることなど、おくびにも出さない。それは彼の商売人根性が許さない。
 獲られたものは獲り返せ。
 それが、商売人の裏の掟であり、才覚の見せ所でもあるのだ。
「……それで?」
「そのダンジョンから何か持ち出した人間がいるんだよ。これが。ダンジョンは基本的に
図書館と購買部の管轄下に置かれているんだから、これは明らかな管理ミスだ。違うか?」
「我々の管轄下と言っても、それは昼間に限定されます。夜間に関しては暗躍生徒会の方
で警備を引き受けていると聞いていますが?」
「残念ながら昼間だ。証言が取れてる。既に容疑者の身柄は拘束済みだ」
 beakerは胸の中で何かに毒づきたくなった。
「一体誰です。その傍迷惑な人は」
 ルーンが、にやりと口の端を上げて答えた。
「柏木千鶴教師だよ」

 健やかは額の汗を拭った。
「一体何処にいるのかな、セリス君」
 香奈子が、右を探す彼の隣で息を乱しながら、左前方に注意を払った。
 裏庭。誰もいないし、整地も行われていない場所。
 ……と。
「何だっ!?」
 健やかが後ろを振り返った。
 そこには、二本の樹がある。
 残りは、フェンス際の草むらとか、その程度のものだ。
 つられて振り向いた香奈子が、声を上げた。
「どうしたんですか? 健やか先輩」
 言われて。かりこりと健やかが頭を掻く。
「気のせいだったみたい……」
「ふふふ。健やか先輩って、いざって時には鋭いですよね」
「まるでいざって時じゃない時には鋭くないみたいだなぁ、それ」
「ふふふ」
 と。
 再び前を向こうとする健やかの耳に、がさごそという音が届く。
「…………?」
 訝しげに振り返る。
 どことなく。
 どことなく、二つの内、右の方の樹が動いているような気がする。
「……どうしたんですか、健やか先輩」
「いや。ちょっと気になってね……」
 首を傾げながら、彼はその樹の方に近づいた。
 一歩一歩近づく度に、樹皮からだらだらと冷や汗が流れる。
「誰かいるのかな。樹の影に」
 呟いて。ゆっくりと裏を覗き込もうとする健やか。
 だが。今度は――
「す、健やか先輩?!」
 彼はゆっくりと頷いた。
 樹木が、微妙に回転している。
 まるで、樹の裏側を見せたくないかのように。
 沈黙。
 緊張。
 そして――
「わぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ〜んっ!」
 一声威嚇に吠えて、そのまま脱兎のごとく樹がざわざわと逃げ出した!
「追いましょうっ、健やか先輩っ!」
「らぢゃーっ!」

『緊急緊急っ! ジン先輩、いますかっ!?』
「おうっ。どうしたっ?!」
『セリス先輩を発見っ! 現在3年生棟南廊下を追撃中ですっ!』
「よっしゃぁっ! 任せとけっ! すぐに応援に行くぜっ!」
「アタシも行くよっ! 頑張って堪えてネ、カナコ!」
 二人が勢いよく窓から飛び出す。
 ちらり、とジンが最後に千鶴を見ると、彼女は腕によりをかけて第二弾を準備していた。
 ルーンが彼女に頼んだのだ。
 おそらく、これも彼は平らげるのだろう。
 傍目から見れば、単なる物好きなだけの話。
 だけど。
 ……少し複雑だった。
 嬉しそうな彼女。
 他人に必要とされて、素直に喜んでいる彼女。
 この彼女の笑顔を独り占めできないことが悔しかった。
 何より、自分への些末(でもないが)なダメージに拘って、その機会をみすみす逃そう
としている己が途方もない馬鹿で、甲斐性なしに思えた。腹立たしかった。
 だから。彼は、この件が片付いたら、購買部で胃腸薬を買おうと心に決めて。
 今は、全力でバーニアを噴かして急行する。
 青い空が目に痛かった。

「ほー。で、こいつは何なんだ、おい」
 店の奥からその人物を読んで引き会わせたbeakerに、ジト目で、ルーンは呻いた。
 もろ、今日は悪役である。
「えーと……沙留斗と言います」
「彼がうちのダンジョンからの商品補充を担当しているんです」
「……自分は男の方の泥棒には用はないんだが」
「――どっ……!」
 泥棒とルーンに言われて、沙留斗は激発しそうになった。
 しなかったのは、beakerが押さえたからだ。
「……今は彼しかいない。彼と沙耶香の事情は知ってる筈だと思いますが」
「……一応、ざっとは。男性精神と女性精神の二面を持つ泥棒なんだよな」
「……………………!」
「そういうことです」
 泥棒という単語を沙留斗が嫌悪していることも、ルーンはおそらく知っていただろう。
 だが、その挑発に乗らせるほど、beakerもお人好しではない。
「彼にはこれから少し働いて貰わなくてはなりません。今ここで女性化させると、明日に
なるまで請け負った仕事ができなくなります」
「仕事っていうのは?」
「今日の放課後までに地下94階のビンヅメイナリテツワンバナの群生地から、その蕾を
20個、オカルト研究会にお届けすることです」
「じゃ、後に回して貰うように頼んでくれ」
 無茶なことを言うルーン。
 それに、beakerが大人の顔で対応する。
「今日の新月の実験に間に合わなくなります」
「そか。だが、事情はさっき説明した筈だよな? 誰だか知らないが、その女泥棒が柏木
千鶴教師を伴ってダンジョン入りし、千鶴教師が何かやたら怪しげな食材を未鑑定のまま
に持ち帰ることを許している。これは明らかな監督不行届だ。気づいていなかった、とは
言えないことも理解っているよな」
「ええ。だが、それにどんな対応ができたと言うんです?」
 答えを知りながら、beakerは問うた。
 彼自身、こういう言葉の駆け引きが好きでもあった。
 ただし、目の前の相手にもう少し品位があればの話だが。
 とにかく――
「できねえ」
 ルーンはきっぱりと答えた。
「千鶴教師の素早さはかなり無茶なものがあるからな。たまに肉眼じゃ見えねえし。
 きっとその女泥棒も気づかなかったんだろうな。きっと。だから、それに対し責めよう
って訳じゃない。報告しようにも知らなかったんだからな。
 けど、そのことについて後々のフォローをする責任までないとは言わせねえぞ。
 簡単な話、要はその女盗賊がどの階を探索したかが理解ればいいんだ。そうすれば食材
というのが何だったのか、ある程度は見当がつく」
「ちょっと待てよ。だからってこっちの都合を無視していいってもんでもないだろ?」
 かなり頭に来ているらしい沙留斗が、ぶっきらぼうな言葉遣いでルーンを遮った。
「どういう意味だ?」
 ルーンに視線の矛先を向けられ、沙留斗が何を当たり前の事を、と目つきを剣呑にした。
「こっちには今日にしかできない仕事が入っている。で、明日になら協力できると言って
るんじゃないか」
「別に構わないぜ。自分はね。知らないから言えたんだろうが、一人薬物中毒による症状
で校内を駆けずり回っている生徒がいることを考慮に入れておけよ」
 それを食わせる発案をしたのはお前だってば。
 ああ、何か今日は汚れ役だ……しくしくしくしく。
「ふむ」
 beakerが顎に手を当ててそこで考え込んだ。
 そこで、沙留斗に向かって言う。
「すまないけど、帳簿を持ってきてくれませんか?
 納入された商品から割り出せるかも知れません」

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 ついにこの件一時提携して動き出すのか高飛車暗躍生徒会&購買部!
 そして、ジン・ジャザムは親友のセリスを止められるのかっ!
 っていうか、御免よびーかーさま&さるとさま&ジンさまこんな扱いっ!
 既に悪役の被害者そのものだっ!(汗汗汗汗汗)
 しかも何故か長々続いているぞこの話っ!
 とっとと終われよ作者っ!
 次回!
 我が慟哭に戦け弾劾者3(わがどうこくにおののけだんがいしゃさんにんめ)!
 沙留斗さまのLメモとどうネタをかぶらせないか悩む作者は20歳!
 対象梅花に浪漫の嵐!
「晩御飯はまだですかね、梓ちゃん」
「もう食べたでしょ、おじいちゃん!」