学園祭Lメモ「楓祭’98/工作部出典:リーフ・フォーミュラ 第2章:”レベルアップ”」 投稿者:Sage
第2章:「レベルアップ」
−−−7日前、正門前−−−

「綾香、頼みがある。」
 登校してきた来栖川綾香の前に二人の男が立ちはだかった。
 悠朔とハイドラントである。
「な、なによあらたまって・・・。」
「綾香・・・・今度の学園祭のカートレースの事なんだが・・・」
 言いにくそうに、悠朔が切り出す。
「なにもいわず、ハイレグのレオタードを着て、キャンギャルやってくれ。」
 (がすっ)
 (ばこっ)
 無言で悠と綾香の拳がハイドラントに飛ぶ。
「はっはっはっ。場を明るくしようと思っただけなのに、ずいぶんな愛情表現だな。」
「用がないなら、私は行くわよ。」
「ま、まってくれ。実は工作部主催のカートレースに参加するんだが、タイムが縮まら
んのだ。だれか、良いコーチと、練習できるような場所、しらないか?」
 鼻から血を流しつつも、偉そうに突っ立っているハイドラントは無視して、悠は用件
を切り出した。
「あら、あなた達も出るの?へ〜、ああいうのは興味ないかと思ってたのに。」
「ま、まあな。で、心当たりとかあるか?」
「う〜ん、浩之みたいに工作部主催の練習会に出たら?」
「い、いや、敵には手の内を知られたくないんだ。」
「ふ〜ん・・・心当たり、なくはないけど・・・・」
「たのむっ。教えてくれ!!」
「うーん・・・練習は厳しいと思うけど、いい?」
「望むところだ。」
「わかったわ。じゃあ、放課後に教室まで来てちょうだい。」
「わかった。」
「綾香、これも俺達の愛の為なのだ。よろしくたのむぞ。」
 綾香の手を取り、ぎゅっと握ると、ハイドラントは、にやっと笑った。
「・・・・・俺達って、あんたたち、そういう関係だったの?」
「「なぜそうなるっ!!!」」



−−−7日前、3年の教室前の廊下−−−

「ジ〜ンちゃんっ」
 廊下を歩いていたジン・ジャザムの肩をだれかがぽん、と叩いた。
 振り向くと、そこには柏木千鶴がにこにこしながら立っていた。
「ち、千鶴さん・・・」
「カートレース出るんですって?」
「え、ええ。」
「練習してる?」
「いえ、あんまり。まあ、なんとかなるでしょう。はっはっはっ。」
「でも、走行会でのタイム、あんまり良くなかったんでしょ?」
「え?」
「『え?』って、15位だったでしょ?」
「え〜っと・・・・」
「自分の順位見てなかったの?」
「・・・はい。」
「もしかして『D芹ちゃんより上』ってことで、満足してた?」
「・・・はい。」
「D芹ちゃんが練習してないから、練習しなくて大丈夫だと思ってた?」
「・・・はい。」
「ジンちゃん・・・」
「・・・はい?」
「あなた、レースにでるの、やめなさい。」
「え?」
「レースの参加者、みんな一生懸命よ。みんな毎日コースをジョギングして下見したり、
放課後は練習会に参加したり。なんの努力もしようとせず、遊び半分でレースに参加し
ようなんて、真剣な人たちに失礼よ。」
「あ・・・う・・・。」
「それにジンちゃんらしくないわよ。ジンちゃんはいつも勝負には全力でぶつかってた。
いつも一生懸命だった。なのに・・・」
 目頭をそっと押さえる千鶴。
「お、俺が間違ってたよっ。学園祭の催し物とはいえ、勝負なんだっ!俺が間違ってた
よっ!千鶴さん!!」
「そうよ!それでこそジンちゃん!!」
「俺、がんばるよっ!!」
「ジンちゃんファイト〜」
「おうっ。俺はやるぜえええ!!!」
「めざせ一等賞!!」
「やってやるぜえええ!!!」
「うんうん。ところで、忍君が、練習相手を捜しているんだけど、ジンちゃんどう?」
「・・・・・・ぜひ参加させていただきます。」
 千鶴は単に忍の練習相手を探していただけではないか、という考えが、一瞬頭をかす
めたジンであった。



−−−7日前、放課後工作部練習走行会−−−

 ピットロードに戻り、エンジンを止めた浩之がヘルメットを脱ぐと、横からエビア
ンのボトルがすっと出てきた。
 見上げると、保科智子が工作部のジャケットを羽織って立っていた。
「お疲れ。」
「お、サンキュー」
 浩之は、智子から受け取ったボトルを口へと運び、1/3ほどをのどへと一気に流し
込んだ。
「おめでと。1分20秒切ったで。」
「そっか。」
「『そっか』って、ずいぶん素っ気ないなぁ。今日練習しているメンバーの中ではダン
トツやで?」
「まだ誠治さんのタイムに追いつけてないからなぁ。それに自分でもわかるミスがいっ
ぱいあったしな。」
「ふ〜ん。めずらしく真剣やね。」
「そっか?」
「そうや。」
「ひろゆきさ〜ん、どこですかぁ〜?」
「あ、あそこだよ。ひろゆきちゃ〜ん。差し入れ持ってきたよ〜。」
 ゲートの方から、大きなバスケットを持って、あかりとマルチが歩いてきた。
「お、心強い応援団の到着や。」
「けっ。どこが応援だか。練習のじゃましに来ただけだろ。」
「ふふふ。照れへんですなおに喜びや。」
 そう言い残し、手にしていたタオルを浩之に放り投げると、智子は持ち場へと戻って
いった。
「なんで照れるんだよ!」
 智子の背中に向かって声を上げる浩之だが、顔に赤みが差しているのも事実であった。

「浩之ちゃんが、自分の為に一生懸命になるのも久しぶりだね。」
 芝生に広げられたキャンピングシートの上で、お茶をくみながら、あかりが言った。
「そうなんですかぁ?」
 浩之に、まだほのかに暖かい、焼きたてのチョコクッキーを勧めながら、マルチが小首
を傾げた。
「んな事ねぇよ。」
「くすっ。浩之ちゃん、イベント好きだから、こういう行事の時は元気だけど、他に真剣
な人がいると、すぐその人の助けに回っちゃうからね。」
「よせって。」
「うふふ。浩之さんらしいですね。」
「浩之ちゃん、やさしいから・・・」
 目尻を下げながら、あかりがつぶやく。
「あ〜か〜り〜、いい加減にしろよな〜。」
 ぐりぐりと、浩之は拳をあかりの頭の上で2転3転させた。
「あうあうあう、いたいよ浩之ちゃん。」
「くすくす。」
 マルチは止めようととはしなかった。
 あかりが本心から、浩之がやさしいと言っていることもわかったし、浩之はただ照れ
ているだけで、本気であかりに対して怒っていないと感じられたからである。
「浩之ちゃん、がんばってね。でも、怪我だけは注意してね。」
「おう。まあ、表彰台ぐらいは狙いたいな。」
「浩之さんなら、きっと優勝ですよ。」
「ま、がんばってみるよ。」
「浩之君!タイヤ交換終わったぞ。好きなときに出られるから。」
 ピットガレージから誠治の声がした。
「はい!今行きます!!」
「浩之ちゃん、お茶入れたばっかりだよ・・・・」
「すまん。あとでゆっくりな。」
「うん・・・。」
「浩之さん!がんばってくださいね!!」
「おう!」
 メットを掴むと、駆け出してゆく浩之。
 浩之の背中を見送るあかりとマルチ。
「・・・・浩之さん、一生懸命ですね。」
「そうね。がんばってるね。」
「私にも何かお手伝いできることがあればいいんですが・・・」
「・・・そうだ、マルチちゃん、今日は二人で浩之ちゃんに夕食作ってあげよう。」
「え?は、はいっ!」
「よしっ。じゃあ、さっそく献立考えようか。」
「はいっ!体力が付く物がいいですねっ。」
「そうね。私たちは、私たちのできることがんばろうねっ。」
「はいっ!」
 二人は手をつなぐと、校舎の方へと駆け出していった。



−−−7日前、放課後オカルト研究部内−−−

 ごくっ。
 息をのむ音が、妙に大きく感じられた。
「・・・・・・・・・・・・・」
 無言・・・いや、聞こえるか聞こえないかの小さな声で、呪文らしき言葉を唱えなが
ら、来栖川芹香がカードをシャッフルする。
 それを緊張の面もちで見つめる長岡志保と、シッポ。
 テーブルいっぱいに広げられたカードが、芹香の手の動きに会わせ、ダンスをするよ
うに踊る。
 やがてカードは徐々にテーブルの中央に集まってゆき、きちっと整えられる。
 芹香はカードの山を手に取ると、志保へと差し出した。
「はい?ああ、カードを切るんですか?」
 こくっ。
 芹香がうなずく。
 普通のトランプよりちょっと長めのカードをゆっくりと切る。
「ぼそぼそ・・・・・・」
「え?占いたいことを念じながらですか?はい。」
 志保は目をつぶり、念を込めながらカードを切る。
「ぼそぼそ・・・」
「あ、はい。こんなもんでいいです。」
 志保はカードを芹香へと返した。
 芹香は受け取ったカード1枚1枚めくりながら、テーブルの上へと並べてゆく。
 不気味な紋様の、7枚のカードがテーブルに並べられた。
「・・・・ぼそぼそぼそ。」
 ゆっくりと、芹香の口から、言葉が紡がれてゆく。
 志保とシッポは、一言も聞き逃すまいと、前のめりになっていった。

「うーん・・・ふう。こういうのって、どうも緊張するわね。」
 背伸びをしながら志保が言う。
「そうですね。しかし、『一言で言うなら”井の中の蛙”』ですか。」
「特捜部の部長が情報不足で負けるかもしれないとはね。」
 志保が芹香に占ってもらったのは、『悠のカートレースの結果』についてであった。
「でも、なんで部長の優勝にこだわるんです?」
「え?いや、そりゃ、えっと、や、やっぱり部下としては部長にがんばってほしいじゃ
ない?」
「・・・・・・・・・」
「な、なによ。」
「いつも『占いなんて非現実的』なんていってるのに、オカルト研にまで足を運んだん
です。それだけってことはないでしょう。本当は、なにがあったんです?」
「・・・・浩之と部長のどっちが勝つかで、ヤックのセットを賭けた。」
「・・・やっぱり。それで練習走行会での順位を聞いて、あわてて神頼みですか・・・」
 おそらく賭けの相手は例によって保科智子だろう。
「い、いいじゃないのよっ!どうせ取材するんだし!」
「でも、それってスパイするってことでしょ?公平な報道にならないじゃないですか。」
「情報が一方通行ならそうでしょうけど、ちゃんと全員の情報を流すなら問題ないじゃ
ない。」
「うーん、まあ、それはそうですけど・・・」
「うるさいわねぇ。そんなに言うなら、全員をあなた一人で取材しなさいよっ。
「え〜!!そんな無茶なぁ!!」



−−−6日前、鶴木屋旅館駐車場特設ゴーカートコース−−−

 ジン・ジャザムが武装をはずし、レーシングスーツに着替えてカートコースに付いた時
には、東雲忍は既に準備を終えており、つなぎを着たメカニックとともに2台のカートの
最終チェックを行っていた。
「よう。よろしくな。」
「こちらこそよろしくお願いします。」
 鶴木屋旅館の大型車用駐車場。休日は観光バスで埋まるこのスペースもウィークデー
には、閑散としている。
 そのスペースを利用し、特設のゴーカートコースができあがっていた。
 (といっても、パイロンと古タイヤを並べただけのものであるが。)
 幸い、鶴木屋旅館の従業員が趣味でゴーカートをやっており、マシンの手配と、メカ
ニック兼コーチを買って出てくれた。
 忍は一枚のコピー紙をジンにわたした。
「これが、コースのレイアウトです。工作部が使用している練習コースとほぼ同じにな
っています。コースを自分で用意しようかと思ったのですが、本番で使用するコースを
縮めてゆくと、同じようなコースになりそうだったんで、結局、工作部と同じ物にして
しまいました。」
「ふーん・・・」
 しげしげとジンはコースを見つめた。
「まずは、ジンさんの腕を見せていただきましょう。後ろを付いていきますので、数周
してみてください。」
「あ、ああ。」
「ちなみにこのコースでの、僕の最高ラップは1分18秒でした。ラップは自動計測さ
れて、あそこに表示されます。何か質問はありますか?」
 忍が指さした先には大きなデジタル表示計があった。
 鶴木屋のプールにあったものを千鶴が持ってこさせたのである。
「カートは本番と同じ物?」
「若干形状は違いますが、排気量などは同じです。ハンドリング感覚もほとんど変わら
ないと思います。」
「わかった。お手柔らかにな。」
「こちらこそ。」
 ジンと忍は、握手を交わすと、それぞれのマシンに乗り込んだ。

 1週目・・・2分10秒。
 まあ、コースの様子を見ながらだから、最初はこんなものだろう。
 2週目、3週目も数秒の差である。
 4週目に入ると、ジンは徐々にペースを上げはじめた。
 5週目、1分52秒。
 6週目、1分44秒。
 確実にペースはあがってゆく。
 7週目、1分37秒。
「問題はここからだな。」
 忍はヘルメットの中でつぶやいた。
 自分がそうだった。
 1分30秒の壁をやぶるのに、一山あるのである。
 ある程度クリッピングさえ掴んでしまえば、1分30秒の後半はおそらくほとんどの
人がだせるだろう。
 『このコースで1分30秒を切れるか。』
 それがおそらく予選を通過できるかどうかの境目になる、と忍は考えていた。
 8週目、1分34秒。
 9週目、1分32秒。
 10週目、1分38秒。
 11週目、1分34秒。
 やはり、頭打ちになってきた・・・。
 千鶴さんからジンと練習してはどうか、と進められたとき、正直、忍は悩んだ。
 自分の練習の時間を割いてまで、人に教えるのか。
 なにより、自分の敵を自分自信で育てるのか。
 そして、導き出した答えは『敵がいなければ、自分の壁がわからない。そして、なに
より、戦うことを覚えなければ、レースには勝てない。』ということだった。
 15週目、ジンのハンドル操作がラフになってきた。
 前の周ではスピンもしている。
 おそらくコースを攻めあぐねて、操縦が荒くなっているのだろう。
 忍は潮時だと判断し、ピットに入った。
 次の周回、ボードによるサインがジンに送られ、ジンもピットへと戻ってくる。
「・・・・・・頼むっ。」
 ヘルメットをぬぎ、忍の前に歩み出たジンは、いきなり頭をさげた。
「ジ、ジンさん?」
「頼むっ。たぶん、あのタイムは、おそらく今の俺の限界だ。何が悪い?何が10秒の
ラップの差を生むんだ。教えてくれっ!頼む!!」
「とりあえずは頭を上げてください。僕だって、最初はあんなもんでしたよ。まだ予選
まで5日間あります。一緒にがんばりましょう。」
「あ、あぁ・・・・」
「それにジンさんに速くなってもらわないと、僕も張り合いがないですからね。なんせ
ジンさんはライバルなんですから。」
「お、おお。」
 ライバルという言葉に反応したかのように、ジンの瞳に炎が浮かんだ。
 大丈夫。この炎が見えている間は、ジンは速くなる。
 忍はそう確信した。