Lメモ「試立Leaf学園工作部奮戦記 序章:赤の節」 投稿者:Sage
「ここかしら・・・」
 廊下には、なにやら段ボールと緩衝剤に厳重に梱包された機械がならんでいた。
 機械と機械の狭間にあるドアの前に赤十字美加香は立っていた。
「長瀬主任・・・」
 美加香の手には恩師である長瀬源五郎からの手紙が握られていた。
 手紙には簡単な挨拶と、健康を気遣う数行のメッセージ。
 数年ぶりに見た、その無骨な文字に、思わず目頭が熱くなった。
 そして、追伸には『君の能力が生かせるかもしれない。工作部の菅生を訪ねなさい。』
メッセージがそえられていた。
 いつも出ている料理研究会は休みをもらって、工作部を探した。
 工作部。美加香はその部を聞いたことがなかった。
 数名の教師に尋ねてもだれもしらない。
 しょうがなく庶務課に行ったところ、先週、急に発足が決まった部で、昨日やっと部室
が確定した、と聞かされた。
「ふうっ。」
 大きく息を吐いて、呼吸を整える。
「こんこん」
 軽くドアをノックする。
「・・・・・」
 何も反応がない。
「どんどん」
 ちょっと強めにドアを叩く。が、やはり返事はなかった。
「どうかなさいましたか?」
 ドアを開けて中に入ろうか思案していた美加香の背後から、急に声がした。
「え!?」
 振り返ると、そこには大きな荷物を肩に担ぎ上げて立っている女性がいた。
 オレンジの髪をポニーテールに束ね、学園の制服に身を包んでいる。
 耳には金属。通信などの複合センサーを納めた、イヤーカバー。メイドロボの証だ。
「電芹さん?」
 そこには先日、料理研究会に入部してきたセリオタイプがいた。
「はい。先日はお世話になりました。なにかこちらにご用件でしょうか。」
 肩の荷物をおろしながら電芹がたずねる。
「どすん!!」
 荷物をおろす時に大きな音がした。おそらく人間では持ち上げることはできないくらい
の重量物だったのだろう。
「あ、えっと、菅生誠治さんって人に会いに来たんだけど。」
「誠治さんですか?いま荷物のうけとりで裏門の方に行っております。すぐ戻ると思いま
すので、中でお待ちになりませんか?」
「え、ええ。そうね。」
 部室へと入る美加香と電芹。
「す、すごい・・・」
 中の風景を見て、美加香は目を見張った。
 そこには来栖川の中央研究所でさえ1機しか無かったような工作機械や、メイドロボ用
メンテナンスベット、バイオケミカルパーツ製造のためのタンクなどが並んでいた。
表にまだ未開封の機械があった事を考えると、企業の研究所に匹敵する機材がそろえられ
ていることになる。
「工作部へようこそ。美加香さん。」
 ふたたび後ろから声をかけられ、美加香はあわてて振り向いた。
「こんにちは。あなたが菅生さん?」
 平然を装い、にこやかに問いかけるが、草武術を極めたはずが2度も後ろを取られたこ
とに、心穏やかではない美加香だった。
「ええ。菅生です。初めまして。」
 手をさしのべる。
「どかーーん!!!!」
 遠くで爆発音がした。
 だが、爆発など日常茶飯事なこの学園。二人とも顔色一つかえず、握手を交わした。
「実は、今度、工作部というのを立ち上げることになりましてね。あ、電芹、お茶を頼む。」
「はい。」
「そういえば、なんで電芹さんって呼ばれてるんですか?」
「あいつ結構、人見知りをしましてね。この学園に来てすぐ、人間観察をしてたらしいん
です。マンウオッチを普通にするならいいんですが、なぜかいつも、あいつ、電柱の影から
人を眺めてましてね。それで、ついたあだ名が”セリオ@電柱”。今では、みんなに”電芹”
と略されて呼ばれてるようですね。”グレース・セリオ・プロトタイプ”という、ちゃんと
した名前もあるのに。」
「グレース・・・・プロトタイプの7号機ですか?」
「ええ。そうです。」
 メイドロボの開発において、伝統的にプロトタイプの名前には製造された順番に、Aから
名前が付けられていた。グレースは7番目。Gで始まる名前である。
「電芹さんも部員なんですか?」
「いえ、彼女は工作部員にはならない予定です。まあ、顔は出すでしょうけどね。」
「工作部、ですか?どんなクラブなんです?」
「基本的には『物作りを楽しむクラブ』です。が、別の顔ももっているんですよ。そっちの
ほうがメインになると思うんですが。」
「別の?」
「ええ。『メイドロボ用保健室、兼、学園で使用する各機材の修理工場』という顔です。
学園にもメイドロボや、人体改造をしたかたも増えてきた上に、戦闘も激しくなって、外
の業者を使っていては、費用が馬鹿にならなくなってきたらしいんです。それで、有志を
あつめて、学園内に修理などができる所を作ろうと言うことになりまして。」
「そうなんですか。それにしても凄い機材ですね。」
「実は来栖川の長瀬主任とは面識がありましてね。この機材も長瀬主任の口利きしてもら
ったんですよ。」
「あ、もしかしてそれでわたしに声が?」
「ええ。学園でメイドロボの修理ができる技術を持つ物は、教師にも限られた人しか
おりませんから。どうです?入部しませんか?」
「う〜ん。顧問はどなたが?」
「現在、緒方先生にやっていただくことで話が進んでいます。まだ決まっていませんが。」
「どうしようかしら・・・お料理研究会の方もあるし・・・・」
「実はですねぇ・・・・」
 声を小さくして、美加香の耳元でささやく。
「この部、学園の全面バックアップを受けてますから、予算使いたい放題ですよ。それから
作業にかかった時間にはアルバイト代がでます。」
「えっ!」
(そうしたら、ひなたさんに、あれとあれを買って、んで私は・・・・・・。
 ぷるぷる。いけないわ、だめよ、美加香。そんな誘惑にまけちゃ。でも・・・・・・)
「まあ、答えは急ぎません。今週中にでも・・・・」
「がちゃっ!」
 ドアが勢い良く開かれる。
「誠治さん!マルチさんがっ!!」
 飛び込んできたのは電芹だった。
 電芹の後ろの女性の腕の中にはマルチが抱きかかえられている。
 腕の皮膚に所々裂傷があり、はオイルが所々から漏れている。
「たいへんっ!」
 美加香が立ち上がる。
「メンテナンスベッドに寝かせるんだ。早く!」
 誠治は電芹に声をかけると、工具を取りに奥の部屋へと向かった。
 まだビニールもはがしていないメンテナンスベットにマルチを横たえる。
「貴姫さん!なにがあったんですかっ!」
 手近にあったはさみでマルチの制服の袖に切れ目をいれ、腕を露出させながら、マルチ
を抱えてきた女性、3年生の天神貴姫に美加香が訪ねる。
「わからないんですっ。校内を清掃していたら、突然爆発が起こって。あわててマルチ様
をかばったんですが、間に合わず、手に怪我を・・・」
 青ざめた顔をして貴姫と呼ばれた女性が答える。
 マルチは気を失っている。通常、裂傷程度の体の破損だけでは機能停止には至らない。
 ということは、腕の損傷が原因で何らかの負荷が本体にかかっていることを意味する。
 美加香は、そばにあった掃除用のウエスでマルチの腕のオイルをタオルで拭いながら、
一つずつ裂傷を調べて行った。
(あったっ!)
 それはすぐに見つかった。
 左上腕部。一番大きな傷のすぐわき。
 細長い金属片が、腕のフィードバックシグナルラインに突き刺さっている。
 美加香は周りを見回す。床に工具箱が置いてある。
「がちゃっ。ごそごそ」
 工具箱の中からラジオペンチを見つける。
 周りの回路に傷を付けないよう、注意して破片を・・・
「だめだっ!!」
 戸口で、ノートパソコンを小脇に抱えた誠治が叫んだ。
「ぷちっ」
 声よりも早く破片が引き抜かれる。
 その瞬間。
「きゃぁ!!」
 マルチの左腕が跳ね上がり、美加香の体を突き上げた。
「ばしっ」
「きゃ!」
 後ろに飛ばされるように倒れた美加香の体は貴姫を巻き込んで床に崩れ落ちた。
「ぎりぎりぎりぎり・・・・」
 マルチの左腕は頭の方向より、さらに60度ほど回転した位置できしみを上げている。
 誠治はマルチに駆け寄りノートからのびるケーブルをマルチの耳に繋いだ。
 素早くメンテナンスプログラムを起動し、駆動系統に停止信号を送り込む。
 ぎりぎりと音を立てていたマルチの腕からすっと力が抜け、だらんと垂れ下がる。
「ふう・・・」
 ほっと息をつき、誠治は美加香と貴姫のもとへと歩み寄った。
「大丈夫か?」
 二人の女性が起きあがるのを手助けする。
 美加香の頬が赤くなっている。跳ね上がったマルチの手が当たったのだろう。
「これを・・・」
 電芹がいつのまに用意したのか、濡れたタオルを美加香に差し出す。
「ありがとう・・・」
 美加香は濡れタオルを受け取り、頬に当てた。
 落ち着いて考えればわかる。
 駆動中にフィードバックシグナルラインに損傷を受けたマルチのCPUは、思考の停止、
イコール「気絶させる」とともに、左上腕部の制御信号をカットした。
 そして、美加香が破片を取り除いた際、ラインが復旧したと判断したCPUは、左上腕
部に対する信号制御の送信を再開した。
 しかし、実際には、左上腕部は先ほどの傷により正しく制御できず、暴走状態になって
しまったのだ。
(こんな簡単な事なのに・・・)
 長瀬主任に師事ををうけ、メイドロボについては学園のだれよりも精通していると思っ
ていた。
 ”些細なミス”。そう思って忘れることもできたかも知れない。
 だが美加香はそうすることができなかった。
「ぶうぅぅぅん・・・・・・」
 ハム音と共にマルチが再起動する。
「マルチ。マルチ。」
 誠治がマルチにだけ聞こえるよう、耳元で、小さな声で呼びかける。
「・・・・誠治・・・さん?」
 やはり小さな声でマルチが答える。
 電圧が安定しないのか、まだ寝ぼけているようである。
(楠だったころ、研究所で会ったことを覚えているのか。)
 秘密が路程しないよう、マルチには悪いと思いつつ、楠誠治に関する記憶のプロテクト
プログラムをマルチに送り込む。
「皮膚の再生に少しかかる。少しお休み。」
 髪をなでてやると、マルチは穏やかな顔を浮かべながら眠りに落ちた。
「あの〜」
 貴姫が心配そうに、ちょっと離れた場所から誠治に声をかける。
「大丈夫。回路の一つがショートしたために、電圧が急激に下がっただけだよ。明日には
傷も残ってないよ。」
「よかったぁ。ありがとうございます。」
 お辞儀をする貴姫。
「いや、そんなに恐縮されても・・・」
「くすくす。お名前うかがってよろしいですか?」
「あ、えっと、菅生誠治です。」
「誠治様ですね。天神貴姫ともうします。」
「よろしく。」
「誠治様ってすごいんですね。まるでメイドロボのお医者さんですね。」
「お医者さんか。そう言ってもらえるのは嬉しいな。」
「くすくす。」
 顔を赤くする誠治から視線を外し、貴姫はマルチに歩み寄る。
「マルチさん、早く良くなってくださいね。」
 眠るマルチの頭をそっとなでてやる。

 マルチの寝顔を微笑みながら見つめる貴姫と対照的に、美加香の顔はうかなかった。
「どうしたの?頬が痛むのかい?」
「いえ。」
「ミスを気にしてるの?」
「・・・ええ。まあ。」
「以前、こういう作業をしたことがあってね。こういう即時対応が必要な状況は、経験が
物を言うからね。」
 車を作る設計士と、車の修理工場の工員とはまったく違う技術を要する。
 子供を産み、育てる母親と、治療をする医者もまったく異なる。
 そう言うことだ。
「・・・・誠治さん。入部の件、お願いします。」
 美加香は決心した。私の技術がメイドロボたちが幸せに暮らして行くための役に立つなら。
 そしてここでの経験が自分の為になるなら、と。
「・・・・こちらこそよろしく。」
 二人は握手をかわした。
 工作部のあわただしい門出であった。

【つづく】

(C)Sage1998