学園祭Lメモ「楓祭’98/工作部出典:リーフ・フォーミュラ 第6章:”ライバル”」 投稿者:Sage
第6章:「ライバル」
−−−学園祭初日、特設サーキット−−−

「先頭を行くのは、ジン・ジャザム!テール・トゥ・ノーズでDセリオが続きますっ!!」

  ぱぁぁぁぁん・・・・・・・・・

      ぱぁぁぁぁん・・・・・・・・・・

 メインスタンド前を、ジンとDセリオのカートが駆け抜ける。
 1秒ほど遅れて、東雲忍と藤田浩之が後を追う。
 アクシデントで順位を落としてしまった悠朔とハイドラントも、トップのプレッシャー
から解放されたのか、ラップタイムも徐々にアップ。追撃にうつる。
 快調に飛ばすジン。
 たまに出てくる周回遅れをなんとかこなしつつ、レースは終盤へと突入する。

 再びハイスピードコースの終盤にさしかかるトップ集団。
 緩い右コーナーを抜けると、バックスストレートとも言える、比較的長い、まっすぐな
コースへとさしかかる。
 ストレートの両側に立ち並ぶ木々が、大きく揺れている。
 風が出てきたようだ。
 だが、その風を切り裂くように、鉄の矢が突き進む。
 ストレートの途中で木立が切れ、マシンが風の影響を受け、すこし左に流される。
 ほんの少しハンドルを切り、軌道を修正しながらも、ジンは、毎回この場所を通る度に
感じられる違和感に思いを巡らせた。
「やっぱり何か変だ・・・・・・・・・まるでコースが・・・・」
 ほんのわずかな変化だった。
 だが、前の周回と比較すると、それはあきらかに増加していた。
 それに気が付いたとき、ジンは背筋の凍る思いがした。

 『コースが徐々に曲がって行くように見える。』

 いや、実際にコースが曲がるはずはない。
 錯覚でそう見えるのである。
 そしてその錯覚を産み出した物・・・
「と、塔が・・・傾いてやがる!!!」
 校舎と校舎の間、学園祭用のモニュメントとして立てられた、美術部だか、工芸部だか
が作った、トーテムポール風の、全長10mの塔。
 塔につながれた転倒防止のロープの1本が、ジンの視界の中でブチッとちぎれ、風にた
なびく。
 あわてて塔の根本に視線を移す。
 ガードレールの向こう側、広場になっているそこには、学生達が騒いでいる。
 誰一人として気が付いてはいないようだ。
「ちっくしょぉ!!こんなときにっ!!」
 ヘルメットのあご紐のスナップを引きちぎるようにはずすと、ジンはシートに腰掛け
たまま、ヘルメットを脱ぎ、真っ正面のフェンスに、渾身の力を込めて投げつける。

 「ドガシャァン!!!!」

 ヘルメットのぶつかったフェンスは、派手な音をさせ、倒れながら90度折れ曲がる。
「どけぇぇぇぇ!!!」
 力一杯叫びながら、ジンは減速もせずに、そのフェンスの隙間へとカートを飛びこま
せた。
 ジンは、何が起こったかわからずにぼぉっとしているギャラリーを蹴散らし、コース
の外へと飛び出した。
 縁石を乗り越え、大きくはね回る車体。
 ともすればぶっ飛びそうになる体を、シートベルトだけがかろうじて車体につなぎ止
める。
 そうしている間も、塔を支えるロープが塔の加重に負け、1本、また1本とちぎれ、
塔の傾きも増して行く。
「おらぁぁ!!!どけぇええええ!!!」
 通行人を蹴散らしながら、塔へとまっすぐ向かう。
 そのわずか数秒の間にも塔は加速度的に傾きを増やして行く。
 カートを減速する時間も惜しい。
 塔の根本ぎりぎりをかすめるようにカートを走らせ、直前でカートを飛び降りるジン。
 ドライバーを失ったカートはそのまま中庭の中央にある噴水に激突して止まった。
「きゃああああああ!!!」
 悲鳴が上がる。
 ジンの行動に対してではなく、やっと塔が倒れつつあることに周りの人間が気が付い
たのだ。
 塔を支える最後のロープが切れ、塔がゆっくりと地面に長い影を落とし始める。
「うおぉぉぉぉ!!!!!」
 ジンは体の全動力系統に、フルパワーを指示した。
 重火器が装備されていれば塔を粉砕することも出来たろうが、今はレースのために、
全てをはずしてしまっているのだ。
 どがっ!!!
 ジンの両腕に、普通の人間では一瞬で押しつぶされてしまうような加重がかかる。
 ぼこっと地面にめり込むジンの両足。
 わずか地上から数m。
 寸前のところで塔は倒れるのをやめた。
「はやくどきやがれっ!!!!」
 塔の下で腰を抜かしている学生達に向かって叫ぶ。
 わたわたと逃げる学生達。
 しかし・・・・
 びしっ・・・びしびしびし・・・・
 塔の先端2mほどのところにヒビが走る。
 衝撃と、傾いたままの姿勢に耐えられなくなった塔が、二つに折れようとしているのだ。
「とっとと逃げろおおぉぉ!!!」
 先端部分の真下にいる女生徒を叱咤するが、力が抜けてしまったのか、身動きひとつ
できず、呆然と上を見上げている。
 (まにあわねぇ!!)
 ジンがそう思った瞬間

 「どっがああああああああああん!!!!!」

 落ちようとした先端が、爆音とともに突然爆発した。
「なっ!」
 今の爆発のしかたは、あきらかにミサイルなどの爆発物による攻撃であった。

 「どすぅぅぅん!!」

 とりあえず、受け止めた塔を地上に降ろす。
 そしてもうもうと立ちこめる土煙が収まると、そこに立っていたのは・・・
「ふっ。そうか。お前しかいないよな。」
 そこに立っていたのは、見慣れた女性の姿。
 最強の敵、そして、良きライバル。
 来栖川警備保障のDセリオである。
「せっかく優勝したときのお祝い用に一発だけミサイル残していたんですけどね。まあ、
無駄にならなかっただけ良しとしましょうか。」
「そりゃ、悪いことしたな。」
「貸しですからね。次の勝負までの。」
「ああ。しかし、レースを途中で捨てるなんて、お前も馬鹿だな。」
「治安を維持するのが、私の仕事ですから。それに、あとで『俺がいなかったから優勝
できたんだ。』なんて言われるのはしゃくですからね。」
 にやっと笑うジンに、Dセリオも笑顔で答えた。

  ジン・ジャザム・・・リタイヤ
  Dセリオ・・・リタイヤ



 レースは混乱した。
 トップと2位の選手が突然コースアウトしてしまったのだ。
 だが、3位以降の選手が走り続けているからには、上位がいなくなったからとはいえ
レースを止めるわけにはいかなかった。

「ジン選手、Dセリオ選手の思わぬリタイヤにより、レースは混戦模様となってまいり
ました。現在、トップは東雲忍選手。ですが、周回遅れを処理する間に差を詰められ、
2位の藤田浩之選手、3位のハイドラント選手、4位の悠朔選手、この4名の差はまっ
たくありません!!各選手が最終コーナーを立ち上がって、メインスタンド前にもどっ
てまいりましたっ!!残りはあと6周!!!」
 志保の実況にも熱がこもる

「そろそろ・・・かな。次の周あたりから、みんなラストスパートし始めるだろう。」
 手すりに肘をつき、前に乗り出すようにレースを見ていた緒方英二が独り言のように
言った。
 隣に座る妹の緒方理奈が、すでに空になった紙コップを、落ち着かない様子で、手で
もてあそびながら答える。
「1位、2位が消えるとは思わなかったわね。しかも、予選上位の方が後ろにいるし。
なんだか、私までどきどきしてきたわ。」
「ふふっ。レースにはまったかい?」
「さぁね。でも、今度、レース観戦に誘ってくれたら、一緒に行ってあげてもいいわよ。」
「素直じゃないねぇ。」
「・・・悪かったわね。」
 ぷい、と横を向く理奈だったが、次のマシンがメインスタンド前を駆け抜ける音を聞く
と、あわてて視線をコースに戻した。
 英二はそんな理奈の横顔を、ほほえみながら眺めていた。



 先頭集団が、数分をかけ、コースを1周してくる。
 『5LAP』
 残り5周を示すサインがピットから示される。
「よし、そろそろ・・・・」
 悠が、ピットのボードを確認し、スパートをかけようとしたところ、前を走っていた
ハイドラントが、ハンドサインを送ってきた。
「ん?なに!?」

 自分を指す・・・・前を走る浩之を指す・・・・首を切るサイン・・・・
 こちらを指す・・・・指を1本立てる・・・・

 ハイドラントが送ってきた、5つのシグナル。
 これが意味する物・・・

 『俺が、浩之を、仕留める。お前が、1位になれ。』

 悠は、理解したという合図に、親指を立てる。
 ハイドラントもバックミラーでそれを確認し、合図を送り返してくる。
 たしかにカートレースへの参戦を決めたのは、浩之と綾香が親密になるのを妨害する
ためだった。
 だが、練習を重ねるうちに、そんなことはすっかり忘れてしまっていた。
 しかし、ハイドラントは最初の目的を忘れず、そしてこの土壇場で、任務を遂行しよ
うと言うのだ。
 手をハンドルに戻しながら、自分とハイドラントの違いに、悠は軽いショックをおぼ
えた。

 そしてチャンスは巡ってくる。
 浩之もやはり残り5周目からスパートし、果敢に忍を攻め立てていた。
 インをつき、アウトからかぶせる。
 だが、あと1歩の所で、抜きさるには至っていない。
 幾度となく攻め、幾度となくガードされる。
 そして、残り3周。
 わずか数分とはいえ、後ろからのプレッシャーを受け続けた忍は、急激に体力を消耗
させて行く。
 だが、後ろから攻める浩之も、条件は同じはずであった。
 『どちらか、ミスしたほうが、遅れをとる。』
 そして、最初にミスをしたのは忍の方であった。
「くっ!!」
 いつも通りのラインでコーナーに進入する。
 だが、レースも終盤。
 その上、連続して続いたバトルに、タイヤの消耗が一挙に進んでいたのだろう。
 前の周では曲がれたコーナーで、タイヤが持たずに徐々にアウトに膨らんでしまう。
 一方、浩之は直線部分で十分に減速し、タイヤに負担をかけないように丁寧にコー
ナーをまわる。
 そしてコーナーの立ち上がりで、浩之は忍に並ぶことに成功する。
「よっしゃああああ!!!」
「しまったっ!!」
 このままでは次のコーナーで、浩之にインを取られる。
「抜かれたっ!!」
 忍はヘルメットの中で歯ぎしりした。
 同時にブレーキングし、並んだままコーナーに入って行く浩之と忍。
 イン側にいる浩之が徐々に前に出る。
 やむを得ずアクセルをゆるめ、浩之の後ろにつこうとした忍は、ギョッとした。
 ハイドラントの車が浩之のすぐ後ろに迫っていたのだ。
 しかも、浩之とハイドラントの距離は、忍が見る間にもどんどん迫っていた。

  がしゃぁぁん!!!!

 コーナーの途中で、ハイドラントのカートが浩之のカートの後部に接触する。
「うわっ!!!」
 コーナーからはじき飛ばされる浩之。
 ぶつかったハイドラント自身もグリップを失い、アウトに膨らむ。
 そして、その先には忍がいた。

  どごっ!!がしゃぁん!!

 ハイドラントのリアタイヤに、忍のリアタイヤが乗り上げる。
 もつれ合うようにコースアウトする3台。
 その横をすり抜けて行く悠。

「あぁぁっ!!!トップの3台が接触!!コースアウトォォォ!!!」
 スピーカーから志保の悲鳴のような実況が響く。
 ため息のような声がメインスタンドにあふれる。
「あっちゃぁぁ、残りあとわずかだったのに・・・・。これで、勝負は決まったわね。」
 理奈も背中をシートに預け、髪をかきあげながらため息をつく。
「・・・・・・・」
「どうしたの?兄さん。」
 英二はじっとメインスタンド前のモニターをにらんだままだった。
「・・・今の・・・」
「え?」
「今のは、ハイドラントくんが、わざとぶつけたみたいだな。」
「えぇ?」
「ハイドラントくんは、明らかにオーバースピードでコーナーに入っていた。ブレーキ
ングミスの可能性もあるが、コーナー中に減速しようという気配がまったくなかった。」
「なんで?そんなことして彼にメリットがあるの?」
「さあね。そこまではわからない。だけど、レーサーの勝負はサーキットの上だけの物
とは限らないからね。まあ、どちらにしろトップはほぼ決まったね。僕としてはもう一
波乱ほしいところだけど。」
「もう、追いつけないでしょう?」
「追いつくことは無理だろう。でも、トップが遅れる要因はいくらでもある。」

 そして、その要因の一つを悠を襲っていた。
 フロントタイヤを支えるバーの留め金が、徐々にゆるんでいた。
 そのため、ハンドリング操作が正確に行えなくなって来ていたのである。


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