テニス大会練習Lメモ「そして、思いでのために・・・」 投稿者:Sage
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作者注:この作品は、秋山登さんの、テニス大会参加Lメモを
    読んでからお楽しみ下さい。
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「誠治、練習しよう。」

 放課後、どこから手に入れたのかテニスのラケットを二つもった梓が誠治の席にやっ
てきて、前振りもなしにそう言った。
「・・・なんかあったのか?」
 誠治は梓に向かってそう聞いた。
「な、なんもないよ。ただ、大会に出るなら、やっぱり優勝を狙わないとね。どうせ、
暇なんでしょ?」
「『どうせ』とはひどいなぁ。これでも部活とか、いろいろあるんだぜ。ま、でも、
せっかくペア組んだんだしな。つき合うよ。着替えてから行くから、そうだなぁ・・・
20分後に、中庭で待ち合わせでいいかい?」
「うん。んじゃ、あたしも着替えてから行くよ。」
「ああ。ボールとかは?」
「テニス部から借りてきた。」
「サンキュ。んじゃ、20分後に。」
「うん。」
 梓は身をひるがえすと教室を出ていった。

 誠治は梓が教室のドアから出てゆくまで、だまってその後ろ姿を見送っていた。
 誠治は、梓がなんで急にこんなことを言い出したか判っていた。
 精一杯、自分の心をぶつけた日吉の言葉・・・
 今でも残っている鼻っぱしらにくらった秋山の拳の痛み・・・
 秋山&日吉ペアのテニス大会へのエントリー・・・
「・・・・若いっていいな。」
 ふと、そんな言葉が誠治の口から漏れた。
 今は菅生誠治という、クローンとして作られたこの体に精神は宿っているが、楠誠治
として生を受けてから、既に30年近くが経過していた。
 まわりの学生と比較すると、すでに1.5倍の人生を経験していることになる。
 わずか10年。
 されど10年である。
 「思慮深さ」、「慎重さ」。
 そんな言葉で飾れば、年齢を経ることも良いようにも思われるが、誠治からすれば、
自分だけが一人だけ違うところに立っているような孤独感を醸し出す原因でしかなかっ
た。
 「直情的」「短絡的」。
 若さ故の行動は、よく、そういう言葉で表されるが、それは「自分の気持ちに素直で
ある」という証拠であり、「自分をだまさない。」「自分を偽らない。」事にほかなら
なかった。
 事実、菅生誠治として、学生として、この学園に入学してからしばらくは周りの人間
の思慮のなさにあきれたこともあった。
 だが、「自分の失った物がなにか」ということが判ってくるにつれ、その実直さなど
を、うらやましくさえ感じるようになった。
「今なら・・・まだ、やり直せるんだよな・・・・。よしっ!」
 誠治は勢いよく、席を立った。

 ジャージとシューズの入ったボストンバックをロッカーから取り出すと、廊下に出た。
 その時。
「きゃっ!!」
 どしん、という衝撃とともに、女性の声があがった。
 だれかとぶつかってしまったようだ。
 誠治はよろけただけですんだが、相手の女性は尻餅をついてしまったようだ。
「いたたたたた・・・、もうっ!前見てくださいよっ!!」
「ご、ごめん。」
 あわててその子の方を見る。
 日吉かおり。
 梓のところにちょくちょく顔をだすその少女の事は、誠治もよく知っていた。
「すまん、すまん。大丈夫か?」
 誠治は手をさしのべた。
 だが、かおりはその手を無視するように、壁に手をついて立ち上がった。
「梓なら、中庭にいると思うぞ。」
「いえ、今日は菅生先輩に用があって来たんです。」
「俺に?」
「はい。この前、工作部におじゃましたときは、失礼な口のきき方して、すみませんで
した。でも、梓先輩に対する私の気持ちは何を言われても変わりません。わたしは・・・」
 そこまで口にしたとき、誠治は手をかかげ、かおりの発言を制した。
「たぶん、君の言いたいことは判る。」
 かおりは、ムッとした。
 発言をとめられたことより、また常識論を聞かされると思ったからだ。
「だがな・・・・。勝負は別だ。テニス大会も負けないが、梓のハートもそう簡単には
渡さんぞ。」
「へ?」
「後輩の面倒見もいいし、元気だし、美人だし、料理もうまい。あんな女性、そういる
もんじゃない。うんうん。女房にするなら、梓みたいな女性にかぎるもんな。」
「なっ・・・」
「こっちは、男と女な上、同じクラスってハンデまで付いているが、運も実力のうちだ。
恋愛も神様のお導き。恨みっこなしだぞ。」
「なっ、なっ、なっ・・・」
「ふっ・・・ふふっ・・・ふはははははははは!!!!ならば遠慮はいらぬなっ!!」
 どこからともなく、高笑いが聞こえてくる。
「おう。とりあえずは、テニス大会で勝負だ。梓はこちらの味方だがな、秋山くん。この
前のパンチの借り、しっかり返させて貰うぞ。」
 窓の外、ちょうど窓の高さにある木の枝に逆さ吊りになっている秋山の姿があった。
「楽しみにしておこう。」
「じゃ、俺はこれから梓と二人で練習だから。んじゃっ。」
 しゅたっと、手をあげ、ダッシュする誠治。
「なにをっ!!させるかぁぁぁ!!!」
 かかかかかかかっ!!
 秋山の投げたクナイが誠治の足下に突き刺さる。
 だが、すんでのところでかわし、階段へと飛び降りる誠治。
 秋山も木の枝から校舎へと飛び移ると誠治の後を追った。 
「え?・・・・・あっ・・・こら!!!まてぇぇ!!!!」
 後を追いかけるかおり。
 階段を飛び降りるように下り、全力で逃げながらも誠治の顔は笑っていた。
 その笑顔はいたずらを思いついたときの少年のようであった。