学園祭Lメモ「楓祭’98/工作部出典:リーフ・フォーミュラ 第3章:”サイレントヒート”」 投稿者:Sage
第3章:「サイレント・ヒート」
−−−学園祭前日、小会議室−−−

 表では学園祭の前夜祭が行われていた。
 といっても、ほとんどの教室では準備作業が行われており、騒いでいるのは出典しな
い学生達だけである。
 そして小会議室では、明日行われるカートレースの予選会の説明会が行われていた。
「なにかご質問はありますか?・・・ないようでしたら、本日の説明会はこれで終わり
ます。ささやかなパーティーの用意ができておりますので、よろしければ召し上がって
いってください。」
 美加香がそう言うと、選手やスタッフは我先にとテーブルへと向かい、用意された飲
み物や食べ物へと手を伸ばした。
「ったく、”猫まっしぐら”って感じだな。」
 苦笑しながら誠治はそれを眺めていた。
「くすっ。食べ物が気になって、説明聞いてなかった、なんて人がいないといいですけ
どね。」
 美加香は子供を眺める母親のような瞳で彼らを見つめていた。
「まったくだよ。さ、俺達も食べよう。」
「そうですね。せっかく誠治さん達が、学園祭の準備を手伝った代わりにもらったもの
ですから。」
「美加香ちゃんも、手伝いお願いしたりして、忙しいところ済まなかったね。」
「いえ。誠治さんこそ。それに勇希先生から手伝ったお返しにこんなにお菓子もらえま
したから、結果的にはラッキーだったかもしれませんね。」
「はははははは。」
「みかねえちゃん、オレンジジュース持ってきたよ。」
「誠治さんは、コーラでええな?」
 智子とちびまるが、ドリンクと皿に盛った菓子を手にして歩み寄ってきた。
「サンキュー。智子さんも、お疲れさま。」
「ちびまるちゃんもお手伝いがんばってくれたね。お疲れさま。」
「いえ、あんまりおやくにたてなかったです・・・」
 美加香にねぎらいの言葉をかけられ、ちびまるは恐縮した。
「そんなことあらへんよ。ちびまるは、ちびまるができることを一生懸命やったんや。
それで十分。」
 なでなでなで・・・
「ありがとうございますぅ・・・」
 智子にほめられ、ちびまるは、ぽっと頬を染めた。

「よう。忍。やってるな?」
「ああ、ジンさん。」
「今回は本当にいろいろありがとうな。結果的に君の練習を減らすことになってしまっ
て・・・」
「いえ、指導をすることで、自分の欠点もわかってきましたし。持ちつ持たれつですよ。」
「そっか。とにかく、お互い明日は全力勝負だ。」
「ええ。手加減は一切なしですよ。」
「おう。ところでどうだ?レースでは誰がからんで来ると思う?」
「そうですね、誠治さん直伝でレクチャーを受けている浩之君は、順当に来るでしょう。
それと気になるのが二人・・・」
「ハイドラントと、悠か?」
「ええ。練習している姿はあまり見かけませんでしたが・・・彼らのドライブグローブ
見ました?」
「ああ。すり切れたように白くなっていたな。」
「だいぶ練習したみたいですね。説明会でも憔悴した顔をしてましたが・・・」
「だが、目つきは鋭かった・・・か。忍もぼ〜っとしているようで、しっかり見ている
んだな。」
「あ、ひどい言われようですねぇ。」
「はははは。冗談だよ。」
「ジンさんの方はどうなんですか?Dセリオさんとの勝負は?」
「あ?」
「あ?って、Dセリオさんと勝負するんでしょ?」
「ああ、すっかり忘れてたよ。」
「へ〜。それだけ自分を磨く事に集中してたって事ですかね。」
「うーん、そうかもしれんなぁ。まあ、練習してないD芹なんて、敵じゃないぜ。わは
はははは・・・・。」

「がーん、がーん、がーん、がーん・・・(以下リフレイン&フェードアウト)」
 人影からジンの姿をうかがっていたDセリオは、思わず持っていたグラスを落としそ
うになった。
「て、敵じゃないですって・・・ふ、ふふ、ふふふふふ。そう。そうなの。」
 確かにこの2週間、ジンと戦闘する事はあったが、なにか精彩を欠いていた。
 私がいつも通りの学園生活を送っている間にもジンは、自らを磨き、自信を持つだけ
の実力をつけた、ということだ。
「いいでしょう。私の本領を見せてあげましょう。」
 Dセリオは、部屋を出ると、警備保障の建物へと向かった。
 サテライトシステムを経由して、レースに関する情報を収集するためである。



 30分ほどすると、食べ物も少なくなり、徐々に人も減り始めた。
 広がったスペースに、テーブルと椅子を引っ張ってきて、残ったメンバーはのんびり
と歓談していた。
「1週間ちょっとの練習。どうだった?」
 テーブルのポテトチップに手を伸ばしながら、誠治が浩之に聞いた。
「うーん、『あっと言う間』って感じかなぁ。」
「何か掴んだって、実感はあるかい?」
「そうですね・・・最初は闇雲にアクセル踏んでましたよ。マシンが全然前に進まず、
ストレートエンドでは逆に無駄にスピードが残るから、コーナーでオーバースピード。
そういえば、最初のころは、くるくるよくスピンしてましたねぇ。」
「あたしゃ、あんたが、回る趣味があるのかと思ったで。」
 智子がつっこみを入れる。
「んなわけあるか。」
「あはははは。んで、今はどうだい?」
「そうですね。”ノリ”ってのがわかってきたと思います。最初、車の操縦っていうの
は、加速、減速などが個々にあって、それぞれの作業を一つ一つやればいいと思ってい
たんですが、そうじゃなかったんですね。加速は次の減速につながり、減速はコーナリ
ングにつながり、コーナリングは次の加速に繋がる。それぞれの作業は、常に次の挙動
と折り重なるように存在する。だからその流れ、”ノリ”みたいのを殺さないようにし
なければならい。まあ、2週間程度の俺が言うことですから的外れかもしれないですけ
どね。はははは。」
「いや、それが感じられるってことは、レーサーとしての素養があるって事だよ。」
「誠治さん、あんまりおだてんほうがええよ。調子にのって、明日またくるくる回る癖
でもだされたら、いい恥さらしや。」
「だから、俺は、回る趣味はないっ!」
「くすくすくす。あんまり回られると、見ている方も目が回りますぅ。」
「あぁ、ちびまるまでそんなことを。ええい、いいんちょ、どういう教育してるんだっ!」
「教育もなにも、事実や。」
「あのなぁ・・・」
 こんこん。
 がらがらが・・・・・
 ドアがひらかれ、見知った顔がひょこっと現れる。
「あの〜。おじゃましていいですか?」
「あかりちゃんじゃないか。どうぞ、どうぞ。」
「おじゃまします。」
「おじゃましま〜す☆」
「失礼します。」
 あかりに続き、大きなお盆を持って、川越たける、電芹が入ってきた。
「学園祭で、カフェテリアの出店で出すクレープの試作品ができたんだけど、味見して
くれませんか?」
 たけるがお盆を置きながら誠治達にたずねた。
「ああよろこんで・・・・、っとその前に確認するけど、まさか千鶴さんは関わってな
いよね?」
「も、もちろん。学園祭には一般の人もくるんだから、そんな危ない物出せないよ。」
 一般の人じゃなきゃ、出すのだろうか、などと考えつつ、誠治は了承した。
「みなさんもどうぞ。浩之ちゃんもお願いね。」
 あかりは手際よく皿を並べ始めた。
「ラッキー。」
「お、うまそうじゃん。」
 残っていた学生達が、わらわらと群がる。
「うん、うまい。このあんこと抹茶クリームがなんとも・・・」
「いや、王道はイチゴと生クリーム・・・」
「定番はバナナにチョコレートでしょう。」
「・・・・焼きそば入りだぞ?これ。」
「俺なんて、五目ずしが入ってたぞ。だれだよ、こんなの考え出したの。」
「はーい、わたしでーすっ!!」
「・・・・た、たけるちゃんが作ったのかぁ。あはははは・・・」
 こそこそ、ひょいっ。
「あ!そのクレープは!!!」
 ばくっ。
「うぐっ!!がふ・・・・・(ばたん)」
「あぁ・・・・梓先輩が作った、対あっきー用のクレープだったのに・・・・」
「だ、大丈夫?・・・・って、理緒ちゃん?(汗)」
 つまみ食いに対する天罰が下った理緒をさしおいて、わいわいと試食会は続いた。
 皿のクレープはどんどんなくなってゆく。
 たけるのつくったスペシャルクレープも、結構人気が高かった。
 通常クレープに入れない材料なのだが『腹が膨らんでよい』との評判だった。


「さて、誠治さん。俺、そろそろ帰ります。」
「ああ。明日の予選に備えてゆっくり休んでくれ。遅刻するなよ。」
「りょーかい。」
 にやっと笑う誠治に、浩之は苦笑を返した。
「あ、浩之ちゃん、帰るの?」
「ああ。おまえはまだ仕事があるのか?」
「うん・・・片づけが・・・」
「あかりさん、そちらは私がやっておきますから。」
「そんなの電芹ちゃんに悪いよ・・・」
「私もやりますから大丈夫ですよっ。神岸先輩。」
「うーん・・・じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな。浩之ちゃん、鞄取ってくるから待
っててくれる?」
「部室までつきあうよ。」
「うん。じゃあ、みなさん、お先に失礼します。たけるちゃん、電芹ちゃん、ごめんね。」
「いえ、こちらこそありがとうございましたぁ」
「うん。二人とも、あしたはクレープ屋さんがんばってね。」
「はーい。」
「はい。おやすみなさい。」
 みんなの見送りをうけ、浩之とあかりは廊下へでた。
 気が付かないうちに表はすっかり暗くなっていた。
 調理室であかりの帰り支度をすませると、二人は家路へとついた。
「日が暮れると、寒いねぇ。」
「ああ。」
「風邪ひかないように気をつけてね。」
「ああ。」
「浩之ちゃんがんばったんだもん、きっといい結果がだせるよ。」
「ああ。」
「私も応援に行くからね。あ、お弁当もってくね。」
「ああ。」
「怪我だけはしないようにね。あ、うちにたしか交通安全のお守りがあったから・・・」
「・・・・あかり。」
「え?な、なに?」
「いろいろありがとな。まあ、できるだけやってみるさ。」
「・・・うん。」
 あかりが浩之を元気づけようとしていろいろ話しかけてきているのが、浩之には感じ
られた。
 『文化祭のたかがイベントの一つだけど、こいつが応援するというのならば、できる限
りのことをやってみよう』と、浩之は強く心に誓った。
 あかりもそんな浩之の意気込みを感じたのか、安心し、しゃべらなくなった。
 秋・・・というより初冬の空気は、日没とともにぐんぐんと下がっていった。
 ちょっとの風でも、襟の中へと冷たい空気が入り込んでくる。
 制服の上に羽織ったカーディガンの襟を直すあかり。
「さむいのか?」
 その仕草に気がつき、浩之が声をかける。
「うん。ちょっとね。」
 何気ないふりをして、鞄を持ち替える浩之。
 その開いた腕に、あかりは自分の腕を通す。
「もう、さむくないよ。」
「・・・人が来ない間だけだぞ。」
「うん。わかってるよ。」
 照れる浩之の肩に、自分のあたまをのせるあかり。
「明日、いい天気になるといいね。」
「そうだな。」
 幸い星々が浮かぶ夜空には、雲一つなかった。