Lメモ「試立Leaf学園工作部奮戦記 序章:オレンジの節」 投稿者:Sage
 保科智子は、自分の手の届く高さより、すこし上の本をにらみつけていた。
(まったく、ここの図書館はなんで読みたいと思う本に限って、高いとこにあるんや。)
「お困りですか?」
 気が付くと、本を小脇にかかえたセリオタイプのメイドロボが、2,3歩離れた位置に
立っていた。たしか、”電芹”とか呼ばれている、1年生にはいったセリオだ。
「うん。ちょっと、手ぇとどかへん所に読みたい本があってな。」
「少々お待ちくださいね。」
 電芹が小走りに駆けて行く。
 しばらくすると、小さな脚立を小脇にかかえ、電芹が戻ってきた。
 かちゃんと脚立を開き、ロックをかけ、床に置く。
「どの本ですか?」
 脚立の2段目に足をかけながら電芹が問う。
「あ、その赤い背表紙の本や。」
「これですか?」
「そうそう。」
「はい、どうぞ。」
「ありがとな。」
「いいえ。これくらいのことでしたら。この脚立、いつも書庫ブースの角に置いてありま
すので、今度高い位置の本をご利用になる事がありましたら、お使いになるといいですよ。」
 電芹が微笑みかける。
「うん。覚えとくわ。(えらく表情が豊かなセリオタイプやな。)」
「では、私はこれで失礼します。」
 電芹は会釈をすると去っていった。
 智子はその後、結局4冊ほどを探しだすと貸し出しカウンターへと向かった。
 カウンターに本を持っていき、学生証を添えて差し出す。
 図書委員の子が、学生証と本を受け取る。
 カードリーダーに学生証を通す。
「ぴっ」
 カードの情報が認識され、貸し出し用端末の画面に自分の名前が浮かび上がる。
「ぴーっ、ぴーっ」
 なれた手つきで本に張り付けられたバーコードを読みとり、貸し出し処理が行われる。
「はい、どうぞ。」
 本と学生証が返される。
 学生証をポケットに押し込むと、本を胸に抱え、閲覧ブースへと向かった。

「がやがやがやがや・・・・」
 試験が近いせいだろうか、閲覧ブースは混み合い、しかも少し騒がしかった。
(はぁ・・・ったく。もうちょい静かに置かれんのかいな。)
 静かに調べものをできる場所を探す。
 閲覧室、視聴室、インターネットルーム。
 残念ながらどこも混雑していた。
「しゃあないなぁ。あそこは金がかかるんやけどなぁ。」
 図書館の南側にある、カフェテリアへと向かう。

 幸いカフェテリアに人影は少なかった。ここなら落ち着いてできそうだ。
「からん〜」
 ドアを開くとドアベルが鳴る。
「いらっしゃいませ〜☆」
 黒髪の女性がどこかのゲームにでもでてきそうなかわいいウェイトレス服を着て、笑顔
で出迎える。
「お一人ですか?」
「あ、かまわんといて、勝手に席探すから。」
 あたりを一別し、部屋の隅のほう、落ち着いて調べものができそうな席をキープする。
 本をどさどさっと置く。
 そこへ先ほどのウェイトレスがやって来て、水とおしぼりをおく。
 ふと胸のネームプレートをみる。
『第2茶道部1年 川越たける』
(そう言えば、だいぶ前に茶道部が学校に喫茶店を開いたって志保がしとったな。
制服がかわいいからって、男どもがたむろっとるとか・・・・そっか、ここかいな。)
 さすがに試験前にまで、女性にちょっかい出しにくる男はすくないようだ。
「ご注文はおきまりですか?」
「あ、レイコー1つ。ガム多めで。」
「は、はい?あ、えーっと、少々お待ちください。」
 智子は苦笑した。同じ経験が何度かある。アイスコーヒーのことを”レイコー”と略す
のを知らなかったのだろう。案の定、オーダーを受けたたけるという女の子は、厨房にか
けてゆき、中にいる誰かと問答しているようだ。
 やがてぱたぱたと足音をさせてたけるが戻ってきた。
「失礼しました。ほかにご注文は?」
 ”レイコー”が何だか理解したようだ。
「あらへん。それだけや。」
「はい。少々お待ちください。」
 ぺこりとおじぎをしてたけるが去ってゆく。
 彼女が厨房に消えるのを見届けると、借りてきた本を開き、調べものを始めた。
 数分たってからであろう。
「お待たせしました☆」
 テーブルにコースターが敷かれ、その上に、表面に水滴のついたアイスコーヒーが置か
れる。ミルクとピッチャーに多めに注がれたガムシロップ、ストローが並べられる。
「失礼いたします。」
 ぺこりとおじぎをする。女性から見てもかわいらしい仕草をする子だ。
「ありがとな。」
 一応お礼をいうと、コーヒーに、ミルクとガムシロップをたっぷりと注ぐ。
 一口、口に含む
(ん?おいしい。いやな苦みが全然あらへん割に、しっかりコーヒーの味がでとる。
 う〜ん、さすが茶道部。でも茶道部でコーヒーの入れ方も研究しとるんか?)
 突拍子もない疑問が頭に浮かんだが、まあ気にすることでもなかろうと、苦笑を少し浮
かべただけで、頭の隅にしまい込んだ。

 いくつ本を並べて開き、調べものを進めてゆく。
 古典の由美子先生から、試験の特待優遇と引き替えに依頼された資料の収集だ。
『神話にみる異星人に関する伝承』について。
 別に特待優遇が目当てではない。普通に試験をうけてもトップをとる自信はあった。
 ただ単に、自分が興味があったから請け負っただけだ。
 数冊、資料となる本のタイトルをあらかじめ聞いておいた。
 それを図書館で借りてきたのだ。
「だぁ!全然資料がたらんやんかっ!」
 小一時間ほど作業を続けたが、資料作成に行き詰まり、思わず声を上げてしまった。
 いつのまにやら隣のテーブルについていた男子生徒と目が合い、あわてて目をそらす。
「くすくす・・・」
 男子生徒と一緒にいた、黒髪の女性にまで笑われてしまった。
 かぁっと顔が火照り、赤面しているのが自分でもわかる。
「なんだか大変みたいですね。」
 先ほどの男子生徒のところに注文の品を持ってきたのだろう。声のした方を見ると、ウ
ェイトレスが立っていた。
 かわいらしい制服。ただ、さきほどのウェイトレスとは別人だった。
 耳のセンサー。ポニーテールに束ねた髪。図書館で会ったセリオタイプだ。
「あ、あんた、さっきの・・・」
「こんにちは。今日お会いするのは2度目ですね。」
「ああ、さっきはありがとな。」
「いいえ。なにか調べものですか?」
「うん、ちょっとな。でもあかんわ。全然資料不足で。」
「そうなんですか?」
「先生に、資料になりそうな本を教えてもろうたけど、そん中から必要な情報を探すだけ
でもひと苦労や。載ってる事も、物によってばらばら。ったく、こんな本、書いた奴の顔
が見てみたいわ。」
「・・・学園のデータベースをお使いになってみたらいかがでしょう?」
 学園には大規模データベースが構築されている。このデータベースにはさまざまな文献
情報が載っており、また世界中の大学や研究機関、さらには来栖川の持つデータベースと
もリンクしていた。
「あかんねん。どうもデータベースとかで調べるのって苦手でな。なんか調べようとした
ら、よけいな情報ばっかりでてきよって、ぜんぜん目的に到達できへんねん。それに図書
館の端末はいっつも誰かつこうとるし。」
「そうですか・・・」
「電芹、手伝ってやれよ。」
 突然、隣の男子生徒から声がかかった。
「よろしいのですか?」
「ああ。工作部の端末を使ってかまわん。」
「・・・あんたは?」
 怪訝そうな顔をして、智子が訪ねる。
「あ、私の管理者で、3年の菅生誠治です。」
 電芹が智子に誠治を紹介する。
「よろしく。」
 椅子から立ち上がり、智子に歩み寄った誠治が手をさしのべる。
「あ、先輩でしたんか。失礼しました。」
 恐縮した智子が手を取り、握手を交わす。
「うちの部室に専用の端末があるんだ。それを使うといい。」
「誠治さんは、工作部の部長をされてるんですよ。」
「ええんですか?部外者の私がつこうても。」
「かまわんよ。・・・気になるなら入部するかい?」
「え?えっと・・・」
「ははは。冗談だよ。端末の使い方は電芹に聞くといい。どうせここももうすぐ閉館だし。」
「え?もうそんな時間かいな。」
 あわてて時計を見ると、たしかにだいぶ遅い時間になっていた。
「今日は用事があるんよ。電芹ちゃん、明日、資料探すの手伝ってくれへん?」
「ええ。かまいませんよ。じゃあ、放課後、部室までお越しください。」
「ええ、わかったわ。菅生先輩。じゃ、すんませんけど明日おじゃまします。」
「ああ。ついでに工作部の見学でもしてってくれ。入部希望はいつでも受け付けてるから。」
「あははは・・・」
 智子はとりあえず愛想笑いでその場をしのいだ。

 翌日・・・・

 必要な情報が載っていないことのわかった本を図書館に返し、智子は工作部の部室へと
向かった。
 検索しなければならない項目をいくつか昨夜のうちに洗い出してある。
「えっと、たしかこの先やったな。」
 昨日、別れ際に渡されたメモをたよりに部室に向かう。
 廊下の角を曲がると、数人の男がたむろっていた。
「なあなあ、名前なんて言うの?」
(なんや?ナンパか?)
「か、かわいいね。なでなでしてもいい?」
(・・・・・・おい。)
 男たちの輪の中央に、小さな女の子がいた。
「あんたら、なにしてんねん!」
 最初、どこかの小学生が迷い込んできたのかと思った。
 だが、智子が、にらみを利かせ、男どもがすごすごと退散した後に取り残されたのは緑
の髪のメイドロボだった。
「マルチ・・・やないな。」
 外見はマルチタイプそのものだ。だが、身長が、智子の腰よりちょっと上のあたりまで
しかない。デフォルメ版マルチ、SDタイプのマルチと言ったところか。
「えぐえぐ・・・ありがとうございますぅ。」
 どうやら男どもに囲まれて、困惑していたようだ。
 うっすらと涙を浮かべている。
「へんな奴には気いつけや。じゃ、私は用事があるから。」
「えぇ、いっちゃうんですかぁ!?(うるうる)」
「えっと・・・(や、やめいっ、その子犬のような目で見るのは・・・)」
「あのぉ、せめてお礼を(うるうる)」
「ちょっと忙し・・・(あかん、あかんて・・・)」
「すぐそこですからぁ(うるうる)」
「時間が・・・(うぅぅ・・・あかん、断って、工作部に行かんと・・・・)」
「ぜひ、おねがいしますぅ(うるうる)」
「・・・・・・・・・」
「うるうるうるうるうるうるうるうる。」
「(・・・・・・がくっ)わかった。ちょっとだけやで。」
「わあい、ありがとうございますぅ。さ、こっちですぅ」
「ちょ、ちょっと、あんまりひっぱらんといて・・・」

「ガチャッ!」
 元気良くドアが開かれる。
「ただいまぁ!」
「おかえりなさい。ちびまるさん。あら、保科様をご案内してきてくださったんですか?」
「あ、電芹ちゃん・・・ってことは、ここが工作部?」
「はい。お待ちしておりました。」
「はあ。取り越し苦労だったんかいな。」
「あのぉ・・・」
 会話に入れない、SDタイプマルチ『ちびまる』が、目を潤ませる。
 電芹がすっとちびまるの背後にまわる。
「保科様、この子はちびまる。工作部の庶務を受け持ちますサポートロボです。」
「ち、ちびまるですっ。先ほどはありがとうございましたっ。」
「保科智子や。よろしくなっ。」
「保科様ですね。よろしくお願いします。」
「その様ってのはやめてくれんか。なんかこそばゆいわ。電芹ちゃんもな。」
「では、保科さんとお呼びしてもよろしいですか?」
「うん。私は電芹ちゃんって呼んでいいわね。」
「はい。」
「あのぉ・・・・」
「なんや?」
「・・・・・ともねぇちゃんって呼んでいいですかぁ?」
「へ?」
「う〜む、メカ関連のデータベースより先に、やっぱり言語関係を整備してシステム構築
した方が良かったかなぁ。」
 部屋の奥、保健室に良くあるような、布でできたついたての裏から、誠治が現れる。
「え?ぶちょー、わたしの言い方、変ですかぁ?保科様、変ですかぁ?」
「そんなことあらへんよ。ともねぇちゃんでええよ。私も妹できたみたいでうれしいし。」
「わぁい。よかったですぅ。」
 ちびまるが智子に抱きつく。どうもちびまるはすっかり智子のことを気に入ってしまっ
たようだ。
 
 電芹は、同時に2台の端末を器用に操作し、智子が指示した内容を洗い出していった。
 プリンターから次々とデータベースの検索結果が出力されて行く。
 その間、智子はちびまるからいろいろな話を聞いた。
 ちびまるが生まれてからの話、工作部の活動、誠治の事、美加香の事、そして、今まで
起こったこと。
「それでですね、購買部から依頼されて、浮気検知器ってのを作ったんですが、お話しす
るだけで浮気って判断しちゃって、結果をみた依頼者の人が切れちゃったんですよ。」
「ふ〜ん。」
「ところで、”浮気”ってなんですか?」
「がくっ。なんや、浮気も知らんと話とったんかい。」
「てへへっ」
(・・・ボケ具合はマルチゆずりやな。)
「保科さん、できましたよ。」
 電芹が資料の束をてにして声をかける。
「あ、助かったわ。ありがと。」
「いえ。お役に立てて嬉しいです。」
「さて、んじゃ、そろそろ・・・」
「え?帰っちゃうんですかぁ?」
「この資料まとめへんとならんからな。」
「うにゅぅ・・・また来てくださいねぇ。」
「・・・ああ、また来るわ。・・・誠治さん?」
「え?」
 誠治は、智子の自分に対する呼び方が突然変わったことに気が付いた。
「誠治さん?」
「は、はい。何でしょう?」
「しょっちゅう顔出すって訳にはいかへんけど、よかったら入部させてもらえますか?」
「え?あ、ああ。入部してくれるのはありがたいけど・・・」
「入部したら、端末とか自由に使ってええんでしょ?」
「ああ。構わないよ。」
「ともねぇちゃん、工作部に入部してくれるんですか?」
「うん。入部すれば、ちびまるにもいつでも会えるしな。」
 ぽんぽんと、智子が頭を叩いてやると、ちびまるの顔が見る見る赤くなった。

【つづく】

(C)Sage1998