Lメモ「試立Leaf学園工作部奮戦記 序章:白銀の節」 投稿者:Sage
「おぬしが菅生か?」
「ええ。そうですが。」
 転入手続きを庶務課で終わらせたあと、正面玄関で靴を履き替え、表に出ると、
マルチタイプのメイドロボと、長い黒髪の少女が掃除をしていた。
(綺麗な娘だな。)
 そんなことを考えながら、帰ろうと、正門へと向かおうとしたところ、突然、
後ろから声をかけられた。
 そこには竹箒をもった初老の用務員らしき男が立っていた。
「すまぬが、ちょっと付き合ってもらえるかな。なに、そんなに時間は取らせぬよ。」
「はあ・・・・」
(なにか手伝わさせられるんだろうか。しかし、あの顔、どこかで・・・・)
 再びドアから校舎内に入る。下駄箱を通り過ぎ、少し行くと用務員室がある。
 誠治は用務員の後について行った。
「がちゃっ」
 男はドアを開け、中へと入る。
「さ、中へ。着替えてくるので少し待っていてくれ。」
 土間を上がると畳敷きになっていた。
 小さなちゃぶ台。14インチの古くさいテレビ。神棚。
 昔のドラマに出てきそうな風景がそこにはあった。
 暇を持て余しそうなので、テレビをつける。
 放課後のこの時間帯は、再放送のドラマなどが多く、面白い番組は無かった。
 誠治は見る気もなしにニュース番組にチャンネルをあわせ、ぼうっと眺めていた。
「待たせてすまぬな。」
 振り返ると、着流しに着替えた先ほどの男が立っていた。
 こうしてみると、かなり長身。そして体格も年齢に見合わないほど引き締まり、
鍛え上げられているのがわかる。
(ただものじゃないな。まあ、この学園で用務員をしているということだけで、
普通じゃないか。)
 男は茶缶を手に取り、急須に少量の茶の葉を流し入れた。
 脇に置いてあったポットから湯を注ぎ、しばらく蒸らす。
 湯飲みを二つ並べると、茶を注いで行く。
 7分目ほど、二つの湯飲みにまったく同量の茶が注がれた。
「すっ」
 湯飲みの一つを誠治の方に差し出すと、男はもう一つの湯飲みを持ち、口に近づけた。
「ずずず・・・・」
「・・・あの、用件はなんなんでしょう。」
「・・・ふむ。遠回しな話は無しにするかの。頼みがあるのだ。”楠誠治殿”。」

 楠誠治。元来栖川マテリアルワークス技術主任。メイドロボのカスタマイズを生業と
するこの企業で、特定用途向けメイドロボの設計、開発のエキスパートとされてきた男
である。
 第二購買部に、自分の持つコネクションを用いて武器の納入を行ってきたが、先日から
行方不明。
 公式には「空軍の新型テスト機の飛行実験中に事故死」という事になっている。
 そして、菅生誠治は、楠誠治のバックアップ。楠の記憶を移植されたクローン人間なの
である。
 それを知っている者は極限られているはずであった。

 姿勢をただし、男に問いただす。
「失礼ですが、あなたは?」
「わしは長瀬源四郎。おぬしのことは源五郎より聞いておる。」
(長瀬一族。そうか、長瀬主任の関係者、ということか。)

 コンシューマー向けメイドロボの開発者、長瀬源四郎主任技師と、楠はなんどか顔を合
わせたことがあった。
 量産しなければならないコンシューマー向けメイドロボ。
『私もたまにはコストや量産ラインの心配をせず、好きにメイドロボットを設計したいも
んだよ。』
 長瀬氏は開発計画の打ち合わせで楠にあうたび、そんな愚痴をこぼしていた。
 そんな長瀬主任の為に、楠もマルチとセリオの試作時には、生産に費用のかかるパーツ
をマテリアルワークスの予算で作り、横流ししてやってもいた。
 そして長瀬主任は、菅生誠治の出生の秘密を握る数少ない人間の1人である。

「・・・話をお伺いしましょう。」
「うむ。この学園が、独特の世界になっているのはもうわかっておると思う。だが、近頃、
徐々にだが不穏な動きが増えつつあるのだ。『このままにしてはならん。』そうわしの感
が告げておってな。もう2度と表舞台にはたたぬと決めておったのだが・・・・」
 窓の外に視線を送る源四郎の視線は、矢を射るような鋭い視線であった。
 その視線の先が、向かい側の建物のどこをにらみつけているかまではわからなかった。
「・・・それで、私にどうしろと。」
「おぬしのその技術とコネクションをわしに貸して欲しいのだ。崩壊へと向かう気配を見
せ始めたこの学園を止めるために。」
「私がこの学園に来た理由をご存じなのですね。」
「うむ。源四郎に相談をもちかけ、おぬしを紹介してもらったあと、すまぬがいろいろと
調べさせてもらった。おぬしの目指すところも『バランスの保持』。そうであろう?」
「ええ。」
 複数の勢力がひしめきあい、火花を散らしあうこの学園。どれか一つの勢力が暴走すれ
ば、あっという間に崩壊してしまうであろう。
 楠が知り合った数多くの人々が平穏に学園生活を送れるよう、『バランスを取る』。
それが菅生がこの学園に来た理由であった。
「いいでしょう。お役に立てるかどうかはわかりませんが。」
「学園側への働きかけはわしがやろう。よろしく頼むぞ。」
 二人は、互いの手を強く握りあった。

【つづく】

(C)Sage1998