学園祭Lメモ「楓祭’98/工作部出典:リーフ・フォーミュラ 第1章:”前哨戦”」 投稿者:Sage
第1章:「前哨戦」
−−−10日前、視聴覚室−−−

 かちゃっ。
 ドアを開けて入ってきた彼女は、スタッフジャンパーに、フレアスカートという姿。
 手にはバインダーとプリントを抱えている。
 彼女の後ろに、同じくプリントを抱えたちびまるが続く。
「ひゅーひゅー、美加香ちゃん、似合うよ。」
 座席から、ヤジが飛ぶ。
 美加香はそれを無視して教壇へとあがった。
『工作部主催カートレース、ドライバーミーティング』
 美加香の目の前に座る男達は、すべてこのレースの参加者である。
「みなさん、お疲れさまです。ただいまより、工作部主催カートレースの説明会を行い
ます。」
 ぱちぱち、ひゅーひゅー。
 拍手と口笛が教室に響く。
「まず、皆さんには必要書類に記入をしていただきます。そのあと、レースのルール、
マシンのレギュレーションの説明を行い、その後コースでの実施研修を行っていただき
ます。本日のマシンはレースに使用するのとまったく同じマシンです。ウエア、および
ヘルメットは別室に用意してありますので、これからお配りする用紙に記入の済んだ方
から着替えてください。ここまでで何か質問は?」
 美加香が一気にまくしたてる。
 学園祭中に開かれるレースということで、軽く考えていた参加者達に、緊張が走る。
「お、おい、ずいぶん本格的じゃないか・・・」
「まじかよ・・・」
 こそこそと内緒話をする参加者達。
 それも、美加香やちびまるから手渡された書類に、事故時の補償や保険などに関する
物が含まれるのがわかると、しーんとなり、顔を引き締め、真剣に資料を読み始めた。
「あの・・・書けたんですけど・・・・」
 最初に東雲忍が席を立ち、美加香の前へと歩み出た。
「はい。隣の部屋が更衣室になっています。そこで、資料とウエア、ヘルメットを受け
取って、この教室に戻ってらしてください。」
「はい・・・」
 教室を出てゆく忍。
「ほい。書けたぜ。」
 忍のあとに藤田浩之達、数名が続いた。
 あわてて書類を仕上げる残りの参加者達。
 次第に彼らの緊張度と、真剣さが高まっていくのが、美加香にも感じられた。

 約2時間の講義。
 菅生誠治と赤十字美加香が黒板を使って淡々と説明する内容を聞く参加者の表情は、
日頃の授業では絶対に見られないほど真剣であった。
 コースの説明、車両の説明、フラッグの見方、トラブルが起きた場合の対処方法、
ピットへの入り方、エトセトラ、エトセトラ。
 講義の内容は、実際のサーキットでも通用する物であった。



−−−同日、学園内工作部特設コース−−−

 講義が終わると、全員が表へ出た。
 学園の端。
 森の中を走る遊歩道を閉鎖して作った、練習用仮説サーキット。
 学園祭の時には、ここも巨大なコースの一部となる予定である。
 森のはずれには、ピットレーンが設置され、そこには保科智子が待ち受けていた。
 彼女から、乗車するカートに書かれている番号と、同じ番号のゼッケンを受け取った
参加者達は、コースに並べられたカートへと乗り込んだ。
 むき出しの、真っ赤な丸パイプのフレームに、ただのっかっているように据え付けら
れた強化プラスティックのシートと黒錆色のエンジン。
 参加者達は、講義で説明のあった手順で、マシンをチェックしてゆく。
 駆動部に異常はないか。
 ワイヤーにたるみはないか。
 ガソリンは十分入っているか。
 ブレーキや、アクセル、ハンドルなどは正しく動くか。
 タイヤの空気圧は正常か。
 チェックが終わると、参加者達は、参加者同様、レーシングウエアに身を包んだ誠治
と彼のマシンの所に集合し、エンジンのかけ方や、止め方、練習走行についての説明を
聞き、再び自分たちのマシンの所へ散ってゆく。

「では、スタート・ユア・エンジン!!」
 メガホンから響く美加香の声で、参加者達はエンジンのスターティング・ロープを力
強く引っ張る。
「ぱらんぱらららららら・・・・・」
 オートクラッチを装備した、小型エンジンの排気音が幾重にも響き、静かだった森の
中を一変させる。
 全員が座席に着く。
 ヘルメットのバイザーの中では、全員が緊張の面もちを浮かべていた。
「それでは、みなさま、お気をつけて。」
 美加香の声を合図に、先頭に並んでいた誠治がブレーキをゆるめる。
 すすすっと進む、誠治のカート。
 それに続いて、カルガモの親子のように参加者達がコースへと出ていった。

 まずはハンドリング性能や加速力、ブレーキの利き具合を確かめるように数周する。
 だが、最後尾にいた2台が数周しただけでピットに滑り込んできた。

「ジンさん、Dセリオさん、どうかしましたか?」
 マシントラブルを心配した美加香が駆け寄るが、二人はそれを無視し、ピット裏の林
の方へと向かった。
「どうしたんですか?」
「なんやなんや?」
 ピットにいた、智子やちびまるが駆け寄ってくる。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
 無言で、森を見つめる二人。
 やがて二人はすうっと大きく息を吸い込むと、
「さーーーーうざんどみさいるううううううううううううううう!!!!!!!!!」
「おりゃあああああああああああ全弾発射ああああああああ!!!!!!!!!!!」
 体内に内蔵された、火器という火器をフル稼働、森に向かって攻撃し始めた。
「きゃああああああ!!!!」
「だあああ!!突然なにすんねん!!!!」
「ひやああああ!!こわいですうううう!!!」
 美加香、智子、ちびまるは、耳を押さえながらあわてて避難する。
 ちゅどどどどどどど・・・・!!!!
 ずばばばばばばば・・・・!!!!
 だだだだだ・・・・!!!!
 ずがあああああああああん!!!!
「ぜえぜえぜえ・・・・」
「はぁはぁはぁ・・・・」
 肩で息をする破壊神二人。
 土煙がおさまると、そこには大きなクレーターができあがっていた。
「と、突然どないしたっていうねん!!!」
 腰に手をあて、智子が激昂する。
「武装つけたままでは、重量がありすぎて、ぜんぜん加速しないんです。」
 冷静にDセリオが答える。
「だからって、こんな大穴あけることないでしょう!!武装をはずせば済むことなんで
すから。」
 美加香が頭を抱えながら応じる。
 練習走行会でのトラブルは、学園に対し彼女が報告しなければならないのだ。
「弾を込めて撃たずにはずすなんて、そんなもったいないことできるかい。」
「うんうん。」
 ジンの発言にDセリオが、うなずく。
「無駄に撃つ方がもったいないやろが!!!!!」
 まあ、智子につっこまれたところで、二人の考えが変わるとは思えないが。
 軽くなった体でふたたびカートに乗り込むジンとDセリオ。
 その後、数周のラップタイムを見たところでは、他者とのハンデはなくなったようで
ある。

 15周ほどで、全員がピットに入ってきた。
 ヘルメットの中は、全員汗だく。
 練習走行とはいえ、初めてのカートは、みんなにとって結構ハードなようであった。
「20分休憩です。各自水分補給をしておいてくださいね。」
 各自にタオルとスポーツドリンクの入ったペットボトルが手渡される。
 参加者達は、汗を拭いながら、ほとんどの者が、ボトルを一気に空けた。
 休憩時間、参加者達の行動は様々だった。
 床にぶっ倒れているもの。
 落ち着かないのか、うろうろしているもの。
 余裕なのか、女性に声をかけてまわるもの。
 技術的な質問を、誠治や美加香にぶつけるもの。
 だが、どの参加者の目も、次第に、闘志あふれる戦士のものに変わっていった。

 そして、休憩後、2度目のテストラン。
「2度目はフリー走行にします。追い抜きありですが、接触などしないよう、常に周囲
には気を配ってください。
 ラップタイムは、ゼッケン番号と一緒に電光掲示板に、表示しますので、目安にして
ください。
 終了はチェッカーフラグで合図しますから、見落とたりしないように。
 それと、ゼッケンをボードで出された選手は、直ちにピットインするように。これは
ピット作業の練習も兼ねていますので、そのつもりで。」
 参加者の顔が引き締まる。
「それでは、各自、乗車。」
 誠治の号令で、各自は自分の車へと散っていった。

 ぱああああああああああああああん
 ききいいいいいい・・・・
 きゅるきゅるきゅる・・・・
 コースに、エンジンとタイヤの音が響きわたる。

「どうだい?」
 モニタを見つめる智子の元へ誠治が歩み寄る。
「へたくそが6割。4割がまともってとこやな。」
 智子がモニタを指さしながら、指摘する。
 参加者リストと、平均ラップタイムが表示されているモニタの、ちょうど指の先
あたりで、ラップタイムに大きな差が出ていた。
 現在、ラップ平均のトップは東雲忍。やはり車の運転経験が生きているのだろう。
「藤田くんはどうだい?」
「おもろいね。最初、東雲先輩について行こうとしたみたいやけど、いきなりスピン。
 そのあとはしばらく慎重に走っとったのが、タイムでもわかるわ。
 再び東雲先輩に追いつかれて、周回遅れになったんやけど、その後は、東雲先輩に
ちゃんとくっついていっとるわ。
 スピンしてから、再び追いつかれるまでの間に、なんかコツみたいなもん、掴んだ
みたいやな。」
「ほほう。他の選手は?」
「うーん、ジン先輩とDセリオさんがさっきからずっとバトルしとるわ。
 ばらばらだったときの方がタイムがええから、牽制する事ばっかり気にしとって、
まだちゃんと走れてないようやな。」
「ふむ・・・・。おーい、美加香ちゃん、ジンさんと、D芹さんを、時間をずらして
ピットインさせて、間を開けてくれ。」
「はーい。」
 コースを監視していた美加香が答える。
 と、同時にちびまるが、ボードにピットマークを張り付け、合図の準備を始めた。
「ハイド君たちは?」
「・・・・ふつーやね。そこそこのラップでまわっとるよ。」
「ふむ、そっか・・・・。
 全体的に遅いな・・・・。
 よしっ、俺もひとっ走り、行って来るよ。
 タイムの管理のほう、頼むね。あとで全員に配りたいから。」
「まかしといて。きいつけてな。」
「おう。」

「さすがにうまいぜ、東雲先輩!」
 浩之は、ヘルメットの中でひとりごちた。
 偶然、忍の後ろのグリッドをキープできた浩之は、彼から技術を盗もうと、最初から
ぴったりマークする作戦にでた。
 しかし、車をコントロールする技術が不十分だったのだろう。
 数周であえなくスピン。
 なぜスピンしたのか。
 忍は、自分と同じスピードでコーナーに侵入し、彼だけどうして曲がれるのか。
 それらを思い返し、いろいろ試してゆくうちに、車の扱い方が徐々にわかってきた。
「限界あるタイヤのグリップを、無駄なく使うかだ。
 ブレーキは、ロック寸前、できる限り短時間で、必要な量だけ減速。
 フロント加重のまま、車体をねじ曲げ、方向が代わり始めたら、ハーフスロットル。
 クリッピングポイントを抜けたら、ハンドルを戻しながら、徐々に加速。
 脱出ポイントに到達したら、がつんとアクセル!!
 これでなんとか東雲先輩に着いて行く事はできる。
 ・・・だが、抜けねぇ。
 どーやっても抜けねぇ。
 ブレーキングを踏ん張って、コーナー入り口で詰め寄るのが手一杯だ。
 一つ間違えば、オーバースピードでコースアウトだし・・・・
 いったいどうやりゃあいいんだ・・・・はっ!!」
 気がつくと、コースのイン側に車がいた。
 このまま行けば、ラインが交差し、衝突してしまう。
「くそっ!!油断した!!」
 やむを得ず、多めに減速し、後ろに着く。
「ゼッケン0?・・・・菅生先輩か!!」
 誠治の乗ったカートは、忍のブレーキングの甘さに乗じて一挙に、忍のテールに張り
付いた。
「そこまでは、おれでも何とかなった。さあ、どうやって抜くのか見せて・・・え?」
 忍がコーナーに備え、車をアウトにふる。
 だが、誠治は車を無造作にイン側に切れ込ませた。
 十分減速した忍のインに、誠治の車がオーバースピード気味につっこむ。
「曲がれんのかよ!!」
 ギキャキャキャキャ・・・
 誠治の車のタイヤから白煙が上がる。
 絶妙のフルブレーキング。
 そして、そのまま車をねじ曲げ、コーナー途中で、アクセルを空ける。
 タイヤはグリップを失い、テールが流れる。
 それにあわせ、カウンターをあて、車体が無用に流れるのを調整。
 車をコーナーの脱出口へと向ける。
「ド、ドリフトか!!!」
 ドリフトを使い、忍の進路をふさぐ形で誠治が前に出る。
 脱出コースをふさがれた忍は、アクセルを空けるタイミングが遅れる。
「チャンス!!」
 加速タイミングを逃した忍に対し、浩之はベストなコーナーリングができた。
 加速が鈍っている忍を、コーナー出口でパス。
「やってくれるぜ、菅生先輩。さすが、カートレースをやろうと言い出しただけのこと
はあるって事か。」
 次のコーナーへ向かう、誠治、浩之、忍の3人。
 浩之は、果敢に誠治にアタックする。
 が、スピードが殺し切れていなかったのか、浩之の車は徐々に外側に膨らんでゆく。
「ちいいいいっ。」
 縁石に乗り上げ、暴れる車をなんとかスピンしないように押さえ込む。
 車の速度は完全に落ち、忍にも抜かれ、差を開けられてしまう。
「くっ。ワンミスが命取りって事か。」
 浩之が追撃にうつる。

 が、追いつく前に、ピット前ではチェッカーが振られていた。
 走行終了の合図である。

 続々、参加者達がピットへ戻ってくる。
「お疲れさまでした。」
 美加香たちが、タオルをもって出迎えた。



−−−同日、視聴覚室−−−

 デブリーフィング。
 レースが終わった後の打ち合わせである。
「今日はみなさん、お疲れさまでした。」
 美加香が声をかける。
 確かにドライバー全員の顔に疲労が浮かんでいた。
「一応講習会はこれで終わります。あとは予選まで、各自に練習なさってください。
 なお、今日のコースは学園祭まで工作部が借り切ってありますので、ご自由にお使い
いただいてけっこうです。
 今日の結果は、そちらにプリントアウトしてありますから、各自お持ちください。
 それでは、みなさまのご健闘をお祈り申し上げております。」
 ざわざわざわ・・・・
 智子からラップタイムなどの一覧が書かれたプリント用紙を受け取る参加者。
「おい、ベストラップいくつだよ。」
「ぐああ、トップと10秒以上差があるのかよ。」
「よし、あいつには勝ったぞ。」
 ラップを見比べあう参加者達。

「おい・・・・」
「ああ。何とかしないとな・・・」
 用紙をにらみつけるハイドラントと悠朔。
 彼らと浩之の間には、数名の名前があった。

「・・・ジンさん、次は負けませんよ。」
「ふっふっふっ。何度でもかかってきなさい。」
 ジンとDセリオはレースそっちのけで盛り上がっていた。