テニス大会外伝Lメモ「平穏は次の・・・」 投稿者:Sage

 穏やかな風が吹いていた。
 時間の流れが徐々に遅くなっていくように感じた。
 気が付かないうちに寝ていたかもしれない。
 ふと、近づいてくる足音が気に止まった。
 足音はすぐそばまで近づき、止まった。
 芝生に横たわったまま、閉じていた目をゆっくり開くと、すぐ脇に長くて黒い髪が風
になびいていた。
「・・・どうしたんです?」
「なにがだい?」
「浮かない顔してますよ?」
「・・・そうかい?」
「ええ。試合は勝ったんですよね?」
「ああ。試合にはね。」
「『試合には』って・・・なにかあったんですか?」
「まあ・・・ね。」
「聞かせてもらっても・・・いいですか?」
「・・・興味がある?」
「・・・少し。」
「そっか・・・そうだなぁ・・・」
 菅生誠治は、先ほど行われたテニスの試合を思い起こしながら、ぽつりぽつりと同級
生の長谷部彩に話し始めた。




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       テニス大会外伝Lメモ「平穏は次の・・・」

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「ジン・ジャザム&柏木千鶴 vs 菅生誠治&柏木梓」
 学園最強と言われる柏木千鶴。
 鋼鉄の体、学園随一の熱血漢、技術部の最高傑作ジン・ジャザム。
 柏木千鶴の妹である柏木梓と組んでいるとはいえ、菅生誠治にとってこの試合は分の
悪い試合と言わざるを得なかった。
 心・技・体。
 どのようなスポーツでもこの3つ無しに語ることはできない。
 誠治&梓組は技では勝る可能性はあるものの、体では劣る。
 それは誰の目から見ても明らかだった。
 あとは心次第・・・
「だから俺は事前からいろいろと用意をさせてもらった。『道具を使うなんて、そんな
ものは実力じゃない。』という意見もあったけどね。」
 穏やかな日の光に左手をかざす。
 さっきまで付けていたパワーアシストグローブの痕がうっすらと残っている。
「でも、それを言ったらジンさんだって・・・」
「俺は、ジンはあれでジンなんだと思ってる。機械の体じゃないジンなんて、それはジン
じゃないだろう。」
「確かにそうですね・・・。じゃあ、誠治さんは何で落ち込んでるんです?」

 その一言に誠治はきょとんとした。
「落ち込んでる?」
「・・・・はい。そう見えました。」
「落ち込んでる・・・のかなぁ・・・落ち込んでいるというよりは、いまいち燃え切れ
なかった、という感じかな。」
「あれだけ接戦だったのに?しかも勝って・・・」
「いや、あの試合は俺の負けだよ・・・。」
「え?でも・・・」
「たしかに試合にゃ勝ったかもしれないけどな。ありゃあ千鶴vs梓の試合だ。」

「俺が勝ったというには同意できないが、それには同意するな。」

「ジン?」
「よう。」
「ったく。中盤まではけっこう燃えさせてくれたんだがよ。」
 ジンはどかっと地面に腰を下ろすと空を見上げた。
「けっきょく俺は千鶴さんの役に立てなかった・・・」
「いや、結局俺達は引き立て役だったに過ぎなかったんだよ。あの二人の前では。」
「まあ・・・な。」
 二人はそこで口を閉ざした。
 風の音だけが3人の間にあった。
「・・・くすっ」
 彩が笑みをこぼした。
「どうした?」
「二人とも、男の子ですねぇ。」
「へ?」
「どういう意味だ?」
 質問を無視して彩は立ち上がると、ジンと誠治の前に仁王立ちになった。
「うだうだしてる二人なんて二人らしくないですよ。燃え足りないならもう1回勝負
すればいいじゃないですか!二人だけで!」
 指をびしっと突き出し、彩はそう言った。
「・・・・ふっ。いいねぇ。いっぺん日和見ばっかりしてやがるこいつの鼻をへし折っ
てやりたいと思っていたんだが・・・」
「ふっ。力押しだけでは私は倒せませんよ。腕相撲とかを勝負に選ぶというならまだし
もね・・・。」
「なにぃ!?てんめー、俺が力押しばっかりだってーのかっ!」
「他の意味にとれました?」
「こんのぉ!!勝負だっ!!表に出やがれ!!」
「・・・ここは表だが・・・」
「はいはい。喧嘩じゃないんだから。」
 売り言葉に買い言葉。熱くなった二人を彩がなだめる。
「ちっ。いいだろう。勝負を選びやがれ。俺は逃げも隠れもしねぇ。」
「わかった。では後日場所を用意して、挑戦状をたたきつけさせてもらいましょう。
工作部と科学部の因縁にけりをつけるにもいい機会ですからね。」
「逃げるんじゃねぇぞ!」
「そっちこそね。」
「けっ。」
 ジンはいらいらした様子で立ち去った。

「・・・わざと怒らせました?」
 彩の質問に、誠治は微笑を持って答えた。
「忙しくなりそうだ。」

 風がまた強くなってきた。
 テニスコートの方から大きな声援が聞こえてきた。
「さて、行くか。俺の出番はまだあるし。」
「そうですね。『試合に』負けたジンさんたちの分もがんばらないとね。」
「ああ。」

「ぶちょー!!出番ですよ〜!!」
 工作部の部員達が駆けてくる。
 探しに来てくれたんだろう。
 赤十字美加香、昴河晶、保科智子、FENNEK、陸奥崇、八希望・・・
 幸いにして、仲間に恵まれ、工作部は活発な活動を続けられてきた。

(こいつらに、卒業までの間に、なにか少しでも残していきたいな・・・)

 誠治は立ち上がると、みんなの方へ歩みだした。

  (C)Sage 2000