学園祭Lメモ「楓祭’98/工作部出典:リーフ・フォーミュラ 第4章:”クオリファイ”」 投稿者:Sage

第4章:「クオリファイ」



−−−学園祭当日、学園正門前−−−

 ぱーん、ぱーん。
 青空にぽっぽっと、花火の煙が上がり、学園祭開催を知らせる。
 食べ物を扱う出店では、一斉に調理器具に火が入る。
 コンサート会場からはドラムが鳴り響き、女装コンテスト会場からは、女性の黄色い
声とヤジが聞こえてくる。
 今日は試立Leaf学園の、学園祭。
 学生達の祭典である。
 だが、にぎやかな学園内の雰囲気の中で、1カ所だけ緊張に包まれている場所があっ
た。
 工作部主催の、学生対抗カートレース。
 その予選会場となった特設コースのピットである。



−−−同日、特設コースピットレーン−−−

「ガス補給、終了しました!」
「コースの安全確認終了!各コーナーポストへの人員配置、完了しました。」
「ウォームアップラン開始まで、あと5分です。」
 スタッフの怒号が響く。
「それでは、ドライバーの皆さんはカートに乗り込んでください。」
 アナウンス席に着いた、美加香の声がスピーカーから流れ出るのを合図に、ドライバー
達が一斉に走り出す。
「浩之ちゃ〜ん、がんばってー。」
「部長!!ファイト〜。」
「ジンさーん!Dセリオさーん!死人だけはださないでくださいね〜。」
「ハイドさーん、明日もホームランだよ〜☆」
 応援も悲喜こもごもである。

「レディ!ゴー!!」
 ばさっ!
 タイトなミニスカートのワンピースに身を包んだ、レースクィーン役のレミィがチェッ
カーフラッグを振るごとに、2台のカートが1組となりピットロードを駆け抜けてゆく。
 ぱらんぱらららら・・・・・
 押し掛けでエンジンをかけると、選手はカートにどすんと乗り込む。
 ぱあぁぁぁぁぁぁん
 アクセルを開けると、2ストロークエンジンの甲高い音が、校舎に響く。
 タイヤを暖めるために、マシンを右へ左へと振りながら、そしてコースを確かめなが
ら、カートの列が学園内に設けられた特設カートコースを進む。
 かあぁぁぁぁぁぁぁぁん!!
 一周のウォームアップランを終え、最初のカートが第1駐車場内に設けられた、メイン
スタンド前を全速で駆け抜ける。
「予選、スタートです!」
 スピーカーから流れる美加香の声を合図に予選が開始された。
 ぱあぁぁぁんぱあぁぁん・・・
 次々とカートがスタートラインを通過する。


「まずはストレート・・・」
 浩之は最終コーナーを抜け、クリッピングポイントを過ぎると、アクセルを踏み込んだ。
 カートが加速し、景色が後ろへと流れる。
 遠心力に振られてアウトに膨れるマシンをねじ伏せる。
 スタートラインの白い線が前方に見え、そして、自分の真下を通り過ぎる。
 カートはコースの端、ピットレーンぎりぎりを進む。
 そして、第1コーナー。
 アウトいっぱいのポジションで、少しだけ減速し、度胸一発、イン側の縁石ぎりぎりへ
マシンを放り込む。
 ともすれば、アウトに飛びそうになるカートを体でねじ伏せ、ブレーキを少しかけて、
加重をフロントに移しつつ、クリッピングポイントを目指す。
 コーナーを抜け、遠心力が少なくなるのに会わせ、アクセルを開ける。
 が、すぐに第2コーナーが迫る。
 マシンを再びアウトにふり、今度は急減速。
 第1コーナーよりもきつい第2コーナーを、オーソドックスなアウト・イン・アウト
走法で駆け抜ける。
 続いて迫る、第3、第4コーナー。
 暴れるマシンを押さえつけ、速度を殺さないように注意しながら、第1駐車場内の、
インフィールドセクションを駆け抜け、校舎裏の雑木林の遊歩道を使った森林セクショ
ンへと向かう。

 インフィールドと異なり、緩やかなコーナーが続く、ハイスピードセクション。
 インフィールド出口の第6コーナーで、いかにスピードを殺さずにでるかが、このセ
クションを素早く駆け抜けるかに大きく影響する。
「がんばれ〜」
「いいぞ〜」
 沿道から選手達に声援がかけられるが、エンジン音と、風の音に遮られ、浩之達には
届かない。
 いつもは木漏れ日を浴びて、ゆっくり歩く歩道を、わずか数十秒で駆け抜ける。
 あかりたちと弁当を食べた芝生も、来栖川先輩が本を読んでいたベンチも、視界に入
った直後には後ろへと通り過ぎてゆく。

 やがて森林セクションを抜け、校舎の間に設けられた、第3のセクション。
 アメリカのフェニックスで、一般公道を閉鎖して行われるF1のコースの様に、直角
のコーナーが連続するテクニカルセクション。
 コースの狭さもモナコを想像させる。
 ここで追い抜くことは難しいだろう。
 だが、腕の差がはっきりと出るこのセクションは、差を詰めるチャンスでもある。

 校舎沿いを抜け、第1駐車場へと入るスロープに作られた最終コーナーをすすむ。
 そして、メインスタンド前へ。
「まず1周・・・まあ70点ってところかな。」
 浩之は自己採点をそうつけた。
 そして、こんなにも落ち着いている自分にちょっと驚くのであった。

「順位がめまぐるしく変わります。
 現在のトップはジン選手。
 しかし、そのあと10秒の間に12名がひしめく大混戦となっております!」
 アナウンサーの熱気を帯びた声がスピーカーから響く。
 カートが1台、また1台とスタートラインを過ぎるごとに、モニターに表示される順
位表が書き換えられてゆく。
「いいねぇ。熱気があって。」
「これは、緒方先生。珍しい。」
「よっ。誠治くん。」
 集計を行っているテントにふらりと現れたのは、工作部の顧問をしている緒方英二で
あった。
「なにかご用ですか?」
「ご用って、一応、僕もこの部の顧問なんだけどなぁ。」
「あはははは。別に邪魔者扱いしている訳じゃありませんよ。」
「ならいいが。どうだい?調子は。」
「ええ。予想よりだいぶハイレベルですね。まさかこんなレベルの高い戦いになるとは
思いませんでしたよ。」
「うん。僕も趣味でレースなんかをよく見に行くけど、みんな、いい感じだね。」
「緒方先生ごひいきの選手とかって居ますか?」
「うーん・・・面白いのはこの選手と、この選手かな。」
 英二はモニターの、現在5位と6位の選手を指さした。
「へ〜。優勝できそうですか?」
「そこまではわからないな。だが、この二人がレースを作っていくことになるだろう。」
「ふむ。そうかもしれませんね・・・・」
「あ、にいさんたら、こんな所で油売ってる・・・」
「理奈先生、こんにちは。」
「や、菅生君。なかなか盛況ね。今ぐるっと一回りしてきたんだけど、ギャラリーが結
構出てたわよ。」
「そうですか。ありがとうございます。」
「私も決勝はメインスタンドから見せてもらうわね。」
「はい。お待ちしてます。」
「さ、兄さん、職員の打ち合わせがあるんだから、職員室に戻るわよ。」
「もうそんな時間か。それじゃあ、誠治君。また。」
「はい。たまには部室の方にも顔を出してくださいね。」
「ははは。わかったよ。」
 理奈に引っ張られるようにして出ていく緒方の姿を見送ると、誠治はコースへと目を
戻した。
「ふむ・・・あの二人がねぇ・・・」
 英二がすすめた、ちょうど目の前を通り過ぎる2台のマシンに乗る二人が、その日の
予選の一位と二位を取った。



−−−同日、ピット裏、掲示板前−−−

 楓祭’98 工作部主催カートレース
 予選結果

   ・   ・
   ・   ・
  8位:藤田 浩之(2年)
   ・   ・
  6位:Dセリオ(警備保障)
   ・   ・
  4位:ジン・ジャザム(3年)
  3位:東雲 忍(3年)

 そして・・・・

「すごいじゃないの。」
 来栖川綾香は、結果の張り出された掲示板を見て、
「気にいらんな。なぜ前に一人居る。」
「ふっ。実力の差だよ。実力の。」
 1位、悠朔(2年)。
 2位、ハイドラント(2年)。
 3位とはコンマ2秒差ではあったが、二人は見事、予選でワンツーフィニッシュをゲッ
トしたのである。
「決勝もポール・トゥ・ウインでいただくよ。」
「その慢心が、敗因とならんとよいがな。」
「あら、長瀬さん。」
 気が付くと綾香の背後に、黒いスーツに身を包んだ体躯の良い長身の男が立っていた。
「長瀬ではなく、セバスチャンでございます。綾香お嬢様。二人に教えたのはドライビ
ング技術の基礎中の基礎。予選でよいタイムが出せたと言っても、何も傷害のない平坦
な道をただまっすぐに速く走れたと自慢しているような物。決勝となればどうなるか。」
 ハイドラントと悠に、レース技術の教師として綾香が紹介したのは来栖川家執事長の
長瀬源四郎であった。
 執事として、送り迎えのリムジンを運転する彼だが、ただのドライバーではない。
 いざ、テロリストなどに襲われた時に対応するため、レーサー顔負けのテクニックを
持っているのである。
「でも、毎日毎日あれだけ練習してたんだから、そこそこの所いきそうでしょ?」
「私が教えたのでございます。技術だけでしたら当然優勝を狙得るレベル。しかしレー
スは、技術とともに駆け引きが重要。残念ながらそこまでは彼らには教えることができ
ませんでした。まあ、他の選手もそこまで極めているとは思えませぬ。あとは、彼らの
素質しだいですな。」
 じろり、とセバスチャンが視線をハイドラントと悠の方に向けると、二人は身を固く
し、直立不動となる。
 それだけでも練習がどの程度厳しい物だったかがうかがえた。



−−−同日、工作部ピット−−−

「はぁはぁはぁ」
 バスケットを両手で抱えてあかりがかけてくる。
「はぁはぁはぁ」
 同じく水筒をかかえたマルチが後を追う。
「あかりさん!こっちですっ!!」
「あ、うん。はぁはぁ・・・」
 わずかな休憩時間、浩之と昼食を一緒に取るために、二人はピットへと急いだ。
「こ、こんにちは〜。」
「ふぅ、ふぅ、おつかれさまです〜。」
「よう、あかりにマルチ。休憩時間とれたのか?」
「うん。あの、予選通過おめでとう。」
「ああ。無事通ったよ。」
「しかも、遊びながらな。」
「あ、菅生先輩、こんにちは。浩之ちゃん予選の最中に遊んでたんですか?」
 怪訝そうな顔をしてあかりがたずねる。
「んなわけないだろう。」
「ふふん。んじゃ、第3セッションで何をしていたのかな?”浩之ちゃん”は。」
「え?いや、その、あれは遊んでたんじゃなくて、速く走るにはどうしたらいいかな〜
とか考えたりして・・・。」
「んで、本気をださずにいたわけだ。」
「浩之さん、本気を出さずに8位だったんですかぁ?すごいですぅ。」
「見ていたこっちはどきどき物だぞ。タイムアウト寸前まで、予選通過ぎりぎりだった
んだから。」
「あは、あははは。ま、まあ、決勝を見ててくださいな。」
「まぁ、付け焼き刃の”あれ”が、決勝で活かせるといいな。」
「やだなぁ、誠治さん、みんなお見通しみたいで。」
「えっと・・・なに?」
 浩之と誠治の会話がわからずきょとんとするあかりとマルチ。
「そ、そんなことより、休み時間少ないんだろ?飯にしようぜ。」
「あ、うん。」
「みなさんの分も作ってきましたぁ。ご一緒にどうぞぉ。」
「お、ラッキー。ご相伴に預かるか。」
 テーブル代わりのドラム缶の上を、あかりとマルチが作ったサンドイッチなどが色鮮
やかに飾った。



−−−同日、来栖川警備保障内−−−

「なにしてるんだ!!そんなことしたらオーバーロードするぞ!!」
 警備保障に駆け戻ってきたDセリオが、様々な端子を自分に付け始めたのを見て、へー
のきはあわててそれを制した。
「いいんですっ!時間がないんです!!」
「無理だっ!!体がもつわけないじゃないか!!」
「ジンさんに勝つにはこれしかないんですっ!!」
「勝つにはって、壊れたら戦うこともできないじゃないか!」
「でもっでもっ!!」
「セリオさん・・・。わかったから。何とかするから、まずはおちついて。」
「でも・・・」
「勝ちたいのはわかるよ。だけど、レースにでれなければなんにもならないじゃない。」
「はい・・・」
「要は短時間でコースのシュミレーションを大量にこなしたいんでしょ?」
「はい。」
「ならば、警備保障のコンピュータだけでなく、オンラインで使用できるコンピュータ
というコンピュータをすべて使えばいい。本部との直接回線を利用して。」
「え?そ、そんなことしたら本部の業務に支障が・・・」
「勝ちたいんでしょ?」
「・・・はい。」
「なら、出来ることをすればいい。独断専行はセリオさんの悪い癖だよ。みんなで協力
すればなんとかなるさ。」
「へーのきさん・・・」
「警備保障のメンバーたる者が、一介の学生に負けたとあっては、面目がたたないから
ね。ほらっ、時間がないなら、ぼさっとしてないで、マルチさんを探してきてっ。」
「は、はいっ。」
 Dマルチの居所を探して走り出すDセリオの背中を見つめ、へーのきは、ふっと笑み
を漏らした。
「彼女も・・・だんだん人間ぽくなってきたな。」



 そして午後、昼休みを挟んで、学園祭を訪れる客も増え始めた頃、学園祭最大規模の
イベント「工作部主催:カートレース大会 決勝」は幕を切って落とされた。