クラスメイトLメモ「サード・ジェネレーション シーン2(後編)」 投稿者:Sage


 部屋の両側に燭台が並んでいた。
 照明はその台の上にある蝋燭が作り出すほのかな明かりのみ。
 薄暗い部屋の中央、魔方陣をあしらったテーブルクロスが丸いテーブルにかけられて
いた。
 その中央に置かれた古びた壷。
「・・・・・はじめます。」
 蚊の鳴くような声で少女がつぶやく。
 藍色にも見える長い髪の少女は、絵本の魔女がするような座りの悪い三角帽子の向き
を直すと、手元に置いた一冊の本を開き、そこに書かれた呪文を詠唱し始めた。
 悪霊の力を封印する呪文。
 古びた壷の中に、万が一、人に危害を与えるものが封印されていたときのための保険
であった。
 部屋の静寂の中、蝋燭の燃える音と、少女が唱える呪文だけが静かに響いていた。
「・・・・・終わりました。」
 本をゆっくり閉じると、少女は壷に手を伸ばした。
 そして、細心の注意を払って壷を持ち上げる。
「へぇ。これが数千年も洞窟の奥に眠っていたという壷か・・・」
 少女の肩に手を添えながら、男がつぶやく。
 びくっ。
 急に体に触れられた事に驚いたのか、少女の体が震える。
 するり・・・
 手の力が緩んだのか、陶磁器のような少女の手から壷が滑り落ちる。
 がちゃん!
 作られてからあまりにも長い年月を経ていたその壷は、数十cm下の机の上に落下した
衝撃に耐えきれず、乾いた音を立てた。
 壷全体にひびが走る。
 が、ぎりぎり均衡が保たれたのだろうか、壷は原型をとどめたままであった。
「霜月ぃぃぃ(怒)」
「お、俺は悪くないぞっ!芹香さんの肩に触れただけだっ!」
「それが悪いっていうんだっ!」
 壷を持っていた少女、来栖川芹香の肩から手を離そうとしない霜月祐依に、同席した
級友の菅生と橋本からつっこみが入る。
「だいたいちょっと落しただけでひび割れるようなやわな壷が悪いんだよ。」
 ぴん。
 霜月が指で壷をはじく。
「あっ・・・・」
 芹香が小さな声を出した次の瞬間、壷は一瞬で砕け散り、中に詰まっていたゼリー状
の物質が、爆発的に膨張し、彼らのいた部屋を一瞬で埋め尽くした。



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 クラスメイトLメモ「サード・ジェネレーション シーン2(後編)」

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 事故の起こった建物。
 現場となった部屋の向かいに、菅生誠治は緊急対策室を開いた。
「先ほど骨董品の内部診断用機材で超音波診断を行ったところ、この部屋はゼリーで埋
まっていた。どうやら二人は部屋の向こう側に無事でいるらしい。」
 誠治の口から、爆発の際脱出できなかった来栖川芹香と霜月祐依の無事が確認された
ことを聞いて、同席していた面々はほっと胸をなでおろした。
「だが、ゼリー・・・あの部屋に充満している物質をそう呼ぶが、あいつが急激に膨張
したため、部屋の上部を伝っていた通風孔、配電のためのパイプなどはすべてふさがれ
てしまっている。つまり、空気の流入はまったくないと考えてくれ。
 計算上、呼吸するための空気は2時間ほど持つ。・・・ただしこれは、火災も起こっ
ておらず、灯りとしてろうそくをつけたりしない事が前提だ。」
「もし、1本でも蝋燭を使っていたら?」
 心配げな顔で梓が尋ねる。
「・・・時間的猶予は半分になると考えてくれ。」
「それを芹香達に伝える方法は?」
「ない。とにかく時間がない。消防のレスキューを呼んだが、到着には1時間近くかか
るらしい。」
「ぎりぎりじゃないっ!」
「そうだ。だからわれわれにできる事は出きる限りやろうと思う。協力してくれるか?」
「「「「もちろん!!」」」」
 その場に居合わせた全員が首を縦に振った。

 事故現場となった古美術館は、地上2F、地下1F。
 芹香達が閉じ込められた部屋は、地下1Fの一番奥にあった。
 湿度を嫌う美術品をしまっておくため、部屋には入り口とエアコンの通気ダクトしか
出入り口はなかった。そして、その両方はゼリーに埋め尽くされており、人が通れるの
は出入り口だけだった。
 まず、ジンが挑戦した。
「ロケットパアアンチッ!!!」
 勢いをつけて打ち出されたパンチはゼリーにめり込んだ。
 が、めり込むだけで、貫通はしない。
 やがて、ロケットパンチの燃料が切れる。
 と、同時にゼリーに跳ね返されるロケットパンチ。
「あぶねぇっ!!」
「うぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 跳ね返ったパンチはジンをかすめ、そして見事に橋本にヒットした。(合掌)



 そのころ閉じ込められた芹香と霜月は、”ろうそくの灯りを頼り”に逃げ道を探していた。
「くそっ。どっかから逃げられないのか!?おーいっ!!」
 霜月が声をはりあげ、どんどんと壁を叩くが反応はなかった。



 続いてFENNEK。
 丸いパイプを一本調達してきた彼はそれをゼリーに突き刺すと、最大パワーで押した。
「うおぉぉぉぉぉ!!!!」
 ぐにゅぅぅぅぅ・・・
 FENNEKのパワーに押され、変形するゼリー。
 パイプ自体も少しずつゼリーにめり込んで行く。
 が・・・・、ジンのパンチ同様、突き刺さることさえ出来なかった。



「なあ芹香さん・・・もしかしたら俺達脱出できないのかなぁ・・・」
「・・・・・・」
(密室で二人きり・・・(悶々)
 しかも若い男女が・・・(悶々悶々)
 もしかしたら出られないかもしれないんだよな・・・(悶々悶々悶々)
 目の前にいるのは学校随一の美少女・・・(悶々悶々悶々悶々悶々)
 しかも両家のお嬢様・・・(悶々悶々悶々悶々悶々悶々)
 このまま死ぬなんて嫌だ!ましてやこんな女性を目の前にして!(悶々×無限大))
「せっ!せっ!せっ!芹香さん!!」
 (ぺとっ)
 芹香の方へと向き直った霜月が、芹香に触れようとしたその瞬間、芹香は懐から出した
1枚の紙きれを、霜月のおでこに貼りつけた。
「・・・か、体が動かない(汗)」
「(ぼそぼそぼそ・・・)」
「『無駄な力を使わないで済むよう、御符を貼りました。』って・・・」
「(ぼそぼそぼそ・・・)」
「『口は聞けますし、呼吸もできますから大丈夫です。』って・・・あ、そう。(汗)」
 かくして霜月の計画は未遂に終わった。



「押してだめなら斬ってみるか・・・」
 きたみちのぼる、セリスなど、物を斬る事に長けたメンバーがゼリーに挑んだ。
「はっ!!!」
「やあっ!!!」
 気合一閃、刃が空を裂く。
 ずぶ・・・・・ぽよん。
 ずぼっ・・・・ぷよん。
「なんじゃこりゃっ!!!」
 まるで玩具の包丁でこんにゃくを切っているかのように、文字通り刃が立たなかった。



「あのー、ちょっと息苦しいんで、このおふだ、はがして欲しいんですが・・・」
「(ぼそぼそ・・・)」
「え?『息苦しいのはこの部屋の空気が少なくなってきたからで、お符の性じゃありま
せん。』って?なーんだ、そうなのか・・・・って、それやばいじゃん(汗)」
「(ぼそぼそ・・・・)」
「『そうですねぇ』って、そんな悠長な(汗)とりあえず、ろうそく消したほうがよく
ない?酸素使っちゃうでしょ。」
「(こくん)・・・(ふっ)」
 芹香はひと吹きでろうそくを消した。
「あっ!そのまえにふだをはがして・・・・って遅かったか(涙)」
 結局霜月は固まったままの姿勢で暗闇に没した。



 打つ手が減って行くごとに、生徒達の焦燥感はつのるばかりだった。
「くそっ!レスキューはまだ来ないのかっ!来栖川の財力を使えばショベルカーを空輸
することだってできるだろうにっ!麓の町にだって工事用の重機ぐらいあるだろう!」
 橋本が吐き捨てるように言い放つ。
 が、誠治には、空輸ではフライトプランを立案し空路を確保するだけでも時間がかか
りすぎることは判っていたし、陸路で運ぶとしても美術館までの山道ではスピードも出
せないことも予想できた。
 時間がなかった。
 室内で蝋燭を使い続けていたならもう酸素残量は危険レベルまで下がっている。
(せめてもっと高精度な音波センサーがあれば二人の無事は確認できるんだが・・・)
 『折り畳み傘を家に置いてきた日に限って夕立にあう。』
 というマーフィーの法則を誠治は思い出した。
 『道具は、その道具を必要とする時に限って、手元にない。』
 というジンクスが目の前にあった。



「こほっ・・・けほっ・・・」
 静かな部屋の中でなければ聞こえないような芹香の小さな咳が霜月の耳に届いた。
「・・・苦しいのかい?」
「・・・はい。」
 かすれるような返事がかえってくる。
「俺も頭痛がしてきた・・・大分酸素が減ってきたみたいだな。芹香さん、少し部屋
の空気を循環させてくれ。重い二酸化炭素が拡散すれば、少しはましになるかもしれ
ない。」
 返事はなかったが、人が動く気配がした。
 しばらく思案するような間があり、ごそごそ物音がしたあと、ばさっばさっと仰ぐ
音とともに、風が霜月の頬を撫でた。
 すぅぅぅっと息を吸い込むと、少しは頭痛が楽になった。
「芹香さん、机でもなんでもいい。少しでも高いところに登って、そこで安静にする
んだ。そのほうが楽なはずだから。」
 やはり返事はなかった。
 が、霜月には暗闇の中で彼女がうなずく姿が見えた気がした。



「なんか手は無いのか!!」
「こちらからのアプローチはない・・・・」
「誠治!!」
 天井の一部にファイバースコープを押し込みながら誠治がそういうと、橋本は怒っ
たように食ってかかった。
「わめくな。今、パワーのある連中が、上の地面を掘り下げてる。」
 ずずずずず・・・・ん・・・・・
 そのとき不気味な振動が上の方から伝わってきた。
 天井から埃がパラパラと落ちてくる。
「ジンさんがコンクリートの破砕をし、緩くなったところを人海戦術で掘り返して
いる。牛歩状態だが、何もしないよりはましだろう。」
「じゃ、俺も・・・」
「まあ、良いから落ち着け。俺やお前が行っても非力すぎて邪魔になるだけだよ。
それより、そこのドライバーを取ってくれ。」
「あ、ああ・・・。」
 橋本からドライバーを受け取り、天井のパネルの一部をはずすと、電線が見えた。
 誠治は無造作に手をかけ、思いっきり引っ張った。
 少しのびたケーブルは、やがてぶちっという音を立てて切れた。
 ずるずると誠治がそれを引き出す。
「蛍光灯用の電線一本分の隙間だが、うまく行けばこれで少しだけでも空気を送れる
かもしれない。橋本、そこのビニールをとってくれ。」
「これか?」
「ああ。それを広げて空気をいれ、ここに押し当てて、空気を流し込んでみる。」
「・・・俺がやる。」
「・・・ああ、頼む。」
 橋本の、何か役に立ちたいという気持ちが誠治にも伝わってきた。



 そのころ、一階の掘削にあたっていた面々は大きな障害に当たっていた。
「大分、分厚そうだね。」
「ああ。ジンさんのパンチで穴があかないんだ。大分厄介だぞ。」
 術使いの奥義乱舞、ジンやFENNEKのパワー発揮で、ショベルカーとは言わない
までも、掘削は結構進んでいた。
 だが、あとわずかと言うところで建物の基盤となる部分が目の前に立ちはだかった。
「どうした?」
 掘削の物音がなくなったのを怪訝に思った誠治が地下からあがってきた。
「これだよ・・・」
 梓が指さした先にはいくらかえぐられてはいる物の、立ちふさがるようにコンクリー
トが見えていた。
「こりゃ、建物の土台だな・・・強化コンクリートか。厄介だぞ。ジンさん!」
 壁に寄りかかり、ふてくされたように外を見るジン。
 その足下にはひしゃげたロケットパンチが無造作に転がっており、彼のパワーを持っ
てしても、このコンクリートは突き破れなかったことがうかがわれた。
「パンチでも無理か・・・。コンクリートでは、火使いの能力を使うメンバーでも無理
だろうしな・・・。」
「ちょっとよろしいですか?」
 振り向くと、九条和馬がそこにいた。
 人をかき分けコンクリートの上に降り立つと、ポケットから音叉を出し、静かにそれ
を地面へと置いた。
 そして、自らもしゃがむと、そっと音叉に手を当て、目を閉じた。

         きーーーん

 澄んだ音叉の音が部屋に響く。


      きいぃぃぃーーーーーーーーん


 その音は徐々に大きくなり、やがて耳を塞ぎたくなるほどの音となる。


   きぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん!!!


 パン!と周りのガラスが一斉に破れ、地面の埃や小石がかたかた動き始める。



 きいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん!!!



 その場にいた全員が耳を慌てて押さえる。
 地面が小刻みに振動する。
 音は九条がかざした掌から発していた。
 やがてその掌が光を帯びる。
 と、同時にコンクリートが徐々にひび割れて行く。
 ・・・・パン!・・・・バン!!
 破片が飛び散り、徐々にコンクリートが削られて行く。
「音波使いの力・・・・」
 誠治は音楽の時間に彼から聞いたことがあった。
 音叉を使い、音を操る力。
『自分は体力がないんで、ちゃんと使いこなせないんですよ。』と言って苦笑する九条
の顔が嫌に思い出された。
 と、今まで耳をつんざくばかりの音がぴたっと止まった。
「???」
 一同がじっと九条を見る。
 その視線のなかで、九条の唇からつつっと赤い血が流れ、ゆっくりと崩れ落ちた。
「九条くん!!」
「和馬!!」
「だいじょうぶかっ!!」
 慌てて数人が駆け寄る。
「ぐふっ・・・げふっ・・・すみません・・・やはり体力が持たないようで・・・」
「喋らないでっ!今横にするから。」
 梓ら数人の手で九条が運び出される。
「すみません・・・」
「まったく、無理して。二人が助かっても貴方が倒れたらしょうがないでしょ!!」
 梓には、彼が自分の命をかけて二人を助けようとしたことはわかった。
 だが、そう言わないではいられなかった。



「静かに・・・・・・なったね・・・・」
「・・・・・」
 暗闇の中、静になった部屋の中に、霜月の声だけが響いた。
「なんか眠くなってきたよ・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・芹香さん?」
「・・・・・」
「・・・・・俺達・・・・死ぬのかな・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・あきらめちゃ・・・・・だめ・・・・」
「・・・・・そうだね・・・・」
 だが、芹香でさえも体を起こす気力さえなくなっていた。
 ゆっくり目を閉じる。
 不思議と恐怖は無かった。
 その瞳の奥にみんなの顔が浮かんでくる。
(ごめんなさい・・・・みんな・・・
 ごめんなさい・・・・霜月さん・・・
 ごめんなさい・・・・おとうさま・・・
 ごめんなさい・・・・おかあさま・・・
 ごめんなさい・・・・綾香・・・
 ごめんなさい・・・・セバスチャン・・・
 ・・・セバスチャン・・・助けて・・・
 ・・・わたし・・・・



「誠治さん・・・・」
 FENNEKが誠治の脇へと立つ。
「今の超音波振動で、少しはひびが入ったが・・・人手でこれを貫くのは難しいな。唯
一の頼みのジンさんのパンチは既に使えないし、FENNEKのパワーを生かす掘削道
具は手元にない・・・」
「じゃぁ・・・」
「くそっ!!あと一撃なんだぞっ!!!」
 拳を思いっきりたたきつける。
 表面に浮いていたコンクリートがほんの少しだけ欠けるが、その量は誠治の拳から流
れ出てきた血の量と対して変わらなかった。
 と、その瞬間!!

 ドッゴーン!!!!

 壁が突き破られた。
「な、なんだっ!?」
「どうした!?」
「わー、なんかつっこんできたぞ!!」
 もうもうと立ち上る埃の中から人影が現れる。

 ズシーン、ズシーン・・・・

 一歩一歩歩み出るその巨体。
 埃の中から現れたのは・・・・


「セバスチャン・・・・の石像!?」

 そう、表にあった芹香が作ったというセバスの石像だった。
 石像は無意味にポージングをしたかと重うと、石像とは思えない滑らかで軽やかな動
きを見せ、高く跳躍した。
「っと、あぶねぇぇ!!」
 自分たちの方に飛んでくるセバスの石像から、慌てて逃げる誠治とFENNEK。
 セバスの石像は、その二人がいたところにつっこんだ。

 どがぁぁぁぁん!!!!

 舞い上がるコンクリートの破片と埃。
 その中から石像が再び跳躍し、天井まで達すると、反動をつけ、再び床へとダイブ!

 どっがぁぁぁぁぁん!!!

 どっがぁぁぁぁぁん!!!

 どっがぁぁぁぁぁん!!!

 何度も何度も床と天井を往復するセバスの石像。
 床に飛び込むたび、破片が飛び散りやがて・・・・

 ぼがあぁぁん!!!!!ガラガラガラガラ・・・・・・

「や、やった!!!!」
 全員が穴に駆け寄る。
 そこにはぽっかり穴があいていた。
「ロープだ!!ロープを!!」
「ライトの用意!!救急用の酸素ボンベとかもってこい!!」
 ライトを持ったが穴の縁までより、中をのぞき込む。
「芹香!!無事なの!?」
 ・・・・返事はない。
「芹香!!!霜月!!!」
「・・・・・・・・こほっこほっ」
 本当に、本当に小さな咳払いだった。
 が、それは中の人間がまだ生きていることを示すものだった。
「よかったぁ・・・・・。」
 安堵し、肩を落とす梓。
「やったぁぁ!!!!」
「無事だぞ!よっしゃぁぁぁ!!!」
 梓の姿をみて、全員が歓喜の声をあげた。
 抱き合って喜ぶ男子生徒。
 涙を流して無事を喜ぶ女生徒達。
 誰もが無事を喜んだ。



「ジンさん、お疲れさま。」
 まだ壁に寄りかかったままのジンがふと見上げると、ジンの両腕を抱えた長谷部彩が
立っていた。
「救出できたのも、ジンさん達があそこまで掘り進めたからですよ。ほんと、お疲れさ
までした。・・・・くすっ、かっこよかったですよ。」
「・・・・・ふん。」
 なんでもねーぜっ!と言いたげな顔でそっぽを向いたジンだったが、彩から見ると、
照れ隠しのようにも見えた。



 −−−その後。来栖川芹香と霜月祐依は病院に運ばれたが、数日後無事に退院した。

 救出されたとき、芹香はスカートをはいていなかったのだが、霜月が暗闇にまぎれて
芹香を襲ったのではないかという疑惑が持ち上がり、芹香本人が空気の攪拌の為に脱い
だと証言するまでに、霜月本人曰く「閉じ込められたままの方がましだぁぁぁ!!」と
いうほど、やっかむ男子生徒とセバスチャンにぼこぼこにされる目にあった。

 ゼリーはその後、壺と同時に発見された古文書の呪文により、小石程度の小ささに戻
す方法が発見され、今は復元された壺といっしょに美術館に飾られている。
 ただし、オープンな展示室に。

 三年の面々には芹香からお礼が送られた。
 特に尽力してくれたと言うことで、ジン・ジャザム、九条和馬、二人が救出された後
もビニールで空気を送り続けていた健気な橋本には芹香直々にお礼が手渡された。
 贈り物は手編みのマフラーだったのだが、あのジンが数日の間そのマフラーをして学
校に投稿する風景をみて、彼を知る人々は笑わずにはいられなかったらしい。



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「以上が、今回の事件の報告であります。」
「はい、ご苦労様。」
 ディルクセンから報告書と付帯事項の報告を聞くと、柏木千鶴は労をねぎらった。
「まさか、こんなことになるとはねぇ。でも無事でよかった。これもジンちゃん達のお
かげね。」
「まあ、彼らがいなかったら危なかったかも知れませんね。」
「うん!私からもジンちゃん達みんなにご褒美あげようっ!」
 千鶴はひらりと振り返ると、本棚に歩み寄った。
「で、では私は仕事がありますので失礼いたします。」
 ディルクセンは、千鶴が料理の本に手を伸ばすのをみて、慌てて部屋から退散した。



 【終わり】

(C)Sage 2000