学園祭Lメモ「楓祭’98/自由ステージ部門(終わる想い)」 投稿者:Rune
        『試立Leaf学園・塔時空・緑葉帝71年 「爪の塔」第一棟屋上』
 闇の中で――
「どうしたら――いいと思います?」
 彼女の問いかけ。
 それに、彼は答えなかった。
 ただ、胸の中で静かに呟く。
(答えられないんじゃない――答えないんだ)
 そんな彼の思いなど知らず。
 彼女は続けて――
「私――」
 その言葉に。
 彼は煩わしげに手を振って、それを遮った。
 首から掛けた首飾りには、彼がその場所でも並々ならぬ階級であることを示す、角だか
牙だかの形を模したアクセサリーがぶら下がり、彼女の瞳に湛えられた光を受けて、鈍く
淡く反射する。
 沈黙。
 静寂ではない。
 風は、いつもそこを絶え間なく行きすぎていくから。
「私――」
 再び、彼女が口を開く。
 今度は、彼も、止めなかった。
 むしろ、止められなかったことに戸惑いを覚えて、それでも彼女は胸の中から気持ちを
押し出す。
 勇気を振り絞って。
 その言葉に、それ以上の意味を込めて。
「私、どうすればいいんでしょう」
「知るかよ」
 それでも。
 気持ちは、届かなかった。
「でもな――」
 空を、彼は見上げる。綺羅星瞬く夜空を。
 儚くほのかに息づく三日月を。
 ゆるゆると流れていく薄雲を。
「何を悩む必要があるんだ? ここに残れない。綾香を追いたい。それで、何を悩まなく
ちゃいけないってんだ?」
 彼女は口を噤んだ。
 彼の言っていることが正論だと言うことが理解ったし――それ以上に、理不尽に満ちた
ものを感じ取ってしまったから。
「行けよ」
 ……身じろぎもしない、少年の何かを――             ――激情を――
 押し殺したような低い声。
「行って、お前の信じる何かをやってみろよ。
 それが――単なる意味のない我が儘でも……
 ここで燻ってるだけじゃ後悔しかできないぜ」
「私――」
「俺たちは、馴れ合うだけの間柄じゃねえだろ。十何年後かそのくらいに再会した時――
その時、お互いに馬鹿話もできるさ。でも、今のままのお前ならそれすらできなくなるぞ」
 唐突に――
 夜の沈黙を裂いて――
 風切り音。彼が打ち出した裏拳を、彼女はこつんと同じ手の甲で合わせた。
 今まで、二人が積み重ねてきた結果だった。
 たかだかこんな下らないポーズを取るのにも、息を合わせるために一週間練習を重ねた。
 そんな馬鹿な想い出が頭をよぎる。
 よぎると同時、更に想い出が唐突に溢れ出てくる。
 春には笑い合った。初夏には鍛え合い、梅雨には慰め合った。
 夏には競い合い、秋には喜び合い、冬には空を分かちあった。
 一日たりと同じ日はない。そんな、泥臭い宝石の詰まった記憶が、彼女を焦がす。
 瞼がひきつった。
 喉が熱くなった。
 奥歯を噛み締める。
(泣いちゃ、駄目――)
 何故だか知らないけど、駄目だと思った。
 惨めに泣くのを、彼は絶対に望まないと思った。
 頬がぴくぴくと動いた。おそらく、今にも打ち崩されそうな顔をしているだろう。
 でも泣かない。
 絶対に泣かない。
 睨み付けるように彼を見つめる。大きく目を見開いて、視界が歪まないでくれるように
必死に何かに祈って。彼を見つめる。
 彼を見つめる――
 彼は、そんな彼女に真剣に応えた。
 微笑して彼女の緊張を揺るがせたりなどせず、ただ、交えた拳を強く強く彼女の右腕に
押しつけてくる――
 拳。腕。脚。肩。少年と少女は、ひたすらこれらをぶつけ合い、凌ぎを削り合ってきた。
 腕を折ったことも。折られたことも。本当の意味でいつも真剣に、互いを互いの物差し
で伸ばしてきた。
 二人が目指してきたのは強さではない。断じてない。
 それから得られる、もっと、別の――
 別の――   ・・
「約束しようぜ、親友」
 彼が彼女を見つめ返してくる。
 この学校の中で、誰よりも彼のことを理解していると彼女は思っていた。思い込みでは
あったかも知れないが、それでもお互いをそう信じ合えていられた。
 生来下がっている眼尻は薄い睫毛に縁取られている。意外と大きい瞳を気にしていて、
指摘されるとすぐに曲がる、緩やかな口許。やや出てきた頬骨。手入れをしていない前髪。
少し広い額。形が少しいびつな顎――
「約束だ。いつか――必ず。必ず、お互いの必要な答を見せ合おうぜ」
 ふ、と彼女が頬をほころばせた。唇を震わせながら、おどけて見せるように、おどける。
「拳を交えて?」
「拳を交えてさ」
 す、と二人の拳が離れ――
 裏拳が、こつんと、互いの額を小突く。
 彼は、最後まで笑わなかった。
 口許を引き締めて、きびすを返す。
 お休みとも言わなかった。
 肩越しに手を挙げもしなかった。
 そして、さよならとも。
 振り返らずに階下へと下っていく少年。
 彼女を取り残して――或いは彼女に取り残されることを望んで――いなくなる少年。
 姿が見えなくなってから、彼女は泣きかけて――誰も見ていなかったけれど、それでも
なお頑固に奥歯を食いしばり続けた。
 意味もなく、意地のような何かにしがみついた。
 涙はひょっとしたら流れたかも知れない。頬を伝ったかも知れない。
 けれど、彼女は泣かなかった。
 泣かなかった――


            『試立Leaf学園・塔時空・緑葉帝73年 リネット屋上』


 そこがリネットと呼ばれる理由を知る者は実は少ない。
 つまりは一年生棟なのだが、それならそれで素直にそう呼べばいいものを、という声も
勿論あった。専ら外――外来の、不慣れな訪問者たちからがその大半を占めていたが。
 何にせよ、慣れてしまえばそれまでだった。だから、初めこそ疑問に思えても、大した
意味もないというだけであれば、校舎の改名などはそちらの方が遙かに面倒なのだった。
 だから、未だにそこはリネットと呼ばれている。実際にその名前を使うものは少ないが、
その名前が出てきた時に戸惑う生徒は皆無だった――転校生を除けばだが。
 まあ、そのリネットは、つまり、一年生の教室が大部分である。一学年について生徒が
1000人という賑やかなこの学校だが、教室は大体30クラス前後だった。一クラスに
つき、大体35人というところだろうか。クラス別のHRなどは実は少なく、他のクラス
と合同で行ったりと、普通の学校に較べればマンネリする要素が少ない。この学校にいる
3人の校長の内の一人、教育システムを担当としている柏木賢治が提案した『ルーティン
ワークによる形骸化防止』とか何とかに代表される幾つかのコンセプトから、とにかく、
『昨日と同じ日』をシステム面から許さないようになっているらしい。
 お陰で、たまに教師もスケジュールを取り違えるなどの手違いを起こす。効率が悪いと
評価する向きも多いが、斬新な試みであるのは確かだった。
『試立』Leaf学園というのは、新しい教育の形を模索する巨大なデータ採取の場でも
あるのである。
「新しい転校生を紹介するぞー」
 柏木耕一が壇上でぱんぱんと手を打って注目を集めようとした。
 が、なかなか生徒たちの雑談は終わらない。
 理由は3つ。
 一つは席が決まっていないので席の近しい者は必然的にその人物の友人となりやすいと
いうこと。
 もう一つは柏木耕一は基本的にそこまで几帳面な性格ではなく、体裁として生徒に呼び
かけているということを生徒全員が知っているということ。
 最後に……学校のそういう体質から、転校生や留学生が珍しくないということだった。
 勿論転出していく生徒も多いのだが、雰囲気としては、ここは様々な個性の坩堝に近い。
 そして、人間の質が多様化すれば、そこに残るのは無関心である。画一化された場所に
異質なものが飛び込んでいけばそれは否が応でも目を引く。だが、最初から色が渦を巻く
混沌とした場所では、金色だろうが緑だろうが黒だろうが赤だろうが白だろうが、元々の
調和性がまるでないために、一つ増えようが減ろうがどうということがない。
 無関心とはそういうことである。これについては賛否両論あるのだが、それはまた別の
機会に置くとして――
「……また転校生かぁ。いっぱい来るね、ここ」
 少年が明らかに雑談と分かる意図を持って、隣の少女に話しかける。
「うん。今度はどんな人かな」
「普通の人だといいんだけどねー……」
 週番の腕章をつけた少年が頬杖を突いて危惧するのに、少女は苦笑した。
「大丈夫だよ、ゆきちゃん」
「そーよ。ていうか何かあったらよろしくね☆」
「お前なー……」
 隣の少女にゆきと呼ばれた少年が、後ろから茶々を入れてきた彼の妹を睨み付けて唸り
を上げる。
「今週一番の問題児がそれを言う?」
「何よ。あ、初音ちゃん、この人スプラッタ小説持ち歩いてるんだよー」
「ばらすなぁぁぁぁぁっ!」
 椅子を蹴って振り返りながら立ち上がるゆき。その頭上に――
 ごつり。
「ゆき。まあ雑談もいいけど、立ち上がって叫ばないようになー。ちゃんと自己紹介の時
は前を向くように」
「…………はい…………」
 直径10cmくらいの瘤を抱えて、ゆきは涙目で耕一に謝った。
「よし」
 耕一は大人の貫禄を見せて頷くと、ぽんぽんとゆきの背中を叩いた。
「んじゃ、後で彼に学校を案内するように。いいな?」
                            (――……ないようだな)
「え?」                     (――……ここにいないならば)
 ゆきが眉を顰めて顔を上げる――           (――……? こいつ――)
 ごつっ。                                 ()
「人の話はちゃんと聞こうな」
 瘤が二段重ねになった。


           『試立Leaf学園・共通時空・緑葉帝73年 仮設ステージ』


「ふう、できあがったみたいね」
「そだね」
 香奈子は健やかと並んで見上げていた。
 強いて言えば積み木である。円筒形のそれを、横に寝かせたそれには、バックがない。
 水平方向360度から視線を集められるステージである。
(ゆき:……ねえ?)
 何でしょう。
(ゆき:これって歌野の……)
 気のせい。間違っても文庫でナンバー3がついているあれではありません。
 多分。昨日遺言であったし。孫の。
(ゆき:……………………汗)
 このステージの最大のウリが、四方から特殊鋼の綱で支えられた、上方からの演出装置
だった。壁のない野外ステージの天井を実現したこれには、スポットライトは勿論、たこ
焼き生成装置やエアスプレー、更に7000dpiのスキャン機能までも完備している。
(ゆき:…………おーい…………)
(健やか:…………こうなったら停まらないよ、彼…………<諦め)
 更には、何と4カ国語が話せるのだった。まさに完璧。時代を先取りした最先端の舞台
装置である。
(二人:投げ遣りに拍手)
 人間以外なら何でも扱う第二購買部にさえない、手作りで真心籠もった――
(beaker:誰も買いませんからね)
 まあとにかく、舞台は整ったのだった。
 並んでステージを見上げる二人をちらりと横目に、ルーンが握り飯を頬張る。
「おかわりはまだまだありますよー」
 にこにこしながら緑色の頭髪の少女が、その正面で別の少女にお茶を勧めながら言った。
 彼の傍らの少年がぶつぶつと呻くのに、更にその横の少女(やけにその距離がぴったり
としたものだった)が一々応対しているのが自然と耳に入ってくる。
「むう……何か悪の匂いがする」
「考え過ぎですよ、やーみぃさん」
「Hi−waitだって言ってるだろ」
「だって最初から仮面ヤーミィなんて名前名乗ってるのに……」
「ばらすなっ! そもそもっ!」
 ……………………
 もしゃもしゃ。
 特に何もする気にもならず、彼は握り飯を咀嚼する。
 慌てなくても重箱が50並んでいた。
 中身は全て握り飯。
(……このメイドロボ、たまに頭があるらしきところを見せたかと思えばこれだからな)
 はあ、と嘆息するのをよそに、Hi−waitがやたら盛り上がって立ち上がる。
「そーだっ! やはりこれは陰謀に違いないっ! 何でおにぎりの中身が全部梅干しなん
だっ!? 国家の悪巧みをひしひしと熱い正義のハートがびんびんに燃え上がって以下略」
「な、なるほどっ! それは確かに筋道が通っていますねっ!」
 信じるな。新米女A。
 気遣わしげな視線を誰もが二人に投げかけていたが、ルーンは特に止めなかった。
 単に二人とも梅干しが嫌いなのだろう。要らないと断ろうとする度に、マルチが邪気の
ない笑顔を向けるので気が引けて言い出せないだけだ。
 仕方なくルーンは口を開いた。
「マルチ」
「はい?」
「さっきからこの二人は騒いでるが、要するにな、こいつらはこう言いたいんだ――」
 疲れた口調を自覚しながら、告げる。
「梅干しが好きだから、これから一週間、毎日昼飯と10時のおやつに、お前に握り飯と
して持ってきて貰いたい、と」
『――っ!?』
 ひきき、と二人の顔がひきつった。
「そうなんですか?」
「おう」
「じゃあ、明日はもっといっぱい作ってきますねっ!」
 二人がガード硬直して口を差し挟めないでいる隙を突いて話を進めたルーンに、マルチ
は『いっぱい』の部分を拳を握りしめてまで強調した。
 後半の『きますねっ!』は、勿論Hi−waitと月島瑠香の二人に向けられたもので
ある。
 二人は、顔を青冷めながらぱくぱくと口を開き、そして、がっくりとうなだれた。
(これでよーやく飯が静かに食えるな)
 再び嘆息をついて、それから思い出したように付け加える。
「ついでだがマルチ」
「はい?」
「この二人は納豆がそれはそれは大好きでな――」
 以下略。


「で、結局何をするんですか?」
 葵は、頬杖を突きながら図書館の窓の外に視線を投げる綾香に向かって、おずおずと、
そんなことを訊いた。
 図書館である。
 もう秋も盛りだった。
 何といっても秋といえば焚き火だ。
 図書館から見下ろせるところでも、わいわいと何人か集まって火にあたっている。
 ……正確には火の中で炙られているのだが。
 ばたばたと愉快な踊りをする集団に、秩序の名目で放たれたミサイル掃射が、思い切り
致命的にとどめを刺した。
 勝利者――単なる暴威という気がしないでもない――たちが握手をして別れていくのを、
何とはなしに見とめながら、葵には視線を戻さずに口だけ開く。
「――何をするって言ってもねー……普通でいいんじゃない?」
 元々義理で参加することにした話である。
 綾香は適当にお茶を濁すつもりでいた。
「普通っていうと……?」
 葵の追及。
 綾香はひどくいらいらした。
 特に思いつくことがないから「普通」と言及したことに気づかないものだろうか?
「普通は、普通よ」
 それだけ言って……
 大人げなかったかと嘆息し、改めて彼女に向き直る。
 こうして正面から見ると、いつも思うのだが、葵は自然児という言葉がぴったりだった。
 化粧っ気がないのはこれは当たり前の話だが、それ以前に、思い切り自分の容姿という
ものを考慮の外に置いている。例えば大雑把に短く切った髪。ショートカットとか、そう
いったレベルではない。普段から櫛を入れているのかどうかも綾香には疑わしく思えた。
「あんたさー……」
 一つ、綾香は疑問を思いついた。特にそれを口に出す必要は感じられなかったが、同様
に口に出さない理由も思いつかなかった。
 言ってみる。
「髪、普段どうしてるの?」
 へ? と彼女はきょとんとした顔を見せた。
 やや何かに迷ってから、戸惑いも露わに答えてくる。
「洗ってますけど……」
 それはそうだろう。頷きかけて、それと同時に多少の安堵を覚えている自分に気づいて、
苦笑する。
 安堵したということは、つまり疑念だったということだ。答を必要とする――
「いや、例えば、その髪、どんな風にしてるのかなって」
 洗っていたことは当然のことととりあえず納得しておいて、綾香は追撃した。
「例えば、長岡さん――だっけ? あの人、結構シャンプーの銘柄がどうだとか、駅前の
美容室がいい感じだとか言ってるじゃない」
「あ、はい」
「葵はその辺、どうなのかなって」
 しばし――
 沈黙が満ちた。
 一人は困惑し、一人は喋ることがなくなったから。
 やがて、困惑した方が口を開く。
「えーと……うちは今使っているのはこの前スーパーで売ってた普通の石鹸ですけど」
「シャンプーの話をしてるんだけど……」
「いえ、うち、石鹸ですから……」
 綾香は眩暈を覚えた。
 石鹸で髪を洗う女子高生!
 国に言えば人間国宝にでも指定してくれるかも知れない。
 世間知らずの(喩え使っているシャンプーが、来栖川で用意しているオリジナルのもの
で庶民のものなどとは桁が違うことをまるで理解していないような)彼女でも、さすがに
それの異常さには気がついた。
「あんたねー……」
「はい?」
 綾香の呻きに、彼女は実に邪気のない顔を向けた。
「……まあ、いいわ。
 で、髪はどこで切ってるの?」
 綾香は言うまでもなく自宅である。
「あ、はい。      ・・・・
 えーと、私の家の近所に床屋さんがあって、私はそこで……」
 視界、暗転。
「子供の頃からそちらでしたから、そこのおじいさんも私の顔を覚えていてくれるんです」
「美容室じゃないわけ?」
 念を押す彼女に、葵は意外そうな目を向けた。
「え? だって、あそこってパーマをかけたりするところでしょう? 校則はそういうの、
駄目なんじゃないですか?」
 ……綾香は机に突っ伏した。
 日本語が通じるのに、火星人よりも文明の隔たりを感じてしまう。
(後日談:この会話をたまたま聴いていた城下が情報特捜部、略してジト部に松原貧乏説
を持ち込み、後日責任者が『ハイキックで窓破って紐なしバンジー』を雨天の中決行した)
「あんたねー……」
 そこまで言いかけて、彼女は諦めたようにかぶりを振った。
 そこで、改めて別のエピソードを持ち出す。
「そういえば、あなたこっちへ入学してきてから髪を短くしたわよね」
「あ、はい。そうですね。その頃です」
「何で? 前は伸ばそうとしてなかった? 確か肩まではあったでしょ?」
 その問いに、葵は少し苦笑したようだった。
「? 何よ?」
「あ、いえ……ちょっと、その時のこと、思い出したんです」
 すみませんと葵は彼女に謝ってから、少し目尻を下げ、その頃から朝に走り込みを始め
たのだと答えた。汗を吸って髪が重くなり、鬱陶しく感じたので短くしたのだ、と。
 ざっくばらんに切り揃えられた彼女の髪は、手入れされてないせいか外側にぴんぴんと
はねる傾向がある。それを見ながら綾香はふと疑問に思った。
 何故、そうまでして躊躇いなく強さに打ち込めるのだろうか、と。
 嫉妬と羨望が混じっていることを綾香は自覚していたので、彼女はその問いを口に出し
たりはしなかった。

               ・・・・・・・・ ・・・ ・・・・・・ ・・・・
              『試立Leaf学園・塔時空・緑葉帝73年 学園裏山』


「おかしいな……確かこっちだって聞いたんだけど」
 ゆきはぶつぶつ言いながら荒らげた息をできるだけ落ち着けようとした。
「……どこに行っちゃったんだろ、あの人」
 放課後、ゆきはあの転校生を連れて校舎を回る予定だった。
 だが、それが待ちきれなかったのか、どうやらその転校生は一人で歩き回っていたらし
く、ゆきはあれから彼の姿を見ていない。
 見ないだけなら特に問題ないのだが、それ以上にきついのは……
「授業の無断欠席はなぁ……」
 うんざりと呻いて、ゆきはかぶりを振った。
 一時限以降、彼の姿を見たものは一人もいない。
 週番である彼が動かざるを得なかった。最後に目撃した生徒の話――dyeから幾らか
の報酬を支払って得た情報――によると、どうやら彼はこの山に入っていったらしい。
 思い出せば思い出すほど、暗澹とした気分が胸に去来する。
 エルクゥ同盟には助けを求められなかった。ジンは物理の授業中(担当は柳川)、秋山
は個人的に理解の範疇にある人なので今一つ声がかけづらく、風見は授業こそ公欠だった
が、西山に個人的に絞られている。まさたは図書館から出てこない。というか図書館には
一人もいないので、今行けば間違いなく彼の話術と毒物の餌食だ(気づかぬ内に勧められ、
いつの間にか口に運んでいるのである)。
 ジャッジ。彼らは授業をさぼらない。論外。
 風紀委員会。触らぬ神には祟りなし。
 小さく呟いてみた。
「結局、正義なんてないのかな」
 理解りきっていたことではあったが、確認するとこれほど理不尽なこともないと、彼は
天を仰ぎながらやるかたない気持ちで、それでも口許を引き締めた。
 呼吸は荒いままだったが、歩くのはやめない。やめると今度は座り込んでしまいそうだ。
 何かを呪う気持ちで、彼が足を――            (奴は来るのか――?)
「…………?」                (とりあえず手紙は出しておいたが)
 耳の奥から、何かが囁いてくる。     (奴をこの場におびき寄せ、とりあえず)
 辺りを見回す。           (報告次第では『将軍』の命令通りに――を)
 誰もいない。風に植物が揺れるのみ。        (しかし、思ったよりここは)
(幻聴……?)               (精神感応にも長けているものがいる)
 幻聴ならもう少し理解できてもよさそうな気がする。   (場合によってはここを)
 内容が支離滅裂すぎる。       (まあ、いい。奴を――して、別の潜入者を)
 どこから聞こえてくるのだろう?             (話はそれからだ――)
 耳を澄まして――              (他の連中の手筈は大丈夫なのか?)
 彼の直感が、彼にはっきりと明確な方向を指し示した。   (連絡を取る暇はない)
 一片の迷いもなく。                (終わればここを離脱せねば)
 百度問われれば百度とも彼の脇――            (さて、そろそろだな)
 道なき方向を指し示していた。                     (――)
 逡巡したが――
 ゆきは、ぷっつりと沈黙した思考がどうにも気になって仕方がなかった。
 大丈夫。迷ったら、誰かが助けに来てくれるだろう。
 彼は好奇心で自分を無理矢理頷かせて、そちらへと分け入った。
 その先から、風が吹いた。
 秋の山に相応しい、乾いた風が。
 乾ききったそれが、彼の喉を冷たく灼いた。
 彼の肌も冷たく灼いた。
 彼の瞳も冷たく灼いた。
 彼の鼻も冷たく灼いた。
 彼の耳だけは灼かれずに残り、その感覚が鋭さを増していく。
 鋭利な針の感覚。ひどく短い、そして細い針。光の粒よりなお――
 それが、灼かれた皮膚の、眼球の、鼻梁の、そして口蓋の下に更に潜む彼そのものが。
 心の中で押し込めていた荒々しい欲求を血脈としてざわざわと息づいていることを彼に
訴えていた。だが、その一方で彼は知らなかった。だってそれは彼であったから。
 初めから彼であることを改めて知る必要がどこにあるだろう。
 だから、彼は知らなかった。彼でありながら、彼にいつの間にか変質しつつある彼を。
 どきどきと高鳴る鼓動さえも心地よく、彼はこめかみに脈打つ意志にゆっくりと思考を
委ねていった――
 駆けだしたのだ。


****************************************
===+++===
 こんぶっ!!(こんばんはの略らしい)
 つーか全然バンドじゃないじゃん、この話(笑)。
 まあ、少しお待ち下さい(笑)。こゆのは多少焦らしていくのが基本ですし(笑)。
 青い人のエピソードって訳で、一応『塔』の話も交えているわけですが、青い人自体は
全っ然普通です。塔のとの字も出てきません。ただ、周りの人間が塔関係を追っていたり
するので、そのためです。最初に塔関係のるーんとの逸話が出てきますが、それ自体は、
別に塔でなくてもどこでもやれるようなそういう感じに収めてます。つまり、昔何か約束
してましたよってことさえクリアされてればおっけです。
 ……11月中に完結させるつもりだったんですが、こりゃ1月に完成するかどうか……
少し危ういな。一生懸命やってるんですけどね(汗)、色々。
 ゆきさまを出したので、少し長くなりそうな予感。
 実は、Lメモのエルダーメンバーはそろそろ自分の中で消化されつつあります。つまり、
これからSS使いを効果的に使ったLメモになっていく予定です。Leafだけど、純然
たるSSでもない。参加してよかったなと思えるくらいにはかっこよく書いた話をお送り
していこうと思います。その頭として、とりあえず一回シリアスである程度方向性が固め
られているゆきさまに白羽の矢が立った訳です。
 るーんの場合、かなり迷惑な話なんですが、どうせ出すならポリシーをもって、っつー
いらんことを常に頭に置いています。ちょい役はできればなし。どうでもいい人間なんて
いないし、そんな役で出るよりは、より話の中心に近い形で出演して貰いたい。
 んで、それをやるからにはある程度全体とキャラとの関わり合いが必須になる訳です。
 そういう事を、全員に均等に、しかしあまり細かすぎて代替えが効くような風にはなら
ないように、話が完成しつつあります。それが、更にLeafとの関係も本当の意味合い
で紛れ込んでいる、と。LeafならLeaf、SS使いならSS使いの話って感じで、
今一つ別れていて混ざってない印象も強かったですが。3月あたりからは(ちょいとそれ
までは思い切り野暮用に悩まされそうなんですが。汗)ひたすら突っ走って行く予定です。
 ギャグは暗躍生徒会、シリアスは終末時空。おそらく、凄まじい分量になると思います
が、最終的にエルダーメンバー全員くらいは主役扱いで一巡りする予定です(他の方……
はちょっと理解らないですが。笑。つーか、エルダーメンバーにも1年時間を使っている
状況……キャラの把握、つーのはほんと難しいです。笑。問答無用で兄貴にしていいとか
だったら楽なんですけどねー。笑)。参加企画としてだけではなく、読み物としても多少
は面白いものにしていこうと思っています……そりゃもう、すごい小説のHPと肩を並べ
られるくらいにはね(笑)。
 で、ゆきさまですが、この話の塔パートにかなりの扱いで食い込んで貰う予定。るーん
も一応出ますが(笑)。