テニス大会外伝Lメモ「DOAあるてぃめいと エンドロール」 投稿者:Sage






 通り過ぎる連中が奇異な目で彼らを見ていた。
 それはそうである。
 大の男が3人もトイレの前…しかも女子トイレの両脇に、まるで妻の出産を待つ
亭主のように不安げにたたずんでいるのだから。



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   テニス大会外伝Lメモ「DOAあるてぃめいと エンドロール」

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「大丈夫かっ!?漏れなかっ…げふっ!」
 まだ青白い表情のままトイレから出てきた綾香にかけた悠朔の台詞は、出てきた
口へと裏拳とともに戻るはめになった。
「…あんたたち、デリカシーなさ過ぎ。」
 そう言う梓にしても、綾香にしても、誠治やFENNEKが持ってきた車椅子に
座らずにこの場をあとにするだけの体力は残っていなかった。
 車椅子には柔らかい座布団が敷いてあった。
 アップリケからすると、ちびまるあたりが気を利かせて工作部の智子や美加香の席
からはずしてきたものだろう。
 二人はそれぞれのパートナーの手を借りながら、その上におそるおそる腰を下ろした。
 今はその心配りがありがたかった。
「お疲れさま。」
 FENNEKが二人に膝掛けを渡す。
 それを受け取ると、二人とも同じ行動を取った。
 ぐるぐると膝掛けを丸め、お腹に抱え、ふう…とため息をついたのである。
「ぷ…」
「くっ…くくく……」
 その姿を見て、思わず男性から笑いが漏れる。
「な、なによっ!」
「笑う事ないでしょっ!」
 赤面する二人。
「ま、醜態をさらさずにすんで良かったな。」
「十分さらした気が……」
 せっかくフォローの為に放たれた誠治の台詞も、FENNEKが口にしたひと
かけらの真実によって白日の下にさらされた。
「しっかし、お前ら…よくもまぁあんな体調で試合やる気になったな。」
 悠朔が場を紛らわす。
 しかし、普通では試合にならない体調であったのは事実である。
 そして、その問題はまだ解決したわけではない。
「忘れているかもしれないから言っておくが、綾香……次の試合、がんばってな。」
 そう。誠治が言う通り、負けた側はさておき、綾香達には次があるのである。
「……俺、知〜らねっと。」
「ちょ、ちょっと悠朔!あんたパートナーでしょ!」
「俺は問題ないが?」
「自分だけ問題じゃないでしょっ!ちょっとどこに行くのよ!!」
 悠朔は綾香を無視するように車椅子を押し始めた。
「あ…」
 何か声をかけたかったのだろう。梓が手を動かそうとした。
 ぽん。
 肩に置かれた手。
 梓が振り返ると、誠治はゆっくりと首を横に振った。
「さ、帰ろう。」
「う…うん。」
 誠治は車椅子を回すと、工作部へとゆっくり押し始めた。
 彼らの熱い日は、もう終わったのである。
 少なくとも今この瞬間、彼らはそう思っていた。



 ちびまるに手伝って貰って、体を熱いタオルで拭くと、少しは落ち着いてきた。
 本当ならシャワーを浴びたかったのだが、そこまでの体力は無かった。
 工作部に置いてあった作業着に着替える。
 胸が少々苦しかったが、汗をかいたままのシャツよりは大分マシである。
 整腸剤を飲み、ベッドに横になる。
 ちびまるが持ってきた氷枕を頭に。
 そしてお腹には湯たんぽ…なんとも変な組み合わせだが、心地よかった。

 コンコン…

 ノックの音。
「どうぞ。」
「どうだ?調子は。」
 シャワーを浴びてきたのだろう。
 濡れた頭のまま誠治が入ってきた。
「うん。落ち着いた。………悪かったね。」
「何がだい?」
 自らの勝負にこだわった事、勝てなかった事、まともなテニスの試合にならなかった
こと、終わったあと手を煩わせた事……
 どれに対して『悪かった』と言ったのだろう。それは梓自信にも判らなかった。
「ま、今はゆっくり休め。」
 答えに窮していると、誠治がそう言ってくれた。
 確かに疲れた。
 ゆっくり休んで、頭を整理すれば、何について自分が謝ったかも判るだろう。
「そう…だね…」
 体の力がすうっと抜けた。
「…ところでさっき、なんで声をかけるのを止めたの?」
 お腹の湯たんぽの温もりが、じんわりと広がってゆくのをぼんやりと感じながら、
さっきから気になっていたことを聞いた。
「彼らには時間がなかったからね。」
「え?」
「あの時も言ったが、彼らには次の試合がある。
 ましてや綾香の状態は最悪。
 俺達との試合でもうリタイヤってのならいいがね。」
「次の試合の為?」
「そう。
 消化器系のトラブルは体力と気力を消耗し続ける。
 それはトラブルが解決するまで続く。」
「だから悠朔は、綾香を無視して急いで部屋に戻ろうとした?」
「ケアは早ければ早い程いいからね。」
「そっか……」
「あの場で戦いのあとの友情を深め会うのも良いが、お前と綾香なら、またあとでも
良いだろう。
 そう思って止めた。」
「……ありがと。」
「いいえ、どう致しまして。」
「……みんないろいろ考えてるんだな
 あたし、あの試合さえ満足にできれば良かったよ。」
「まぁ、誰しもこだわる所は違うからな。そういう試合もあるさ。」
「あんたは良かったのかい?…負けといて、良かったかって聞くのも変だけどさ。」
「うーん……最初は勝つことしか考えて無かったがね。
 ここ2,3試合は勝敗はどうでも良くなった。
 千鶴さん達との試合、そして綾香達との試合…
 まぁ、月並みだが、『後悔しない試合ができればそれでいい。』と思ってたよ。
 だから『良かった』かな。」
「うん…後悔はしていない。
 あとで『すんげー悔しいっ!』って思うかもしれないけどね。」
「単に悔しがるのは別に悪い事じゃないさ。
 それを晴らす方法はいくらでもある。
 ただ、あとで晴らせない後悔ってのは、しないに越したことは無い。
 一時の恥を味わうとしてもな。」
「ふふふ…例えば悠朔の最後の技?」
「そ。」
「『一時の恥』で済めばいいけど…全部終わったら、殺されるかもね。」
「俺は案外大丈夫だと思うがね。」
「なんで?」
「……あのプライドの高い綾香が、いつまでもあんな恥ずかしいことを覚えて
いたいと思うかい?」
「ぷっ!あはははははは……あ痛たたた……」
「こらこら、まだお前も調子良くないんだからな。」
「はぁい………誠治?」
「ん?」
「いろいろありがとね。」
「こっちこそ。楽しかったよ。温泉旅行は駄目だったけどな。」
「そだね。みんなにも謝らなきゃ。」
「ま、日帰り入浴だったら自腹でなんとかなるだろ。みんなで行こうぜ。」
「いいわね。足立さんに割引券とか無いか聞いてみるわ。」
「頼むわ。でもまずはゆっくり休養だな。」
「うん。」
「じゃ、俺もちょっと休むわ。」
「お疲れさま。」
 梓は手を差し出した。
「お疲れ。」
 誠治はその手を掴むと、握りしめた。

                            −END−

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おまけ
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「あ、ところでさぁ……」
「ん?なんだ?」
「もし、あたしが綾香みたいな状態だったら、あんたはどうしてた?」
「……聞かない方が良いと思うぞ?」
「……言いなさい。」
「……どうしても?」
「……どうしても。」
 ふう、と息を吐くと、誠治はあきらめたようにジャージのポケットからゴムの固まり
を出した。
「何?それ…」
「ア●ルプラグ。」
「アナ……何?」
「お尻用の栓。」
「あんた、そんなものあたしにつっこもうと思ってたのっ!?」
「指の方がいい?」
「変態っ!」
「いてっ!物をっ!痛たっ…投げ!うわっ…るんじゃないっ!」
「そんな物入れようとしたら二度と口聞かないからねっ!」
「使わずに済んだんだからいいだろっ!
 だいたい牛乳30リットル飲むなんて、普通の女じゃやらねーってーのっ!
 自虐趣味でもあるんじゃねぇのか?
 マゾだぞ、そりゃ!

 ………あ(汗)」


 言ってから、誠治は自らの死刑執行書にサインをした事に気づいた。

 その日、轟音とともに工作部の休憩室には人型の穴が開いた。
 そして、その現場付近で発見されたゴムの固まりから、あるテニスの試合において、
片方のペアが、高校生には通常手に入れられるような物ではないアイテムを使用して
いたのではないか、という噂が流れるのであった。