XmasLメモ 「大きな大きなプレゼント」 投稿者:Sage
「これで・・・終わりですかね。」
 絞った雑巾を干しながら、エプロン姿の赤十字美加香が保科智子に尋ねた。
 今日は終業式、そして大掃除。さらにクリスマスイブでもある。
「そぉやな。誠治さん、終わりでええか?」
「ああ。後は俺の作業だけだから。もう帰っていいよ。」
「じゃあ、すみませんが私はお先に失礼いたします。」
 いそいそとエプロンをはずし、帰り支度を始める美加香。
「お疲れ。ひなたくん達にも、『よいお年を』と伝えてくれ。」
「はい。誠治さんもよいお年を。」
「ありがとう。じゃあ、また来年。」
「くす。はい、また来年。」
 コートの襟を整えると、美加香は小走りでかけだしていった。
 愛する人たちの待つ家へと。


「さて、ちびまる、お休みの時間だ。」
「は〜い。」
 冬休みの間、ちびまるは電源を落とし、スリープモードへと入る。
 ちびまるの管理を行うホストコンピュータを止めるためである。
 ちびまるは、白いレオタード風のメイドロボ標準服に身を包むと、メンテナンスベッ
ドへと身を横たえた。
「ゆっくりやすみや。いい夢見れるとええな。」
「はい。みんなの夢が見れるとうれしいです。」
「大晦日には、一度起こしに来るからな。おやすみ。」
「はい。おやすみなさい、ぶちょー。」
「おやすみ、ちびまる。」
「おやすみなさい、ともねえちゃん。」
 ちびまるはゆっくり目を閉じる。
 モニターの表示が、彼女の各機能が順々に停止状態に移行してゆくことを表す。
 やがて全ての機能がスリープモードに移行し、彼女が深い眠りに落ちたことを示した。
「さて、わたしもそろそろ失礼します。」
 智子もちびまるが眠りに落ちたのを確認すると、家路についた。


 ハードディスクのバックアップを高密DVD−RAMに保存し、ちびまる用のメモリ
はダミープラグ(メイドロボの脳幹部分のみのユニット)に転写する。
 進行状況をしめすメーターが、全て緑で埋まれば、彼女の全記憶のバックアップが完
了する。
 のびてゆくグラフを誠治はぼおっと眺めていた。

 全ての作業を2時間ほどで終え、誠治が工作部室の鍵を閉めた頃には、あたりはまっ
くらになっていた。
 風はそれほど強くないが、気温が低い。
 これで雲でもでていればおそらくホワイトクリスマスになっただろう。
 上を見上げると、雪の代わりに落ちてきそうな星空があった。
「はぁ・・・」
 息を吐くと、真っ白になった。
 ダウンの襟を立て、少しだけ早足で家に向かう。


「ただいま・・・・」
 家の扉を開け、声をだす。
 当然のように帰ってくる返事はない。
 キッチンの明かりをつけ、コーヒーメーカーとFMのスイッチを入れる。
 『・・・手のひらで・・・受け止めた・・・雪が・・・切ない・・・』
 聞き慣れたウインターソングが流れる。
 ジーンズとタートルネックのセーターに着替え、居間にもどる。
 レンジで暖めたミルクと、濃いめに入れたコーヒーをまぜ、多めに砂糖を落とす。
 ずずず・・・
 胃へと暖かい液体が流れ落ちるのを感じながら、電気を消したままの居間の窓から下を
のぞくと、通り沿いの並木は、イルミネーションが飾られ、見慣れた町を幻想的な雰囲気
へと変えていた。
 その中を、寒さから逃れるために寄り添いながら歩く人たちが目に入る。
 『・・・過ぎてゆく、季節に、降りてきた、宝物・・・』
 曲が変わり、透き通るような女性のボーカルの声が、恋人達に送るメッセージを紡ぎ出す。
 視線を空へと移す。
 漆黒の闇の中、冷たく、そして澄んだ冬の空気にまたたく星達。
 それは地上のイルミネーションを鏡で様だった。
 がちゃり・・・
 背後でドアの開く音がした。
「・・・いらしたんですね。電気が消えてたので、お留守かと思いました。」
「ああ、さっき帰ってきたところなんでね。」
「そうですか。・・・ただいま帰りました。誠治さん。」
「おかえり、電芹。」


「おひとり暮らしは、不自由ではありませんか?」
 軽く食事を済ませ、ひさびさに耳掃除をしてもらっているとき、不意に電芹が尋ねた。
「ん?うーん・・・まあ、面倒ではあるけど、不自由ってほどじゃないよ。」
「お寂しくはないですか?」
「・・・・寂しくない、といえば、嘘になるな。」
「一つお伺いしてもよろしいですか?」
「ああ。なんだ?」
「私は戻って来た方が・・・・」
「電芹。」
 誠治は電芹の言葉を途中で制した。
「電芹、戻って来たいのか?」
「・・・・」
「周りの人間の要望や需要を排除した上で、おまえの気持ちを聞かせてくれ。戻って来
たいのか?」
「いえ・・・・」
「なら、今のままでいい。」
「ですが・・・」
「おまえが来るまで、俺は一人で暮らしてたんだ。そんなに心配するなって。」
「はい・・・・」
「それに、俺以上におまえが必要な人がいるだろ?その人は、おまえにとっても必要な
人のはずだ。」
「はい・・・・」
「なら、それでいい。ま、寂しくなったら彼女でもつれ込むさ。」
「くすっ。それができないから、今日は一人なんじゃないですか?」
「・・・・・お前も言うようになったな。」
「たけるさんのせいではありませんよ。」
「はん。俺が元凶か。」
「ふふふ。どうでしょう。」
「ちぇっ。」
 文句を言いながらも誠治の顔は穏やかであった。


「はい。はい。わかりました。ではお待ちしてます。」
 かちゃり。
 電話の受話器をゆっくり戻す。
「たけるさん、駅から?」
「いえ、近くの公衆電話からでした。」
「まだ帰る用意しなくていいのか?」
「はい。お茶をいただく時間くらいはあるそうですので。」
「ふーん。」

 ピンポーン。

 電話から5分ほどして、チャイムが鳴った。
「はーい。」
 電芹がぱたぱたと玄関へ向かう。
「こんばんわっ。誠治さん、めりーくりすますっ☆」
 予想通り、来客はたけるだった。
 たけるを居間へと通すと、電芹はキッチンへと入っていった。
「いらっしゃい。寒かったろ。」
「もう、寒くて鼻水たれちゃうかと思いました。」
「あはははは。まあ、とりあえずコート脱いで。お茶してく時間くらいあるんだろ?」
「うん☆」
「ハイドさんの誕生祝いの方はどうだったの?」
「あうっ・・・えっと・・・いろいろありました。あはははははは・・・」
 なんかあったらしいな。
 電芹に聞けばわかるだろうが、詮索はしない方がよさそうだ。
「おまたせしました。」
 電芹が一番大きいトレーを手にキッチンから戻ってきた。
「おっ、お手製かい?」
「はい。たけるさんのお手製です。」
 トレーの上には、ティーカップと、たけるお手製のチーズケーキがあった。
 電芹が紅茶を注ぐあいだに、たけるが手早くケーキを切り分ける。
「どうぞっ」
「ありがとう。いただきます。」
「(どきどき、どきどき)」
「・・・・たけるさん、そんな見つめられると喰いづらいよ。」
「あう。だって、誠治さん、チーズケーキ好きだって聞いたから、評価が気になるんだ
もん。」
「ふむ。では、厳格に審査しますか。」
 ぱくっ
「(じ〜)」
「むっ・・・(もぐもぐ)・・・むむっ・・・・(もぐもぐ、ごっくん。)」
「どう?」
「ん・・・・5点だな。」
「ご、ごてん!?」
「そう、5点。」
「そ、それっておいしくないってこと?」
「いや、5点満点。」
「・・・・・いじわる。」
「あははははは。いや、お世辞抜きでおいしいよ。」
「はぁ。よかったぁ。」
 ほっと胸をなで下ろすたける。
「おっと、そうだ。」
 誠治はソファーに掛けてあったコートのポケットをごそごそと探ると、小さな包みを
2つとりだした。
「電芹、たけるさん、メリークリスマス。」
「え?これって・・・」
「クリスマスプレゼント。」
「私にまでいただけるんですか?」
「ああ。」
「あう〜。わたしなんにも用意してないよ〜。」
「ケーキのお返しだよ。それにいつも世話になってるからね。」
「わたしのほうがもっとお世話になってるよ〜。」
「いいから。さ、開けて。」
「うん・・・」
「はい。」
 がさがさ・・・
 リボンをほどき、赤を基調とした包み紙を開くと、白い小箱が入っていた。
 小箱を開くと、紺のビロードに包まれたケースが出てきた。
 カパッ。
 ケースを開くとそこには小さなリング。
 木の葉をデザインした銀色の指輪が入っていた。
「わあ・・・・・」
 手に取り、眺めるたける。
 ふと横を見ると、電芹も同じように指輪を手に取っていた。
「あ、電芹とお揃い?」
「そのようですね。」
「わぁ、せーじさん、ありがと〜。でもこんな高価な物・・・・」
「いや、そんなに高価じゃないから、気にしないで。さ、はめてみてくれる?」
「うん・・・」
「たけるさん、お互いに付けあいましょうか。」
「うん。電芹はめて☆」
「はい。」
 電芹はたけるから指輪を受け取ると、目視でサイズを計測。
 最適なサイズと思われた左手の中指へとリングをはめた。
「ありがとう。んじゃ、電芹は私がしてあげるね。」
「はい。お願いします。」
 たけるは電芹から指輪を受け取り、電芹がしたのと同じように、電芹の指にリングを
はめた。
「くすくす。まるで結婚式みたいだね。」
 ちょっと頬をそめながら、たけるが言う。
「こほん・・・たける、電芹、汝ら、健やかなるときも、病めるときも、たがいに慈し
みあい、支え合うと誓いますか?」
 ちょっと神父をきどり、誠治がたけると電芹に問いかける。
「ちかいますっ。」
 たけるはあわてて姿勢をなおすと、神妙な面もちで答えた。
「はい。ちかいます。」
 電芹もそれにあわせて答える。
「よろしい、それでは二人を夫婦・・・というのは変だから、パートナーとして、認め
ます。」
「わーい。電芹、よろしくねっ。」
「はい。たけるさん、ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします。」
「あう。こちらこそふつつか者ですが、よろしくお願いいたします。」
「ふふふ。似たもの夫婦だから、ずっと仲良くやって行けそうだな。」
「えへ。」
「くすっ。」
「あはははははは・・・・」
「うふふふふ・・・・」
「くすくすくすくす・・・」
「ふう・・・・・・・・。たけるさん・・・電芹のこと、よろしくな。」
「・・・はい。」


 この翌日、誠治は、川越たけるを電芹の正式のパートナーとして登録した。
 それはたけるにとって、一生涯のプレゼントとなった。