Lメモ「試立Leaf学園工作部奮戦記 第1章:水の節(後編)」 投稿者:Sage

 水に潜りたいと思う事があるのは、一種の胎内回帰願望ではないかと思う。
 音が遮断され、重力からも解き放たれ、体全体にかかる水圧による圧迫感を感じながら
水中をただよう。
 このままずっと水中を漂っていたい衝動にかられる。
 が、そんな息も続くはずはない。
 ゆっくりと体の力を抜く。
 筋肉の弛緩とともに体積がわずかに増した体は、均衡状態から水よりも若干軽い存在
となり、浮上を始める。
 水面に頭が出る瞬間、手で水をかき、体を起こす。
 ざばっと頭を水面にあげ、水が落ちきらないうちに空気をむさぼる。
 「ふうっ。気持ちいい・・・今度、スキューバダイビングでもやってみたいなぁ。」
 ふとひとりごちる。

 プールサイドの手すりに手をかけ、体を引き上げる。
 今まであった浮力が消え失せ、体の体重が腕に一気にかかる。
 自分の体重が増えたのではないかという錯覚に狩られる、女性にとってはちょっと
嫌な瞬間だ。
 まあ、昨年の水着も問題なく着ることができたから、体系的にはそう変わっていない
はずなのだが。

 プールサイドにはいくつかのパラソルが並んでいた。
 その中の一つに入る。
 折り畳みのプールサイドベッドにかけてあったタオルを手に取り、髪に残った水分を
ぬぐい取る。
 ふと、同じパラソルの下にあるもう一つのベッドに体を横たえた女性が目にとまる。
 プールがあるというのに水に入るでもなく、清楚な感じの白いワンピースで、その
女性は本を読んでいた。
「せっかくプールに来ているのに、泳がないの?」
 疑問に感じた事をそのまま口に出してみる。
「だって、紫外線がお肌に悪いんですもの。」
「・・・・あっそ。」
 ならば最初からプールなどに来ず、家に帰るなりすればいいのに、と思う。
「しかし暑いねぇ。」
「ほんと。こんな日にクーラーが壊れるなんてねぇ。早く直らないかしら。」
「まあ、いいんじゃないの。男子には悪いけど女性貸し切りでプール使うこともでき
たし・・・・でも、予想外だなぁ。」
「なにが?」
「覗きにくる奴とか、乱入してくるやつぐらいはいると思ったんだけど。」
「ああ、それなら大丈夫よ。」
 柏木千鶴は、手にした本を閉じると、テーブルの上のトロピカルフルーツドリンク
に手を伸ばし、ストローに口を付けた。
「大丈夫?ほんとに?」
 怪訝そうに問いかける、千鶴の妹、柏木梓に彼女は自信を持って答えた。
「ええ。『もし男性が一人でも来たら、怒っちゃうぞっ(はぁと)』って言って
あるから。ジン君達に。」

 先ほどから遠くで聞こえていた爆音は、花火大会の準備などではなく、漢達の熱き
戦いである事にやっと気づいた梓であった。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

試立Leaf学園工作部奮戦記 第1章:水の節(後編)

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 すでに汗だくになりながらもハイドラントはなんとか立っていた。
 が、その正面を塞ぐように立ちはだかるジン・ジャザム。
「ジン・・・お前・・・・」
「薄着一枚の女性を覗こうなどという不埒な行動に出ようとする輩は、この俺が成敗
してくれるっ!!」
 拳を構えるジン。
 まあ、彼の性格からすれば、説得や交渉などと言う文字は出てこないだろう。
 いつもだったらどうであろう。
 我を通して戦いを挑む事もあったかもしれない。
 が、すでに体力は底をつき、攻撃する気力もない。
 一瞬の間。
 二人の間には、陽炎が立つほどの熱気と、蝉の声と闘気と熱気があふれてゆく。
「どうしてもプールに近寄らせない気か?」
「そうだっ。」
「・・・・・本当は自分の命が惜しいからだな。」
「・・・・・わかっているなら、プールに近づくな(涙)」
 ふうっとため息を付き、力を抜くハイドラント。
 涼む為だけに残った力全てをぶつける程彼は愚かではなかった。
 戦う気がないハイドラントを見てジンも拳を納める。
「・・・なぁ、プール以外にどっか涼しい所、知らねぇか?」
 さらに高い位置に昇った太陽に手をかざしながら、良い答えは期待できないだろう
と思いつつもジンに尋ねる。
「図書館は?カフェテリアは別じゃないのか?」
「あそこも全滅だ。」
「むぅ。学園とは別系統の棟と言うと・・・・」
 二人の頭の中を、学園の地図が駆けめぐる。
 アズエル棟、リズエル棟、エディフェル棟、リネット棟・・・・・そして、
「「警備保障!」」
 来栖川警備保障は学生棟とは離れた所にある。
 上下水道や電気、ガスぐらいは共通かもしれないが、エアコンまで共通という事は
ないだろう。
 電気が止まっている訳ではないから、涼めるはず。
 ハイドラントは最後の気力を振り絞って、来栖川警備保障へと向かった。


−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−

 工作部には主要メンバーがそろっていた。
 学園の地図を広げ、対策会議が開かれていた。
 部長の菅生誠治が口火を切る。
「とりあえず、第1、第2保健室にクーラーをなんとか手配しよう。この気温では熱射
病で倒れるやつも出るかもしれん。」
「このまえ用務員室で使わなくなった冷蔵庫があったから、あれを改良してクーラーを
作りましょう。そこから出た冷気をダクトを使って分配すれば、なんとかなるかと。」
 赤十字美加香が、ぱぱっと設計概要図を描きながらアイディアを出す。
「うん。それならすぐにできそうだな。
 じゃ、望くんと晶くんで、断熱材になるようなものを探して来てくれ。
 FENNEKは俺と冷蔵庫を取りにいこう。
 残りのメンバーは段ボールをカフェテリアの裏から貰ってきて、ダクトを作ってくれ。
 智子さんは、悪いけど千鶴さんを探してクーラー設置の許可を貰ってくれ。
 ただし、みんなくれぐれも設置したことは気づかれないようにな。
 情報が漏れれば涼む為だけに人が保健室にわっと押し寄せる事になる。」
「「「了解!」」」

−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−


 来栖川警備保障Leaf学園支部。
「ごめん。」
 そう言い放ってドアを開け放つ。
「はぁい。」
 返事がして奥からぱたぱたとかけてくる足音がする。
「どちらさま?」
「気にするな。涼みに来ただけだ。冷たい麦茶などは不要だが出してくれたら感謝の
一言ぐらい言ってやるぞ。」
「あ、えっ、ちょ、ちょっと勝手に入らないで・・・」
 応対に出た森川由綺を無視してハイドラントはずかずかと中に入り込んだ。
「邪魔するぞ。」
 内戸を開けて中へと入る。
 そこには外の熱気あふれる空間とは別世界が・・・・・・・なかった。
「あら、お珍しい。」
「オキャクデス。オキャクデス。」
「なんでエアコンをかけてないんだっ!!!!!!!!!」
 暑いのにもかかわらずいつもの制服で、しかも暑いお茶をすすりながら正座している
Dマルチにハイドラントは食ってかかった。
「はぁ?・・・ああ、エアコンですか。空調は基本的に体に良くないですからね。
 人は自然のままに過ごすのがよいのです。」
「『人は自然のままに過ごすのが』って、おめーはロボットだろうがっ!熱暴走の心配
して冷却する事ぐらい考えないのかっ!!!」
「ええ、別に。この程度の温度で熱暴走するようでは亜熱帯地域への輸出なんてできま
せんからね。」
 にこっと営業スマイルを浮かべつつ、さらっと返答するDマルチ。
 ハイドラントは、今まさに死刑を宣告された受刑者のような心境だった。
「まぁまぁ落ち着いて。お茶でもどうぞ。」
 由綺がお盆に乗っていた湯飲みをハイドラントに差し出した。
 ”ただより安い物はない。”という習性から、差し出された湯飲みに反射的に手を
伸ばす。
 湯飲みから立ち上る熱いお茶の立てる湯気が、熱気とともにハイドラントの頬を
なでた。
「・・・・・・・・・・」
 ハイドラントは視界が休息に暗くなってゆくのを感じた。


−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−


 冷蔵庫の前面のドアを取り外し、内部に熱交換用のフィンを取り付ける。
 そして入り口から入った内面を空気が循環し、出口へと流れるよう壁を作り、入口
部分に換気扇を改良した送風ファンを設置する。
 出口から出た空気は、段ボールに断熱材代わりにエアパッキン・・・俗に言うプチ
プチを張り付け周りをアルミホイルでコーティングした即席のダクトで保健室へと導
く。
 冷蔵庫の背面には、冷却効率を上げるため水が流れるようにして、冷却力のアップ
を計る。
 あとは全体を直射日光か守るため、表面を白く塗った段ボールで覆って、風通しの
よい場所に設置すれば即席クーラーのできあがりである。

「あー、涼しい〜。ほんとに助かったわ。」
 保健医の相田響子は窓に据え付けられたダクトから出る涼風に顔をあてながら、
蛇口をひねって冷却水の水量を調整している赤十字美加香に向かって言った。
「でも、もうこんなに人が運ばれてるとは思いませんでした。
 早く来て良かったですよ。」
「もう少し遅かったら、私まで暑さにやられて倒れる所だったわよ。
 この気温じゃいくら扇風機をぶんまわしても、対して涼しくならないからねぇ。」
 既にベッドは、この暑さの中、部活動を行っていた運動部の女子などで満床。
 あぶれた数名は担架などで作った簡易ベットに横たえられていた。
 その数名も今ダクトを延ばしている隣の部屋が涼しくなれば、ゆっくり休めるよう
になる予定だった。
「さて、これで大丈夫だと思います。調子が悪かったら工作部まで連絡ください。」
「ほんとにありがとね。」
「では失礼します。」
 響子は寝ている生徒達にも冷気が行くように扇風機の位置を調整すると、再び
顔をダクトから出てくる涼風へと向けた。
 と、今、美加香達が出ていったばかりのドアがコンコンとノックされた。
「はーい、どうぞ。」
「すみません。どうも暑さにやられたようなんですが。」
 入ってきたのはDマルチだった。
「え?熱暴走とかなら工作部とかの方が・・・」
「いえ、この人が、です。」
 Dマルチの背後からDボックスが現れる。
 その上には、まるでおにぎりに張り付く海苔のようにしおれた黒服の男が乗って
いた。


−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−


 枕が変わると寝れない、と良く言われるが、たとえ同じ枕だったとしても、周りの
環境が変わると寝付けない事は良くある。
 体がやけに重たく感じる。
 瞼を開く事さえもおっくうである。
 このまま寝ていたい気がするのにも関わらず目が覚めたのも、違和感から来る寝心地
の悪さからだろうか。
 ほんのりと香る消毒液の匂い。
 医療関係特有の物である事を考えると、ここは保健室・・・
「・・・・そうか・・・・俺としたことが・・・」
「お目覚めですか?」
「弥生・・さん?」
 まだ意識レベルの低い頭を傾け、ベットサイドを見ると見慣れた黒い髪の女性が
そこに座っていた。
「軽い脱水症状と栄養失調だそうです。
 なにより直射日光の真下を黒い服を着て延々と歩いていたのが原因かと思いますが。」
「・・・この服装は俺のポリシーだ。」
「・・・はいはい。」
 ぞんざいな返事を返し、弥生は手をハイドラントの額に当てた。
「・・・・大分熱も下がってきたようですね。」
「・・・・冷てぇな。」
「あら、看病に来た女性を捕まえておいて、それは大層な言いぐさですね。」
「そう言う意味じゃねぇよ。『手が冷たい』って言ったのさ。
 どうせ看病に来たなら、裸で抱き合って、熱い俺を冷やすくらいの事して欲しいねぇ。」
「・・・・鼓動を止めた方が体温は低くなるかと。」
「そう言うと思ったよ。」
「それに、その役は既に別のかたがやってますし。」
「・・・・・・・・・・・(汗)」
 体が重たく感じる理由が、熱のせいではなく、何か物体が体の上に乗っているせいで、
肌がじっとりと汗ばんでいるのは自分の汗のせいだけではないという事がわかった瞬間、
ハイドラントは布団の中にうごめく物体に向かって魔力を放った。
「プアヌークの邪剣よぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」
「どうして導師ってばいつもご無体なぁぁぁぁぁ!!!!!(by葛田)」


 千鶴校長によれば、一応学園のクーラーも明後日には直る予定との事だった。
 それに前線が近づいており、暑さも小休止と天気予報が伝えていた。

(C)Sage 2001